のだ線なのだ

2012年5月にオープンした東京スカイツリー。その足下を走る東武鉄道伊勢崎線は、スカイツリー建設事業主会社の筆頭株主で (建設地はもともと東武の貨物駅→電留線だったのだ)、オープンにあわせ電車も「スカイツリー」色を前面に押し出している。東武特急「スペーシア」をライトアップの「粋」「雅」カラーに塗り替え、先だって3月には浅草~東武動物公園間を愛称「東武スカイツリーライン」とし、業平橋(なりひらばし) 駅を「とうきょうスカイツリー」へ改称したのだ。
この愛称づけや改称・イメージチェンジについては賛否両論あるが、東武鉄道の発表によれば売上、利益とも昨年度比で大幅増になったというから、ともかく収支へおおいに貢献していることは間違いないのだ。

関東地区最大の鉄道である東武鉄道 (ちなみに名鉄が閑散路線廃止を進めたため、現在の路線延長は近鉄に次ぐ民鉄第2位なのだ) は、伊勢崎・日光線と、池袋から北西に延びる東上線を基幹路線とする、関東大手私鉄に典型的な放射状の路線網。そのなかで環状方向に走る路線がひとつある。野田線 (大宮~柏~船橋) だ。「ノダ」といえば醤油を思い浮かぶところだが、同線もその運搬を目的とした野田市~柏間の貨物線が前身。合併などの経緯で柏(常磐線と接続) がスイッチバック駅となっており、同駅を境に大宮方と船橋方で系統が分離されているのだ。

クハ8154 東武

クハ8154

  • 東武野田線 逆井←高柳 2011-10
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO250

同線で運転されているのは8000系電車。1963~1983年にかけて増備され、東武の昭和期を支えた車両だったのだ。
車体は20m4扉の、ごくふつうの通勤形である。ほかの私鉄ではまだ多用されていた戸袋窓は最初からなかった。電動車比率 (MT比) を常に1:1に保って組成する経済車として設計され、抵抗制御で機器・回路の煩雑化を招く回生・発電ブレーキは省略、ディスクブレーキも装備しない。車輪踏面を押さえるブレーキシューは客車でもよく使われるレジン(樹脂) が用いられ、このため、駅に電車が停車すると床下から旧客をも連想させる独特の匂いが立ちこめる。ロングシートなのにながらく車内喫煙が可能だった (もちろん都市近郊やラッシュ時は禁煙) のも、大手私鉄らしからぬローカルな雰囲気を漂わせる一因とも言えるのだ。
その圧倒的な多勢 (新製数712両は民鉄随一) と経済指向から「私鉄の103系」とも称される8000系だが、では単なる詰め込み形電車かというと決してそうではない。台車には空気ばねをおごっているし、「バーニア」という多段の制御器を用いて加速時のショックが押さえられている。踏切での万一に備え前面を強化し、運転台も高い位置に置かれた (運転士側の乗務員扉が客用扉より上にずれているのは、そのためである)。1972年から冷房化が進められ、現代通勤電車としての要素はきちんと備えているから、今まで生きながらえてきたのだ。

モハ8250 東武

モハ8250

  • 東武野田線 逆井→高柳 2011-10
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G

8000系は製造も長期だが、延命にむけた更新修繕も足かけ21年におよび、半世紀近く東武の主要路線を走り続けた、良くも悪くも東武を象徴する車両といえる。機能第一的な前面デザインは更新で今風に変わったとはいえ、さすがに現代の車両に比べるといろいろ見劣りしているのは事実で、50000系列の導入に伴い順次戦列を離れているところなのだ。
そんななかで野田線は、2004年から8000系のみで運転されている。その前も、もと日比谷線直通の18m車(非冷房) 2080系や、つりかけ駆動車の車体を8000系同等に載せ替えた5000系列などが寄せ集められていた。多数の路線を抱える鉄道ではどうしても基幹路線と分離したフィーダー路線が冷遇されがちで、それは私の地元・南武線も似た境遇だったものだ。
そんな野田線にもひさびさの新車が来る。屋根肩にブルーのアクセントカラーを置く60000系がまず2編成導入、順次8000系と置き換えていくとのこと。ようやく面目一新となるのだ。

東上線で最後まで非更新で原型の顔を保っていたクハ8111以下6連・通称8111Fは、2012年に東武博物館が保有する動態保存車となった。カラーリングを同系登場時のベージュとオレンジとし、大宮から春日部経由で とうきょうスカイツリーへ直通する臨時列車として運転した。そして12月から「ムサシ型」634系電車 (6050系改) による特急列車運転が予定されている、のだ。

この記事へのコメント