山スカ・浜スカ

富士山と並んで世界文化遺産への推薦・登録を目指すも、最終的に推薦を断念することになってしまった鎌倉。しかし古都の魅力に変わりがあるわけではなく、となりの江ノ島も含めて首都近郊の気軽な観光地として行楽客を集めている。
その鎌倉には、古くから臨時・団体列車が多数設定されてきた。正月の鶴岡八幡宮初詣向け団体列車は成田山・高尾山と並び初詣臨として広く知られるが、春~秋にもレジャー列車が関東各地から乗り込んでくる。そのひとつが南越谷~鎌倉間の〔ホリデー快速鎌倉〕。ふだん旅客列車の走らない武蔵野貨物線を通り (大半はトンネルだが)、梶ヶ谷貨物ターミナルや新鶴見機関区を間近に眺められ、しかも乗車券のみで利用可能という、ある意味乗り得な列車だ。

クモハ115-318

クモハ115-318

  • 武蔵野線 東浦和→東川口 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

この列車は豊田車両センターの115系M40編成により運転されてきた。2010年までは大宮発着 (〔ホリデー快速むさしの〕間合い)、2011年正月より南越谷発着、そして2012年秋から大宮総合セの183系に交代したのだが、今夏はまた豊田セ115系に戻された。
M40編成は豊田115系で唯一の6両編成である。中央本線 立川~小淵沢間で運転する横須賀色の115系は基本的に3連を単位として運用され、6両固定のM40編成が入り込む余地がない。まれに長野車を含む代走として運用入りすることもあるが、基本的に2010年まで八王子・府中本町~大宮間で運転された〔むさしの〕〔ホリデー快速むさしの〕の専属として使われていた。

モハ114-374

モハ114-374

  • 武蔵野線 東浦和→東川口 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

モハ114-374はダブルパンタ車。霜取りとして増設されたが、現在のM40は山に行かないので上がった姿を見たことがない。豊田・長野115系のパンタはシングルアームに交換されているが、使用機会がないからかこの一基だけ菱形パンタで残されている。にしても、降ろされたパンタは屋根にへばりついているような平べったい姿である。これは中央線の狭小トンネルに対応したPS24形だ。
一般に車両で最も高い場所はクーラーの頂上だが、電車のパンタグラフはそれより高い位置にある。電化区間の車両限界は集電装置、スリ板のぶんを加味して拡大され、同時に建築限界も引っ込んでいる。ところが中央本線は断面の小さいトンネル (狭小トンネル) が多く、もともとトンネルで低くなる架線がさらに低い。従来の屋根に従来のパンタグラフを載せると、パンタを降ろした状態で万一の短絡 (ショート) を避けるための絶縁距離が確保できないため、その部分だけ車両屋根を低くしたり、あるいは車両全体の屋根を低くした車両が登場した。入線可能車を区別するため低屋根車には800台の車番が振られ、115系や165系のほか101系にまで該当車があった。
その後、通常の屋根でも狭小トンネルを通過できるよう折りたたみ高さを低くしたPS23形が開発され、115系300番台から搭載された (PS24は23系の改良版)。低屋根車でない狭小トンネル通過可能車は「◆」記号を車号の前に付記している (161→181系, 183・189系は低屋根車扱い)。ただし身延線はさらに架線高さが低く、PS23でも絶縁距離を確保できないので、屋根をわずかに低くしたモハ114-2600が投入されている。
かつての201系も大月乗り入れに際して一部編成のパンタグラフを交換、「◆」つきの編成が担当した。現在標準的なシングルアームパンタはいずれも折りたたみ高さが低く、E257系E233系はともかく中央線と縁のないE231系 (モハE231) にも全車「◆」が付記されている。

サハ115-319

サハ115-319

  • 武蔵野線 東浦和→東川口 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

M40編成もうひとつの特徴はサハ115の連結だ。一見普通にいそうな車両だが、111・113系の付随車はサロ・サハとも全廃され、115系も先頭車化や経年廃車でほぼ消滅。系列全体でもすでに10両を切っており、300番台の残存車はこの319一両きりである。車両左側にある白い窓はトイレで、上部に換気用の内折れ窓がついている。1000番台にはトイレが設置されなかったので、これが国鉄近郊形電車最後のトイレつきサハだ。
かつてのトイレはこのように大きな窓を持っていた。採光は十分だが照明は電球のみの貧弱なもので、夜間やトンネル内ではとても暗くなる欠点もあった。その後トイレ内も蛍光灯として照度アップがはかられたが、同時に窓の小型化が進み、換気装置を設置するようになった1990年代以降は窓自体がなくなっている。上部の黒枠は行先表示器の設置場所だが、方向幕の盗難が頻発したため使用停止・撤去された車両が多い。
方向幕といえばこの編成には「南越谷」幕がいまだに用意されておらず、〔ホリデー快速鎌倉〕では行先票、通称サボ (サインボードの略) を使用する。「鎌倉[快速/武蔵野線経由]南越谷」という昔懐かしいサボつき列車も、いまや大都市圏ではめったに見られなくなった貴重品でもある。

「山スカ」と称される115系豊田車にあって、唯一定期運用を持たないM40編成。とはいえ結構忙しそうで、先日は全廃された113系スカ色のかわりに内房・外房線の団体臨時「青い海」「白い砂」に起用される (房総地区に設定された「夏ダイヤ」で館山・安房鴨川まで延長された総武快速列車の愛称である)など、地道に波動運用をこなしている。
国鉄車がまだまだ比重を占める中央本線も、長野総セに211系が投入されて運用を開始。豊田車も近々置き換えられることは確定しており、そろそろ動向が気になってくるころ。いったん183系「特急車」にグレードアップしたはずの〔ホリデー快速鎌倉〕に115系が復帰したのは予想外だったが、今後そうそう機会が残されているとも思えず、貴重な撮影機会を大切にしたい。

この記事へのコメント

2013年11月05日 00:43
サハ115‐319
貴重なレア中間物ね

( ̄∀ ̄)

なんか中間車にトイレ窓があると(クハにトイレ無しは知ってたけど)落ち着かないのは私だけかしら?

(・_・;)
2013年11月15日 23:37
~NORINKO~ さん こんばんは。

国鉄の近郊電車は短編成化の方向にばかり進んでいたので、分割民営化直前でトイレは編成片方のクハのみというケースが多く、中間車にトイレの窓があるのは私もしっくりこないですね(もとよりトイレ窓自体が消滅寸前なのですが)。
サハ115-319は国鉄由来としては最後の1両だったうえ、なかなか撮影機会もなかったので、その目立ちすぎる(笑)白い窓には注目せざるを得ませんでした。