銀の道はるか

兵庫県の山中にある生野(いくの) 鉱山は銀の産出で遠く戦国時代から賑わい、明治時代には物資運搬のため鉱山と姫路を結ぶ高規格の道路が整備された。やがてその役目は播但(ばんたん) 鉄道―いまの播但線に取ってかわられ衰退したが、その歴史を振り返るべく「銀の馬車道」と呼んで沿道各所の観光整備が進められているという。播但線を走る車両にも「銀の馬車道」ラッピング車が走っている。
現在の播但線 (姫路~和田山) は途中の寺前まで電化区間で、ワインレッドの103系3500番台が走る。福知山線や姫新~因美線、伯備線などと並ぶ山陰連絡ルートのひとつだったが、鳥取へ一直線に向かう智頭急行の開業や播但連絡道路の開通によってその地位も低下し、寺前以北はローカル線と大して変わりがない。
そんな路線に最近撮影者が集まっているのは、国鉄形ディーゼル特急〔はまかぜ〕が同線を経由するから。もう間もなくの11月には新型車両キハ189系がデビューし、同時に国内最後のキハ181系定期運転が終了する。今年7~8月に県北部で余部橋梁が架け替えられたことも、注目度をいっそう高くさせた要因だろう。
沿線の好撮影ポイントには最後の雄姿を収めようとカメラが並び、地元の方々も見慣れないナンバーの自家用車が増えていることに驚いている様子。置き換え直前にかけてますます賑わうところだが、通行・駐車や撮影で周囲に迷惑をかけることのないように気をつけたい。

同線にはもうひとつ注目すべき存在がある。キハ41形……ってそんな車両あったっけ? と思われる方が多いかもしれないが、JR西日本独自の車両でキハ40系列キハ47形からの改造車。姫路~寺前間の電化と同時に運行系統が見直され、余りぎみの片運転台キハ47に運転台を増設 (画像右側) して単行運転を可能にした。全5両がキハ40とともに豊岡近辺を走っている。

キハ41 2002

キハ41 2002

  • 播但線 和田山←竹田 2010-10
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO200

1980年代から国鉄は、列車増発のため形式を問わず多数の先頭車化改造を施工した。当時の工法は、あらかじめ作っておいた運転台ブロックを工場で溶接するというのが一般的だった。改造車もたいていオリジナルと同じ顔つきをしているので、車号などを見ないと判別は難しかった。
民営化後も同様の改造は続けられたが、JR西日本では工期簡略などから種車の構体を流用して運転台を組み込むようになったため、本来の顔とまったく異なる切妻タイプの「ゲテモノ顔」が多数発生した。もっとも衝撃的だったのはクモハ113-3800番台だが、本形式もなかなか不思議な顔つきになっている。こうして横から見る限り、なんの変哲もない車両にしか見えないのだが……。
現在の塗装は103系と同じく、ワインレッドの地色に黄緑をアクセントとして配する。こちらも塗装変更の対象になるはずだが、電車がどうなるのかは興味あるところ。

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