なのはな

新幹線〔さくら〕で新大阪から4時間、鹿児島中央駅はホームの先がすぐ車止めになっている、文字通りの「終着駅」。東京駅の終端標識から延々線路が連なっているのか、と思うと感慨深い。
直下に交わる在来線ホームから発車する指宿枕崎(いぶすきまくらざき) 線は、名前の通り指宿を経由して枕崎まで、全長88kmのJR最南端路線である。1930~34年に指宿線として開業し、1960~63年にかけて枕崎まで延伸して現線名となった。その輸送形態は鹿児島市近郊で20分間隔、指宿(山川)まで1時間に1本、末端区間は1日わずか6往復。全線およそ80km (札幌から)、段階的に先細りする輸送量、現時点では気動車運行という点で、学園都市線 (札沼線)にも共通するところがあるだろうか。

オホーツク海に流氷が押し寄せようかというころ、このあたりではもう菜の花が咲き誇る。毎年1月に指宿市で開催されるのは「いぶすき菜の花マラソン」 (ことしは8日に行われていた!)、指宿枕崎線の快速列車も〔なのはな〕の愛称を持ち、黄色いディーゼルカーが軽やかに走っている。

キハ200-501

キハ200-501

  • 指宿枕崎線 喜入←中名 2011-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

キハ200系はJR九州がはじめて新規開発した気動車で、1991年の登場。3扉転換クロスシートという、811・813系電車と同等の客室構造が採用された (増備車の一部はロング [上写真も] またはロング+転換クロス)。電車のような軽快な姿であり、実際450PS (331kW) の高出力エンジンと新型変速機によって電車に匹敵する性能を持つ車両だ。国鉄形との連結を考慮しない設計のため、連結器も電車と同じタイプを採用しているが、キハ201系とは違って電車との併結はできない。
最初の投入は筑豊本線~篠栗線――現在の福北(ふくほく) ゆたか線で、屋根やクーラーまでカンパニーカラーの赤一色に塗って〔赤い快速〕の名でデビュー。485系に続く「赤いシリーズ」として、指宿枕崎線への投入当初も「赤いなのはな」だった。これは1995年の「いぶすきキャンペーン」以降黄色に塗り替えられている。
はじめは都市部に近いところで性能を活かしフリークエントサービスを行ったが、そのような区間はさらに利用が増えて電化されたため、現在ではローカル区間へと勢力を移すことになった。そのなかで特徴的なのは日豊本線の超閑散区間である佐伯~延岡間で、単行運転できるという理由から両運転台キハ220が電車と交代してしまった。

キハ220-1102

キハ220-1102

  • 指宿枕崎線 中名←喜入 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

2004年の九州新幹線の部分開業時には、指宿アクセス列車として〔なのはな〕が活用されることになり、指定席が連結された。指定席車にはキハ220形から1両が改造され、これを組み込んだ列車が特別快速〔なのはなDX〕。座席は回転クロスシートに取り替え、中央扉を埋め込んで〔はやとの風〕〔いさぶろう・しんぺい〕同様の外向きベンチを設置した。
2011年の九州新幹線全通で〔なのはなDX〕は特急〔指宿のたまて箱〕に昇格したが、すでに触れたとおりキハ47から改造されたため、同車は現在熊本へ異動している。

この記事へのコメント