北へ

北の大動脈・東北本線が全線開業したのは1891年、つまり現在から120年も前のこと。日本最初の私鉄であった (実態はかなり官営鉄道に近かったとされる) 日本鉄道によって、1895年の建設開始からわずか6年で全通した。時の総理大臣が「これで東北が凶作でも餓死者は出ないと安堵した」というから、それほどに東北への鉄道敷設は国策上重要な項目だったと言える。(参照: 東北本線 - Wikipedia)
いっぽう東北新幹線は、1982年の大宮~盛岡間開業から28年目にしてようやく全線開通の運びとなり、その延長は営業キロ713.7km・実キロ674.9km。一本の路線としては山陰本線 (本線延長673.9km) をわずかに押さえ、国内最長の座にもつく。首都圏を筆頭とする地域輸送や、物流を担う貨物列車の行路として東北本線の重要度が決して下がることはないけれど、長距離旅客輸送に関しては主役の座が完全に交代することになる。

クロハ481-3059

クロハ481-3059

  • 東北本線 下田→陸奥市川 2008-4
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

1958年に東北へはじめて設定された特急列車〔はつかり〕は、やがて北海道連絡の代表列車となり、東北新幹線の開通で盛岡からの新幹線接続エル特急に、そして1988年の青函トンネル開業で、一部列車が北海道の地を踏むことになった。
2002年12月、新幹線の八戸延長を機に〔はつかり〕は〔白鳥〕と名前を変え、JR北海道の789系〔スーパー白鳥〕とともに函館へ向かう。〔白鳥〕といえばながらく昼行最長距離特急の座にあったため、日本海縦貫線の列車という印象がいまだに強い。しかし特急になる前には八戸~東北~奥羽線を走る準急が名乗っていたから、もとの場所に戻ってきたという見方もできる。野辺地に近い平内(ひらない) が白鳥の飛来地であることから愛称がつけられ、特急昇格に際しては新潟県の瓢(ひょう) 湖が、そして現在では〔スーパー白鳥〕のトレインマークにある通り大沼国定公園、と各地の飛来地が愛称のよりどころとなっている。

使用する485系電車は、1996年から車内外の更新工事を受け3000番台となった。運転室部分のデザインも大胆に変更が加わり、黄色いFRPパネルを取り付けた正面には "485 North East Express" の文字が入れられ、国鉄特急の印象は完全に消えている。横から見ると前面の傾斜が思いのほかきついことがわかり、前面をクチバシに見立ててハクチョウが湖面をすべるように飛翔する姿に見えなくもない。

クロハ481-1007

クロハ481-1007

  • 奥羽本線 撫牛子←川部 2007-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO100

JTBの改正時刻表を開くと、盛岡~青森間がIGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道として独立、津軽海峡線は奥羽本線のページに移動していた。かつて東北・奥羽・函館の各本線では列車時刻に続いて青函航路の時刻が掲載され、それを東北本線が引き継いでいたわけだが、特急列車の姿が消えると同時に津軽海峡との関係もプツリと切れたように思えて印象深い。
秋田~青森間を運転してきた特急〔かもしか〕についても、〔つがる〕に名を譲って消滅する。使用されてきた秋田総合車両センターの485系は3両編成、白地にブルー・ピンクを3両にわたるデザインで塗り分けているのが特徴だった。定期運用は〔かもしか〕のみで、新生〔つがる〕は4両編成 (おそらくE751系が減車して対応) である。各地で退潮傾向が強まりつつある485系、どうやらこのカラーも見納めということになりそうだ。

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