痛勤・楽勤

夜行旅客列車の消えた東海道本線でひとり奮闘する特急貨物電車「スーパーレールカーゴ(SRC)」M250系。その姿をとらえたい! と思ったのはいいがこの車両、日本一撮りにくいといっても過言ではない。SRCで走る特貨電51・50列車、東京貨物ターミナル~安治川口(大阪市)の所要は6時間強。両駅の発車が23時台、翌朝到着が5時台前半という早さ! 〔能登〕〔北陸〕がかわいく思えるほどで、旅客駅に停車することのない同車を捉えられるのは、夏至前後の極めて限られた期間しかない。
これを撮影できそうな場所をいろいろ考えてみたが、都心ほど民家密集地で距離が取れない。それでも鶴見付近、横浜羽沢からのトンネルを抜けて出てきたところなら、複々線ごしに撮れるのではと思った。ただいきなり早朝に出て行くのはリスクが高く (クルマの準備が必須なので)、撮れることを確認してからにしたい。そんなわけで、貨物線を走行する東海道線の通勤列車〔湘南ライナー〕で試してみた。横須賀線・京浜東北線そして東海道線が並ぶこの区間は終日にわたって列車が輻輳し、抜けるかカブられるかは紙一重だった。

クモハ215-104

クモハ215-104

  • 東海道本線 鶴見←横浜羽沢 2009-6
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D

1992年登場の215系電車は日本の鉄道車両としては珍しい、朝夕の「通勤ライナー」専用車両。券さえ手に入れれば確実に座って通勤できることから常に人気が高いライナー列車の増発に、できるだけ座席数を確保する目的で開発製造された。制御系は211系を継承し、また1989年に登場した同系の2階建てグリーン車が好評だったことから、全車を2階建て構造とした。先立って常磐線415系に2階建て普通車クハ415-1901が試作され、その試用結果も反映されている。
両端の電動車4両が中間付随車6両(2両はグリーン車)をはさんだ10両編成で、4両の電動貨車ユニットで12両の付随貨車をはさむSRCもこれに通じるところがある。動力機器類は両端のクモハ215に集中させた結果 同形には階下席が存在せず、機器室の大きな扉が目立つ。
普通車はすべて向かい合わせクロスシート。クハ415-1901の2階席は2-3列だったが、こちらは料金の必要な列車とあって2-2列になった。荷棚は座席直上の枕木方向に設置して、かつての修学旅行電車・国鉄155系や近鉄20100系「あおぞら」を連想する人もいたようだ。一方のグリーン車は、サロ213・212とほぼ同じ構造となっている。

サハ215-203

サハ215-203

  • 東海道本線 鶴見←横浜羽沢 2009-6
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D

この車両は「痛勤」とまで言われる日本のラッシュに対する切り札と期待されたものの、4編成が登場しただけで後が続かなかった。もともと窮屈な空間に詰め込んだ向かい合わせ座席は、それまでの185系(当時は転換クロスシート)に対しても一歩下がった位置にいたし、のちに〔スーパーあずさ〕E351系や〔スーパービュー踊り子〕251系も充当されるようになるといっそう差が目に付くようになった。ライナー券の値段は同じだから、グレードの下がるほうが人気が劣るのは当然の成り行きだろう。
それでも輸送力のある車両だから朝夕しか使わないのはもったいない、と昼間は東海道線の快速〔アクティー〕に充てられた。料金なしでよい眺望が得られるから人気は高かったが、2扉で乗り降りに時間がかかりデッキも混雑するといったマイナスからこれまた敬遠されてしまう。結局、土休日〔ホリデー快速ビュー湘南〕→湘南新宿ラインの新宿折り返しに使われたのを最後に、ライナー以外の定期運用から撤退してしまった。現在一般旅客が自由に乗れる列車は中央本線の臨時〔ホリデー快速ビューやまなし〕だけで、すくなくとも首都圏において付加価値のある設備は追加料金で、という消極的な棲み分けに落ち着いている。

1984年に上野→大宮で運転開始した〔ホームライナー〕は、もともと夕方以降に到着した特急車両の車庫回送を活用したものだった。それが好評に応えて本数を増やすうちに当初の目的はどこかへ行ってしまい、一度下った車両を回送で都心へ戻したり、本来の運用線区とまったく違う場所にライナーを走らせたりという状態になってきた。増収と車両の有効活用ということは理解できるけれど、リゾート特急向けの251系まで使うのは、なんだかなあと思うこともある。

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