さらば青春の旅

2005年5月、私は札幌から〔スーパー宗谷1号〕に乗った。終着駅に着くと、当時のJR線 営業キロ19,844.0kmの全線完乗を達成する予定の列車である。小雨も降っていた道中はいつのまにか雲が消え、クマザサの向こうに利尻富士の姿がかすんで見えた。
前日は帯広から広尾へ向かい襟裳岬、JRバスで様似、日高本線〔優駿浪漫〕で札幌へ、前々日は北見→池田で北海道ちほく高原鉄道を乗車。そこまでも「周遊きっぷ」北海道ゾーンを手に、東京から新幹線・東北・津軽海峡線、函館・室蘭・千歳線・石北本線と乗り継ぐ、のべ2,450kmの陸路であった。

キロハ261-203

キロハ261-203

  • 函館本線 岩見沢→峰延 2007-12
  • D200, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO125

3月16日改正を機に、今回もさまざまな車両が節目を迎えたが、年度をまたぐ4月までに旅客営業もいろいろ改定される。1月かぎりでプッシュホン予約・空席紹介サービスが、改正をもって東海道・山陽新幹線ミュージックサービス、JR東海在来線特急の車内販売が廃止された。来る3月23日からは全国ICカード乗車券 (Kitaca, Suica, PASMO, TOICA, manaca, ICOCA, SUGOCA, nimoca, はやかけん, PiTaPaのストアードフェア部) の共通化がスタートし、オレンジカードの発売が3月31日で終了。そして「周遊きっぷ」が、ゾーン券が3月31日有効開始のものをもって発売を終了し、1998年の発売開始からちょうど15年でその歴史を閉じることになった。JR線のりつぶしとともにあった周遊券・周遊きっぷも最近疎遠、というより使う気にならなくなっていたが、この報に一抹の寂しさは感じざるを得なかった。
「トクトクきっぷ」―最近では「お得なきっぷ」として案内される、特別企画乗車券 (きっぷに○囲みの企が掲示される) は、その存廃が各社の意向で決定できるものだが、周遊きっぷはそれらと違い乗車券制度の一環として成立し、JRグループの総意で発売されてきた。


周遊きっぷは以前の周遊券(周遊乗車券) 制度を引き継いだもの。周遊券とは一定の条件を満たした周遊形式の旅程 (国鉄・私鉄・バス・船舶) において運賃・料金が割引となるオーダーメイドの乗車券で、前身の「遊覧券」として戦前からの歴史があり、戦時中断を経て1955年から発売されていた。旅行会社で発売され、きっぷは旅程順に券を綴った冊子・クーポン形式であった。新婚旅行向け「ことぶき周遊券」という商品の存在は、鉄道が交通の主要手段だった時代を感じさせる (のちに一般向けグリーン周遊券となる)。

キハ261-103

キハ261-103

  • 函館本線 深川←納内 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

周遊券は発行に手間がかかることから、一定ゾーンを自由乗降区間とし、主要駅からのゆき券(A券)・周遊区間+かえり券(B券)をセットにした均一周遊券 (→ワイド周遊券) を翌1956年から発売、周遊区間を限定したミニ周遊券が1970年から加わった。均一周遊券は駅でも発売され、急行列車自由席に乗車でき、のちにワイド券は周遊区間内の特急自由席にも乗れるようになった。ほかに北海道・四国・九州へ片道航空機利用の立体ワイド周遊券 (→ニューワイド周遊券)、有名景勝地を観光バスのように巡るルート周遊券というものもあった。
周遊きっぷはこれらを統合し、アプローチ券(ゆき券+かえり券)+ゾーン券のセットで販売されるセミオーダーメイドの乗車券。券面には○に遊の文字が示されるが、これは周遊券制度を引き継いだことを由来とする。周遊区間はあらかじめ決まった67のゾーンから1つだけ選ぶが、その「入口(出口)駅」まで行き帰りのコースは、発着駅が同一かつゾーンを通過しない営業キロ201km以上の片道乗車券が成立すれば自由にできるのが特徴であった。私が目をつけたのは実はこの部分で、たとえば九州に行くのに伯備線・木次線・芸備線、帰りには山陰線・三江線とか姫新線・因美線・播但線なんてルートを選択し、未乗区間の走破を効率よく進められた。ワイド・ミニ券時代の往復ルートは2~3コースに制限されていたが、駅ですぐ発売してもらえるので、東京で四国の券を買って旅行をはじめ、岡山で別の券を買い足して九州へ、なんてこともやったものだ。
ゾーン券は北海道ゾーンの5日・10日間を除き一律5日間有効、アプローチ券の有効期間は同区間の乗車券と同じ (ゾーン券の有効期間と1日以上重ねる必要がある)。アプローチ券は原則片道運賃の2割引・学割3割引だが、経路が東海道新幹線を含み600km以内のものは割引が5% (学割2割引) という、かなりの人に厳しい制約も存在した。他方、あくまでも乗車券であることから使用期間の制限がなく、最繁忙期の帰省にも有効であった。

スハネフ14 507

スハネフ14 507

  • 千歳線 島松→北広島 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

長所と短所を承知のうえ使いこなせばとても強力なきっぷなのだが、やはり旅程の組み立てや購入方法がわかりにくいのが欠点だった。みどりの窓口へ買いに行っても、不慣れな係員を煩わせる (行き帰りが直行ルートであっても…) のが常だったから、JR全線完乗が済むと使う機会もぐっと減った。旅の組み立てが変わって、航空路線や新幹線で直行ののち現地で必要な乗車券やフリーパスを購入するようになったことも大きい。周遊きっぷ自体も販売不振からゾーンの縮小が続き、最後まで残ったのはわずか13ゾーンである。
それにしても、「都区内フリーきっぷ」の廃止や、「青春18きっぷ」の動向については世間やマスコミが騒ぎたてているのに、周遊きっぷについてはほとんど反応がないことが、このきっぷの現状を如実に示している。もうひとつ手間のかかるきっぷと言えば「レール&レンタカーきっぷ」だが、こちらはレンタカー予約をインターネットに任せ窓口は乗車券発行のみとすることで打開を図っている (私にとってはけっこう有効なはずだが、なかなか使用機会がない……)。

2日間かけて北海道を縦断した私はバスで宗谷岬へ、その夜は〔利尻〕のスハネフ14で札幌へ。そういった夜行列車も寝台車も今や思い出語りでしかなく、考えてみれば寝台・夜行もあのときの〔富士〕以来乗っていないのだった。なくなるものに対してただ惜しんでも仕方ない話だが、しかし鉄道だけでほとんどJR・私鉄の全線走破ができたのは既に廃止されたものを含むさまざまな企画きっぷの存在あってこそで、ある意味幸運だったと言えるかもしれない。

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