シモトリにマエパン

2006年3月、カウントダウンになっていた寝台特急〔出雲〕の撮影と、北近畿タンゴ鉄道 (KTR) の走破を目的に天橋立へ向かった。JR線のりつぶしはその前年に稚内で果たし、残る民営・公営鉄道の走破も進めていた時期だ。日本三景のうち松島と宮島は訪問済みだったから、残りひとつも眺めておきたいし、そこにケーブルカー (丹後海陸交通) があれば乗らないわけには……。

KTR宮津線の起点は宿泊した東舞鶴から舞鶴線で一駅となりで、夜も明けやらぬ時間に始発電車に乗り込む。走り出したら屋根上から「バスバス・スパパパ」という鈍い音とともに、光が見え出した。パンタグラフと架線 (トロリ線) の接触部がはげしくスパークを発生し、ストロボのように周囲の光景を写しとめる。まだ0系ばかりだったころの東海道・山陽新幹線では絶え間ないスパークがつきものだったが、それ以来というかそれ以上の出方だ。西舞鶴で降りて見送る電車は、やはり派手なスパークを残して視界から去っていった。
これほどはげしいスパークになったのは、霜のせいだ。冷え込んだ夜に架線についた空気中の水分が、早朝にはさらに冷えて凍る。そこへパンタグラフが接近すると、トロリ線とすり板がついたり離れたりして火花が飛ぶ。
これでは集電効率は悪くなるし、発生した熱でトロリ線を溶断する事故にもつながりかねない。なので冷え込みがきびしく、霧の出やすい路線を走る電車には、「霜取りパンタ」とよばれる予備パンタグラフが増設される。それが先立ってトロリ線に当たることで付着した霜や氷を落とし、後続する集電装置のスパークを予防する。制御器に電気を送らない霜取り専用のものもあるし、2基をつないで集電の安定化を図ることもある。以前なら始発前に電気機関車を単機運転したものを、合理化で始発電車が代行するようになったということだ。

クモハ221-54

クモハ221-54

  • 山陰本線 八木←千代川 2011-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

JR西日本が新快速電車の増強にむけて、新規格の在来線車両としてまず登場させた221系。大きな窓と転換クロスシートという心地よい空間で、好きな車両のひとつなのだが、223系そして225系の増備に伴って押し出され、いまJR京都・神戸線で見る機会はすっかり少なくなった。
嵯峨野線 (山陰本線) 向けとして京都総合車両所へ転属した221系は、一部のクモハ221前部に霜取り用のパンタが増設された。嵯峨野線では冬季早朝を中心に、同系や223系5500番台が2基のパンタを上げて走る姿をとらえることができる。

電車先頭のパンタグラフ、通称「前パン」が似合うかどうかは、車両のスタイルに大きく依存するように思える。旧型国電のような切妻顔の車両であれば電気機関車のようで勇ましいし、もとが流麗なラインだとどこかぎこちなく感じてしまうもの。新幹線0系とか、JR西日本だと681系のような流線形の頭にパンタが載った姿を、あまり想像したくはないだろう。最近のシングルアームパンタだと、ひじ(>) の向きと見る角度によっては「バカ殿」みたいに見えてしまうのも難点(?)
221系のそれは下枠交差式とあって、絶妙な位置にとどまっているかなあと思う。同系に置き換えられた113・115系も2連を中心に霜取りパンタを搭載した車両が多く、それらによく見られた極太のガラス押さえ銀枠とあいまって、いわゆる「東海顔」がかなりいかつく感じられたものだ。

クモハ287-4

クモハ287-4

  • 山陰本線 千代川→八木 2011-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

183系800番台と381系の置き換えとして投入が進められる287系。この北近畿地区用にも、一部に霜取りパンタを装備した車両が登場した。とくにクモハ287のそれは高運転台の後ろではあるものの、国鉄~JRの電車特急としては前代未聞の「前パン」スタイルになっている。
JR東西線に乗り入れる207・321系も2基パンタだが、こちらは同線が「剛体架線」 (トンネル天井にレールを取り付けている) で柔軟性がなく、パンタグラフの離線が多いことへの対策である。E233系、E655・E259系の一部車両にも2基パンタを備えた車両があり、こちらはさらに非常用。万が一走行中に編成中の全パンタが損傷した場合、この予備基を使って最寄り駅へ移動するために使われる。

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