ブルートレイン2008[最終回]: 電源車

■ 第1回はこちらです。

24系ブルートレインの編成端に位置するカニ24には、あの"1059"を除けば車両用では最大級となる、巨大なJRマークが目立つ。最近の車両ではかなり控えめな大きさになったJRマークだが、1987年4月1日の民営化当夜、「新生JR」誕生のシンボルとして先頭・後尾車を中心にマーク貼り付けが一斉に行われた。ひと足早く民営化されたNTT(←電電公社)と並ぶ、1990年前後に一種のブームとなった「コーポレート・アイデンティティ(CI)」の代表例といえよう。

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カニ24 12

  • 北陸本線 丸岡←芦原温泉 2007-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO125, 1/200, f5.6

これと前後して、Nゲージ鉄道模型メーカーでもJRマーク「だけ」を並べまくったデカールあるいはインレタ(白・黒・灰)を発売した。ユーザー各社の在籍車を民営化するためという理由もあるが、商標であるJRマークを模型といえども第三者が勝手に商品化するわけにもいかず、増備車つまり在庫のための「つなぎ」でもあったのだろう。その中にはもちろんカニ用のマークも含まれていて、その後発売されたJRカンパニーカラーのタイプにも同じように刷られていた。
ちなみに「1/1スケール」(要は実車)でも、発足当日のJRマーク取り付け方法はフィルム転写だった。ラッピング車両の装飾と基本的に同じ作業と考えてよいだろう。

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カニ24 109

  • 北陸本線 春江←丸岡 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO100, 1/320, f5.6

「ニ」が示す車端の荷物室(荷重3t)には、おもに新聞―業界紙や専門紙など―を積んでいた(その他小口輸送「ブルートレイン便」にも使用)。ブルトレに限らず夜行列車での新聞輸送は全国各地で行われており、24形の電源車カヤ24には後に0.5t積みのスペースを設置、カニ24も100番台では荷重5tに拡張されている。
国鉄末期の荷物・郵便輸送全廃後もこれらは残され、新聞はいわば「知られざるブルトレ常連客」だったが、2005年〔あさかぜ〕(オハネフ25 300番台)廃止をもって、東海道筋ではブルートレイン便ともども終息となった。

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カニ24 507

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2008-4
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO200, 1/160, f4



季節はまもなく秋分を迎える。ここで示した写真も、いくつかはもう撮影が厳しくなってきた。来年また……と言えないのがなんとももどかしいのだが、1両ずつ撮ったのを改めて眺めてみると、あることに気づかされる。残された車両の多くが、外板の補修や再塗装を受けて美しい姿によみがえっていたのだ。
ことし2~3月ごろに見た一部の車両は塗装の剥げや車体の錆・波打ちが激しく、見るも無残な姿で走っていた。厳しい冬に耐えてきたとはいえ、寝台列車の末路を見るようで哀しかった。季節が変わった後、こうしてきれいな姿になったのは意外でもあったが、それを記録することができたことで、沈んだ気持ちも少しは晴れた気がする。何度も失敗して費用もずいぶんかかってしまったけれど、それも含めて良い体験であった。

先日、2列車〔富士〕大分から東京までの寝台券を買った。2号車A個室「シングルDX」。オロネ15―もとオロネ25への乗車は、おそらくこれが最初で最後になるだろう。ハイケンスのセレナーデを、私はあと何回聴くことができるだろうか。

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