相直スクランブル

都心最後の地下鉄といわれる東京地下鉄(東京メトロ) 副都心線。2008年に渋谷~池袋が開業して西武池袋線・東武東上線との相互直通運転が行われており、引き続き渋谷駅での東急東横線乗り入れ工事が進められてきた。このたびその開業日が2013年3月16日と決定、おそらくJRグループも同日にダイヤ改正と見られ、もはや迎え撃つ形ともいえる湘南新宿ラインがどう動くかも興味深い。
現在でも東急9000・1000・3000・5000系、横浜高速Y500系、メトロ03・9000系、都営6300形、埼玉高速2000系、と多社多様な車両が走る田園調布~日吉間では、これにメトロ7000・10000系と西武池袋線・東武東上線の車両まで加わる。かつて伊豆・箱根地区を舞台に勢力を争った東急グループと西武グループが、車両を互いの路線へ乗り入れることはある意味感慨深いが、運用上は一層の混沌状態に…… 到着した電車の行先をよく確認しておかないと、思いもよらない場所へ連れて行かれることになるので、注意が必要だ。

クハY501 横浜高速鉄道

クハY501

  • 東急東横線 新丸子←多摩川 2012-2
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO125

この副都心線~東横線直通とひきかえにメトロ日比谷線~東横線の相互直通運転が廃止され、日比谷線は終点の中目黒どまりとなる。これまで新路線とともに拡大の一途をたどってきた地下鉄と近郊路線の相互直通が完全取りやめになるのは、おそらく初のケースである。
日比谷線乗り入れは東急にとってはじめての都心直通路線だが、目蒲線を改良した目黒線とメトロ南北線・都営三田線との相互直通開始や特急設定などの影響で直通本数が減らされていた。今回東横線自体が地下鉄直通を果たすことから、この乗り入れは一定の役割を終えたということだ。
もうひとつ重要なのが、東横線が (車両長)20m4扉なのに対し日比谷線が18m3扉 (一部に5扉) であること。プラットホームの保安向上に高い効果がある可動柵 (ホームドア) は、東急では目黒線が完備しており、東横線でも今後整備される予定だが、その過程で問題となるのがドア間隔の違う車両の乗り入れができなくなること (ドア数や位置の異なる編成にも対応できる移動式ホームドアも試作されてはいるが)。1988年に登場した東急の二代目日比谷線直通車1000系は当然この直通廃止の影響を受けるわけだが、転用か譲渡かあるいは解体か、その行方が注目される。

クハ5875 東急

クハ5875

  • 東急東横線 新丸子←多摩川 2012-2
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

帝都高速度交通営団によって建設された日比谷線は、1964年の東京オリンピック開催を前に突貫で工事が進められ、1959年の着工からわずか5年で全線が開業した。東武伊勢崎線(→スカイツリーライン) および東横線と相互直通運転し (営団では初)、秋葉原・築地・銀座・日比谷・霞ヶ関・六本木と東京の主要部をくまなく結ぶ利便性の高い路線だが、用地買収の手間を省くなどの目的で可能な限り幹線道路下を通すようにしたため都心部各所に90度カーブがあり、他の路線と比べると平均速度は遅いほうだ。
急カーブの点在と建設当時の需要見通しから、車両規格を 18m×6~8両として建設された日比谷線だが、山手線から外れた浅草ターミナルから一転都心へ直通するようになった伊勢崎線の人口が急増した。このため東武では複々線化 (現在は北千住~北越谷) や北千住駅の重層化を進め、さらにバイパス路線として半蔵門線との乗り入れを整備、2003年から相互直通運転を開始している。

日比谷線への直通運転にあたって東武・東急では専用車を用意した。東武は2000系、東急は7000系。この東急7000系が、日本初のオールステンレスカー (台枠一部を除きステンレス鋼によって構成した車体) となった。日本初のステンレス車体 (外板のみをステンレスとした) 5200系――5000系(初代)のステンレス版――を登場させ、米国バッド・カンパニー(Budd Co.) のステンレス加工法を技術提携によって得た東急車輛製造は、これ以降数多くのステンレス鉄道車両を生産し、やがて国鉄205系に採用されることになる。
大きなカーブを描く屋根と高さの低い側構えの7000系車体は、バッド社が手がけたフィラデルフィア地下鉄車両を模範としており、同系独特のものである。また当時の7000・7200・8000系乗務員室仕切壁には、バッド社のライセンスによって製造されたことを示すプレートが掲示してあった。

デハ7023 弘南鉄道

デハ7023

  • 弘南鉄道弘南線 柏農高校前←津軽尾上 2009-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

省エネ・冷房化による世代交代で、1990年代前半に3者の車両は営団03系、東武20000系、東急1000系へと代替わりした。初代車両は支線への転用あるいは地方への譲渡とされたが、鋼製の東武2000系はすでに全廃されている。一方で3000系は長野電鉄で、7000系は弘南鉄道・福島交通・北陸鉄道・水間鉄道(大阪)でいまも現役。制御装置をVVVFに更新した7700系も、池上・東急多摩川線で健在だ。秩父鉄道にも譲渡され2000系となったが、非冷房4両編成で使いづらかったため、さらに経年車であるはずの1000系より先に淘汰されている。
弘南鉄道には6000系と7000系が譲渡され、現在も非冷房のままである。軸箱守を省略したパイオニアIII台車 (これもバッド社による設計) を履いており、台車枠外側でディスクブレーキが輝く独特の姿を見ることができる。

私鉄路線のターミナル駅は会社の顔でもある。線路・ホームも行き止まり頭端式で、乗降分離のため線路両側に設置されたホームは機能と風格を兼ね備える。堂々の9線が並ぶ阪急梅田駅や8線の南海灘波駅などは、その代表だろう。
東横線の渋谷駅も頭端式で、正面改札口の先にはドーム天井の下にくし型ホーム (4線、うち3線は両側ホーム) が並んでいる。しかし伸びる線路は途中からだんだん左に曲がっていき、先端はよく見えない。5000系の3・4両から6000・7000系4・6両、そして20m級の8000系が6・7・8両と、輸送力増強に追われるままホームが伸ばされ、そして先細りしていった。お隣の代官山駅は踏切とトンネルに挟まれていたため、1~2両のドア締め切りが長い間行われていた。しかしながら延伸は現状が精一杯、他路線に比肩する10両編成の導入には渋谷駅の抜本改良が必須で、ターミナル駅の威厳を捨ててでも対応しなければならなかった課題といえる。

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