急行列車のおもかげ

車両両端のデッキから引き戸を開けると、グレーの床、クリーム基調の壁に、整然と並ぶ青いモケットのボックスシート。腰掛ければ窓側にも肘掛、窓框下のテーブル(センヌキつき)、JNRマークの灰皿。
国鉄形急行列車の一般的な設備だが、このスタイルを残す車両も急行の淘汰でほとんど消えてしまった。その中で今いちばんそれに近いのが、最近個人的におなじみ、JR東日本の12系客車だ。

もともと私は平常時の撮影、定期旅客列車が守備範囲。沿線で通りすがる人と「何か(特別な列車でも)通るんですか?」「いえ、いつもの(電車)です」と交わす会話もいつものことだ。それが最近、イベント列車の運転にも出かけるようになった(そこに引退のにおいを嗅ぎつけてしまう)ため、機関車とペアで使われるのを自動的に目にするようになった。
本音を言えば、はやく旧型客車も見たいのだけれど、こちら原型の12系も実質稼動車はJR東日本・西日本にそれぞれ6両と希少のため、そう贅沢はいえない。JR四国の波動用客車(14系含む)も、今般ついに〔ムーンライト高知・松山〕設定取りやめとなって、今後予断を許さなくなった。
高崎車両センター所属の6両編成は、昨夏のお色直しでスハフ12のJRマークが外され、登場時にだいぶ近くなった。あともうひと頑張り、ドアの所にも白線が欲しい。

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スハフ12 162

  • 高崎線 岡部→本庄 2008-7
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO100, 1/160, f7.1
  • RF2009-01-010

昭和40年代までは、電気・ディーゼル機関車は旅客用と貨物用の区分が厳然としていて、貨物機が旅客列車を牽引することは少なかった。とくに冬季は、旅客車に暖房用の熱源を供給する必要があったからだ。
客車の暖房方式は、黎明期から存在した「蒸気暖房」。高温の水蒸気を各車に送り、足元のパイプから熱を放射していた。蒸機ではもちろんボイラから供給されたが、電化の進展に伴い電気機関車に蒸気発生装置(SG)が搭載された。代表的な例がEF58形で、残念ながら私は直接見る機会がなかったが、電気機関車からも白雲がたなびく姿が冬季にはよく見られたという。

12系は冷暖房と自動扉を完備し、客室設備も電車と遜色ないものになったが、編成単位でその電源をまかなうことでも革新的な客車だった。これは繁忙期用の臨時列車用として、牽引機を選ばないようにしたため。盆暮れの繁忙期に旅客機は当然手一杯で、逆に貨物機は手すきだったからだ。
編成一端スハフ12の床下にはディーゼル発電機が装備され、基本編成単位の6両まで電源を供給する。このシステムは車体色とともに、14系寝台客車に受け継がれていく。
電源の編成単位での供給は「ブルートレイン」の始祖20系が先だが、ブレーキ装置が特殊だったため、性能を発揮できる機関車は限られていた。

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オハ12 368

  • 信越本線 磯部←安中 2009-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO200-0.3, 1/160, f11

一般旅客列車としてはおもに急行で使われた12系が、特急に使用されたこともある。そのひとつが〔つばさ〕の増発用(51号)で、やはり本来の特急車両が目一杯使われ余裕がなかったからだ。車内設備の格差から特急料金を減額し「100円引き特急」などと呼ばれたが、戦後すぐのころからボックス席の特別急行列車は格下と見られていた。戦後一時期に10系3等客車を使った山陽本線の〔かもめ〕は「からす」と呼ばれもしたし、最近ではN'EX 253系が槍玉に挙がった。
その後、特急増発とその設備改善のため、回転座席「簡易リクライニングシート」を備えた14系座席車が登場。その〔つばさ〕をはじめ、昼行・夜行特急の増発用として使われるようになった。

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