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みんなの「交流電車」ブログ


白鳥の歌―青函点望

2015/12/28 00:00
津軽線の油川駅からすこし北へ進んだ神社脇の撮影地…を抜けて、東側から線路と並行に構える。後に連なる山の前にはいつしかやぐらが組まれ、やがてその上にコンクリートの帯が乗っかり、柱と電線が追加されていった。来年春にはその高架橋を、E5/H5系新幹線が行き来することになる。

クハ789-301

クハ789-301

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

8月の〔北斗星〕最終運行からすっかりご無沙汰しているうちに、年末恒例のJRグループダイヤ改正の概要が発表された。今回は北海道新幹線にあわせ2016年3月26日の改正である。
目玉である北海道新幹線のダイヤは現行の東北新幹線を延長した形で〔こまち〕連結のない新青森最速到達1.5往復がそのまま新函館北斗まで4時間2分の最速ダイヤになる、ことし3月の北陸新幹線金沢延伸の際に基本形態が整えられていたわけで、東京駅などの案内サインにもすでに「北海道」の文字が準備されているようだ。
津軽海峡線のうち、新幹線共用区間となる新中小国信号場〜木古内間は、新幹線の運行に対応して架線電圧が交流20,000Vから25,000Vに上げられ、信号保安設備も切り替わる。このため3月22〜25日は旅客列車がすべて運休となり、事前確認の1月1日 (全列車運休) も含めると「一本列島」のリンクが旅客輸送について計5日途切れることになる (貨物列車は運行の模様)。1988年3月14日、青函トンネルの開業日も連絡船が運航し (貨車航送の関係だったという)、二つの経路が1日限りで併存したこともあわせ、青函の特殊性が垣間見られる。

クロハ789-105

クロハ789-105

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

現在、青函間の旅客輸送は〔スーパー白鳥〕8往復、〔白鳥〕2往復が担っている。この列車名は東北新幹線の八戸延長(2002年12月) を機に、系統再編と快速〔海峡〕の集約によって登場した。ながらく日本海縦貫線を象徴する特急列車として名を馳せていた愛称は、2001年3月の廃止から1年半ぶりの復活。しかし北海道新幹線には〔はやぶさ〕と〔はやて〕が延長して使われることになったため、ふたたび歴史を閉じることになった。
〔スーパー〕のトレインマークは駒ヶ岳と小沼の白鳥がデザインされ、いっぽう〔白鳥〕に国鉄色車両が充当された際には、日本海縦貫線時代に馴染みのあった瓢湖の白鳥をイメージした国鉄時代のマークが使われていた。

モハ788-206

モハ788-206

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

789系は道央地区に転属して経年の進んだ785系を置き換えることになっており、その際に中間車は2扉化される。デッキと反対側の車端部にも側板が下へ張り出して、いま扉のある方とおなじような引戸レール点検蓋も見えるから、扉はその脇へ設置と予想される。
ところで〔スーパーカムイ〕〔すずらん〕には指定席「uシート」が設定されグレードが少し高くなっているが、〔スーパー白鳥〕は普通車は指定・自由席とも共通仕様である。どのような形に持って行くのか、半室グリーン車クロハ789形の扱いも含め注目されるところだ。

クロハ481-3017

クロハ481-3017

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

いっぽう485系といえば、183系と並び全国の電化区間で当たり前に見られた車両だったものだが、今年度上期にはなんと183系が先に絶滅 (現存車は傍系の189系)、485系もこの2往復が最後の系定期特急となってしまった。485系自体はJR東日本のジョイフルトレインに使われるため系列としては残りそうだが、種車のおもかげはせいぜい床下と台車くらいにしか残されていない。
大幅リニューアルした3000番台は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れる快速(糸魚川〜新潟) にも使われており、春にそちらの方で乗ってみた。梶屋敷の交直セクションで室内灯が消える列車はこの1往復だけである。
座席の取り替えは行われているが、相変わらずのシートピッチではさすがに足まわりが狭い。E5系やE7系に乗った後だと余計に落差を感じるもので、車齢そのものも設備的にももう潮時なのかなと感じずにははいられない。シートピッチの拡大された〔あいづライナー〕だったら重くとも軽やかに響くモーター音を耳に旅する時間が過ごせたが、それも思い出話になろうとしている。

やがて奥津軽いまべつ駅になる津軽今別駅の様子をながめて、津軽浜名の青函トンネル青森入口に足を伸ばした。活線中に作業をしているためなのか、列車通過時刻が近づくたびにすこし不気味な警報が鳴り響く。青森方からの〔スーパー白鳥5号〕が吸い込まれていった直後、轟音とともに〔白鳥22号〕が飛び出し、健脚ぶりを示すかのように一気に駆け抜けていった。
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Hello! モーリー

2013/11/16 00:00
東北新幹線が新青森まで全通した2010年の年末、八戸駅から青森ゆき 水色の電車に乗り込んだ。目的は青い森鉄道の走破。東北本線として通っている道ではあったが、経営体が変わったことで乗り直しになった。
2002年の新幹線八戸延伸によって、東北本線の盛岡〜八戸間は並行在来線として分離され、第三セクター会社が経営を引き継いだ。岩手・青森県境に近い目時(めとき) 駅を境に岩手県がIGRいわて銀河鉄道、青森県側が青い森鉄道に分かれ、「東北本線」は4つに分割された。IGRが第一種鉄道事業者であるのに対し、青い森鉄道は第二種鉄道事業者で、線路等施設は青森県が保有する「上下分離方式」となっている。

クハ700-1004

クハ700-1004

  • 東北本線 下田→陸奥市川 2008-4
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

東北新幹線新青森開業に伴いJRから分離された八戸〜青森間も青い森鉄道が引き受け、路線は目時〜青森間121.9kmとなった。同区間の新幹線連絡特急〔スーパー白鳥〕〔白鳥〕〔つがる〕は全廃され、以来リゾートハイブリッドHB-E300形〔リゾートあすなろ〕のほかは貨物列車と普通列車のみが細々と行き交っている。
大湊線(野辺地〜大湊) はJR東日本が引き続き運営するが、ほかのJR線から孤立した路線となったため、八戸〜野辺地〜青森間ではこの三駅以外で途中下車しない限り、「青春18きっぷ」は別途運賃なしで通過できるようになった。これまで国鉄〜JRから分離・廃止した路線で「青春18」の救済は一切行われなかっただけに、大湊線連絡が名目であるとはいえ、きわめて異例の扱いといえる。(八戸線も在来線としては孤立状態だが、その利用のために盛岡〜八戸を通過する際には運賃が必要となる)
車両は701系電車をJR東日本から譲り受けたほか、各社でも新製配置している。形式はそれぞれIGR7000系、そして青い森701系。漢字かな交じりの形式名はめずらしい。車両外形はJR車とほとんど変わらないが、新製車はJR車の一部にも設置される千鳥配置のセミクロスシートとなっている。

青い森701-101 青い森鉄道

青い森701-101

  • 青い森鉄道 下田←陸奥市川 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

盛岡支社701系の帯色 (側面) が藍紫であるのに対し、IGR車は青に黄色、青い森車は当初青帯を締めていたが、八戸〜青森の譲り受けを前に水色を基調とした新装ラッピング車となった。描かれているのは同社のイメージキャラクター「モーリー」、緑の森の中で突然現れた青い色の木

かつて寝台特急から夜行急行まで、さまざまな愛称でにぎわっていた東北本線から優等列車はすっかり消え、赤ベコED75も思い出の彼方である。北日本の物流を担う重軌条路線も旅客輸送に関していえばローカル線同然で、今後の展望も厳しいものであろう。そんななかでも青い森鉄道は地域輸送の改善に取り組んでおり、来春には東青森〜青森間に新駅が開業、これにあわせてE721系ベースの「青い森703系」が導入される予定である。
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セクション-2

2013/04/18 00:00
海沿いに水田がひろがる熊本県南部の八代平野。畳表の材料であるイグサの産地としても知られる。この真ん中を抜ける鹿児島本線には、かつて〔つばめ〕→〔リレーつばめ〕が多数設定され、八代まで最高130km/hで疾走する787系が頻繁に見られたが、九州新幹線全通後は肥薩線の〔九州横断特急〕と〔SL人吉〕の他は815・817系の2両編成が行き交うローカル区間になった。遠くにその九州新幹線の高い防音壁が望め、列車は乾いた音と屋上を見せて通過していく。
お目当ての列車を撮って次の場所へ……と思い、車に戻ってふと線路を見やると、架線柱に赤斜線のついた四角い白看板がくくりつけられているのに気づいた。交流異相区分セクション (交交セクション) の位置を示す標識だ。直線ではだいたい40〜50mおきにある架線柱もセクション部分は短くなっているが、1両入りそうな気がしたので、つぎの817系がセクションを通過する瞬間を狙ってみた。817系は筑豊・篠栗線電化時に投入された転換クロスシート車であるが、福岡都市圏での混雑緩和を目的としてロングシート2000・3000番台を新製配置し、捻出した0・1000番台で各地区に残っていた国鉄形 (717系など) を置き換えている。

クモハ817-13

クモハ817-13

  • 鹿児島本線 小川←松橋 2013-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

交流電化やセクションのメカニズムについては私自身門外漢なほうだから、詳しいことは他所におまかせするとして、とにかく交流電化区間では変電所ごとに波形の位相が異なり、さらに変電所を境に両側で波形の位相が90度ずれるのが普通である。位相の違う交流波形が混じらないように、変電所付近とき電区分所にはトロリ線のかわりにFRP製の絶縁架線「インシュレータ」が取り付けられている (拡大。2つ見えるのはここが複線区間のため)。
この場所を運転士に示すのが、白地に赤斜線の交交セクション標識である。六角形に赤白斜めストライプという派手な交直セクションほどではないが、取り扱いに注意を要するため (運転士にとっては当然憶えているべき事柄だが) 遠目にはっきり見える標識だ。交直・交交セクション自体は架線の下側が白くなっていること、吊架線にも碍子 (がいし) など絶縁体が取り付けられていることなどで、標識が見えなくてもセクションの場所は容易に判別できる。

電気機関車や電車はこの標識 (実際にはその手前にあるセクション予告標識) でノッチオフし、列車の最後尾が通過するまで力行してはいけない。架線 (き電線・トロリ線) は両位相が混じらないように絶縁されているが、消費電力の大きい力行状態でパンタグラフがセクションに入ってしまうとアークが発生し、パンタまたは架線を損傷するおそれがあるからだ。いまでは「なつかしの」といえるかもしれない鉄道ゲーム「電車でGO!」でも、在来線交流区間ではセクション通過が再現され、ノッチオフすればボーナス加算、逆にここで停止してしまうと大減点となっていた。

426-3

426-3

  • 奥羽本線 羽前中山→かみのやま温泉 2008-11
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO400

新幹線区間を疾走した 400・E3系は、福島・盛岡駅に到着すると2つ上げていたパンタグラフの一方を降ろし在来線へ向かう。いまの新幹線車両は高圧母線が編成全体に引き通され、2個のパンタも電気的につながっている。この状態で在来線形のセクションに突入すると母線経由で両側が短絡してしまうため、在来線では1つのみ使用することになっているのだ。EF81などの交直流電機、かつての485・583系では交流側最後の停車駅で2つめのパンタを上げる操作をするが、このまま交交セクションをまたぐと同種の事故になるので、交流集電時は片方が電気的に切り離されるようになっている。
力行時間が大半である高速鉄道での交交セクションはどう扱われるのか? 外国では手動扱いとする例が多いが、新幹線では人の注意に頼ることで起きる事故を防ぐ見地から、セクション通過の取り扱いも自動化されている。交交セクションのかわりに両側の位相区分から受電できる区間が設置され、列車がこの区間にいる間に変電所の回路が操作されて位相が切り替わる。通過と切り替えは一瞬で済むが、このとき車内でエアコンの運転がいったん停まるので (これは在来線でも同じ)、興味のある方は次回ご乗車の際に耳を澄ましてみては。
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TAMA☆SONIC

2013/03/10 00:00
2年前に何があったか忘れた人はいないと思うが、その1年前に南九州で起こった出来事は憶えておいでだろうか。2010年に宮崎県で発生した口蹄疫は、それと前後して発生した新型インフルエンザや鳥インフルエンザといった、目に見えず得体のわからないものへの畏怖も重なって、当時はたしかに国内を揺るがす大事であった。
農・畜産業だけでなく観光産業も大打撃を受けた (さらに翌年には新燃岳噴火の被害も被っている) 宮崎であったが、そんな状況に立ち上がった(?)のが、現在は和歌山電鐵の社長代理になった たま執行役員(当時)。同社とJR九州のデザインを手がける水戸岡氏の縁ということで、JR九州885系特急電車の1編成にイラストのたまが登場、「がんばれ宮崎!」ラッピングトレインとして2010年9月の土日に特急〔にちりんシーガイア〕(博多〜宮崎空港 1.5往復, 当時はハイパーサルーン783系で1往復運転) の限定運用を行った。同列車はJR九州在来線の最長距離運行列車であり、一方それ以外の〔にちりん〕は大分〜宮崎空港間に短縮されているが、かつて〔にちりん〕は博多から一部西鹿児島(現・鹿児島中央) まで足を伸ばし、南宮崎〜西鹿児島が電化されるまではキハ80系のディーゼルエル特急だった。

クロハ884-8

クロハ884-8

  • 鹿児島本線 東郷←赤間 2010-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

885系は2000年から博多〜長崎〔かもめ〕へ投入された制御つき自然振子式車両。そもそも長崎への鉄道は現在の大村線から先に開業した経緯があり、有明海を望んで走る肥前山口〜諫早間は大村線経由より短いとはいえ急曲線の続く単線の隘路で、沿線人口も希薄のため普通列車の本数はとくに佐賀・長崎県境で少ない。2012年に全線の着工が決まった九州新幹線(長崎ルート)も本線とまったく違う位置に建設されるし、長崎自動車道も大村回りで通っている。
福岡〜長崎という太い流動を結ぶ〔かもめ〕は自動車・高速路線バスとの競合もやはり激しく、対策として高速化は避けて通れなかった。曲線通過速度向上を狙って、さきに日豊本線へ投入された振子車883系〔ソニックにちりん〕(現〔ソニック〕) をリファインした車両が製造された。883系のステンレス車体に対してアルミ合金車体となり、真っ白に塗装したボディに黄色のアクセントカラーが裾に引かれた。485系「赤いかもめ」からさらに一新した885系は、「白いかもめ」と案内されている。客室は(登場時の)883系のカラフルなものから一転、グリーン・普通車全席とも本革張り、床をフローリングとして落ち着いた雰囲気になった。2001年には第44回鉄道友の会ブルーリボン賞、ブルネル賞、グッドデザイン賞を獲得。当初より6両編成で〔ハウステンボス・みどり〕併結の783系と交互に運転され、また間合いで〔ソニック〕にも2往復入っていた。「かもソニック」といったところか。

クロハ884-3

クロハ884-3

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

博多〜大分間を〔ソニック〕に統一するための増備車も885系となり、アクセントカラーを青とした5両編成が登場。883系の「青いソニック」に対し、「白いソニック」と呼ばれる。〔かもめ〕編成と予備車を共通化したため、「かもめ」車両がふたたび〔ソニック〕として運転することもあったし、その後1両増結され両者がほぼ同等になったため、「ソニック」車が〔かもめ〕に入ることも珍しくなくなった。
両方とも博多発着で (しかも逆向きに出発)、列車と車体が合っていないと紛らわしいこともあってか、九州新幹線の全線開業を機に「かもめ」車は青帯へ変更、側面の個別エンブレムも新幹線800系・787系同様の"AROUND THE KYUSHU"ロゴへ張り替えられた。ただし先頭部のカモメ形と"S"マークのエンブレムだけは存置されている。
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ステップからフラットへ-2

2012/07/14 00:00
富良野線からの帰りは札幌へ。この時期に北海道へ来たからには、もうひとつ「学園都市線」の様子を眺めておきたい。非電化ながら札幌近郊を走ることで急激に利用の伸びた学園都市線 (札沼線) は、6月1日に札幌〜桑園(そうえん) 〜北海道医療大学が電化。今回は第一次開業として約7割の列車を電車へ置き換え、10月には石狩当別までの全列車を電車化する。二段階スケジュールは1982年の東北新幹線みたいだ。
電化にあわせて新型車両733系が投入され、先立って長期試験されていたアルミ車735系アルミ車や721・731系とともに電車運用についている。気動車はキハ201にくわえPDCもラッシュ時中心に残っており、電車とPDC・ヨンマルの競演、非冷房車を中心に運用を離れた車両たちの甲種輸送など話題も多かった。7〜9月は「こころにくる旅。キュンと北海道」北海道DC (デスティネーションキャンペーン) の期間でもあり、多数の臨時列車運転とあわせ注目も集まっていることだろう。

クハ733-205

クハ733-205

  • 札沼線 石狩太美←あいの里公園 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

札幌駅8番のりばで9番に入る学園都市線電車を待つ。8番に据えつける〔スーパーカムイ〕の一瞬前に到着したのは、待望(?)の733系6連。前夜同駅でチラと見てはいたが、あらためて眺めると腰の低さが実感できる。E721系ほどまではいかないが、低床化 (客室床面高 1,050mm) によって出入口ステップが735系とも廃止され、いっそう乗り降りしやすくなった。
衝撃吸収の目的で顔面の中央部が張り出した顔つきは731系と同じ (ひそかにマツイ顔と呼んでます)。731系は構体を共有したキハ201が車体傾斜装置を装備するため、腰を境に上下両方がすぼまっているが、733系は上が垂直かつ下部の絞り込みが延長されているのでアゴのとがった顔に見える。
車内はロングシートで731系に似ているが、扉付近の折り畳み席は通常座席に変更された。デッキを省略し、風防つき袖仕切り・エアカーテン・開閉ボタンを装備するのは731系などと同じ。

モハ733-103

モハ733-103

  • 札沼線 石狩太美←あいの里公園 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

軽快に走り出した733系は、市街地を回り込むように北東の石狩市方面へと高架区間を進む。エンジン騒音のない車内は空調も完備され、快適さは格段に違う。従来3両編成だった昼間の列車にも6両運転が増えたことで、混雑緩和にもなっている。
地平に降りると、踏切ごとに虎縞の門型バーが建てられているのが目についた。架線事故防止のため、自動車の高さ制限を徹底しているのだ。20,000Vという高い電圧は近づいただけで感電するともいわれ、各駅に貼り出しているポスターには釣竿やホースでの水撒きなど、感電の恐れがある事例も挙げて注意を喚起している。
30分ほど走った石狩太美(ふとみ) で降り周辺を探してみたが、線路脇の雑草がだいぶ伸びている。結局、石狩川付近まで歩いてしまった。バックに石狩川橋梁 (ワーレントラス橋) を入れて俯瞰できるビトエ跨線橋からの撮影は、防風柵がさらに延長されてアングルがいっそう難しくなっているようだ。

クハ731-212

クハ731-212

  • 千歳線 上野幌←西の里(信) 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO250

731系も小径車輪 (810mm) を使用し、どちらかといえば低床型であるため、窓割が同じこともあって全体の印象に違いはない。黄緑の下についていたサブカラーの赤帯・青帯(キハ201) が733系には設定されず、側板のビードもなくなっているので側面はあっさりとしている。735系は側面帯もないのでさらにすっきり(?)
新十津川から直通するキハ40 400番台を併結したPDCも撮って、石狩太美から乗ったのはまた733系。(735系は来ていなかった) ところがスピードがなかなか乗らず、新川の札樽道オーバークロスではノロッコ号かと思うほどの徐行運転。あとで時刻表などを調べたら、あいの里教育大〜桑園間でほかの電車より5分も余計にかかっている。従来気動車でも代替できる運用を残したと推察できるが、新鋭電車なのにキハ201系どころかPDCにも負けてしまう妙なダイヤにあたってしまった。

キハ201-302

キハ201-302

  • 札沼線 北海道医療大学←石狩当別 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

午後に 百合が原付近のカーブへ行ってみるため、もういちど札幌から乗った。こんどはキハ201、昼間の気動車列車は事実上同系で統一され、冷房化も事実上完了したことになる。
函館本線の普通電車と同時刻の発車で、勢いよくスタートしたキハ201は721系に食らいつき、桑園まで併走した。文句なしの高性能を垣間見ることができたが、10月の全面電化以降はどう扱われるのか? PDCキハ143が室蘭本線へ異動するのと入れ替えに、711系が札幌圏でふたたび使用されるという話もあわせ、有り余るほどの性能をどう使っていくのか興味あるところだ。
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ステップからフラットへ

2012/06/09 00:00
半年ほど前の話になるが、南武線の稲城市内で行われている連続立体化事業 (高架化工事) のうち下り線部 (川崎→立川) が昨年末に完成、供用開始を前に施設見学会が行われた。使用開始直前のホームと線路も見学できるということで、駅の線路へおおっぴらに降りられる機会はそうそうないから……と足を運んでみた。
受付でヘルメットを借り、真新しいプラットホームの端からこれもふだん通ることはない作業用階段を通ってお目当て(?)の軌道敷へ。上からだと大した落差に感じないけれど、降りてみればホーム設備は見上げるような高さだった。

大都市圏「国電区間」のホーム高さは1,100mm (レール上面から: 以下同様) が標準とされる。大手私鉄もこれと同等で、成人男性なら胸〜腰のあたりか。でも実際の「地面」である軌道敷 (路盤) までの距離は、これにレールの高さ・枕木や道床の厚みが加わり、さらに道床はバラスト (砕石) で足元も悪い。だから、電車とホームの隙間に物を落としたとき、電車が出たばかりだからと安易に線路へ降りるのはとても危険である。

クモハ701-1026

クモハ701-1026

  • 東北本線 南仙台←名取 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

地方 (おもに交流電化区間) へ行くと、市街地の主要駅でもホーム高さは90cm台 (920mm) になる。それから離れたローカル区間になると70cm台 (760mm) まで下がり、そんな駅では台車とか気動車のエンジンも観察できるほどだ。車両床面との高低差が大きいので乗降口にはステップを設けてあるものの、ホームからだとステップ・客室と2段を上がらなければならない。電車運転が広まるまでは大幹線でもホームの高さは低く、だから石積みで作った70cmホームから90cm、さらに110cmへと積み増しした痕跡はいまでも多くの駅に残っている。
いっぽうで車両の床面は1,200〜1,300mmが長らく標準だった。電車や気動車では搭載機器のスペースも確保する必要があり、そう簡単には下げられない。連結器の高さが決まっていて (上下中心880mm) 貫通路はその上に通さなければならないことも、隠れた制約といえる。
しかしVVVFインバータ制御の普及などモーターや制御機器の小型化が進んだことで、車体底面をこれまでより下げることができるようになった。車輪径を小さくすれば同じ速度を得るにもより高回転が必要だが、広い範囲で性能を発揮できる交流モーターの採用も大きく貢献している。たとえば103系は1,200mm、113系は1,225mmであったのが、E231系量産車は1,165mm、E233系では1,130mmまで下がってきて、ホームと車両床面の段差はきわめて小さくなった。

クモハE721-36

クモハE721-36

  • 東北本線 南仙台←名取 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

そういった技術をさらに進化させ、地方の低いホーム区間でのバリアフリー化を成し遂げたのが、JR東日本のE721系交流電車である。721系 (JR北海道) と数字上の重複系列になったが、まったく関連はない。
他系列と比べるまでもなく、一目でわかる腰の低さというか短足ぶりが同系最大の特徴。車輪径810mm、客室床面高さは950mmで設計されていて、客室はフルフラットになった上にホームとの段差も3cmまで縮小した。屋根高さはそれほど低くないため、中に入ると天井の高さが印象に残る。2両編成は半永久連結のため各車後位は低床だが、運転室部は従来どおりの床面になっているため、編成間を行き来する場合は一段上がることになる。

SAT721-103 仙台空港鉄道

SAT721-103

  • 東北本線 南仙台←名取 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

東北・常磐・仙山線で使用される0番台、仙台空港アクセス線むけの500番台および仙台空港鉄道SAT721系 (共通仕様) があり、後二者は室内に大型荷物置場が設置される。いずれもホーム面1,100mm高さの区間での運用は考慮されない。もとより交流専用電車だから入ってくることがないのだ。
同系の登場によって、地方の鉄道路線でも十分にバリアフリー対応が可能なことが証明され、E721系・SAT721系は2008年に第48回鉄道友の会ローレル賞を受賞した。同様のコンセプトで設計製造されたのが、今般電化開業した札沼線 (学園都市線) 向けの733・735系電車。こちらも低床化 (1,050mm) によってステップレス・バリアフリー化が実現されている。
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海峡に舞う

2012/05/26 00:00
東北新幹線の終点・新青森と函館を結ぶ青函特急〔スーパー白鳥〕は、現在789系6両での運転 (2往復は485系〔白鳥〕) だが、連休や盆暮れの高需要期には8両編成となる。
新幹線八戸開業にあわせて2002年に登場した、"HEAT 789" こと789系。冬は地吹雪も吹き付ける平原、海岸からの潮風そして高湿度の海底トンネルという過酷な環境に対応し、また上り12‰連続勾配でも140km/h運転が可能な性能を持つ。先頭部はキハ281系から続く貫通形高運転台で、石勝線むけキハ261系の0番台と1000番台の中間に位置するデザイン。カンパニーカラーの萌黄色と、客用乗降扉脇の青函海峡図が北海道へと誘う。HEATは "Hokkaido Express Advanced Train" の意で、キハ281系 (現在 "FURICO 281") の愛称を引き継いだ。

クロハ789-101

クロハ789-101

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

函館で〔SL函館大沼号〕を降りたあと、午前中に存在を確認していたチ1000形を撮ろうと〔スーパー白鳥40号〕が停まる8番のりばを先端側へ進む。すると平板な789系側板の先に横筋のある車体が見えた。「こ、これは!」
道央のエル特急に活躍する785系電車は札幌〜旭川間〔スーパーホワイトアロー〕でデビュー、基本4両編成と付属2両編成それぞれ5本ずつを組み合わせ運転していた。2002年からの5両編成化で付属編成は2本を連結、のちに中間の運転台機能を停止しスカートを取り払ったのだが、あぶれてしまった1本は苗穂工場の脇で長期保管されていた。
それが2010年春に〔スーパー白鳥〕スタイルに変身して再登場、ファンの度肝を抜いた。東北新幹線の新青森開業に伴う青函特急再編への対応として、この785系保留車が活用されることになったのだ。

翌日、青森への移動で〔スーパー白鳥42号〕に乗る。その編成先頭にいるのは、またも785系ではないか。そうと知っていたら「えきねっと」シートマップで7・8号車を指定したのだが。
翌早朝、油川の撮影名所でED79牽引の大増結〔はまなす〕編成写真をおさめ、東北新幹線に移ってE5系〔はやぶさ〕を撮り、ホテルで朝食を取って、ふたたび油川に着いた。前日の42号は折り返し33号で函館へ行ったから、午前中の上り列車に賭けて待つ。1時間後、右手から現れたのは……

クハ784-303

クハ784-303

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

クハ784-5改めクハ784-303。301,302は789系で在籍するため空けたと見える。前面の愛称表示器はLEDから電照式になり、逆に側面の表示器はLED化された。
道央時代に施工された導風板追加やスカートの穴はそのままで、形状としては変わっていないはずだが、なにより下ぶくれの前面を黄緑に塗りつぶした印象が強烈で、その容姿から「バッタ」とか「カエル」とあだ名されている。
室内はリフレッシュされ、シートは789系と共通のグリーンに取り替えたので、黙って乗っていれば違いに気づかないかもしれない。オリジナル車はデッキから運転室越しに前面展望を得られるが、同車は仕切扉の窓がふさがれてしまったため、編成端貫通路が閉鎖された現在 乗客が青函トンネルを前方正面に見ることはできなくなった。

モハ785-303

モハ785-303

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

旧クモハ785-105は中間車モハ785-303に。運転台を完全に撤去した鋼製の前頭部は窓と扉がすべて埋められ、つるんとした端面になった。
国鉄〜JRの電車は中間車の先頭車改造がさかんに実施されてきたが、私鉄では短編成の電車から長くなったため中間運転台を撤去する例が多く、改造車の連結面にその面影を感じることもある。とはいえここまで丸みを帯びた流線形の改造例は思いつかない。クハ784-105と同じ形なのに、こうも印象が違うものか。連結相手がクハ789だから、まあそれもアリなのかなという感じもするけれど。
珍妙にして貴重な785系300番台は、789系300番台と同様に編成青森方へ連結される付属編成とあって、繁忙期でないとなかなかお目にかかれないようだ。なお新青森開業後の輸送力増強として、2011年度に789系6両が新製投入されている。
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かもステンどり

2011/01/15 00:00
カモステンドリ……ナンですかそれは? 珍鳥? 鳥を捕まえる独特の猟法? はたまたどこかで生まれた新ゆるキャラ!?……とあれこれ想像させておいて、まったく違います。

長崎本線・佐世保線で1976年から運転を開始したエル特急〔かもめ〕と〔みどり〕は、登場時から博多〜肥前山口間で連結している。博多〜鳥栖間は鹿児島本線と共用する高密度区間であり、以前から両線向けの優等列車併結運転は恒常的に行われてきた。両列車の併合部にも485系電車の貫通形クハ481-200番台が投入されたものの、なぜか活用されることはなかった。
1985年から〔かもめ〕と〔みどり〕を個別に運転して博多〜佐賀間で一時間あたりの特急本数を増やす施策がとられ、翌年には全列車が単独運転となった。JR化後に〔かもめ〕の増発で併結運転が再開されたがそれでも貫通路は使われず、九州所属485系は扉そのものが埋め込まれてしまった。

1992年、大村湾に長崎オランダ村の新テーマパーク「ハウステンボス」がオープン。最寄り駅として大村線にハウステンボス駅が開業し、アクセス特急〔ハウステンボス〕乗り入れのため佐世保線の早岐(はいき) から同駅まで電化された。
〔ハウステンボス〕は早岐まで〔みどり〕と併結、さらに両列車は基本的に〔かもめ〕とも併結するため、合計で12〜13両の堂々たる特急列車が登場することになった。そんな長編成を停める余裕があるのか気になるところだが、鹿児島本線や長崎本線は東京から寝台特急列車が乗り入れてきた歴史もあり、各駅ともじゅうぶんなプラットホーム延長は保たれていた。とはいえ博多駅では留置線の関係や列車輸送力の調整などでホーム上での分割併合作業も多く、運用の苦労が垣間見える。
3列車の連結順序は、いつも肥前山口側から〔かもめ〕-〔ハウステンボス〕-〔みどり〕と決まっている。だから全部あわせて「かも・ステン・どり」……とは私が勝手にそう呼んでいるだけだが。485系は他区間の新車投入にともない、2000年から783系に置き換えられた。

クロハ782-3

クロハ782-3

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

JRグループ初の新系列車両がこの783系特急形で、1988年に「ハイパーサルーン」の愛称でデビュー。特急形電車としてはじめて構体にステンレスを使用し、すべての車両中央に出入台を設けて前後A・B室それぞれコンパクトな客室を持つのが特徴。指定・自由席や喫煙・禁煙席の区分けを柔軟に設定できるのが利点で、後続する787系や883系などにも中央バゲージラックあるいはセンターブース (ボックス席) の形で継承された。反面いちばん乗り心地の良い車両中央がデッキで、客室が車端よりになってしまうのが難点か。当初は空調機器も全部床下にあって、屋上は振子車並みにスッキリしていた。
窓自体国鉄形よりぐっと大きくなったが、両先頭車の運転台後方区画は仕切りがガラス張り、床をかさ上げ窓高さもさらに拡大した、いわば「パノラマシート」区画。JR九州初期の看板車両として、最高速度130km/hで島内の幹線を軽快に駆けまわった。
0番台のクロハはおもに博多〜熊本間の〔有明〕3・4両編成に使用されていた。登場当初はカンパニーカラーの赤帯+白ストライプだったが、1994年からのリニューアルを機に、787系が採用したテーマカラー (緑赤青黒) を用いたデザインに変更されている。

クロハ782-508

クロハ782-508


中央に挟まれる〔ハウステンボス〕用のクロハ782は、真っ赤なフロントマスクが強烈な印象を与える。4両編成の車両端は先代485系のイメージを受け継いで、赤・黄・青・緑で大胆に塗りわけた。帯部のロゴ "HUIS TEN BOSCH" とは、オランダ語で「森の家」という意味。出入口の脇には、ヨーロッパ旧家にみられる紋章をイメージしたハウステンボスのエンブレムが飾られていた。しかしトンネル走行中に外れて窓ガラスを破損する事故が起きたため取り外され、現在はステッカー貼り付けとなっている。
全体に小窓が並んでいる車両はもと全室グリーン車クロ782形で、鹿児島〔有明〕(のちに〔つばめ〕)を中心に使用。編成短縮のため後方B室を普通席に改装し、クロハ782-500番台となった。

クロハ782-102

クロハ782-102


〔ハウステンボス〕の博多方と〔みどり〕の早岐方は中間普通車を先頭車化したもので、両編成間の貫通路もこんどは使用されている。100番台のA室はグリーン席に変更された。
列車名が〔みどり〕なのでイメージカラーも緑色。だが先代の485系はなんと「赤いみどり」だった。485系レッドエクスプレスは水戸岡鋭治氏による初期鉄道作品のひとつで、1990年の「赤いかもめ」を皮切りに九州の同系は次々と赤一色に染まっていった。原色塗りの車体にさまざまなレタリングを施した外装、正反対に暗色系を中心とする落ち着いた室内は、水戸岡デザインの特徴を示すものといえる。ボンネット車も例外なく変えられたのにはさすがに違和感をおぼえたものだが。

九州特急ならではの光景のひとつ、三様の三階建て特急列車は、じつはもうすぐ見納め。3月の九州新幹線全通によって〔リレーつばめ〕〔有明〕の任を解かれる787系が転用されて、改正以降〔かもめ〕は「白いかもめ」885系を含めすべて単独運転となる。
四半世紀のランデブーを続けてきた〔かもめ〕と〔みどり〕。両列車間の通り抜けは結局できないまま、その歴史に区切りをつけることになりそうだ。
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あかべぇの里へ

2010/08/23 00:00
今年の夏はいろいろな事情で時間が取れず、そんな中での貴重な休日を使ってなんとかリフレッシュせねば! と、福島県会津地方を訪れた。その中心となる会津若松には磐越西線・只見線・会津鉄道が乗り入れ、列車もC57牽引の〔SLばんえつ物語〕を筆頭に、多種多彩な車両が集まる楽しい場所だ。

前夜新幹線で乗り込んだ郡山から、車で磐越道に向かう。まずは猪苗代駅周辺だ。いくつものトンネルを抜けて猪苗代湖畔へ近づくと、正面に磐梯山がどーんと構えている……はずだが、あいにく頂上付近が雲に覆われていた。山バックの風景主体で撮ることも考えていたけれど、それなら仕方ない(?) ここは車両撮影に専念しておく。

クモハ719-15

クモハ719-15

  • 磐越西線 翁島←猪苗代 2010-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

東北本線・黒磯以北―交流区間の国鉄時代は、485・583系のエル特急が雁行する一方で普通列車の近代化は後れを取り、ED75牽引の客車列車が当たり前に走っていた。東北新幹線開業後、急行形455系や寝台電車(583系)改造の715系などでようやく電車化。それらも老朽化によって引退し、JR世代の電車に置き換わっている。
急行形は車両端2扉で使い勝手が悪かったため、その機器や台車を再利用して3扉式のステンレス車体に載せた719系が1989年に登場。後続の701系1000番台、新鋭のE721系 (数字がかぶっているがJR北海道の721系とは無関係) とともに、仙台〜福島地区の普通列車に使用されている。客席のセミクロスシートは近郊形で一般的なボックス2つではなく、2人がけ座席が 横-後-後-前-前-横 の順に並ぶ、同系独自の配列となっている。
仙台地区の普通電車は、かつて白地に緑帯、ステンレス化以降は緑帯に白赤の細線を添えたものが基本カラーだが、719系のうち磐越西線 (郡山〜喜多方) むけの車両は黒赤の帯 (前面は黒のみ) で印象が異なる。車体に貼り付けられているナゾの物体はご当地キャラの「あかべぇ」。会津地方の民芸品、牛の張子細工「赤ベコ」をモチーフにしたものだ。

クハ481-1015

クハ481-1015

  • 磐越西線 翁島←猪苗代 2010-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

磐越西線にはその名も〔あいづ〕という特急列車が1往復、上野から直通していた。新幹線の開業後も長らく残された最後の東北昼行特急だったが、1993年に上野〜郡山間を廃止して、郡山と会津若松・喜多方を結ぶ新幹線連絡特急〔ビバあいづ〕に変身する。担当する485系も黒・赤・銀の専用塗装となり、先頭車頭上の前照灯が撤去されて交直流特急らしくない姿になってしまった。
そこから同列車のたどった経緯は、あまりにも変化点が多すぎて私自身も追い切れていないが、2003年に快速〔あいづライナー〕に格下げされながら国鉄色に特急〔あいづ〕のイラストマークで運転された時期もあったりした。現在は2007年に登場した専用車両で運転されている。鮮やかな赤の地色にシルエットで描かれる磐梯山と鶴ヶ城が力強く、そこに謎だらけの「あかべぇ」が並べられてなんとも不思議な雰囲気だ。

夏から秋にかけての数日 (土休日)、「あかべぇ」485系は交直流車の特性を活かし、臨時特急〔あいづ〕として上野へ乗り入れている。当日はその日であった。各運転日の〔あいづライナー〕を代走するのは国鉄色583系で、期間限定ながら寝台電車の独特な雰囲気に触れることができる。
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神の村にて

2010/05/26 23:50
国道12号線で深川から旭川へ向かう途中、山に突き当たった道路はトンネルに入る。そこに入らず直前で左折すると、すぐに「神居古潭 (かむいこたん)」の看板が見えてくる。
カムイコタン (kamuy-kotan) とはアイヌ語で神のいる村(場所)の意。道央をゆったり流れる石狩川はこの周辺で山間の狭い谷を抜けており、「舟が唯一の交通手段だった時代、両岸から奇岩怪岩が迫る激流のこの地では、神(カムイ) に祈りを捧げて通らなければならない場所」で (当地の解説文による)、そのような難所であることから「魔神が住む所」という意味もあった。
開業当初の函館本線はこの渓谷北側を通過し、当地に神居古潭駅が営業していた。1969年の旭川電化時には、北側の山中を複線のトンネルが貫通して線路が移設されたため、同駅は廃止となった。1989年になって旧駅舎が復元され、また線路跡を利用したサイクリングロードの拠点にもなっている。

C57 201 (静態保存)

C57 201

  • 函館本線 (旧)神居古潭 2010-5
  • D700, AF Nikkor ED 18-35mm F3.5-4.5D, ISO200

旧駅舎の近くには3両の蒸気機関車、29638 (9600形), C57 201, D51 6 が静態保存されていた。
北海道のC57というと、最終旅客列車を牽引し現在は鉄道博物館に展示されている135号機がとくに有名だが、この201号機は4次車とよばれる最終グループで、同形式のラストナンバーでもある。密閉型のキャブを本格採用し、デフレクタの形状や炭水車の構造もそれまでと変わっている。整った形態で「貴婦人」の愛称を持つ同形だが、4次車のスタイルは大型急客機C59形に通じ、近代的なスマートさも感じさせる。
(注: 超広角域で撮影のため、最前面以外の縮尺は正確ではありません)

クハ711-104

クハ711-104

  • 函館本線 峰延→岩見沢 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

旭川電化に先立つ1968年に小樽〜滝川が北海道最初の電化区間となったとき、小樽・札幌〜旭川を結ぶ急行〔かむい〕の1往復が711系電車に置き換えられて、道内初の電車急行が登場した。
営業用としては国鉄初の交流電車は、サイリスタ位相制御の高い粘着性能をあてにしたクハ-モハ-クハの1M2Tと、当時としては低いMT比が特徴。車端2扉デッキつき・セミクロスシート・二重窓はキハ22などと同等の設計である。機器類は徹底した雪氷・寒冷対策が取られていて、その思想は現在活躍する新鋭車にも受け継がれている。系列十の位が1で車種上は近郊形に属する同系だが、北海道形の国鉄車両はその構造上急行に使用してもさほど問題なく、事実ローカル線ではキハ22やキハ40による急行も存在した。

モハ711-107

モハ711-107

  • 函館本線 岩見沢→峰延 2009-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

本州などの電車にくらべると加速がとてもゆるい711系は (以前も述べたが加速度はキハ201系の約半分)、現在の札幌近郊ではさすがに常用されない。とはいえ当時の機関車+客車や気動車に対してはじゅうぶん快速であり、札幌を離れれば駅間もとても長いので、その性能で問題なかった。停車駅の少ない急行にはさらに向いているといえ、1968年から〔かむい〕は電車主体になり、1971年には札幌〜旭川間ノンストップの〔さちかぜ〕1往復を設定、表定速度85.5km/hは本州の幹線エル特急に比肩する俊足ぶりだった。

「かむい」の名はカムイそのものにくわえて当地神居古潭、それと張碓の神威古潭から取ったものと見てよいだろう。札樽間に立ちはだかる張碓の断崖もまた、通行の難所だった。
〔ホワイトアロー〕〔ライラック〕に格上げ吸収された〔かむい〕は2007年に新エル特急〔スーパーカムイ〕として復活、785系・789系が130km/hで疾走する。トレインマークに流れる2本のラインは、大雪山と石狩川をイメージしたものである。
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タイトル 日 時
ウォーミング・アップ
ウォーミング・アップ ひさしぶりに上野幌の築堤に立つ。いまひそかに注目している一般形DCの代表形式キハ40系、北海道の仲間を撮り集めよう、と連休のさなか札幌千歳へ乗り込んだところだ。 JR旅客6社に在籍する最多両数のグループで、まだまだ平凡といえる存在のキハ40だが、形態のバリエーションも意外に多く、地方独自の塗装は言うまでもない。そして特徴的な二重窓タイプは、北海道でないと見られない車両たちだ。 札幌圏での同系の舞台は「学園都市線」だが、準備運動に千歳線へ足を運ぶ。最初のターゲットはキハ183-5000番台 (... ...続きを見る

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2010/05/10 22:00
スーパーワイドビューコミューター
スーパーワイドビューコミューター 日本の鉄道車両の窓はどれも大きく、格子や金網もないので見通しがとても良い。割れた状態で走ることはないし、たいていは汚れてもいないから、外に流れる四季折々の車窓を十分に堪能できる。 ご多分にもれず私も乗り物に乗れば窓側に座る。風景を楽しむこともそうだが、撮影予定地の現状を調べることも重要な目的だ。だからあえて日の当たる側に座り、暑いけどカーテンやブラインドもできるだけ閉めずにいる。最近の車両は紫外線カットの機能を持ち、日除けを省略する例も増えてきたので、いつでも見晴らしが確保でき都合がよい。それ... ...続きを見る

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2009/05/15 23:15
TSUBAME
TSUBAME 開けた場所で撮影することの多い私は、野鳥の姿で春の訪れを感じることも多い。まだ水のない田んぼからぐんぐん高く上がっていくヒバリはその筆頭。4月になるとこれに加えて、俊敏に飛び回るツバメもよく見かける。やがて軒下に巣が造られ、目立つ場所で親鳥とヒナの姿がよく観察される。 (静岡市清水区 2008-6) ...続きを見る

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2009/04/12 23:30
White Arrows
White Arrows 最近のエントリは季節感がなさ過ぎるようなので、このあたりで寒い画でも……ということで、冬といえばやはり北海道から。 ...続きを見る

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2009/02/15 21:30
木に竹を接ぐ
木に竹を接ぐ 以前紹介したワンマン化による車両の改造についてのコメントから、ある車両のことを思い出した。 ワンマン運転、とくに車内で運賃を収受する区間では、運転台と運賃箱、降車口をできるだけ近くに配置するのが望ましい。いわゆる「レールバス」――JRローカル線・第三セクター用ディーゼルカーはそれを踏まえて設計されているし、JR電車でも701・E127系(東日本)、313系(東海)、125・521系(西日本)、7000系(四国)、815・817系(九州)などはそれを前提としたものだ。そうでない国鉄型車両の場合、... ...続きを見る

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2009/01/20 23:10
ニューフェイス1周年
ニューフェイス1周年 ちょうど1年前の2007年10月1日、789系1000番台〔スーパーカムイ〕がデビュー、781系を一斉に置き換えた。同車は〔スーパー白鳥〕に使用される "HEAT789"(100番台) から青函トンネル対策などの特装を解いて、かわりに乗降扉を増設した。 ちなみに100番台も将来こちらへの転用を想定した設計がなされているとか。 以来、1990年登場の"SWA" 785系とともに北海道「エル特急」の顔として道央地区を快走する。空港連絡・ビジネス利用のほか、週末は旭山動物園へのアクセス列車にもなる。... ...続きを見る

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2008/10/01 01:00
夏休みの自由課題(2) -バスの記憶
夏休みの自由課題(2) -バスの記憶 夏休み後半、長野県から舞台は一気に九州へ移動する。0系〔こだま639号〕に新大阪〜博多そして博多南までつきあって、九州新幹線受け入れ工事の只中にある博多駅へ戻った。 ...続きを見る

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2008/08/21 00:20
TOYAKO SUMMIT
TOYAKO SUMMIT 第34回主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)が開催される。道内では警備も超厳戒態勢に入っているのだろう。と言っている首都圏も例外ではなく、構内を警官が巡回していたり、駅のコインロッカーが閉鎖されたりなど、影響は少なくない。 さてJR北海道では快速〔エアポート〕に使用する721系の3編成に4月末からラッピングを施して走らせている。また駅構内にはサミットを歓迎する各国の言葉と動物たちの写真があふれていた。でも……首脳はここには来ないでしょう? ...続きを見る

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2008/07/05 00:58

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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