ラッキー☆セブン

11月21~23日の三連休、特急形気動車キハ183系の登場30周年を記念し、波動用の国鉄色4両編成を使用した道内一周ツアーが組まれた。公式にアナウンスこそなかったものの、この運転が4両にとって最後の舞台であるということがほぼ事実として噂されていた。
国鉄色のスラントノーズキハ183をきちんと記録したいと思い続けたところ、ようやくこの時期になって訪れる算段がついた。22日朝の〔おおぞら〕を狙い、前夜〔スーパーとかち〕で入った帯広から行動開始。十勝川鉄橋の近くで普通列車などを使い、アングルの「追い込み」をかける。

道内でいちばんよく見られる車両といえばキハ40。一般形気動車キハ40系列のうち両運転台車の同形は、現在でもJR旅客6社に在籍する、現役最大勢力である。北海道の車両はデッキつき (一部撤去車もあり)、キハ22やキハ56系列と同様の二重窓構造となっている。
JR北海道が承継した時点ではキハ22とともに首都圏色で、のちに現在の白地に萌黄帯という北海道カラーになった。白眉は急行〔宗谷〕〔天北〕高速化改造を受けたキハ400・480、函館本線を快走する姿を憶えている方も多いのではないだろうか。
北海道形はもともと100番台だったが、各路線向けの改造を受けた現在ではすべて別番台区分に移動している。釧路運輸車両所には700番台 (ワンマン対応の区分) に属する777号車が在籍しており、偶然乗れたらその日は大当たり?

キハ40 777

キハ40 777

  • 根室本線 幕別→利別 2009-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

本番はちょっと露出過多で厳しいなあ……とにかくなんとか撮るだけは撮った、というところ。〔とかち〕→〔まりも〕とマークを替えつつ進む183系を狩勝峠まで追いかけ、その後〔北斗〕を狙い西進する撮影隊と別れて一人、西芽室・大成と行ってみたかった場所で構える。期待しつつも本当になると思わなかった出会いもあり、777のご利益は一応あったということか。
11月も終盤で日本の東端ちかくとあれば日没も早い。16時過ぎには日高山地に日が隠れ、締めにと向かった幸福駅跡に着いたのはもう薄暮といっていい時間だった。電球の灯った小さな木造駅舎がたたずみ、観光客を迎えている。
「愛国から幸福ゆき」――道内の閑散ローカル線に過ぎなかった広尾線 (1987年2月廃止) の小駅が全国に知られている理由は、この駅名に尽きるといってよい (といっても1973年にNHK「新日本紀行」で紹介されるまでは無名だったようだが)。以来全国各地で「記念きっぷブーム」が沸き起こり、幸福駅舎は全国から集まった旅行者の名刺やらきっぷ定期券やらで壁から天井までうずもれ、近隣の商店では現在も硬券入場券が売られている。

キハ22 238

キハ22 238

  • 旧広尾線 幸福 2009-11
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO250

駅の前後は線路が残され、2両のキハ22 (221, 238) がプラットホームとすこし離れた場所に置かれている。非電化区間のローカル列車として全国で活躍したキハ20系の、北海道・北東北など酷寒地向けに製造された両運転台車で、道内各線の動力近代化に貢献してきた。民営化後も一部が残存しキハ40と同等に扱われ、現場からの信頼が厚かったことを伺わせる。なお、ひたちなか海浜鉄道に在籍するキハ22キハ2000も兄弟車である。
はじめて訪れたときは色も褪せて傷みを感じたけれど、そのあと2両とも塗りなおされてきれいな首都圏色に戻った。酷寒 (かつ酷暑) 地の屋外展示という条件にしては状態はよさそうだ。ただ2両もあるのだから1両は標準色になっていれば……というのは贅沢だろうか。とくに238には塗り分け線の跡がうっすらと見て取れるだけに、余計そう思う。

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