Asu Narow as Narrow

観光特急〔しまかぜ〕を筆頭に一日中特急列車が行き交う近鉄名古屋線の中核駅、近鉄四日市。敷設当初国鉄(JR)四日市駅に立ち寄っていた線路を敷きなおして開設された同駅は、いまでは三重県を代表する中心駅になっている。
その線路の下、高架駅改札から少し離れた場所にもうひとつの近鉄四日市駅、内部・八王子線のりばがある。内部(うつべ) までの内部線と、2つ先の日永(ひなが) から分岐して西日野(にしひの) に至る八王子線は、三重軌道による敷設で軌間は762mm。名古屋線の標準軌1,435mmの約半分しかない線路を走る電車はやはりミニサイズ。軽便とかナロー(ゲージ) と呼ばれる特殊狭軌で現在旅客営業するのは、同2線と三岐鉄道北勢線 (2007年3月まで近鉄) そして黒部峡谷鉄道のみだ。

ク161 近鉄

ク161

  • 近鉄八王子線 西日野←日永 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

同駅から分岐する湯の山線は内部・八王子線と直通するナロー路線であったが1964年に標準軌化され、北勢線も三岐に譲渡されたので、近鉄ナローは内部・八王子線だけになっていた。しかし近年になって両路線の存廃問題が浮上、2012年には近鉄から鉄道を廃止して路盤をBRT(バス高速輸送) 軌道に転用する方針が示された。赤字が続いていたことと、軌道はじめ車体や機器類がすべて特殊構造であるためのコスト問題、車両 (非冷房) や施設の更新時期が迫ってきていたことが理由とされる。
地元では鉄道存続の要請が強かったが近鉄の姿勢が変化せず、タイムリミットが近づいていたが、最終的に四日市市が車両と施設を譲り受け (第三種鉄道事業)、近鉄と自治体等が出資する新会社「四日市あすなろう鉄道」が第二種鉄道事業として2015年春から営業することになった。これで近鉄鉄道線の軌間は2種に減り、いっぽう新会社は筑豊電気鉄道(福岡) から「つりかけ駆動電車のみが走る鉄道」の称号を譲り受ける (筑鉄は新型低床車導入が予定されている)。

モ261 近鉄

モ261

  • 近鉄八王子線 西日野→日永 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

八王子線は日永から一駅で終点西日野に着いてしまうのだが、その駅間にやや開けた水田を見つけた。待つことしばし、3両をパステル調3色に塗り分けた電車がやってきた。小型車体―といっても全長15mは軽便としては破格の大きさ―にはパンタグラフがいっそう大きく見えるが、踏切を横断する自動車の車両高さに配慮すると、パンタグラフは一般の鉄道よりも高く上げる必要がある。
四日市側 (画面右手) が動力車モ260、反対側がク160またはク110のペアで、室内は運転台方向に一人がけシートが並ぶ路線バスの雰囲気。3両編成は中間にさらに小型のサ120形が加わる (ク110とサはロングシート)。往時は各地の軽便がそうであったように、動力車1両が小さなトレーラー(客車) 数両を牽引し、折返し駅で「機回し」を行っていた。
現在真ん中に挟まっているサ120も、かつては動力車モニ220として客車を引っ張る役だった。カラーブックス「日本の私鉄 近鉄」には、単行で走る改造前(モニ227) の写真が載っている。前後不均衡な扉は写真右側に荷物室を置いていたためで、かつて地方私鉄でも荷物輸送が行われていた名残を示す。窓上下のリブ、ウィンドウシルとヘッダーのある古典的な車体は、いまや地方の私鉄でさえもほとんど見ることのない貴重品になった。同形の1両モニ226は、北勢線阿下喜駅に移送され復元保存されている。

サ121 近鉄

サ121

  • 近鉄八王子線 西日野←日永 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

たった一駅だけの路線が八王子を名乗っているのは、この路線は以前その先の伊勢八王子まで伸びていたことに由来する。内部線より敷設は早かったのだが、1974年の水害によって休止、1976年に西日野駅を日永寄りに移設し運行再開したのと同時に廃止された。

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