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鉄道車両の側面(サイドビュー)写真を集めています。
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はこだてブルー

2012/05/19 00:00
JR北海道の電化区間は6月からの学園都市線を入れてもまだまだ限られているし、2両以下を組める電車も在籍しないので、ローカル区間の普通列車は気動車が基本となる。「津軽海峡線」の函館〜中小国間も電車は特急のみ、かつての快速〔海峡〕は衰退期にあって異例の客車列車だった。
現在、函館運輸所の普通列車むけ車両はすべて両運転台・ワンマン対応のキハ40形700・1700番台で、需要に応じた編成を組んで函館本線 (長万部まで) と江差線で運用されている。白地に萌黄色の腰帯を巻いた北海道標準色は、サブカラーが他地区のラベンダーパープルではなく、〔北斗〕キハ183系とおなじコバルトブルーになっているのが隠れたワンポイント。

キハ40 836

キハ40 836

  • 函館本線 赤井川→駒ヶ岳 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

JR旅客6社で運用され、現時点では気動車最大勢力になったキハ40系列。最初に登場したのは、北海道向け酷寒地形のキハ40形100番台である。かつて栄華を誇った急行形気動車のキハ58系列も、北海道向けキハ56・27が最初の落成だった。他の北海道形とおなじく客室側窓は二重窓になっていて、開口部の小ささが重々しい印象を与える。実際、キハ40系列は重い車両であるが……。
1977年に製造されたキハ40 101〜116は一次車とよばれ、ボックスシートを片側6組、両脇にロングシートを配置する。トイレ用の水タンクは屋上に置かれ、一次車は面取りした角型だったが、上掲のように二次車以降の「かまぼこ型」に換装された車両もあるのでそれだけでの判別は難しい。それよりは側面の見た目で判別したほうが簡単だ。本州形の500番台では501〜520が該当するが、現状では淘汰が進んでいるためなかなかお目にかかる機会がない。JR北海道のワンマン改造では全車700番台に改番され、原番号と関連がなくなっている。ただし一次車に限り826〜841にまとめられた。

キハ40 1716

キハ40 1716

  • 石北本線 将軍山→当麻 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

117以降はトイレ側のロングシート部を延長するため、2組の4人ボックスが2人掛けに変更された。このため側面は大窓の途中に小窓がはさまる独特の形態となり、乗ったことのない身にはなぜこんな配置になっているのか不思議に感じたものだった。ほかには前述の水タンク形状や、台車の変更などが相違点となる。
1700番台は機関換装をはじめとする更新工事を受けた車両で、屋上水タンクを室内に移動して印象が若干異なる。JR北海道では在籍する全車にこの工事を進めている段階で、車号は旧番+1000とされている。登場時の標準塗装、朱色5号「首都圏色」(通称タラコ色) となった釧路所の3両では、777号 (←キハ40 248) が未更新のため「ラッキーセブン」なのだが、これも近いうちに改番されてしまうのだろうか。
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体感・二軸貨車

2012/05/12 00:00
春期(大型連休) と夏期に函館地区で運転している〔SL函館大沼号〕。今期(2012年)も4月28日〜5月6日の毎日、函館→(仁山経由)大沼公園→森、森→渡島砂原→(大沼経由)大沼公園→函館 の経路で運転された。
同列車は2001年の運転開始からの乗車人員が今期で10万人に達している。達成日となった4月30日には函館駅で記念式典が行われ、当日の乗客に記念品のクリアファイルが配られた。

……というわけで、ことしのゴールデンウィークは前半を使って久しぶりの青函地区へ。まずはその〔SL函館大沼号〕撮影、そして青森へ渡ると北上してきた桜前線とちょうど出会うことになった。
翌日に車で回る撮影場所やその状況を確認すべく、函館駅で「大沼・駒ヶ岳フリーパス」を購入してキハ40ワンマン列車で出発……と、停まっていたのは1次車だった。窓割が増備車と異なるのですぐにわかる。
森で「いかめし」を買って渡島砂原経由で戻るのだが、一番早く出るのは当の〔SL函館大沼号〕なので、折角だからとフリーパスと一緒に指定券を購入しておいたのだ。発車後に乗車証明書が配られるのはいつものことだが、そのあと「10万人を達成しました!」という車内放送があり、あらためて記念品のクリアファイルがプレゼントされたのだった。このシーズンに到達することは予報されていたが、当日だったとは! ありがたく頂戴しました。

DE10 1690ーヨ4647

DE10 1690ーヨ4647

  • 函館本線 赤井川→駒ヶ岳 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

客車は釧網本線〔SL冬の湿原号〕でおなじみのぶどう色14系+スハシ44で、函館方に「緩急車」として車掌車ヨ3500形4647号 (いずれも旭川運転所) が連結されている。道内のSL運行では、同車またはヨ4350 (釧路運輸車両所) の連結が恒例だ。
箱型車体に2軸の単車という、いかにも国鉄の車掌車らしい形状のヨ3500。本来の目的はとうに失われ、在籍するのはこの2両だけだが、類型のヨ6000ともども静態保存車は全国に点在するし、道内を中心に無人駅の駅舎としてもよく使われる。用途上非貫通構造で乗り降りはデッキからするものだが、さすがに危険なので下部はふさがれていて、隣車への貫通路が設置された。上り函館ゆきはC11のすぐ後ろなので、機関車のブラストや汽笛の迫力を存分に味わえる。いっしょに水蒸気やススもかぶってしまうことになるが、それもまた楽し、とデッキか用務室に入り浸っていた。
ボギー車にくらべて二軸車の乗り心地はすこぶる悪い。ヨ3500は1段リンク式ながら車軸懸架の板ばねを非常に長く取っている (ワムと比べれば歴然) が、それでもレール継ぎ目ではげしいピッチング (縦揺れ) を起こす。沿線の状況を確認しつつ二軸車の魅力(?) を堪能したあと、戻ったオハ14のじつに快適なこと! トイレもなく暖房はダルマストーブのみ、上下の振動はもとより長編成の貨物列車では発停車時の前後衝動も相当なものだったはずで、こんな環境で長時間の乗務を強いられた車掌の苦労がしのばれる。

チ1015

チ1015

  • 函館運輸所 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

函館駅ホームから見える函館運輸所に、ちいさな二軸貨車が停まっている。チ1000形1015号だ。
「チ」は長物車を示す。名前のとおり長尺の貨物を運ぶ目的の無蓋車だ。積載物として代表的なものはレール、架線柱などのコンクリート柱などだが、小型のチ1000はもっぱらスペーサーとして、実際に荷重を受けるチキの隣または間に挿入されている。
現在JR北海道では札幌運転所にも在籍しているが、いずれも控車相当になっている。控車 (称号=ヒ) とは機関車と荷役する貨車などの間に挿入する車両で、鉄道連絡船での車両航送が行われていた青森・函館桟橋では、入換機関車が控車1〜数両を長い連結器のようにして貨車を出し入れする姿が一日中見られた。控車を使うのは、陸地と船体の間にある可動橋に機関車が乗りかかった場合、橋が沈み込んで段差が大きくなるのを避けるためとされる。
チ1015の片方端は双頭連結器で、キハ281・283系気動車および789系電車の密着連結器、それ以外の気動車・客車に使われる自動連結器のどちらとも連結できるようになっている。
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ギャク編成

2012/04/28 22:00
「逆ヘンセイ」……なんだかよくわからないけどなんとなくわかる気がするこの単語は、JTB時刻表 (JTBパブリッシング) 内の「列車の編成ご案内」に登場する。「○○ー△△間逆編成」とは、「○○駅から△△駅の間は編成が図示されたのと逆になって行先方向へ進みます」という注釈である。JR時刻表 (交通新聞社) では (○○〜△△間逆向き)という表記。

列車が別の路線に乗り入れる際、配線の都合から進行向きを変更 (スイッチバック) するのはよくあることで、全国に気動車急行が走り回っていた時代は分割併合とおなじく日常茶飯事だった。路線の分岐方向は歴史的経緯や地理的な制約にかなり依存するので、実際の流動と見合わなくても建設当時のまま折り返し運転をせざるを得ない。
機回しをしなくてよい電車や気動車にとっても、スイッチバックにかかる手間と時間ロスは無視できない問題だ。乗客にとっても折り返し駅で向きを変えたりする行為は手間のかかることで、大曲でスイッチバックする秋田新幹線〔こまち〕の上り列車は、秋田駅で座席を後ろ向きにセットして出て行く (自動放送の逆再生はしないけれど……)。

スハネ25 502

スハネ25 502

  • 東北本線 野崎←西那須野 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

上野〜札幌間を結ぶ寝台特急〔北斗星〕は、これまで (函館ー札幌間逆編成) だったのが今改正から (青森ー函館間逆編成) に変わった。2006年から続いていた青森信号場での機関車交換が青森駅に戻され、同駅でスイッチバックすることで東北本線での編成向きが反転したため。同様に青森(信)折り返しだった〔トワイライトエクスプレス〕も、「※青森駅は経由しません。」という注釈が外されている。なお〔カシオペア〕だけは青森駅を経由していた。
この変更、実はJTB時刻表の2月号に掲載された特急列車の改正時刻表で明らかになっている。それまで"‖"(その駅を通らない) だった青森が、"レ" (通過または運転停車) に変わっていたのだ。これを見た私は安堵した。この列車の寝台側を狙うために北海道まで出かける必要がなくなるのだから!
電源車を進行先頭に置いた場合、24系客車は左側が通路となる。〔北斗星〕はカニ24を上野方に連結し、つまり上り列車は全車廊下側を日の当たる東側に運転していた。だから本州では個性の少ない通路側ばかりになってしまう。細かく見ていくとわかる各車の違いは、それはそれで興味深いが。寝台側を撮るには逆光覚悟で臨まねばならず (でそういう日に限って通過時に晴れ渡る……)、また定番の蓮田〜東大宮間で西側から撮ろうとすると、土休日ダイヤでは下り回送電車がゆるゆると接近し「カブる」確率が非常に高かった。

スハネ25 503

スハネ25 503

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

青函トンネル開通とともに華々しくデビューした〔北斗星〕は、上野駅ではほかの東北ブルートレイン (24系) と同じく電源車を東京寄りにした、つまり九州ブルトレと同じ向きだった。それが1991年3月改正で、編成まるごと方向転換が一斉に行われた。東北ブルトレは同駅地平ホームで最も西の13番線を使用する機会が増えたが、この13〜15番線は直上に9〜12番線 (おもに常磐線) がかぶさる二重構造で、電源車が改札口よりに停まった場合の騒音や排気ガスが問題とされたためだ。
また2006年の変更は、東北本線→青い森鉄道への移管にともなう青森駅夜間構内配線工事の影響である。青森(信)で機関車交換した列車は貨物列車同様、駅の南側にある短絡線を通って津軽線へ進入するため、ここでの向き反転がなくなった。ほかの列車ではまず通過することのできない短絡線 (奥羽本線の一部) は営業キロ設定がなく、いわゆる「のりつぶし」の範囲外ではあるが、同年夏に一度だけ通れたのは貴重な体験だった。
カニを上野の駅改札から遠ざけるという目的にしたがえば、北海道での向きを逆転させてもよさそうなものだが、道内で朝日が差し込む噴火湾側の眺めを優先させたのだろうか。余談だが、登場したての〔北斗星〕はJR北海道車の1・2号が青森駅経由 (2号のみ客扱い)、JR東の3〜6号が青森(信)経由だったので、道内で両者の向きが逆転していた。

スハネ25 501

スハネ25 501

  • 室蘭本線 社台→錦岡 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

工事期間中に消えてしまったオロネ25 551とか赤いランプシェードのスシ24などを、もっときれいに撮っておきたかったという気持ちはいまだ残るけれど、見ているだけで楽しい個室の窓並みや、じつは三者三様のスハネ25 500番台を収集する条件が劇的に緩和された。登場から四半世紀が経とうとする〔北斗星〕の行方は北海道新幹線とからんで不透明にも感じてしまうのだが、できるだけいい記録を残しておきたいと思う。
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増殖

2012/04/14 00:00
10月に復原工事が完成する東京駅丸の内口赤れんが駅舎。壁面を覆う仮囲いが外されたというので、日曜夜に東京へ帰着したついでに見てみることに。半世紀近く慣れ親しんだ南北の直線屋根がドームに変わってどうなるかと思ったが、暗闇に浮かび上がるその姿は威風堂々という言葉がふさわしい。
その一方で、後ろのプラットホームに出入りする列車はすっかり様変わりした。旅情を誘うブルートレインの姿はすでになく、通勤・近郊電車もステンレス車のみ。3月改正でJR東海373系の乗り入れが終了し、6月ごろまでには唯一の3ドア・211系も撤退する予定だ。

クハE233-50

クハE233-50

  • 中央本線 飯田橋←市ヶ谷 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO800

E231系に続いて、JR東日本が首都圏で大量増備中の一般形電車E233系。東京駅発着列車も中央線快速、京浜東北線、京葉線で車種が同系に統一され、つづいて東海道線への投入が進んでいる。
同系は2013年度から埼京線に、2014年度から横浜線に投入されることが明らかになった。いずれも国鉄205系電車を置き換えるもので、拡幅車体による定員増と省電力・メンテナンスフリーおよび高信頼化がねらい。国鉄最終期になって通勤電車決定版として登場し、首都圏のJR各線ですっかりおなじみだった205系も、ずいぶん隅のほうへ押しやられてきた感がある。武蔵野線直通という形で、現在もコソッと(?)京葉地下ホームへ乗り入れてはいるが……。
前頭部は、E231系では近郊タイプ (俗に1000番台) が衝撃吸収構造、それ以外の通勤タイプが前面強化構造であったのに対し、E233系は通勤タイプも衝撃吸収構造を採用、表情も同じになった。運転室が広がったぶん、直後の乗降扉位置が大きく下げられている。またJR東日本では同系から乗降扉にもラインカラーを貼り付けるようになった。

クハE232-3010

クハE232-3010

  • 東海道本線 二宮←大磯 2012-3
  • D700, AF Nikkor 28-80mm F3.5-5.6D, ISO200

中央線快速・青梅・五日市線でデビューしたE233系は、車内液晶モニターをワイドタイプにした京浜東北1000番台、グリーン車とセミクロスシート車を組み込んだ東海道3000番台、モバイルインターネット環境(WiMAX) を整備した京葉5000番台、とマイナーチェンジを受けながら増備され、いつのまにか総数2,000両を超す一大勢力になった。そんな中でちょっとした異端児なのが、常磐線各駅停車用の2000番台だ。

クハE232-2011

クハE232-2011

  • 常磐線 柏←北柏 2011-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

まず目につく違いが車体幅。千代田線の車両限界に対応するため拡幅車体でなく側面はストレートに立っている。前面も非常口設置をはじめ他の番台とは表情がまったく違う。
それらに加え、客用ドア自体の間隔がわずかに狭くなっているのも注目点だ。言われなければ気づかない程度の差だが、車端と窓のスペースに違いが見えることがわかる。車体長さが違うように見えるのは縮尺ミスではなく、クハE233(232)-2000は他車より15cm (車体長で21cm) 長い。
2000番台の車体寸法は、同じく千代田線に乗り入れる小田急4000形と同じ。これは同形が日本鉄道車両工業会が定めた「通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」に準拠しているため。ただし機器類はE233系をベースにしている。その4000形の寸法に従っているE233系2000番台は、「逆輸入版」といったところか。

クハ4051 小田急

クハ4051

  • 小田急小田原線 開成←栢山 2009-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

同ガイドラインのステンレス標準車両の代表は東急5000系で、同系もまたE231系が技術ベースとなった。現在東急線を走っている車両は、東急グループの鉄道車両製造部門であった東急車輛製造の設計・製造。901系→209系のころから東急車輛とJR東日本の関係は深くなり、のちに設立された新津車両製作所で製造開始した同系やE217系・E231・233系には、東急車輛の技術や製法が色濃く反映されている。E233系2000番台は全車東急車輛製である一方、小田急4000形の一部は新津所で新製された。
日本におけるステンレスカーのパイオニアであり、多数の車両を生産してきた東急車輛製造は、今般東急からJR東日本に売却され、4月1日に新津車両製作所とともに新会社「総合車両製作所」として発足している。
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秘境駅へ

2012/04/01 00:00
雪の降りしきる北見峠の麓。石北本線の特急〔オホーツク〕を撮ったあと、人通りの少ない国道から左折すると、正面に木造の建屋が現れた。上白滝(かみしらたき) 駅。通年営業駅としては最も停車頻度が少なく、一日に上下一本ずつしか列車が停まらない。

北海道の普通列車はそもそも多くはなく、手元にある古本の時刻表とくらべても札幌圏で飛躍的に増えた程度の違いしかない。旧国境を挟む山間部は列車数もさらに少ないのだが、上川〜白滝間は国鉄最後の1986年11月改正で普通列車がたった一往復に削減されてしまった。しかも上川発が早朝、遠軽発が夕方という一見不思議な設定。
この状況は当時の鉄道ジャーナル誌でもレポートされた。真相は、その時点で人家のなくなっていた上川方の利用はもはや期待せず、白滝地区から丸瀬布・遠軽方面へのわずかな通学需要に応じるため一往復が残されたということだった (1992年までは土曜の下校対応に白滝〜奥白滝の延長運転があった)。事実、峠の上川方に位置した天幕(てんまく)・中越(なかこし) 駅は2001年にそれぞれ廃止・信号場化されている。遠軽方の奥白滝も、同時に信号場となった。

上白滝駅

上白滝駅

  • 石北本線 2012-3
  • D700, AF Nikkor 35mm F2D, ISO200

道内の駅は大半が無人駅。待合室に車掌車の廃車体を使った通称「ダルマ」とか、簡素な板張りプラットホームだけの「朝礼台」も数多い。そんな中でいまも姿をとどめる上白滝駅舎は、かつて貨物・荷物も扱っていた歴史を偲ばせる。
引き戸を開けて待合室に入ってみる。すき間から侵入した雪の吹き溜まりはあるものの、中はこぎれいに片付けられて、駅ノートと暇つぶし(?)のマンガ本が並んでいた。天井には排気管が渡され、中央にストーブが設置されていたことがわかる。
列車で来ることがきわめて困難なところから「秘境駅」とも扱われるが、駅のすぐ前を国道333号が通り、付近に住宅もあるので駅を訪れること自体はたやすい。「降り鉄」としては、白滝から国道を3km歩いて唯一の上り列車4626Dで旭川へ抜けるのが定番コースのようだ。国道は旭川と遠軽・紋別を結ぶ「中央道路」として開削された歴史ある幹線道路に属するが、旭川紋別自動車道 (通行無料) の開通で交通が完全に転移してしまったため、こちらもすっかり閑散としている。

キハ54 501

キハ54 501

  • 石北本線 留辺蘂←相内 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO200

この区間を通る普通列車はもう一往復ある。それが特別快速〔きたみ〕で、旭川〜北見間に1988年から設定されている。キハ54 500番台を投入して特急なみの運転時分を誇るが、長距離路線バスへの対抗から料金不要の快速列車とされた。当初は502〜504を専用とした2両編成で、車内サービスとして飲料自販機を設置し、新聞も備え付けられていたという。
旭川〜遠軽間を「18きっぷ」だけで移動する手段は、これを加えても一日1.5往復 (下り普通列車では日着が無理)。その先の常紋越え (生田原〜金華) も普通列車は希少……きびしい道のりだ。
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デンは急げ?

2012/03/24 00:00
「あの……電話かけられます?」「ないんですよ、この列車には。電報は打てます。ライシンシをお持ちしましょうネ」
鉄道ジャーナル「ドキュメント列車追跡 日本海に羽ばたく」(1973年1・2月号 文: 竹島紀元) にある、特急〔白鳥〕(大阪→青森: 米原経由) の乗客と専務車掌とのやりとりだ。列車無線も整備される前の話だから、車内から何か発信するには電報を使うよりなかった。それも直接ではなく、カナ書きの通信用紙 (頼信紙: らいしんし) を停車駅で駅員に渡し、緊急の場合は通信筒を通過駅に落として連絡させていた。

いろいろな節目が交錯したJRグループダイヤ改正もひとまず過ぎ、さらに年度越しにかけていくつか転機が待つ (ほとんど話題にならないがJRグループ発足25周年だ)。〔こだま〕の車内販売が東海道区間でも廃止されたほか、「周遊きっぷ」の大幅整理――最近まったく使わなくなった――を含む企画乗車券の再編などが行われるが、もうひとつ挙げておきたいのは在来線車内電話の終了。3月31日をもってJR東日本の列車内公衆電話が廃止され、新幹線も福島〜新庄・盛岡〜秋田間でサービス停止となる。
新幹線 (フル規格) 以外の車内電話は、NTTドコモ提供のPDC網「ムーバ」を使用した携帯電話の端末である。ほかのケータイと同じく基地局と無線接続するため山間部やトンネルでは使用できないし、外部から呼び出すことも不可能だ。いっぽう新幹線は、開業時は専用基地局との空間波伝送、その後線路と並行に設置した LCX (漏洩同軸ケーブル。軌道脇に延々続くぶっといアレだ) を経由する専用回線が整備され、今後もサービスは継続する。2004年までは交換手経由で特定列車への呼び出しもできた。山形・秋田新幹線は電話も新在直通で、福島・盛岡駅で両方式を切り替えている。
1990年代、車内サービスの一環としてJRはもちろん私鉄特急、はたまた高速路線バスにも公衆電話 (テレホンカード専用) が設置されていったが、近年の新車に搭載されることはなくなった。既存車についても利用停止・撤去が相次ぎ、2012年初のJR線で残っているのはJR東日本の特急と789系〔スーパー白鳥〕、〔北斗星〕スハネ25 (ミニロビー) だけになっていた (つい先日乗った小田急EXEでまだ使えたことに驚いたり……)。廃止理由はケータイ普及による利用の激減があるが、それ以前に3月いっぱいでムーバが停波してしまうからだ。

9111 北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道)

9111

  • 京成本線 青砥→京成高砂 2011-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

車内電話のほとんどは特急に設置されたが、普通列車向け車両に設置した例が2つある。ひとつはJR東海の311系電車、もうひとつが1994年にデビューした北総鉄道9100形 "C-Flyer"。
現在北総線として認知されている小室〜印旛日本医大間は、千葉ニュータウンを開発・分譲する住宅・都市整備公団 (現・UR都市機構) が建設した路線で、京成高砂〜小室間を建設した北総開発鉄道、さらに京成線〜都営浅草線〜京急線への相互直通運転を行う。独自の車両も保有することとなり、2000形 (都営線直通で9000形に改称)、そして9100形が製造された。住都公団→都市公団 の事業見直しにより車両と施設は受け皿会社の千葉ニュータウン鉄道へ譲渡され、管理は社名を変更した北総鉄道が行っている。
北総線には「ゲンコツ電車」と呼ばれた7000形をはじめ、京急から1000形をリースしていたり、第一期開業時は新京成電鉄と相互直通したりと、さまざまな形態の車両が走ってきた。いま同区間を代表する電車は成田スカイアクセスとして走る新スカイライナーAE形だが、9100形もそれらに劣らずユニークな形状をして、遠くからも一目でそれとわかる。京成・都営と共通規格である18m級3扉車体で、両開きドアは窓を中央に寄せた独特な姿をしており、室内は間柱を黒くして一枚窓のように見せている。JR西日本207系先行製作車にもおなじ意匠が使われた。
色の塗られた扉は、先頭車の水色が車椅子スペース、それ以外の黄色は進行方向へ座るクロスシート(固定) があることを示す。公衆電話は第1,2編成の3,6号車端部に設置されていた。下写真の右隣車両がそうで、間仕切りと屋根上のアンテナに面影が残る。

9117 北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道)

9117

  • 京成本線 青砥→京成高砂 2011-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

新幹線や特急の場合なら停車駅やその時間も少なく、冒頭のような急ぎの場合にも対処できるという点で車内電話の価値はあった。そうではない通勤電車に電話を置いたのは、いわゆる「カエルコール」での利用を狙ったものではないか。もっとも走行中にそこまで行けるということは、どこぞの路線みたいな混雑ぶりではないことも示しているわけだが。
とはいっても設置されている編成が運行本数を考えればきわめて少なく、地下鉄やトンネル (北総線には結構多い) で通話できないとあっては、実用には程遠かった。携帯電話が爆発的に普及して設置の意義も薄れた電話はわずか3年で撤去され、2000年増備の第3編成は当然ながら設置していない。もう一方の311系は、JR東海の他車を含め2007年に廃止されている。
考えてみれば公衆電話とはすっかり縁遠くなったものだ。携帯電話所有の有無にかかわらず車内の電話を使った記憶がないし、電報もこれまで一度使っただけ。そもそもケータイを持っていても、通話すること自体ほとんどないんだなあ……。

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ひかりの彼方

2012/03/16 00:00
1987年の夏、東京駅八重洲口コンコースにひとつの車両模型が展示された。東海道新幹線100系の次世代車両として開発が進められていた、仮称「スーパーひかり」の前頭部モックアップだった。
100系に似たとんがり鼻につづく車体はハイデッキ構造で、曲面ガラスの側窓から富士山や浜名湖の眺望を楽しめるものとされ、さらに客室先頭部は小田急RSEのような展望席という大胆なデザインだった。200km/h基準で引かれた東海道新幹線のダイヤは1986年から220km/hに引き上げられたが、折からの好景気と輸送の競合でさらなる高速化機運も高まり、この「スーパーひかり」で最高300km/h走行を目指していたという。

323-56

323-56

  • 東海道新幹線 新富士←三島 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

私も実際に見学して、クーラーが不調なのかやたら暑かったのを憶えている。リニアのモックアップだったかもしれないが……。それはともかく実現したらすごい車両になるなと思ったけれど、やはりそこに至るまでのハードルは高すぎたようだ (現在N700系でも東海道は270km/hであることに注意)。結局これは幻の車両となり――それで果たせなかったコンセプトが〔あさぎり〕371系に反映されたともいえる――、方向を大修正して開発されたのが300系。アゴの突き出した前頭部、低い屋根、小さな窓、巨大なパンタカバー……モックアップとはまるきり正反対だった。
1990年に試作車9000番台が登場し、試験走行を経て量産車が1992年に最高速度270km/hの〔のぞみ〕(東京〜新大阪 2往復) としてデビュー。翌年から博多へ乗り入れ、毎時一本体制になった。そのころ東京から小倉まで乗ったことがある。高速走行の揺れは大きく、最初から最後までとにかく必死に走っている感じで、新関門トンネルを抜けて小倉へ降り立った頃には疲れてしまった。
そんな経験と、当時の〔のぞみ〕特急料金 (全車指定) がかなり高かったことから、100系がいる間はそちらを、その後は500・700系とくに山陽区間は RailStar を選んで乗るようになっていた。あるとき300系〔ひかり〕に乗ったら最高速度の違いなのか、後日受けた乗り心地改善工事の効果か、別の車両のように感じたものだ。

325-3708

325-3708

  • 東海道新幹線 小田原←新横浜 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

100系で取り入れたサービスの新機軸、2階建てや個室・食堂そして大きな窓を捨てた300系の増備で、東海道新幹線は大量高速輸送に特化するという意識がはっきり見てとれた。変化はじつは100系から始まっていて、JR東海の増備車では2階建て食堂車がグリーン車の座席増に回され、かわりの供食設備として階下 (厨房だったところ) に「カフェテリア」を開設。0系などのビュフェより簡易な設備で、持ち帰り用に小分けした惣菜や軽食などを販売していた。
これが300系では7・11号車の「サービスコーナー」になる。車販基地 (画像左側) にミニカウンターを併設し、弁当・飲料やお土産品を購入できた。編成2ヶ所に置いたのは8〜10号車のグリーン車を普通席客が通り抜けないよう配慮したもので、東海道新幹線の開業初期あるいは151系特急〔こだま〕でもビュフェで一等車をはさんでいた。

786-725

786-725

  • 東海道新幹線 新富士←三島 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

700系以降は自動販売機と車販準備室だけとなり、品川駅が開業した2003年10月改正で300系のカウンターも閉鎖されてしまった。乗車時間が短くなるほど席を立つ機会は少なくなるし、それに駅ナカ・駅チカの充実で乗車前になんでも買えてしまうから、車内で何か買うという動機付けにも乏しくなったのが新幹線旅行の現状だろう。どちらがどちらの因果かはっきり決められないが、サービスの面でも300系が舵を切った向きは現在の時流に沿ったものだといえる。

300系が採用した低重心軽量化の思想と、それを実現するための規格 (軸重11.3t以下、16両編成で1,323席の定員など) は、後継の700系・N700系にも受け継がれた。それらの試作車にさきがけ試用した新機構もあるし、逆に300系へフィードバックされた要素もある。当初大型カバーで覆われた下枠交差式パンタは試作車登場時は5基、量産車で3基搭載して後に1基を撤去、最終的には700系とほぼ同じシングルアームになった。
また同系は登場から引退の日まで全車が16両編成で組み換えも行わない、新幹線の営業車両として初めての例となる。MTMユニットという組成から編成の自由度が乏しく、さらに山陽〔ひかり〕の〔さくら〕化で700系 RailStar が〔こだま〕に回る現状では、300系を改造する必要もなかったからだ。JR西日本が製造した3000番台の代替には、JR東海から700系を移籍させることで対応する。

328-3018

328-3018

  • 東海道新幹線 小田原←新横浜 2012-3
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

車両に対する思い入れは人それぞれ、私にとって300系が惜しむべき車両かと問われると難しいところだ。それでも、かつて表富士の撮影地を颯爽と飛ばした姿がしだいに遅くなり (新富士に停まるので)、その数が急激に減って、そして見られなくなるということに、時代の移ろいを感じずにはいられない。
1月終わりに乗った〔こだま〕豊橋→米原 (3000番台) が、私にとって300系の乗りおさめ。飯田線からの乗り継ぎ時間が短く、あわただしく特急券と駅弁を買ってホームに降りたところへ「鉄仮面」とも呼ばれるあの表情が近づいてきた。駅などでカメラを向ける人は多くなったが車内は空いており、M車車端で独特のインバータ励磁音を味わう。JR世代でありながら、客室設備とその造作を細かく観察すると、どこか国鉄の残り香を漂わせる車両でもあった。
関ヶ原〜湖東はめずらしく快晴。N700系だらけの今となっては金魚鉢といえるほど大きく感じる窓を額縁に、雪を抱いた伊吹山の姿がおさまった。
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