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種別や用途、連結位置などにより形式ごとにさまざまな表情を見せるのが、編成を組んで運転される鉄道車両の特徴といえます。
本ブログは列車を構成する車両そのものに焦点を当てて、走行する各車のパンニングフォト(流し撮り写真)で構成する、サイドビュー(側面写真)専門館です。
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白の記憶―青函点望

2016/04/01 00:00
春・夏に青森を訪れたら、この列車は外せなかった。最後の急行列車、最後のJR客車列車、そして最後のブルートレイン車両。青函連絡船の深夜便を受け継ぐ形で誕生した急行〔はまなす〕は、JR世代でありながらも国鉄の雰囲気を残しつつ、2016年3月22日の北海道新幹線設備最終切換を前に海峡線旅客列車のしんがりをつとめあげた。
いつものように油川の撮影場所に腰を据えてそのときを待つ。右手踏切の警報器が鳴り出し、右側から赤いED79に牽かれてブルーの客車が乾いた音を立てて通り過ぎていった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200


この画像は単なる白のべた塗りではありません。そう、心の眼で見てください……というわけではないが、最近はよくしたもので、高度な画像処理でこの絶望的な状況もなんとかできたりしないかと思ったものである。画像(RAW) の現像に際しディヘイズ (かすみ除去) 処理をかけてみると、なんと! 真っ白な画像の中から車体の形が浮き出てきた。それにしても、自分で言うのも何だがよくここまで止めたカットがあったものだと。
津軽線付近は海が近いせいか夏場は市街近くでも霧が良く発生し、同列車や〔北斗星〕を狙う撮影者を悩ませていたようだ。この日も宿を早朝に抜け出して、青森駅付近の晴天に気をよくして車を進めていたが、突然の真っ白なベールに立ちはだかれてはなす術もなし。すこしくらいは見えてくれないかという願いも空しく、ほぼ定刻どおりに列車は音だけを残して走り去っていったのだった。

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ED79 58−ED79 59

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

太陽が高くなるにつれて霧は徐々に晴れ上がってきた。そんな中に現れたのはED79 50番台重連の貨物列車。元の画像はやはり乳白色だらけだが、今度はなんとかそこから浮かび上がらせることができた。貨物用の50番台は、当代青函連絡の主役EH800の暫定投入と入れ替わりに、一足早く運用を退いている。

14系客車500番台は、北海道内の夜行急行列車の体質改善を目的に臨時特急用の14系座席車を耐寒耐雪化したグループで、1981年2月に函館本線(通称山線経由)の急行〔ニセコ〕に投入。後に寝台車も加わり、札幌から北海道各地に向けブルートレインが走ることになった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 千歳線 島松→北広島 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400

外見では乗降口の折戸が凍結予防として引戸に変更されたのが最大の特徴だ。扉の片方は荷物置場部に引き込まれるが、もう片方は客室座席部まで食い込むため、窓幅がすこし狭められているのも目に付く。一部車両は扉の窓に「自動ドア」と注記しており、登場時は10系寝台客車と併結していた歴史を語る。車両自体の空調は電気式 (スハフのディーゼル発電機から) ながら、蒸気暖房の配管も通っていた。550番台はオハフ13に発電機を搭載した車両で、〔はまなす〕では函館・千歳線上で車掌室を函館側に向けて連結されていた。

冒頭の画像iについては、画像を調整しても結局車号は判別できなかった。ならばなぜ書いてあるのか? という疑問への答えは単純、その夜札幌へ飛んで翌早朝の下り列車を迎え、うまく同一車を記録できていたというわけだ。
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秒速2635センチメートル

2016/03/16 00:00
すこし古びた駅のホームを緩やかに離れて田園地帯に出た115系電車は、MT54形モーターの唸りも高らかに北関東の平原を駆け抜けていく。足下からは、最近ではなかなか聞く機会のなくなった定尺レールのジョイント音が、軽快な三連符を奏でている。
時計の秒針を見ながら、その音を数えていく。1, 2, 3… 9秒間でおよそ9回、18秒で19回だから、速度は約95km/hというところか。運転席の速度計をのぞき見ると、針は確かに90と100のほぼ中間を指していた。

クハ115-1097

クハ115-1097

  • 両毛線 岩舟←大平下 2016-3
  • D7200, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

東北本線小山から上越線新前橋までを結ぶ両毛線は、文字通り上野(こうずけ:←上毛野) と下野(しもつけ:←下毛野) にまたがる地域「両毛」を走る。線籍は東北本線の支線でありながら、高崎・上越線との結びつきのほうが強いためか、営業上は小山方面ゆきを下りと案内している。
東北本線(宇都宮線) から115系が撤退してもう随分経つが、両毛線はじめ高崎地区ではいまだ健在、どころか全車とも緑にオレンジの国鉄湘南色をまとい、カーブや勾配の少ない線路をのびのびと走る姿がいまだ日常のものである。東京近郊区間の外周部にあたることから、手軽に旅行気分を味わうことのできる路線だ (107系や211系運転の列車もあるのでご注意)。

ところで18秒で19回から速度が95km/hだと、どうしてすぐわかるのか? 両毛線の運転速度は最高95km/hだが、当然ながらそういう根拠ではない。ということでその計算方法をひもといてみよう。
9秒間に8回 (ボギー台車2軸の通過を1回と扱う) のジョイント音が聞こえたとする。定尺レールの長さは25m。まれに20mのレールだったり、左右レールのジョイントを互い違いに配置する区間もあるけれど、基本的に8回聞こえたら25×8=200m進んだことになる。いっぽう、9秒は1時間 (60×60=3600秒) の400分の1であるから、その長さを1時間分に引き延ばすと200×400=80,000mとなり、時速80kmとなる。そして自明だが80は8の10倍だ。
10回聞こえたら9秒間に250m進むから、1時間で250×400=100,000mで100km/h、そして100=10×10。18秒で19回なら9秒では9.5回、9.5×10で95km/h…という具合に、9秒間に聞こえたジョイント音の数 n がわかれば、列車が約(n×10)km/hで走っているとわかるわけだ。9秒が1時間の400分の1で、25mが1kmの40分の1という比率の比がこの速算の肝になっている。(数理的解法の例)
ならば90秒間で何回聞こえたか数えれば、1の位まで出せるのでは…と思う向きもあろう。しかし高速域での微妙な加速や惰行、途中に挿入される短いレールなどを考慮すると、1分半かけて数えたところで大した精度になりはしない。9秒か、せいぜい倍の18秒にとどめておいたほうが無難である。

クモハ115-1029

クモハ115-1029

  • 上越線 後閑←沼田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO100

小山から4駅目の岩舟は、アニメ映画「秒速5センチメートル」の舞台になった。残り少ない運転となった〔カシオペア〕の帰着からつぎの出発までに、両毛線の115系を見に行こうと思いたった理由は、つい先日この作品を観たからにほかならない。緻密に描写された作品の世界をたどっていくと、逆に現実が作品の写し絵であるかのようにも感じられる。物語の主人公・貴樹が転校していった幼なじみの明里に再会しようと向かった岩舟駅は、その由来となった岩船山の麓にある。石材の採掘で削られ異様な姿となった山肌は、作品で描写されていた形とすこし違うのだが、山体の一部が2011年3月に崩落したためという。
雪のために宇都宮線が遅れ、貴樹がようやく乗れた小山20:15発の列車は大雪でさらに遅れを増し、岩舟までの19.3km (営業キロ) に2時間も要することになった。平均秒速 268センチメートル。
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マドとデザイン

2016/03/01 00:00
旅客の利用する車両にほぼ確実に存在しているのは、いうまでもなく窓だ。大型ガラス製造の進化により眺望を求める車両は大胆に大きく、反面軽量化の要請により新幹線では面積が小さくなったりしてはいるものの、客席があればほぼ窓は存在する。またその窓の配置は、車体の塗装などのデザインと影響しあう要素と言える。
国鉄時代の車両では、食堂車―新幹線36形だとかスシ24等に見られるように、たとえ通路でしかなくても窓を設けるのが通例だったし、洗面所なども明かり取りとしてすりガラスの窓を設置するのはごく普通だった。いまでは改造設置も含め洗面所に窓は取り付けられなくなったし、そのほかにも今頃になって数が増え出した食堂車のキッチンとか、イベントスペースを設置する際に窓が大幅に埋められてしまうケースも多く、それはときに車体の印象をも変えてしまうことがある。

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521-7002

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2014-8
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO320


山陽新幹線で〔こだま〕として使用されている500系新幹線。300km/h運転はすでに不可能で、スピードでのフラッグシップトレインではなくなったが、その人気はいまだに衰える気配もなく、同系モチーフの公式キャラクター「カンセンジャー」は駅構内で放映されるマナー講座の主人公をつとめるなど、JR西日本の大事なコンテンツとして扱われている。その500系と、息の長い鉄道おもちゃである「プラレール」、プラレールには欠かせない電池「エボルタ」がコラボレーションし、2014年7月から「プラレールカー」が運転を開始した。
専用編成となったV2編成1号車の座席はすべて取り払われ、プラレールのジオラマや遊具などを設置したフリースペースとした。春・夏休み等などは非常に賑わいを見せた「プラレールこだま」は、当初2015年3月までの予定を半年延長したほどだった。V2編成はかつてW2編成として登場しており、先行製作車のW1編成とのすれ違い試験用として、運転台脇に設置された小窓が特徴である。

外から「プラレールカー」とわかる装飾は、出入口脇に貼られた「プラレール」のシールだけというもので、もうすこし大胆にしても良かったのでは……と思ったものだが、これに代わって登場した「500 TYPE EVA」は編成全体を装飾するという驚愕のデザインとなった。2015年の山陽新幹線開業40周年を記念して、「新幹線:エヴァンゲリオンプロジェクト」が始動、2015年11月から運行を開始した。アニメ界のマイルストーンのひとつといえる「新世紀エヴァンゲリオン」の放送開始から20周年という節目もあって、このコラボが実現した。

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521-7002 (500 TYPE EVA)

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2015-12
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO125

TYPE EVAは「プラレールカー」だったV2編成。「初号機」のイメージで塗装されているが、とりわけ1号車は客室窓まですべてデザインが覆いつくしているのが目を引く。個人的にこの作品にはほとんど興味は持たなかったのだけれど、旅客車なのに窓がまったくないという特異な姿はとらえる価値があると思い、「プラレール」時代と同じ〔こだま741号〕で西下するV2編成の姿を、同じ場所でとらえてみた。客室の窓は全部埋めたのに先頭部の小窓だけしっかり残してあるのは、プロトタイプとして通じあうからだろうか。
広告規制の絡み (参照) もあって、「TYPE EVA」以外に作品を明示するものはなにも存在しない (ということは「プラレール」の控えめな配置もそういう事情だったのか……)。しかしひとたび車内に入れば作品の世界観であふれていて、なかでも窓を覆った1号車は展示・体験ルームとして、事前予約した人のみが入室、コクピット搭乗体験ができるようになっている。なお公式サイトによれば、3月15日からは予約なしで入室は可能になるとのこと。

上越新幹線にこの春からデビューする世界最速美術館「現美新幹線」は、そのコンセプトもさながら、車両片側だけだが6両編成中4両が窓なしという、これまた思い切ったデザインとなる。大胆な塗装・ラッピングや窓配置の車両がひきも切らず登場し、車両そのものへの関心もつきることがない。
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赤の時間―青函点望

2016/02/01 00:00
津軽海峡線の朝は早い。午前4時すぎ、おそらく保線のために取られている空白時間の明けるのを待って、青森・函館両方から貨物列車が青函トンネルへと流れ込む。本州に上陸した上り列車は5時半ごろ、まだ眠りから覚めない青森の市街へ到着する。
貨物列車の牽引を担当するは東北の主役「金太郎」ことEH500。赤いマンモス電機の行き交う姿はしかし、3月21日で急に途切れてまう。翌22日から行われる「地上設備最終切換」で、青函トンネル区間が北海道新幹線への運行システムに切り替わると、これまでの在来線電車や機関車は自走で乗り入れることができなくなる。かわって登場するのが新たな赤い電機、EH800だ。

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EH800-6

  • 津軽線 津軽宮田←油川 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

貨物列車と交互走行することになる北海道新幹線の青函トンネル区間は、新幹線が当面140km/hに速度を落とす一方、在来線側も架線電圧の交流25,000Vへの対応が必要となる。このため複電圧および新幹線運行システム (ATC, 列車無線など) に対応した電気機関車として開発されたのがEH800形である。形式の800番台はJR貨物の交流電化区間向け交流電動機機関車として確保されていたもので、1月末で試作車(901) と量産車15両の全16両が出そろった。現ダイヤではED79形50番台が牽引していた列車を中心に、東青森〜五稜郭間で足慣らしを続けている。
車体のサイズや基本デザインはEH500と同等で、外観で違うのは前尾灯がEH500-1,2とおなじ位置に下げられたこと、集電装置がシングルアームパンタになったこと、それから函館側 (2エンド) の車体裾部にふくらみができているところだ。この部分には新幹線のデジタル無線システムが使用するLCX (漏洩同軸ケーブル)用アンテナが収容されており、同形の特殊な機能を印象づける。細かいところでは運転台頭上に新幹線車両とおなじ形の検電アンテナが載っているのも見逃せない。赤い車体には本州と北海道を結ぶイメージの白ラインに、スピードを意識した銀のラインが回り込んでいる。愛称やマスコットはとくに設定されなかった。

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EH500-56

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

北海道への鉄道物流に大きな役目を果たしたEH500にとって、今回の改正は大転機となるのだが、影響はそれだけではなさそうだ。遠く離れた黒磯駅では現在、地上での交直流電源切換を車上切換 (交直セクション方式) に変更する工事が進められているが、こんどのダイヤ改正で同駅での機関車交換が全廃されるという。
青函間が縮んだぶんEH500運用の範囲が首都圏側に伸ばされる形になるが、これによって宇都宮線区間での直流機運用、とくに国鉄形は激減することが予想される。EF510形500番台もほとんどJR東日本から離れているから、蓮田や栗橋のポイントで青い電機の姿をとらえる機会はかなり減りそうだ。

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コキ53352

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

もうひとつ注目は赤い(正確にはとび色:赤茶) コンテナ貨車、コキ50000系。大半の列車は最高運転速度110km/h対応のコキ100系になっており (貨物時刻表によれば、東北線等を含む道内の列車最高速度は100km/h)、最新のコキ107も北海道まで乗り入れているが、11月時点でも一部列車は最高95km/hの同系での組成だった。
一部100km/h, 110km/hに改造された車両も先に廃番台になり、もともとの95km/h車だけが数を減らしながらもなお残っている状態なのだが、新幹線との速度差がわずかばかりだが大きくなるわけで、そもそも車齢もかなり高くなっていることもあり、この区間に限らず行方がすこし気になってくるところ。
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絵本の世界へ

2016/01/01 00:00
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

大井川鐵道ではこのところ、夏頃に不思議なことが起きている。1台の蒸気機関車が姿を消し、入れ替わりにちょっと変わった機関車が登場しているのだ。2012年と13年は、同社のSLキャラクター「SLくん」が青色の出で立ちで登場、そして2014年と15年には、イギリスのソドー島から1台の有名な蒸気機関車と仲間たちがやってきて、同線で夏休みを過ごした。ソドー島からの来訪者とは、そう「きかんしゃトーマスとなかまたち」の主人公であるタンク機関車のトーマスだ。
本来は入換や小運転むけの機関車であるためすこし荷が重いらしく、電気機関車のアシストを受けての運転とはなったが、緑濃い山里を絵本の世界そのままにはしる機関車の姿が評判をよび、2015年夏もひきつづきソドー島から大井川鐵道にやってきたのだった。終点の千頭には、日本からソドー島へ渡った「ヒロ」が里帰りし、2015年には小型タンクの「パーシー」も加わった。

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1 (Thomas)

  • 大井川鐵道大井川本線 崎平←千頭, 2015-7
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

日本にやってきたトーマスは、姿を消したC11 227号機のボディにそっくりな形と大きさになっている。デフレクタが取り払われて表情をつくる顔が取り付けられ、水色の3つの動輪に前デッキ(ランボード)に置かれた前照灯も絵本の雰囲気そのままだ。トーマスはC形(0-6-0)であるが大井川に来た際に従輪が3軸増えて1C2形(2-6-4)に見えるのだが、それらは目立たなくされている。牽引するオレンジの客車に掲出された種別板は「特急」となり、SL急行料金よりすこし高い「トーマス料金」の適用を受けた。
2015年の夏はもう1台、赤い「ジェームス」もトーマスにすこし遅れて到着し、7月から運転を開始。こちらはやはりどこかへ行ってしまったC56 44号機とおなじモーガル(1C/2-6-0)形テンダ機関車である。ジェームスの出番はトーマスと入れ替わりで平日中心であったが、最初の週末だけはトーマスと同日運転ということで、その日を狙って千頭まで足を伸ばし大井川の岸に構えた。先行するのはジェームス率いるお座敷展望列車。赤いボイラが緑の風景でいっそう引き立って見えた。

路線・観光バスの運行に関する規制の強化を発端として大鐡のSL列車は苦境に立たされ、普通列車の大幅減便といった地元には厳しい状況となっていた中、2014年に大鐡がトーマス列車の運行を発表するや大いに注目を集め、連日ほぼ満席で運行された。2015年12月にはリスマスイベントと絵本の出版70周年を記念して再度の来訪、夏には試乗会のみで行われたふたりの重連も行われ、好評のうちにシーズンを締めくくった。2016年もまたトーマスたちが夏休みにやってくるそうで、さらに新たなキャラクターの来訪も発表されている。

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5 (James)

  • 大井川鐵道大井川本線 崎平→千頭, 2015-7
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160


帰りは通常形態のSL〔かわね路2号〕に乗車した。牽引機は大鐡2台の留守とトーマスたちを預かる2台のうちC11 190号機の牽引だった。お召し列車牽引の装飾で復元されている同機は一時期個人所有であったことも関係するのか、それ以外の装飾や形態変化はほとんど受けていなかったが、同社SLの40周年を記念して変形デフの代表格である小倉工場式デフレクタ、通称「門鉄デフ」(門デフとも) に取り替えた姿で1月〜3月まで運転される。

© 2015 Gullane (Thomas) Limited.
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白鳥の歌―青函点望

2015/12/28 00:00
津軽線の油川駅からすこし北へ進んだ神社脇の撮影地…を抜けて、東側から線路と並行に構える。後に連なる山の前にはいつしかやぐらが組まれ、やがてその上にコンクリートの帯が乗っかり、柱と電線が追加されていった。来年春にはその高架橋を、E5/H5系新幹線が行き来することになる。

クハ789-301

クハ789-301

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

8月の〔北斗星〕最終運行からすっかりご無沙汰しているうちに、年末恒例のJRグループダイヤ改正の概要が発表された。今回は北海道新幹線にあわせ2016年3月26日の改正である。
目玉である北海道新幹線のダイヤは現行の東北新幹線を延長した形で〔こまち〕連結のない新青森最速到達1.5往復がそのまま新函館北斗まで4時間2分の最速ダイヤになる、ことし3月の北陸新幹線金沢延伸の際に基本形態が整えられていたわけで、東京駅などの案内サインにもすでに「北海道」の文字が準備されているようだ。
津軽海峡線のうち、新幹線共用区間となる新中小国信号場〜木古内間は、新幹線の運行に対応して架線電圧が交流20,000Vから25,000Vに上げられ、信号保安設備も切り替わる。このため3月22〜25日は旅客列車がすべて運休となり、事前確認の1月1日 (全列車運休) も含めると「一本列島」のリンクが旅客輸送について計5日途切れることになる (貨物列車は運行の模様)。1988年3月14日、青函トンネルの開業日も連絡船が運航し (貨車航送の関係だったという)、二つの経路が1日限りで併存したこともあわせ、青函の特殊性が垣間見られる。

クロハ789-105

クロハ789-105

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

現在、青函間の旅客輸送は〔スーパー白鳥〕8往復、〔白鳥〕2往復が担っている。この列車名は東北新幹線の八戸延長(2002年12月) を機に、系統再編と快速〔海峡〕の集約によって登場した。ながらく日本海縦貫線を象徴する特急列車として名を馳せていた愛称は、2001年3月の廃止から1年半ぶりの復活。しかし北海道新幹線には〔はやぶさ〕と〔はやて〕が延長して使われることになったため、ふたたび歴史を閉じることになった。
〔スーパー〕のトレインマークは駒ヶ岳と小沼の白鳥がデザインされ、いっぽう〔白鳥〕に国鉄色車両が充当された際には、日本海縦貫線時代に馴染みのあった瓢湖の白鳥をイメージした国鉄時代のマークが使われていた。

モハ788-206

モハ788-206

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

789系は道央地区に転属して経年の進んだ785系を置き換えることになっており、その際に中間車は2扉化される。デッキと反対側の車端部にも側板が下へ張り出して、いま扉のある方とおなじような引戸レール点検蓋も見えるから、扉はその脇へ設置と予想される。
ところで〔スーパーカムイ〕〔すずらん〕には指定席「uシート」が設定されグレードが少し高くなっているが、〔スーパー白鳥〕は普通車は指定・自由席とも共通仕様である。どのような形に持って行くのか、半室グリーン車クロハ789形の扱いも含め注目されるところだ。

クロハ481-3017

クロハ481-3017

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

いっぽう485系といえば、183系と並び全国の電化区間で当たり前に見られた車両だったものだが、今年度上期にはなんと183系が先に絶滅 (現存車は傍系の189系)、485系もこの2往復が最後の系定期特急となってしまった。485系自体はJR東日本のジョイフルトレインに使われるため系列としては残りそうだが、種車のおもかげはせいぜい床下と台車くらいにしか残されていない。
大幅リニューアルした3000番台は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れる快速(糸魚川〜新潟) にも使われており、春にそちらの方で乗ってみた。梶屋敷の交直セクションで室内灯が消える列車はこの1往復だけである。
座席の取り替えは行われているが、相変わらずのシートピッチではさすがに足まわりが狭い。E5系やE7系に乗った後だと余計に落差を感じるもので、車齢そのものも設備的にももう潮時なのかなと感じずにははいられない。シートピッチの拡大された〔あいづライナー〕だったら重くとも軽やかに響くモーター音を耳に旅する時間が過ごせたが、それも思い出話になろうとしている。

やがて奥津軽いまべつ駅になる津軽今別駅の様子をながめて、津軽浜名の青函トンネル青森入口に足を伸ばした。活線中に作業をしているためなのか、列車通過時刻が近づくたびにすこし不気味な警報が鳴り響く。青森方からの〔スーパー白鳥5号〕が吸い込まれていった直後、轟音とともに〔白鳥22号〕が飛び出し、健脚ぶりを示すかのように一気に駆け抜けていった。
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ふたつの星

2015/08/21 07:00
上野東京ラインの普通列車を降りて徒歩で20分あまり、水田の脇で線路へレンズを向けた。8時35分、汽笛とともに右側からあらわれたのは銀色のEF510「カシオペア」塗装機。そしてブルーに金帯の客車が連なって、目の前を軽やかに駆け抜けてゆく。
臨時寝台特急〔北斗星〕。終着まではあと1時間弱の道のりだ。

EF510-509

EF510-509

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

2015年3月改正で定期運行を終了した寝台特急〔北斗星〕は、半月後の4月から臨時列車として運行を再開。〔カシオペア〕のダイヤに載せて同列車と交互する形で8月まで運転されてきた。2008年の1往復化以降、JR北海道(1〜6号車)+JR東日本(7〜11号車+電源車)の混成だった編成はJR東日本車だけの組成となり、B個室群のかわりに8〜10号車のA個室三点セットが2〜4号車へ組み込まれ、「史上空前の豪華編成」と評する向きもあったが、2004年からのオフシーズンには当時の3・4号が同様の編成で運転したことがある。
その編成中央に連結されているのが「ロビーカー」オハ25 500番台(503)。とくに目立ったロゴやエンブレムなどがなかったJR東日本車両のなかで、流れ星のワンポイントが光る。登場当初は5・6号むけ、のちに定期昇格した3・4号にも連結されるようになり、JR北海道もこれを折半で運転することから550番台(551) を投入。こちらにはJR北車共通の「539エンブレム」を掲げていた。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

ロゴ部にはシャワー室がある。往時の1・2号と北東混成の編成に連結されたスハネ25 500は形式の通りB個室ソロ車両でもあったため共有スペースは狭く、時刻表の注釈は「ロビーがあります」。臨時運転の案内は時刻表で「ロビーカー連結」の付記があったので、運転開始を前にオハの登板を確信したのだった。

減便でロビーカー連結が中止された2008年以降、1両だけ除籍されず尾久車両センターに長期間留置されることになったオハ25 503だが、その姿を見る機会は意外に多かったりする。というのも、東北本線(宇都宮線) で時折運転される乗務員訓練を目的とした試運転(通称黒磯訓練) に、同車はよく連結されていたからだ。客車であればなんでもいいという感じで何両かをつないだだけなので組成も一定せず、連結面の車端ダンパはもとより幌も接続しない姿ではあったが、いつかの復活を期待させて走る姿は貴重だった。2006年に向きを変えられた車両群は2012年にふたたび反転、保留車も含め寝台を東側に向けている。
もう1両レア車両として、3・4号定期化でJR北車に仕様を合わせた「ロイヤル+ソロ」オロハネ24 501が入る可能性もあったが、私はここで見る機会がなかった。営業運転でたまたま連結されていたのを撮れたのは奇跡に近い。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

定期時代は基本的に日曜朝の「カシトセイセット」でいただくことが多かったからか、なかなか土曜日の朝に起き抜けで行く気になれず、しかも連休になると新幹線設備試検のあおりで運休。そのうちそのうちと思っているうちに終焉を迎えるといういつものパターンになった気がする。
クルーズトレインに夢を託して、元祖豪華寝台列車〔北斗星〕四半世紀の歴史はまもなく幕が下りる。21日夕方に発つ上野駅へ23日の定刻に戻り、有終を飾ることを願いたい。
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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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