海幸・山幸・川幸

日豊本線の夜を走りぬいた特急〔ドリームにちりん〕宮崎空港ゆきは、暗闇が明けるころ延岡に着く。私はそこで1両の軽快気動車に乗り換えた。向かうは神話の里・高千穂、旧国鉄高千穂線を三セク移管した高千穂鉄道高千穂線に乗って、終点からバス経由でこれも三セクの南阿蘇鉄道で熊本方面へ抜ける予定だった。
前日から降り続く雨で線路すぐ脇の五ヶ瀬川は茶色い濁流で満たされ、路盤崩落でもしていたら命は無い……と覚悟させる緊張の旅路。運転士も同じ心境だったかもしれない。途中の日之影温泉から一転トンネルだらけとなり、飛び出した高千穂橋梁は当時東洋一を誇る高さ105m。列車はその中央で臨時停止し、記念撮影も存分にできてしまうという、ここならではのうれしい (人によっては迷惑な?) サービスがあった。
雨の降り続く中、高千穂駅からバスで天岩戸神社へ。薄暗い参道を進むと倒木が道をふさいでいて、本殿に着いても誰もいない。なんか変だなと思ったらそこは東本宮とよばれる場所で、川を挟む二つの宮を総称して天岩戸神社というのだった。
改めて西本宮へ参拝し、宮司に案内されて川の断崖にあるご神体の岩戸を拝観。すると空がみるみる明るくなり、帰りのバスを待つ頃にはすっかり青空になっていた。
そんな旅をしたのが1999年夏のことである。

2005年9月6日。台風14号がもたらした暴風雨で五ヶ瀬川は轟流と化し、流域に甚大な被害をもたらした。高千穂鉄道も橋梁流失を含む多数の路盤損壊、駅への土砂流入など壊滅的な打撃を受けて全線休止となった。同社は被災区間の営業再開を断念し、槇峰(まきみね) ~延岡間は2007年9月で廃止。被害の少なかった槇峰~高千穂間を観光鉄道として事業譲渡を図ったが、結局2008年12月に廃止されている。

キハ125-402ーキハ125-401

キハ125-402ーキハ125-401

  • 日豊本線 宮崎←南宮崎 2010-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

その高千穂鉄道では2003年にトロッコ車両「トロッコ神楽号」TR400形2両を導入した。バスツアーの一部としても使われ好評だったようで、NHK「夜ドラ」に出演したりもした。他車同様に災害後はまったく走れず行き場を失いかけていたが、そこに手を差し伸べたのが一時期自社線として運行していたJR九州。同社はこの2両を購入、宮崎県南部を走る日南線で新たな観光特急として活用することを発表。改造を終えた2両は2009年10月から特急〔海幸山幸〕(うみさちやまさち) として、新たなスタートを切った。ほかに一般車1両が阿佐海岸鉄道へ無償譲渡され、現在は徳島県のキャラクター「すだちくん」塗装で元気に走っている。
車体は真っ白に塗られ、おなじみ水戸岡鋭治氏の手により車内外ともイメージ一新、「木のおもちゃのようなリゾート列車」になった。車両外板にある木目が目立つが、これはプリントなどではなく本物のスギ材を貼り付けたもので、内装を含めて県特産の飫肥(おび) 杉が使われている。
南郷寄り1号車 (写真では右) が「山幸」、宮崎寄り2号車が「海幸」。いわゆるレールバスタイプの小型車両ということもあり、座席は1-2列と余裕を持って配置され、車窓からそれこそ海と山 両方の幸をゆったり楽しめるようになっている。ちなみにキハ125とはJR九州が軽快気動車NDCをベースに製造し、久大本線などで走らせている黄色いディーゼルカー。諸元に共通点が多いことから、同形に編入されたものだ。

週末に一日一往復する観光列車は、ビュースポットでの徐行や途中駅でのミニ物産展などもあるため、宮崎付近で撮影してから一般道を走って日南付近で待ち受けられる。帰りもそうして一回撮影後に宮崎市へ戻り、大淀川のラストシーンに間に合った。
九州でも10月下旬となれば日の入りは17時台まで早まり、傾いた夕陽に照らされた車体がほんのり紅く染まった。いまの時期ならとっぷりと日が暮れて、車内の明かりだけが暖かく浮かんでいることだろう。

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