上下と左右 -その2-

輸送単位の小さいJR四国では、2~3両編成の特急もめずらしくない。その中でグリーン車を1両も取れないので、現在の旅客列車グリーン席は普通車との合造になっている。
列車本数が少なく長編成だった昔はグリーン車を1両使っていた。特急列車はキロ180、予讃・土讃本線の急行列車にはキロ28。徳島方面の急行は普通車のみだったが、グリーン車を連結することになって、需要と普通席とのバランスを考慮してキロ28の室内半分を普通席 (ボックスシート) としたキロハ28が1両だけ登場した。
その後、四国のキロ28・キロハ28は設備をそのままに普通指定席へ格下げ充当することになった。ちょうどその頃土讃本線の〔土佐〕に乗って、くたびれてはいたが抜群の座席に喜んでリクライニングしたら外が見えなくなってしまった。まだ背の低かった時分である。振り返れば当時は夜行急行列車もずっと多かったし、寝台料金は出せないけれどできるだけ楽に仮眠したいという要望の受け皿として、グリーン車の存在意義はあったように思う。

閑話休題。分割民営化の直前に登場したキハ185系のグリーン車は合造車キロハ186で、その後キロ180がキロハ28とおなじように合造車化 (キロハ180) され、全室グリーン車は〔ムーンライト四国〕オロ12とジョイフルトレイン「アイランドエクスプレス」オロ50だけとなった。後者は185系のキロハ186をキロ186に改造した「アイランドエクスプレスII」に代替わりしている。

2002

2002

  • 宇野線 妹尾←備前西市 2009-5
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO400

四国の新世代特急として開発された制御つき振子気動車2000系は、試作車のTSEはモノクラスだったが、量産車は松山・高知方の非貫通形先頭車2000形(2002~)にグリーン席を設置した。形状はTSEの2001とほぼ同じで、前方にグリーン席を設け、デッキ越しだが右側席からは前面展望もできる。定員は18 (6×3)+16 (4×4)で、普通席部分はあきらかに面積が狭い半個室空間だ。なお、2001へのグリーン席追加は行われていない。
10年ほど前、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線から岡山へ向かう2000系〔南風〕に乗り継いだのだが、困ったことに当時禁煙指定席が1号車16席だけで、すぐ埋まってしまうのだ。やむを得ずグリーン券を買ったものだが、指定席を使える割引きっぷで自由席を使わざるを得ないケースは多かったらしい。現在は全車禁煙であり、「アンパンマン列車」である2004 (ばいきんまん号), 2005 (ドキンちゃん号), 2007 (グリーン), 2030 (オレンジ: 土佐くろしお車) の4両は普通席を「アンパンマンシート」として発売している。

瀬戸大橋線とともに運転を開始した岡山~高松間の快速〔マリンライナー〕。あらかじめ宇野線に投入された新型近郊電車213系が使用され、高松方にはパノラマグリーン車クロ212が連結されていた。
本四連絡と同時に岡山の近郊電車でもあった〔マリンライナー〕は混雑が常態化し、2扉の213系で対応するのは難しくなっていた。そこで3扉タイプの車両を代替投入することになるが、乗り入れに伴う車両使用料精算の関係からJR四国とJR西日本の両社で製造・保有することになった。それ自体は珍しくないが、特徴的なのは3両+2両編成として3両が四国、2両が西日本の保有であること。関西地区で当時増備されていた223系2000番台をベースとし、JR西は223系5000番台、四国は5000系を名乗る。交代後も混雑が解消しなかったため223系は関西からサハ223を借りて3連としていたが、いわゆる「千円高速」などの影響で利用が減少したため、現在は元に戻っている。

5102

5102

  • 宇野線 妹尾←備前西市 2009-5
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO640

四国の5000系 高松方にはクロ212に代わる二階建て車両5100形を連結する。デッキ前後と階上をグリーン席 (指定席)、階下を普通指定席としている。構体はJR東日本の二階建てグリーン車をベースとし、非貫通形のフロントマスクに続く部分は4×1列の前面展望座席 (マルスでは列車名「マリンパノラマ」)。後位側は車椅子対応席 (1-1列) と洗面所を配置する。
普通指定席も回転リクライニングシートのため、グリーン席との差異が無いように見えるのだが、じつはシートピッチが微妙に変えられている (普通席は背面テーブルもないそうだ)。ちょうど写真の背景が抜けているので、よくご覧いただくと背もたれのズレに気づいていただけるだろう。しかしながらこの変更のため「グリーン席のほうが」窓割とわずかに合っていない、というのがちょっと惜しいところか……。

この記事へのコメント

2012年09月17日 19:37
こんばんわ。

意外にも思い返せば
北斗でもおおぞらでもなく
フリコ初体験は
この"南風"や"しまんと"でした。
四国の左半分をぐるっと周るひとり旅で
宿毛と松山に泊まりました。

どこに移動するにも
この特急…。
この傾斜は刺激が強すぎて酔ってました。
teru
2012年09月23日 16:58
こんにちは!マリンライナーや瀬戸で瀬戸大橋を渡った時のことを思い出しました。今から20年以上前のことですが、やはり朝日を浴びての瀬戸大橋は印象的でした。まだまだサンライズで体験可能ですね(^^。窓割り・・・なるほど(^^。
2012年09月29日 23:44
Anさん こんばんは。すっかりお返事が遅れてしまいました。

四国はフリコ王国ですよね。国鉄時代は早期にSLを廃して気動車王国とよばれたものですが。
私も東京からひたすら振子車両を乗り継いで四国まで行き、さらに一周してきたことがあります。下灘まわりの予讃「海線」、宇和島からの予土線と徳島線を除けば全部振子特急という……そのころはすっかりフリコ慣れてしまいましたが(笑)、最初乗ったときはカーブへのすごいアタックに驚いた覚えがあります。
2012年09月29日 23:46
teruさん こんばんは。またまたお返事が遅くなりました。

この撮影のあとは、「マリンパノラマ」グリーン券を買って瀬戸大橋を渡ったのでした。213系だった時は、グリーンは乗りませんでしたが岡山方先頭クモハ213の前面展望席(自由)に陣取ったことがあります。好きですねえ(笑)
まだ〔サンライズ瀬戸〕で渡ったことはないですね。できればシングルDXで体験したいものであります。