あしたの街へ

放射冷却の進んだ翌朝に都市部でも見られる、澄み切ったあけぼのの空。夜明けにつれて空は天頂の深い蒼から、地平線の茜色へとなだらかな階調を描く。「東の野にかぎろひの立つ見えて…」万葉集にも詠まれたこの時間の空は、かつてエル特急〔はつかり〕のイラストマークにも描かれたグラデーションだ。
その色がオレンジ色に変わると、まもなく日の出の時刻を迎える。日の出時刻は6時50分台。複々線で多摩川を渡る小田急小田原線は、冬至前後のこの時期に朝日を背景にしたシルエットになる。
窓越しの朝焼けが得られる時間だが、7時ともなると急行電車は乗客の数で抜けが取れないので、比較的空いている各駅停車が狙い目。ここは走行する場所も関係してきて、梅ヶ丘~登戸間の複々線は急行線が内側、緩行線が外側なので、河原から見上げるアングルでは台車まできれいに抜けるのが上り(新宿ゆき)緩行線に絞られる。

クハ2053 小田急

クハ2053

  • 小田急小田原線 和泉多摩川←登戸 2012-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO800

車内がすでにいっぱいになってきた急行や、通勤ライナーとしての一面もある特急ロマンスカーの合間を縫って、緩行線を上ってきたのは2000形。セミワイドドアというべき1600mm両開き扉を持つ8両編成で、各駅停車から区間準急までを担当する車両である。通勤4扉としてはめずらしく車端が戸袋窓で終わっているのは、かつてのHE車(2400形)両端のクハを連想させる。モノトーン的なオレンジの画面の中、各停を示すLED行先表示器の青地が引き立って見えた。

このアングルは、フィルムカメラの時代にも同じようにして撮っている。(写真=Nikon F5, AF Nikkor ED 80-200mm F2.8D, RDPII, 1999-1) 当時は多摩川の複々線化工事が始まる前で、橋梁はデッキガーダーの文字通り「鉄橋」、その位置も今より低かった。レールも定尺25mで電車通過のたびにジョイント音でにぎやかだったし、ことに12.5mの連接車であるNSE~HiSEが渡るときに河原いっぱいに響くドラミングは独特な力強さも感じたものだ。
太陽が川面の上にあらわれた直後、1000形の各駅停車が渡っていく。同じ大きさの窓が連続するのは、これまた独自の2mワイドドア車だった。

あっという間に太陽は橋梁、そして車両の上を越えていき、回りの明るさも急激に強くなっていく。快晴。一日がまた良い日であるようにと願う時間である。



◆2012年の新規記事は今回で終了いたします。

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