光の機関車

国鉄の路線から蒸気機関車の姿が消えたのは1975年12月のこと。14日、室蘭本線でC57 135牽引による旅客列車の最終運転に続き、24日にD51 241牽いる夕張線 (いまの石勝線) の石炭列車が、本線運転の締めくくりとなった。
折からの「SLブーム」と、消え去るものを惜しみ懐かしむ多くの声によって、役目を終えた機関車は各地で静態保存された。筆頭は梅小路に代表される国鉄~JRの博物館収蔵機だが、そのほかにも公園・学校から民営施設・個人まで、全国各県へ (沖縄県にまで!) 持っていかれた。形式としてはD51やC11といった多数量産されひろく親しまれたものが多く、そういう意味ではことし復活したC61など、よくそんなマイナー形式が残っていたものだと今にして思う。

蒸機に限った話ではないが、たとえ静態保存でもその姿の維持には丁寧な保守と、なによりお金がかかることは間違いなく、保存機たちの現状はそれこそピンキリである。OBの方々はじめボランティアによって手厚く保護され、明日にでも走り出せそうな良個体もあれば――最低その程度でないと動態復元の候補にもならない――、打ち棄てられ部品も無くなりボロボロになったものも。現役当時はふつうに使えたアスベストの残存問題も深刻で、そんな事情から保存両数は少しずつ減ってきている。

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C11 292

  • 新橋駅前SL広場 2011-8
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO200

都区内でもっとも簡単に見られる保存蒸機というと、新橋駅「SL広場」のC11 292だろうか。日比谷口駅前に設置された同機は、京浜東北線の北行電車からも容易に見ることができるし、TV街頭インタビューが良く行われる場所柄、画面にチラと登場することも。屋外露天に置かれている割に、その状態は悪くなさそうに見える。
1972年から当地で保存されていて、当たり前のように置かれている車両であったから、本線を何百回と通過してもほとんど関心も持たないまま今まで来ていたのだが、あらためて眺めてみるとちょっと印象が違う。ボイラー上部に載った蒸気ドームと砂箱のカバーが四角いのだ。このスタイルは「戦時型」と呼ばれた簡易工作の名残である。
戦時中に急増した鉄道貨物輸送に応えるため、国鉄は大型機D51, D52のほか支線の小単位輸送向けにC11も増備する。車両メーカーのほか国鉄工場でも大量生産し、とにかく早く両数を揃えるため形態は二の次とされた。鉄鋼資材の不足からデフレクターやランボードなどを木材で代用し、ボイラー自体も粗雑なつくりで、5年も持てばいいという非常設計だった。
粗製と酷使で疲弊しきった戦時型は、戦後混乱期を脱すると本来の設計で整備しなおされたが、性能に関係しない部位についてはそのままとした車両も多い。いま真岡鐵道・JR東日本で活躍するC11 325は角ドームのまま保存され、復活整備時にようやく標準型へ復帰した。292号機もデフは鉄板に交換されたが各所の面取りは省略され、カクカクしたスタイルを残している。

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C11 292

  • 新橋駅前SL広場 2011-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

そんなC11もホリデーシーズンを迎えてイルミネーション装飾が施され、11月21日から点灯を開始した。本物と同形状に機関車の輪郭を描く電飾は、ご丁寧にドームまでしっかり角型をなぞっているのがおもしろい。今年のテーマは (昨年とほぼ同じという)「宇宙に飛び立つスペーストレイン」で、約2万個のLED・ライトアップとオリジナル音楽で行きかう人々を楽しませている。2012年1月7日まで。

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