イマイチ、ですが…

ニッコウを見ずしてケッコウと言うなかれ……東照宮、いろは坂、華厳ノ滝、中禅寺湖に霧降高原などを擁する日光。近隣の鬼怒川温泉をあわせて戦前から国内外の旅行客を集め、現在も日本を代表する国際観光地のひとつだ。その日光へ、東北本線の宇都宮から分岐して向かうJR日光線は、本線とも国有化される前の日本鉄道により敷設された歴史ある路線で、この8月に開業120周年を迎えている。
日光には東武鉄道も浅草からストレートに路線を伸ばしており、戦後の高度経済成長期には国鉄・東武ふたつの日光線が競合関係にあった。1956年に国鉄が強力気動車キハ55系の準急〔日光〕を投入してから、その競争は一気に過熱。国鉄が特急電車なみの設備を誇る「デラックス準急」157系電車、東武も負けじとDRC (デラックスロマンスカー) 1720系を相次いでデビューさせた1960年代が、もっとも華やかな時代だった。

クモハ107-5

クモハ107-5

  • 日光線 日光→今市 2010-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

1970年代に勝負はついていたが、1982年の国鉄急行〔日光〕廃止をもって競争は東武の完勝に終わり、以後の国鉄~JR日光線は地域輸送主体のローカル線となる。終点の日光駅は東武日光駅周囲の賑わいから離れ、うらぶれた感じもあった。けれど貴賓室を持つ木造駅舎は歴史的にも貴重なものだし、最近は世界遺産を目当てに"Japan Rail Pass"で訪れる (東北新幹線経由) 外国人旅行客も少なくない。
そこで日光線の活性化が2007年からはじまり、昨年からは "NIKKO is NIPPON" と銘打って関東広域でのキャンペーンも展開している。同線を走る107系電車は渋い色調に塗り替えられ、線内の駅名票や各種案内などの字も毛筆体に変更。宇都宮駅では、日光線ホームなどの英語案内を充実させた。

冬晴れの午後、宇都宮から新しい「レトロ塗装」車に乗った。日光まで全線単線でほぼ上り片勾配だが、駅間の長さと曲線の少なさから速度は比較的高い。各駅に交換設備があることに、かつて多数の列車が乗り入れてきた歴史を思い起こさせる。ふだんの輸送には過剰に見えるが、いまでも修学旅行など集約団体臨時列車が乗り入れており、そんなときには有用な存在だろう。
40分ほど走って、日光の一駅手前・今市(いまいち) で下車。日光街道の今市宿にある同駅は、1890年6~8月の2ヶ月間だけ終着駅だった。その読みから期待に若干足りていない状態を「日光の手前」なんていわれもしたけれど、今市市は2006年の合併によって(新)日光市に入っており、もうイマイチだって立派なケッコー、いやニッコーなのである。

クハ106-3

クハ106-3

  • 日光線 日光←今市 2010-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

107系電車は、同線などで使われていた急行形165系が輸送実態に合わないため、それにかわるローカル近郊用としてJR東日本が設計した系列。急行形電車の機器や台車を再利用して車体を新製し、クモハ-クハの2両編成で1988年に登場した。窓配置は近郊形に近いけれど、車内はロングシートである。
勾配の連続する日光線のため抑速ブレーキを持ち、加えてスリップ防止に砂箱を備える。屋上には架線霜取り用を含む2個パンタと、ものものしい装備だ。のちに高崎地区にもマイナーチェンジ車100番台が投入された。

登場時の塗装は公募で決まったもの。上写真の通り白地に杉並木の緑で大きく日光の「N」を描き、幕板に神橋をイメージした赤のラインがアクセント。これを撮った翌週にこの旧塗装車は運行を終えたので、貴重な記録になった。
いっぽう新塗装のクリームと栗色のツートンは、かつてのライバル東武5700系のそれとかなり近い。しかし車号の標記が極端なほど小さく (所属基地の標記よりも!)、原寸にしても判読がほぼ不可能に近かった。それでもここに書けるのは、8編成それぞれに異なるシンボルマークが貼付されているからだ。このN5編成は華厳の滝が選ばれている。

この記事へのコメント

2010年12月14日 20:30
こんばんは。

国鉄と東武の日光線にまつわるかつての競争と国鉄の完敗は知られるところで、遠く北海道に住む私も何かで読んだ記事で「そんな過去があったんだ…」なんて思ったものでした。
そして近年になって東武との直通運転のニュースはこれまた驚いたものですが。
来年には元N'EXの253系での運転が開始されるんでしたよね。

それはそうと(本文中にある)日光をニッコーと書くとニコンユーザーの私はNikkorの語源の方を思い浮かべてしまいます(笑)。
2010年12月17日 00:02
加藤さん こんばんは。

ライバル関係にある鉄道路線はいくつかありますが、日光へ向かう国鉄・東武間でくりひろげられた競争は、優等列車が覇を競ったことでとくに印象に残りますね。「デラックス」なんて言葉の響きも当時らしく…(笑)
平成になってJR~東武直通の特急運転が発表されたときは、そういった歴史を知る人にとっては驚きと感慨をおぼえたものです。専用485系や「彩野」がJRでなく東武の日光にいるのは、やっぱり違和感ありですが(苦笑) 来春からはもとN'EX車両での運転となり、また新たな光景になりそうです。

ニッコーと書くとNikkorのほうを連想してしまいますね(笑) 競争当時だと社名も「日」本「光」学でしたか。

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