芙蓉を仰いで

「青春18きっぷ」がまだ5枚つづりだったころは、大学生協で1~2枚買って日帰り旅行するのが好きだった。とあるよく晴れた冬の朝に、東京から113系電車に乗って国府津へ、115系にのりかえ御殿場線へ。その先ふたたび東海道線→身延線→中央線と富士山を車窓右手に巡る旅は、御殿場が近づく頃に第一回のハイライトを迎える。
御殿場線は、もともと東海道線の一部として建設された。輸送の大動脈であるため早期に複線化されたが、急勾配の続く難所であった。丹那トンネルが開通したことで支線に格下げされ、戦時中には金属供出などのため複線の片方を外されてしまう。いまではすっかりローカル線だが、現在も残る腹付けの路盤や煤けたトンネルに往時がしのばれる。全線電化も1968年と遅く、直前までマンモス蒸機D52が奮闘していた。

松田からは新宿発のロマンスカー〔あさぎり〕が乗り入れてくる。1959年、同駅付近に小田急との連絡線が建設され、キハ5000・5100形気動車が特別準急「銀嶺」「芙蓉」(ぎんれい, ふよう: いずれも富士山の美称) として御殿場まで直通を開始した。
電化を機に SE (Super Express) 3000形を改造短編成化した 通称SSE (Short SE) による〔あさぎり〕と交代し、1968年には連絡急行となる。これは国鉄線を急行、小田急線内を特急に準じた扱いとして、料金もそれぞれ同等とした。定員まで急行券を発売する「座席定員制」で、国鉄のマルスに組み込まれなかったうえ座席指定制の箱根ロマンスカーとも違う特殊な列車だった。山麓らしさが漂う「あさぎり」の名は、特別準急のひとつ「朝霧」が引き継がれたもので、富士山西麓の朝霧高原に由来する。
SE車の老朽置き換えを機に、小田急とJR東海は沼津から西伊豆地区の観光振興を狙って相互直通列車運転の協定を結んだ。これに従い両社が専用車両を製造し、1991年に〔あさぎり〕は御殿場~沼津間が延長されて種別も特急列車となった。

クハ371-101

クハ371-101

  • 小田急小田原線 伊勢原←愛甲石田 2011-10
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO125

両社はそれぞれ2往復ずつ担当するが、ご覧のとおり塗装はもとより車体の基本構造も違う。沼津でこれに接続して西伊豆方面へ向かう東海バス (小田急系列) の特急「スーパーロマンス号」は、左右両側面を両者のカラーで塗り分ける奇抜な車両だった。
JR東海の371系はパールホワイト地に窓周りの青と、明らかに新幹線100系を意識してデザインされた車両だ。特徴はなんといっても大きな窓で、正面の曲面ガラスはもちろんのこと、側窓は1mを超える天地寸法だけでなく下辺の低さも特筆もの。外から座席ひじ掛けが見える車両なんて、それまではなかった。同社在来線特急の副称「ワイドビュー」こそついていないが、面積からいえばこの車両が一番ワイドビューだ。
7両編成が1本だけ製造され、〔あさぎり2,3,6,7号〕のほかに所属基地(静岡) との回送を〔ホームライナー〕として営業、さらに平日夜は浜松まで足を伸ばすなど走行距離は意外に長い。予備車がないため、検査時は2本製造した小田急が〔あさぎり〕全列車を担当する。
国鉄電車の系列標準では十位の"8"が特急形で、"7"が使われるのは475系以来であった。急行形の数字だが、新たに登場する可能性はなかったし、先んじてJR東日本で"5"を使っている。百位"3"は〔しなの〕381系と、きっぷ等に見る会社識別番号の"3" (JRグループを列挙すると東海は3番目) からのつながりだろう。

デハ20002 小田急

デハ20002

  • 小田急小田原線 開成←栢山 2009-8
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

通常 1,4,5,8号を担当する小田急は RSE (Resort Super Express) 20000形を投入。371系と仕様統一のため連接車や2階運転台は見送り、ただし前代の10000形 (HiSE) からハイデッカー構造を引き継いでいる。塗装は白をベースに水色とピンクを配した淡い色調。前述の通り2本在籍するので、〔あさぎり〕に使われない編成は箱根特急にも充当された。
特急車両としてのグレードは水準以上だが、それまでのロマンスカーを見慣れた目にRSEのスタイルはずいぶんな変化と感じたもの。このころ全国の鉄道会社が競って新型車両を登場させていたので、歴代受賞を続けていたブルーリボン賞の記録もどうなるかと思ったが、フタを開ければ371系も下して第35回 (1992年) の受賞車となった。

サロハ371-101

サロハ371-101

  • 小田急小田原線 伊勢原←愛甲石田 2011-10
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO125

もうひとつ〔あさぎり〕の特徴となるのが、編成中央に2両連なるダブルデッカー車両だ。階上席は横2-1列のグリーン車 (小田急区間の呼称は「スーパーシート」)、階下もまた2-1列の普通席 (RSE4号車はセミコンパートメント) である。
サロハ371形は、2階建て部分の下半分を膨らませた複式断面と、縦方向の連窓というおもしろい構造だ。RSE車は「サハ」形式だが、前述の通り2階は特別席と扱いJR線内ではグリーン車となる。一端は車内販売基地で、かつてグリーン/スーパーシート席ではシートサービスも行われた。他方端の貫通路は2階部で直接つながり、これも両者だけに見られる独自の構造。

サハ20152 小田急

サハ20152

  • 小田急小田原線 開成←栢山 2009-8
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

すでに触れた通り3月17日のダイヤ改正で〔あさぎり〕はMSEに置き換えられる。運転初日は1991年3月16日であったから、22年目ちょうどでの区切りとなる。桜が咲く谷峨駅で行き違う光景も、もはや思い出がたり。
LSE (7000形) より後に登場した HiSE (残1本) とRSEが引退せざるを得なくなった事情は、ハイデッキ構造により車両更新時に求められるバリアフリー化への対応が難しいことにあった。371系は平床でバリアフリー対応工事も済ませているが、当の〔あさぎり〕とくに末端部での利用が低迷しているため、潮時と判断されたのだろう。
気になる引退後の処遇は、371系が団体用に転用との話。RSEは富士急行が取得の意向を示しているらしく、実現すれば見える向きは若干違うがふたたび銀嶺とともに歩む車両となる。

この記事へのコメント

2012年02月25日 10:05
こんにちわ!
これが、若かりし頃(笑)の宮本さんの「富士山を車窓から眺める旅」ですね。ふたつの
「あさぎり」、サイドビューが決まっていますね♪
この沿線、桜の頃にもう一度行ってみたいです。
(私の同じコースの記事をトラックバックしようしたのですが、うまくできなかったのでリンクに入れておきます。)
teru
2012年02月29日 23:26
いよいよ小田急も大改正となりますね。371系、一度沼津まで乗車したことがありました。御殿場線に入ると空気輸送でした(^^;。
そういえばカメラ、珍しくD200出動でしたね(^^。
2012年03月01日 22:32
さくらねこさん こんばんは。

私にも若かりし頃があったんですね(笑) あの頃はどこまでも乗りまくってた気がします。逆に鉄道写真があんまり無いんですけど……

形も色も全く違うふたつの車両が共演するのが魅力の〔あさぎり〕、その違いを味わっていただけたかと思います。桜の咲く時期を待たずにこの2者は御殿場線を去ってしまうのですが、新たに走るMSEと山北の桜トンネル、あるいは富士との取り合わせもまた楽しみなところです。
(コメントはまとめさせていただきました。なおトラックバックは停止しておりますのでご了承ください。)
2012年03月01日 22:43
teruさん こんばんは。

小田急ロマンスカーは今改正でけっこう縮減されるんですよね。NSE引退以来の変革といえましょう。で先日乗り納めと6号(371系)の小田急区間に乗ってみたのですが、やっぱり100系を思い出しました。

せっかく伸ばしたのに沼津側の利用は振るわなかったようで、特定特急券で乗った1号(RSE)はガラ空きでした。車内販売もなくなっていて……。一番乗りがいい7号も町田や本厚木までの客が席を取ってしまい、御殿場線へ行きたくても行けないという問題があったように思います。