汽笛一声・2012

喧騒の中ですこし聞き取りにくい肉声の案内放送、長々と発車ベル(ブザー)が鳴らされた後、ドアを閉めておもむろに発車していく特急電車。車内では一呼吸置いてから案内放送がある。その冒頭に流れる「鉄道唱歌」のオルゴール……これが国鉄「特別急行電車」出発の儀式であった。
10月14日は鉄道の日。日本の鉄道が正式開業して140周年、そして国鉄が分割民営化して25年目になる。四半世紀……国鉄の残り香を漂わせる車両たちも目に見えて少なくなってきた。そんな中で今も伝統のカラーを身にまとって走る特急電車を、あらためて眺めてみたい。

東北・上越新幹線が開業し、〔はつかり〕〔ひばり〕〔とき〕といった昼行特急がごっそりなくなった上野駅も、夜になれば多数の寝台特急・夜行急行が出発していった。その一翼を担ったのが〔はくつる〕と一部〔ゆうづる〕に使用された583系特急形電車。世界初の寝台電車である581系交直流電車 (1967~) を、交流周波数50Hz/60Hzに対応するなど改良して翌年から増備した車両である。
電動車ユニット以外は581系 (交流は60Hz専用) と共有しており、それは481 (60Hz)・483 (50Hz)・485 (50/60Hz)系の関係と似ている。ただし583系の増備途中で新形式クハネ583が追加された。

クハネ583-17

クハネ583-17

  • 磐越西線 翁島←猪苗代 2010-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

寝台兼用のボックス席であることから485系より座席数が少なく、485系の12両に対し東北の583系は13両編成だった。それでも旅客需要とくに夜行は旺盛で、クハネ583はその15両編成化をめざし登場したものだ (実現はしなかったが)。
電源確保のためクハネ583では電動発電機(MG)の容量を増やした。さらに、クハネ581では運転室後方の機器室にあったMGと空気圧縮機(CP)を移動、MGは床下、CPは運転台下に移設。空いたスペースにボックス2つ、6(寝台)/8(座席)名ぶん追加された。クハネ581との相違点はやはりこの部分が筆頭で、乗客用の出入口が乗務員室扉に隣接している。
クハネ581は581系の、クハネ583は583系の先頭車という印象がついて回りがちだが、それは増備と広域転配の結果に過ぎない。当初は東北の583系にもクハネ581が連結されていたし、逆に西日本地区も最終増備はクハネ583に置き換えられている。クハネ581が揃っていた京都総合車両所の〔きたぐに〕〔シュプール〕向け583系にも、2両のクハネ583が在籍して異彩を放っていた (いずれも廃車)。
便所2室と3台の洗面台が配置された洗面所は、脇に小さな明かり取りの窓があるのだが、その小窓がなくなっているのもクハネ583の隠れた特徴。MG冷却用の空気取り入れ口を配置する (上方のグリル) ためである。

クハネ583-20

クハネ583-20

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

西日本車は独自塗装となっており、登場時の青15号・クリーム1号の姿をとどめるのは仙台セ(仙台車両センター) と秋田セのそれぞれ6両1編成ずつだった。ATS-Pを装備した夜行仕様車は首都圏乗り入れ{「舞浜臨」の常連で、秋田車は寝台も使用している。上掲クハネ583-20は秋田車で、窓越しに中断寝台の「舟底」が見える。
当初サロ581を含む9両編成だった秋田車は2006年に3両を廃車したのち、老朽化に伴い2011年に全車除籍となった。代替に仙台車が移籍し、仙台にはもと〔日光〕〔きぬがわ〕編成が補充され、先立って「あかべぇ」編成が2011年6月に国鉄色へ戻っている。いっぽう西日本では最後の定期運用だった〔きたぐに〕の臨時化と編成見直しのため余剰車の除籍が進み、A寝台車サロネ581が廃形式となった。

九州エル特急の代表〔有明〕は、1980年代前後から博多~熊本間で九州自動車道経由の高速路線バスとの競合が激しく、全国で行われたように編成短縮と高頻度化が進められた。新編成は7両だが、季節波動により5両に減車することを考慮してグリーン車を鹿児島方に移動し、門司方を電動車ユニット2~3組で固めた。当然運転台が必要となるため、サロ481とモハ485の車端を切断し、クハ481-300と同様の運転台ユニットを接合したのがクロ480とクモハ485形である。

クモハ485-5

クモハ485-5

  • 日豊本線 宮崎→南宮崎 2010-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO640

7両運用に配慮するとMG・CPが編成中2ヶ所は必要で、片方はクロ480に設置するものの、一方のクモハ485床下は電動車としての機器で一杯だった。そこでクハネ581よろしく運転台の後ろに機器室を設け、両者をここに設置した。方向幕もあるため、なんとなくここに洗面所があるように見えてしまうが、洗面所は隣のモハ484を使うことになった。特急・急行形では長距離運行に配慮して各車に洗面所を備えていたが、381系以降その原則は崩れており、いまのJR特急でも2~3両に1ヶ所が標準である。
その後九州地区では、熊本〔有明〕の一部を当時としては異例の3両編成にまで短縮、MG・CPを省略し定員を確保した100番台が登場している (こちらも洗面所はない)。2000年に大分のDk-2→Do-2編成 (クモハ485-102込み) が国鉄色に変更され、九州内での定期運用が終盤に近づいてきた2010年には上掲クモハ485-5を含むDo-32編成が国鉄色に戻った。2011年3月改正で九州485系の定期運用が終了し、現在はDo-32のみがイベント対応で時折走っている。

いま稼動可能な485系はJR東日本 (ジョイフルトレイン含む) と九州のDo-32編成のみで、特急の定期運用は〔白鳥〕〔いなほ〕〔北越〕だけになった。新潟地区の車両は近いうちにE653系などに置き換えられる予定、九州も全検期限までとされている。国鉄色のK-1,2, T-18 (新潟), A1+A2(仙台: もと「あかべぇ」) そしてDo-32、いずれも動向の気になってくるころで、機会あるうちに逃さず記録しておきたい。

この記事へのコメント

2012年10月16日 06:44
わー!月光色の583系、やっぱりかっこいいですね♪国鉄色485も♪
雷鳥廃止以降、国鉄色の485はいなくなってしまいました。185系381系がきのさきやこうのとりでがんばっていてくれますけど・・・雷鳥がいないのはやはり寂しいです。583もきたぐに定期運用がなくなってからは、臨時以外のときはずっと向日町操にお昼寝状態です。
月光色583は、天理臨や甲子園臨で関西に来てくれるのを楽しみにしています、
どちらも、いつまで本線で元気な姿をみせてくれるのか。。。できるだけ撮っておきたいですが、こちらからは遠いです(涙)
teru
2012年10月28日 10:51
ご無沙汰しております。やはり国鉄特急、スバラシイものですね。特に583、屋根の高い形状、喜多方の撮影行が懐かしく思われます。
でも、まぁ良く波動用として生きながらえていますね。JR東の良心でしょうか、新造するのもなかなかムズカシイでしょうから、やっぱりコスト判断かなぁ・・・。
2012年10月29日 00:36
さくらねこさん こんばんは。

すっかり減ってしまった国鉄特急色、月光形の大柄な車体にブルーの太い帯はいまでも惚れ惚れしますね。485系の明るい色使いと対比すると塗り分け線の位置やクリーム色の違いも興味深く思えます。

関西でも国鉄色どころか国鉄形車両自体かなり少なくなりました。山陽本線で金光ゆきの臨時がキハ181・583系と雁行し、それを偶然にも撮ったのもいまでは思い出。そんな中で381系がまたもやの復活で183系800番台と共演しているんですよね。福知山線〔こうのとり〕が、西日本での国鉄色最後の晴れ舞台かもしれません。
2012年10月29日 00:38
teruさん こんばんは。

583の大柄な車体に深みのある青15号、いまでも十分魅力的な塗装の一つです。
一時期ボロボロになりながら奇跡的に復活した秋田車ですが、残念なことに昨年廃車され、583オリジナル色は6両になってしまいました。しかしながらいまでも寝台あるいは「ゴロンとシート」が活用されていて、登場当時の想定用途に沿っているのは驚きであります。