四国のワン・ツー・ワン

JR旅客6社のうち路線規模・保有車両とも最小の会社であるJR四国。母体となった四国の国鉄路線は、本州とは宇高航路・仁堀航路 (1981年廃止) で連絡された独立網で、末期まで電化区間もなかった。1988年4月、北海道に続き本州と線路が直接つながったものの、島内JR線を走る車両は現在でも独自の味付けが濃いものとなっている。
JR四国はグループ各社のなかでは独自性が強く、まず1988年に予讃本線・土讃本線などの「本線」呼称を廃止。1989年に試作した制御付振子気動車TSEを2000系と命名、その後もキ・クモ・ロ・ハといった形式称号をつけなくなった。またJRグループ各社は正式名称に鉄ではなく「金へんに矢」を使っているが、JR四国のみ「鉄」としている (各社Webサイト、あるいは旅行商品パンフ等をよく見るとわかる)。

クモハ121-1

クハ121-1

  • 予讃線 みの←高瀬 2009-5
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO200

121系は国鉄による三島会社立ち上げ支援の一環として配備された、日本国有鉄道最後の新系列であった。四国の国鉄電化は瀬戸大橋の開通が見えてきた1987年3月に高松~坂出間と多度津~観音寺・琴平間ではじまり、そこでデビューした同系は現在も香川県内のローカル輸送に使用されている。
基本性能は105系、車体寸法・構造は205・211系、接客設備は119系にあわせたもので、台車はじめ部品を廃車車両から流用するなど、いかにも国鉄最終期らしい寄せ集め的な車両といえる。当初は赤14号を帯色 (現在の京葉線が同色) としていたが、JR発足後にコーポレートカラーの水色 (京浜東北線E233系よりすこし明るい) になった。ただし写真のクモハ121-1+クハ120-1は昨年末にワンマン対応改造が行われ、その際に赤帯へ戻った。

予讃線では松山方面への特急〔しおかぜ〕高速化にむけて観音寺~松山~伊予市間を直流電化することになり、1990年の伊予北条~伊予市間先行電化にあわせて7000系電車が投入された。両運転台電動車(クモハ相当) 7000形と制御車(クハ相当) 7100形。7000形1両でのワンマン運転も可能である。
すこし前に登場した気動車の1000形とスタイルが似ており、2つの片開き扉を運転台すぐ後ろに設置した上で中央に両開き扉も設け、ドア枚数が"1-2-1"となった。客室は長距離の乗車にも配慮してクロスシートを千鳥状に配置している。単行運転できるJR電車は、新製車両としては同系が初。車両長21.3mという長尺も、電車としてはめずらしい。

7015 JR四国

7015

  • 予讃線 伊予和気→三津浜 2008-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

いま私は横浜近辺に縁があるので、東海道本線の複々線区間で併走する電車を眺める機会も多いのだが、そんなとき屋上パンタグラフが架線に追従して動く姿につい目が行く。トンネルや立体交差をくぐるときにはパンタがぐっと屈み、通過後サッと戻るのがおもしろい。
地方で古くに建設された路線になると、とくにトンネルが客車・気動車向けの車両限界ぎりぎりに作られていたため、そのままでは架線を張ることはできない。予讃線も愛媛県に入ったとたんに増える大小のトンネルが電化の障害となった。このような場合は路盤を掘り下げ、あるいはトンネルを掘りなおして対応するのが普通だが、莫大な費用がかかる。そこでJR四国では特殊な方法でトンネル内の架線を天井ぎりぎりに張り、車両の屋根も低くしたうえで小型のパンタグラフを搭載した。
このような対策は、同じように車両限界を制限して電化した中央本線や身延線が知られるところだが、予讃線はそれよりさらに小さいJR最狭なのだ。そんな特殊性もあって四国へ乗り入れる他社の電車は少なく、松山まで来ることができるのはJR西日本・東海の「サンライズエクスプレス」285系しかない。
ちなみに一般的な電車はパンタグラフを折り畳んだ状態でも非電化区間の車両限界からはみ出しているため、非電化区間を通過させる必要に迫られた場合は、パンタはじめ屋上の突起物を前もって取り外した上で運搬することになる。

この記事へのコメント

2012年01月27日 21:13
こんばんは。

見慣れた四国の電車ですね。
特に下の7000系は、よく見ますし、ときどき乗ります。
確かに愛媛はトンネルが多いですね。
それも小さなトンネルがたくさん!
電化するのにはそのような苦労があったのですね。
全然、知りませんでした。
伊予市まで電化したとき、下の息子と電車に乗って伊予市まで行ったことを覚えています。
もうずいぶん前ですね。
小学生だった次男も今は30歳です…。
2012年01月30日 00:21
こんばんは。

記事をじっくり読ませて頂きましたが、やはりJR四国は独自性溢れる点が多いですね。
車両の形式も独特で、番号だけ言われてもそれが果たしてそれが先頭車なのか中間車なのか、一般形式にだけ慣れている自分にはさっぱり分かりません(笑)

愛媛のトンネルは本当に狭いのですね。
屋根を低くしたり小さなパンタグラフを用いるなど、興味深い点が沢山あります。
電車のパンタグラフを取り外すといえば、こちらでも青函の789系やED79が苗穂で整備される際の回送において非電化区間の狭いトンネルを通過するために、パンタグラフが外されて回送されていますね。
2012年01月31日 22:39
静さん こんばんは。

おなじみの7000系電車、静さんところのご近所であります(笑) 確か、松山付近でトンネルのない部分が先に電化されたのですね。

こちらでは中央線に小断面のトンネルが連続していて、乗っていてもその小ささがわかります。古い路線での電化には相当な苦労があるようで、規模の小さいJR四国としてはかなりの大工事だったのだろうと思います。振子特急の〔しおかぜ〕に乗るとあっという間に過ぎるところですが、そんなところに思いを馳せてみるのもいいですね。
2012年01月31日 22:49
特急北斗さん こんばんは。

JR四国といいますと、2000系にはじまる独自形式がやはり目立つところ。私も数字だけではなかなか区別ができないような(笑)
低い架線に小型パンタの組み合わせでなされた予讃線の電化、〔しおかぜ〕の低床振子車導入もある意味必然だったのかもしれません。

北海道では函館の789系やED79が苗穂との往復時にパンタグラフや高圧渡り線を外してますね。東日本地区だと、209系がパンタのスリ板だけ撤去して置いてあるのも各地でよく目にするところ。また最近では、紀勢線〔くろしお〕〔オーシャンアロー〕迂回回送が記憶に新しいです。