富嶽電景

日本の最高峰にして象徴でもある富士山。その富士山と周辺地域が、ユネスコ世界文化遺産へ登録されることが確実になった。(追記: 6月22日に登録が決定)
孤高の山としてどこから見ても秀峰に見える富岳だが、鉄道と合わせた風景の代表格はなんといっても表富士側の東海道新幹線であろう。いっぽう富士登山の拠点として古くから栄えた山梨県側の吉田口は、裾にひろがる富士五湖とあわせて観光地を形成している。
富士急行線は中央本線の大月から河口湖までを結ぶ路線で、大月線と河口湖線が一体で運転され、馬車鉄道も起源とする敷設の歴史から、終点のすこし手前にある両線の接続駅、その名も「富士山」でスイッチバックする。富士山駅は1929年に富士吉田の駅名で開設され、2011年に現名へ改称した。

モハ1205 富士急行

モハ1205

  • 富士急行大月線 寿→三つ峠 2012-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO250

現在の富士急行線を代表するのは「富士登山電車」と「フジサン特急」。富士登山電車は、現在同線の主力となっている1200形を改装した観光列車で、乗車には着席券が必要。赤茶色モノトーンに細いラインとレタリング、木材を多用した内装といえば、おなじみ水戸岡デザインである。
1000・1200形はもと京王帝都電鉄5000系で、1200形は入線時に転換クロスシートを配置した。1963年に登場した5000系は京王線の近代化を引っ張り、優雅なスタイルでファンの評価も高い名車だった。18m級3扉車だが、富士登山電車では中央扉を撤去し展望席とした。なお京王線は1,372mm軌間であるため、台車は営団地下鉄3000系の発生品に履き替えている。
リバイバルカラーの潮流は、いまや国鉄のみならず私鉄にも及んでいて、京王5000系も当路線と島根県の一畑電車で京王カラーが復活した。京王が保存する1両は、多摩動物公園駅前に今秋リニューアルオープンする「京王れーるランド」で公開予定。

クロ2001 富士急行

クロ2001

  • 富士急行大月線 寿←三つ峠 2012-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO250


「フジサン特急」2000形は2002年から運転する特急車で、前年に引退したJR東日本のジョイフルトレイン「パノラマエクスプレス・アルプス (PEA)」を譲り受けた。改造種車は急行形165系で、しなの鉄道169系の引退した現在、直流急行電車最後の現役車両になる。
一番の特徴は名鉄パノラマカー、小田急ロマンスカーに似た前面展望室を設けていることだ。国鉄~JRで同様の改造を行った車両がいくつかあるが、運転機器の都合などからいずれも運転室は二階ではなく高床形で、後方から前は見通せない。このため運転台後方はラウンジ風になっている。一般席は大型窓とリクライニングシートをピッチ1,350mmで配置 (グランクラス1,300mmより長い!)、形式の「ロ」とともにグリーン車として活躍した歴史を受け継いでいる。

クモロ2202 富士急行

クモロ2202

  • 富士急行大月線 寿←三つ峠 2012-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO250

PEA時代は基本的に3両編成を背中合わせに連結して両端が展望室になっていたが、〔フジサン特急〕ではそれを単純に分割して2運用を行う。したがって列車によって展望室の連結場所が違い、特急券に着席券まで買い足して展望車に乗っても、ずっと富士を背に後ろ向き……という場合もある。(全区間乗れば前展望になる区間は必ずあるのだが……) 編成反対端は貫通形で、ライト周りの形状がPEA改造時に変更されているのを除けば「東海形」の面影を残す。
ある意味車両仕様より目立っている外観の富士山キャラクターはすべて異なり (101種)、それぞれ名前もつけられている。反応は賛否両論あるだろうが、すでに10周年を迎えていることからも、一応は定着しているということか。
JR線からの直通快速183・189系は一部が国鉄色、高尾からの直通普通115系も横須賀色、朝晩にはE233系も顔を見せる。富士急車では1000・1200形標準色と京王色、もと富士急標準色、姉妹鉄道にちなむ「マッターホルン号」、富士急ハイランドと連携した「トーマスランド号」(5000形) に、まさかの205系導入 (→6000系、さらにまさかの二段窓!) と、一日では撮り切れなさそうなバリエーションである。リバイバル塗装の種類もここまで豊富になってくると、「フジサン特急」もできればPEA色に……と思わなくもない。

モハ1302 富士急行

モハ1302

  • 富士急行大月線 寿→三つ峠 2012-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

世界遺産の指定地区から除外されそうだった三保の松原 (静岡市清水区) 、最終的にはここも推薦され、そして指定されることになったが、ここに清水港線という国鉄の路線があったことを知る人も少なくなっているだろうか。清水~三保間約8kmに、旅客列車は貨車併結の混合列車が一日わずか1往復という、国内最閑散路線であった。
名前の通り清水付近の漁港や工場から東海道本線へ貨物を継走するための路線で、三保へ着いても松原まではまだ遠い。そんな路線では鉄道貨物輸送の衰退後に残る意義もなく、1980年に特定地方交通線第1次指定を受けて1984年に廃止された。

この記事へのコメント

さくらねこ
2013年05月04日 01:52
こんばんわ~こちらも富士山にちなんだ記事ですね!
フジサン特急の絵、101種類もあるんですか?!しかも全部に名前付いてるとは。。。凝ってますねぇ。

先日清水へ行き、三保の松原の旅館に泊まりました(タイムリーなことにニュースによく映ってるおかみのところです)。友人に、「清水港線どうなってた?」って尋ねられました。廃止は1984年なんですね。
2013年05月11日 23:58
さくらねこさん こんばんは。

富士山が世界遺産登録決定ということで、こちらは北麓を走る富士急行にスポットを当ててみました。
「フジサン特急」のキャラクターは、私もまだ全部見てはいない気がするんですね(笑) いまやキャラクターラッピング車両が各地で走っていますが、そのはしりの一つといえる列車です。

清水港線は国鉄分割民営化よりも前に廃止されてしまった路線ですが、憶えておられる方もいらっしゃるのですね。80年代はローカル線がすごい勢いで消えていったんですが、私が全線完乗をそこそこ簡単に果たせたのも、こんな乗りづらい路線が整理された後だったからかもしれません。