しま太郎駅長のこと

2013年11月、北海道・ニセコ。紅葉も最終盤、陽光を浴びてたくさんのカメラを前に走ってきたC11 171牽引〔SLニセコ号〕は、蘭越到着後すぐに補機DE15を先頭に倶知安へ戻る。
こちらも倶知安近くに戻って待ち構えていると、空がにわかにかきくもり、暗転した空から大粒の雨が降ってきた。ほどなく止んで羊蹄山も見えるようになったが、空気が文字通り一変して冷たい。季節の動いた瞬間だった。

しま太郎近影
函館本線「山線」秋の風物詩、〔SLニセコ号〕(SL牽引は札幌→蘭越, ニセコ→札幌)。かつての〔C62ニセコ〕の舞台を行く列車だったが、惜しまれつつ今季限りで運転を終了したのはご存じの通り。北海道新幹線開業に向けた準備に集中することが理由とされ、函館地区で春夏と初冬に運転されてきた〔SL函館大沼号〕〔SLはこだてクリスマスファンタジー〕も今年限りで終了、北海道での蒸機運転は釧網本線〔SL冬の湿原号〕を残すのみとなる。
函館地区はともかく、「ニセコ」は新幹線の影響は直接受けないのだが、もうひとつの理由が新型ATS整備にからむ事情だ。主要幹線では2016年までに新型ATS (ATS-Pなど) を整備することが義務づけられているが、「山線」も名目は函館「本線」であり、小型機に属するC11に機器を搭載する余裕 (場所と予算) のないことが影響している。現時点でATS-P/Psを搭載するSLはJR東日本の大型3機 (D51 498, C61 20, C58 239) とATS-PsのC57 180にとどまっていて、真岡鐵道からよく借りるC11 325はATS-SNのみ装備で、首都圏近郊では運転していない。

スハシ44 1

スハシ44 1

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2012-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

2012年秋の〔SLニセコ号〕は、通称「すずらん編成」14系座席車とスハシ44で運転された。同年夏に開催した北海道DCで利用客が増えることへの対応だったという。編成中のスハシ44 1は、かつての〔C62ニセコ〕にも連結された「カフェカー」。〔C62ニセコ〕運転開始当初はUCCがスポンサーについて、同車で喫茶営業を行っていた。現在でもカウンターが残り、車内販売基地となっている。
しま太郎
蘭越→倶知安の列車を比羅夫(ひらふ) 駅の近くで撮影し、そういえば……と駅に寄ってみる。比羅夫は無人駅になってしまった駅舎を先代オーナーが譲り受け「駅の宿ひらふ」を開業、ホームから一番近い宿として以前から旅人にその名を知られていた。
そんな駅に2003年、どこからともなく現れた一匹の猫はそのまま待合室に居つき、しっぽのしま模様から「しま太郎」と呼ばれ、駅と宿を訪れる客を出迎えてきた。当日もしま太郎は駅舎とホームの巡回勤務中(?)、壁に貼ってあった案内書きによれば「誰にでもすぐなつく」し「膝の上に乗るのが好き」というから、ほんとうに誰の膝でもいいのか実際に確かめてみることにした。
……瞬殺だった。

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オハシ47 2001

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400


心やすらぐ時間
翌2013年は所定の正調〔ニセコ〕編成となったので、10月下旬に渡道。「TOHOKU EMOTION」→青森空港→新千歳空港と飛んで入るすこし異質のルートだった。道内他地区での運転で客車はほぼ〔すずらん〕編成が使われるので (冷房の有無が大きいと思う)、藍色の客車は2年ぶりの登板だった。〔C62ニセコ〕終了後、旧客はスハシ44を除き廃車されていたため、〔SLニセコ号〕の客車はJR東日本から購入した。
こちらにも「カフェカー」としてオハシ47形(オハ47改) を連結しているが、実際には全車フリースペースで販売座席はない。だったらオシか、ロビーカー扱いのオハではないかと思いたくなるが。各車2000番台の電気暖房車で、電力は各車床下のディーゼル発電機でまかなっているほか、扉の一斉施錠もでき、車側灯が取り付けられている。
比羅夫駅でDE先頭の列車を撮り、振り返ってを狙った写真の隅に列車を見送るしま太郎「駅長」の姿があった。

シーズン最終週にもう一度。ここに来てようやく北四線の羊蹄展望とか200KPで撮影したりした後、また比羅夫に寄ってみた。扉を開け待合室に入ると、前回と少し雰囲気が違う。年齢を気遣い差し入れられたヒーターのかたわら、段ボール箱の中にしま太郎はうずくまっていた。わずかに上下する背中に息づかいを感じほっとしたが、とはいえ推定12~13才くらいになるわけで、この冬を越せるだろうかと気がかりになりつつも、時間が迫ってきたのでSL復路も待たずに駅を後にしたのだった。
半年くらい経って、そういえばしま太郎はどうしているかな……と軽い気持ちで調べ始めたところで、彼の訃報を知ることになった。翌朝、息絶えているところを発見されたそうである。すでに体調を崩していたらしいが、あの日の冷たい風が魂を奪ってしまったのか。いや、〔SLニセコ〕2013のラストを見送り、シーズンを締めくくってから行ったのだと思う。

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オハフ33 2555

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2014-10
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400


比羅夫
1年後、ラストシーズンの〔SLニセコ号〕の牽引は、動向が注目されるC11 207がつとめた。同機もそうだが、どちらかが――状況からすればニセコ編成だろうが――用途からあぶれる客車の処遇も気にかかる。四度目の比羅夫を訪ねると、がらんとした待合室はキャットフードの匂いが消え、かつての定位置に遺影とオーナーの謝辞が残されていた。
誰でも愛し誰にでも愛された、長いしっぽが自慢のしま太郎駅長。銀河鉄道の駅でも、行きずりの旅人の膝を暖めているだろう。




現在発売中「鉄道ファン」2015年1月号では、「一刀両面」追録企画として〔SL銀河〕C58 239と〔SLニセコ号〕のC11 207を取り上げています。

この記事へのコメント

2014年12月11日 15:20
こんにちは。大変、ご無沙汰しております。

比羅夫駅のしま太郎駅長、私もSLニセコ号撮影の折に立ち寄り、そのおっとりとした姿に癒されていました。
往路、慌しくSLを追っかけ、復路の運転までの間にしま太郎と触れ合うのが楽しみでしたが人懐こい性格ゆえ、いつも誰かの膝の上に乗っていて私はその機会がなく終わってしまったのが残念でした。
道内の蒸機も今季の函館での運転が終わると、釧路のみになってしまい残念です。
ニセコは景色も観光地としても素晴らしいので、DLニセコ号とかノロッコ号などで残ってくれないかなぁ。

鉄道ファンでのお写真、拝見しました。
変わらず確かな腕前を披露されて素晴らしいです。
2014年12月18日 00:13
水無月さん こちらこそご無沙汰しております。
RF誌もご覧いただきご高評恐縮いたします。

今月の〔SLはこだて―〕が終了すると、道内の定期的なSL運行は釧網本線のみになってしまいますね。確かに「ニセコ」は観光列車としてもじゅうぶんな価値がありそうで、前を走るキハ150×2の普通列車はいつも混雑した様子を記録しています(笑) 〔冬の湿原号〕も運転日の一部はDL牽引となっていますし、列車の継続は期待したいところです。
比羅夫のしま太郎駅長、水無月さんも他の方々もお目当てだったようで、膝乗りが叶わなかったのは残念だったと思います。私が訪れたときはちょうど人も出払って、重さとともにぬくもりをもらってひととき過ごしたものでした。最後に会ったときの心の引っかかりが、まさかその翌日だったとは…と事実を知って驚いたものですが、最後まで皆に大切にされて幸せだったことでしょう。