ナツいアツ

暑中お見舞い申し上げます。

北海道でも冷房車が珍しくなくなった現在からは想像しがたいことだが、首都圏のJR・大手私鉄・地下鉄の全車両冷房化が達成されたのは平成になってからで、それまでは毎年夏を前に首都圏各線の冷房化率が公表されていた。
1970~80年代の国電には101・103系に非冷房車が多数存在し、ATC車が先頭の山手線・京浜東北線でも中央に4両の非冷房車をはさんでいた。大手私鉄でも似たようなもので、某社では屋根上にクーラーのキセ (外カバー) だけ載せた「空(くう)ラー車」まで走っていたし、各社に残存した旧型つりかけ駆動車が冷房化率の上昇を阻んでいた。
また当時の営団地下鉄では駅およびトンネルの冷房を進める方針としていたため、車両への冷房搭載が遅れに遅れた。国鉄・私鉄からの直通車両もそれにあわせて非冷房とされ、冷房車であっても営団線内では電源を切られていた。冷房車なら地上でスイッチを入れればいいのだが、営団車はそれもなかったから、酷暑の昼に当たってしまった旅客の不満は相当だったろう。

デハ1101 秩父鉄道

デハ1101

  • 秩父鉄道 明戸←大麻生 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

鉄道車両の冷房は家庭のように室外機・室外機をポンと置けば済む話ではない。重量のある大容量クーラーを屋根上に搭載するからには車体にもそれなりの強度が求められるし、冷風ダクトの設置、それに伴う照明などの位置変更といった工事も必要。また冷房機の電源は基本的に交流なので、車両の発電機容量も増やさなければならなかった。超軽量で知られた東急5000系(初代) もぎりぎりの設計が災いして冷房機器搭載が不可能だったため、わずかに残る熊本電気鉄道を除きすべて引退してしまった。
財政の厳しかった1980年代の国鉄では、寒冷地向けの近郊形電車などに冷房車構造で機器のみ搭載しない「冷房準備工事車」を製造した。それらの車両や非冷房車も順次冷房化されていったが、民営化後は重量のかさむ集中式ではなく、小型クーラーを分散配置することで構体改造を抑えた例が主流となった。

デハ1001 秩父鉄道

デハ1001

  • 秩父鉄道 小前田→永田 2012-7
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

C58 363〔パレオエクスプレス〕で知られる秩父鉄道は、1986~89年に国鉄・JR東日本から101系電車を譲り受け旧型車を淘汰した。JR線では南武支線を最後に (2003年) 姿を消した国電の始祖を手軽に見られる路線としても人気があったが、さすがに経年が進行しており、東急電鉄の8500・8090系 (→7000・7500系) へ置き換られつつある。鉄道博物館開設記念でリバイバルした国電塗装は一時期4色が揃い、往時の国電王国を彷彿とさせた。
3両編成の非冷房車だったが、1994~1997年にかけて前後2両 (デハ1000, クハ1200) の冷房化改造が行われている。クーラーは小型3基を分散配置した。集電容量増加のためデハ1000の前位にパンタグラフが増設され、三峰口方は新型国電にはちょっとミスマッチな「前パン」となっている。いっぽう編成中央 (デハ1100) は非冷房のままで、車内には「前後の車両は冷房車です」と案内するステッカーが貼られている。

夏でも乗れる (乗らざるを得ない?) 首都圏の非冷房車としては、ほかに久留里線のキハ30、銚子電気鉄道山万 (ユーカリが丘線)、それから真岡鐵道の50系客車がある。
年間通して土・休日に運転している〔SLもおか〕。客車3両はJR東日本から譲渡されたもので、運転開始から使用し続けている。2010年から腰帯の色が赤に変わった。ちなみに秩父〔パレオ〕はおなじくJR東からの旧型客車 (EL補機つき) だったが、老朽化により12系をあらためて譲り受け冷房化されている。

オハ50 11 真岡鐵道

オハ50 11

  • 真岡鐵道 北真岡←西田井 2012-7
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

〔SLもおか〕に乗ったのは残暑まだ厳しい9月はじめ。真岡鐵道の初乗りにして完乗を記録 (茂木→下館) した。宇都宮から乗ってきた路線バスが発車時刻直前に茂木駅へすべり込み、すぐさま整理券を買って乗り込んだら暑い暑い! 天井の扇風機も熱風をかき回すだけだ。
それでも汽笛とともに走り出せば、乾いた風が車内を抜け始める。暑いというより熱いと表現したくなるが、私自身も記憶にかすかに残るほどだった盛夏の列車旅を思い起こさせた。笹原田までの上り勾配では勇壮なドラフトを存分に感じ、その後はなだらかな平野を軽快に駆け抜ける客車の乗り心地を味わう。函館本線で乗った50系51形 (ED76 500牽引) も、気温こそ違えどこんな感じだったかな……。
ちなみにこの客車、冬季の暖房熱源がSLから供給される蒸気暖房でもある。床下から白い水蒸気が漏れ出す光景を、できれば一度収めておきたいものだ。

この記事へのコメント

teru
2012年08月07日 00:24
こんばんは!実は先日法事があり秩父鉄道乗ってきました。101系に乗りたかったものの都営車でしたが、雰囲気は十分感じられました。
それにしても、この季節、非冷房は厳しいですよね、真夏の帰省の客車列車なんて過酷そのものだったことでしょう。きっと冷凍ミカンが売れたりもしたのでしょうね。横須賀線ユーザーでしたのであまり非冷房の経験が少なくでしたが、たまには厳しくも楽しい汽車旅をしてみたいものです。
2012年08月11日 00:00
teruさん こんばんは。

以前は真夏の非冷房車でもみんな我慢して乗っていたんですね(笑) 通勤電車でも、101系以前には扇風機さえなかったようで。横須賀線は東京地下駅乗り入れの関係でA-A基準を満たす新製冷房車をあらかじめ投入・統一していましたから、夏恒例の「首都圏の冷房化率」は100%で、毎年トップの位置にいたことを憶えています。

冷凍ミカンが旅のお供だった時期もありましたね。駅などで冷凍ミカン四個入りを見ると懐かしくなったりするのですが、しかしそんなたくさんだと持てあますのが確実で、なかなか手が出せません(苦笑) かわりに(?)車販からカチカチのアイスクリームを買って舐めているのでした。