ロマンスをもう一度

1987年12月23日、赤と白の鮮烈なロマンスカー小田急10000形 "HiSE" がデビューした。平日だったはずだが新宿駅と登戸付近へ見に行った記憶がある (注: まだ「昭和」だったときの話です)。それから四半世紀。
小田急ではJRグループと同日の3月17日に全線ダイヤ改正を行う。この改正では通勤車5000形とHiSE (11両連接)×1とRSE×2 の3編成が引退するほか、LSE, HiSEも1本ずつがすでに廃車となっている。代替に製造したMSEは4両+6両の実質1編成なので、特急ロマンスカーは創設以来の縮小体制になるわけだ。改正ダイヤを見ると、平日日中・土休日で設定本数が減らされている (小田原線に土休日も快速急行を設定したところが大きい)。

1990年前後、観光バスや当時隆興しはじめた高速路線バスでは、2階建てなみのビューポイントを持つスーパーハイデッカー車両が導入されはじめ、これに対抗する意味もあって鉄道車両もハイデッキ構造の車両がブームになっていた。端緒は国鉄末期のキロ182-500で、キハ84系〔フラノエクスプレス〕が続いた。JR化後もクロ212〔マリンライナー〕グリーン車、キハ71系〔ゆふいんの森〕、251系〔スーパービュー踊り子〕などが相次ぎ登場。座席部分だけかさ上げした構造の車両も、キハ85系を筆頭に数多く製造または改造されている。

デハ10001 小田急

デハ10001

  • 小田急小田原線 開成→栢山 2008-10
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

そんな時期に登場した小田急10000形は、伝統の連接構造・前面展望席とハイデッカーをあわせ持つ車両。エッジを立てたシャープなラインや、側窓の連窓風処理も当時の鉄道・バスで流行ったスタイルだ。
客室床面はLSEの床面から約40cm高い。SEやNSEはスロープをつけてまで台車間床面をぎりぎり低くした車両だったが、それは小田急創立以来の悲願だった新宿~小田原間60分運転をめざすためであった (ちなみに未だ達成されていない)。車両限界の制約からも空調機器が床下に置かれ、結果重心位置はLSE以下としている。展望席以外はハイデッキで統一し、中間車は入口から2段のステップを上がって客室に入る。
座席は背もたれ固定の回転クロスシート。LSEはもとより、国鉄でもリクライニングシートを全面的に採用しだした後では異例だが、乗車時間が1時間台に収まるためなくても良いと判断されたらしい。かわりに背ずりの傾きを比較的大きくし、増備車は背面にテーブルを設置した。とはいえ他の車両に見劣りする印象はぬぐえず、結局RSE以降はリクライニングシートになっている。

箱根観光としてはシーズンオフにあたる年末に登場したHiSEは、1988年の第31回鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞。この頃は各地の第三セクター車両にくわえ、国鉄~JRのジョイフルトレインが多数エントリーされたが (候補車数45。次年第32回はなんと62!)、ロマンスカーの安定した人気が選定につながったとも考えられる。ただ翌春には近鉄21000系「アーバンライナー」がデビューしており (第32回受賞車)、競合したらどうなっただろう。

デハ1032 長野電鉄

デハ1032

  • 長野電鉄長野線 朝陽←附属中学前 2012-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

長野電鉄へ移った1000系「ゆけむり」を、改めて眺めてみた。イメージは同じと思いこんでいたけれど、並べてみれば色使いの差異に気づかされる。VSEと入れ替わりに2編成が離脱し、4連に短縮されて譲渡された。
バリアフリー対応については、段差がない展望席をあてることで対応した。それなら小田急でもそうすれば……と思ってしまうが、編成途中のハイデッキ部にトイレがあるので、それではダメということだろう。長野電鉄の車両にはトイレがなく、2100系(←JR東253系) も洗面所は閉鎖されている。

クハ30557 小田急

クハ30557

  • 小田急小田原線 伊勢原←愛甲石田 2012-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

2002年からはじまったロマンスカー・箱根キャンペーン「きょう、ロマンスカーで。」駅貼りの特大ポスターに登場したのは、当時最新のEXE (エクセ: Excellent Express 30000形) ではなくHiSEだった。1999年からEXEが〔はこね〕の主役をつとめ、HiSE,LSEは途中駅重視の特急〔サポート〕に回される。しかしそのころ箱根への旅客が急激に減っていた。その理由として「ロマンスカー=展望席」という認識が広く定着していたこと、EXEではその期待に応えきれないことが一因に挙げられた。
2003年のダイヤ改正で〔はこね〕はHiSEとLSEが優先的に充当されるようになり、イメージリーダーに復帰したHiSEが2005年のVSEにつないだのである。「ロマンスをもう一度」はキャンペーンのCMテーマ曲で、同社にとってももう一度の期待をかけたものだといえる。

ラインのはっきりしたスタイルとあざやかな色調で、HiSEはいろんな角度から見栄えのする車両だった。最近撮影の機会も減ってしまったが、2005年に決まった引退方針から6年もよく走ってくれたと思う。おつかれさまでした。

この記事へのコメント

2012年03月10日 00:19
こんばんは!いよいよ小田急にとっても大きなダイヤ改正となりますね。
それにしても1両の長さ、sideviewで拝見するととても短いことがわかります。あの独特のジョイント音も印象的。それにしてもベテランLSE車の方は元気ですね。
2012年03月16日 01:03
teruさん こんばんは。

あっというまに改正前日となってしまったもので。ああすればよかった、こう撮ればよかったと思うことしきり。
連接車はご覧の通り短いですね。台車間隔が約12.5mということでジョイント音はとてもリズミカルです。かつてガーダー式鋼製橋に25mレールだった登戸の多摩川橋梁では、ロマンスカーはみごとなドラミングを奏でて渡っていったものでした。
LSEも残存車は原塗装に戻り、1本は展望席が銀窓枠としてかなり登場時に近づきそうです。これからも長い活躍を望みたいですね。