ポニーが行く

2014のトップは“2014”がつとめることになったわけだが、やはり午年なので馬に由来する (そういえばあちらさんはソリを引っ張っている時期だろうか) 車両を取り上げることにしよう。C56形蒸気機関車、シゴロクとならぶ愛称は「ポニー」。

ポニーという愛称は、言うまでもなくウマの分類 (肩高さ147cm以下) から来ている。小さな身体で数両の客貨車を牽引する姿が愛らしく、1970年代SLブームのさなか小海線で企画された復活運行が「高原のポニー」と称されたのが、愛称に定着することになった。
C56形は同線のような「簡易線」とも呼ばれる線区向けの小型テンダ式機関車。入れ替えや簡易線などでの短区間運転に開発された形式としてタンク式C12形があるが、より長距離での運用に向けて同形をベースにテンダ式とした。エンジン(機関車本体) に軸配置1C (2-6-0/Mogul: モーガル。8620と同じ) を採用した最後の形式でもある。

C56 160

C56 160

  • 北陸本線 河毛←虎姫 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

エンジンのシルエットはC12とほぼ同じで、その水タンクとコールバンカ(炭庫) を独立させテンダ式にしたものといえる。C12で省略した除煙板は標準装備となった。テンダの脇をななめにカットしているのは、転車台が整備されていない路線でのバック運転に配慮したもの。ただしエンジンに従輪、つまり後進時に先輪となるものが存在しないため、高速運転は不可とされている。

国内の動態保存車両は2機、JR西日本の160と大井川鐵道の44。鉄道省→国鉄むけは1935~39年に160両 (ほか私鉄1, 樺太4) 製造され、つまり160はその最終機である。最終配置の上諏訪機関区から梅小路へ転属してそのまま動態保存機となり、あまり調子のよくなかったC58 1号機にかわりC57 1号機の補佐およびローカル線のSL復活運転をつとめた。JR西日本に承継された後も、千葉などJR東日本管内で運行されたことがある。
同機のホームグラウンドは北陸本線〔SL北びわこ〕(米原→木ノ本) 下り片道2本のみ牽引である。以前は往復とも牽引していたが、前述したバック運転の制約がダイヤに影響するという理由から、復路はEF65 (敦賀直流化までDD51) 牽引により編成そのまま回送される形になった。大井川もいまは往復前向きなので、C56のバック牽引は見られなくなった。とはいえ下りは12系客車5両を補機なしで牽引しており、湖北の直線区間を驀進する姿が見られるのも同列車の魅力といえるだろう。

C56 44 大井川鐵道

C56 44

  • 大井川鐵道 川根温泉笹間渡-抜里 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

大井川鐵道の44号機は「出征機関車」である。走行路線の制約が少ないことから、C56はいわゆる外地の開拓鉄道に適当な機関車と当時の軍部に目をつけられ、1941年に各機関区から集められた1~90までの90両が、タイとビルマ(現ミャンマー) へ赴任していった。蒸機各形式のトップナンバーが集まる梅小路保存機でC56がラストナンバーになったのも、そういう事情があったからだ。
同様に供出されたC12ともども、現地の劣悪な路線環境や戦火の中で失われた機体も多かったが、生き残った機関車はタイ国鉄で700形機関車として使用された。その725,735号機 (C56 31,44) が、1979年に帰国を果たす。原番に復帰した735は大井川鉄道で復活整備後1980年から運行を開始、725も31号機にもどって靖国神社遊就館で静態保存・展示されている。
同機最大の特徴はキャブの屋根頭頂が平たいことだ。これは現地での車両限界が日本より小さかったことへの対処とされる。大鐵の現役4機中もっとも小出力な (ただし車両はいちばん長い) 機関車だが、C10/C11とおなじく最長7両 (+EL補機)〔かわね路〕の先頭に立ち、勇壮な汽笛を大井川に響かせている。

蒸機にとって石炭などの燃料が欠かせないのは当然のことだが、その生命線を握るのはじつは水のほうで、炭水車に積む水は重量換算で石炭の倍くらいとなる。C56の場合、炭庫5tに対し水タンク容量は10m3 (約10t)、C12では石炭1.5tに水5.5m3だ。
それだけ積載の差があっても水はすぐ足りなくなるもので、多くの現行SL列車が折返し駅では水だけ補給し、もっとも行路の長い〔SLばんえつ物語〕は途中の津川でも給水する。現役時代も石炭の供給が機関区に集約されていたのに対し、給水設備は拠点駅、山越え区間では途中駅にも設けられ、ボイラ効率や長期的な保守も左右する水質は重視されたという。かつて鉄路を陰で支えた給水塔も、現代の鉄道運行にはまず不要なためほとんど残っておらず、一時的な復活運転での途中駅補給は消防署(消防団) のポンプ車を借りてきて給水することが多い。

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