原点回帰

当ブログは名前の示すとおり車両 (おもに1両) を扱う、ということは各所で紹介した裏側にはそれこそ大量の撮影結果が控えているわけだ。ではここで、これまで車両写真をどれほど撮ってきたのか数えてみ…る気にもならないので、かわりに最初に撮ったのはどの時期だったか? と記憶をたどっていくと、あるダイヤ改正に行き着く。
JRグループ初の全国ダイヤ改正となる1988年3月13日改正は、青函トンネル開業と続く4月の瀬戸大橋線開業で全国の線路が文字通り一続きとなった記念すべきもの。そこでJRグループは同改正のキャッチフレーズを「レールが結ぶ、一本列島。」とした。その中心的なビジュアルが、JR7社の車両側面写真をならべたポスターおよび車内吊広告だった (オレンジカードも発行されたようだ)。国鉄標準色からカラフルな地域カラーまで、ずらり並んだ多彩なサイドビューが強く印象に残っている。

改正後の日曜日、デビューしたての〔北斗星〕を撮りに行った上野駅で、跨線橋取り付けの歩道階段に行っていた。二層構造の上側に位置する山手線・京浜東北線などが、横からよく見える。なぜここに行く気になったかよく覚えていないが、そこで撮ったフィルムの中に2枚ほど車両を横から狙ったものがあった。根底にあのポスターがあったのかなとも思う。

クハ103-722?

クハ103-722 (推定)

  • 東北本線 上野←鶯谷 1988-3
  • Nikomat EL, Nikkor 105mm F2.5, ISO100

その1枚から。原版は傾いているし柱が邪魔しているし、まあひどいものだ (あろうことかカビているし…) が、流し撮りとしては一応成立していると思う。JR東日本では全廃、西日本でも同スタイルとしては見られなくなった103系オリジナルの姿が残っていた。車号がはっきり確認できることが絶対条件というこの撮影にあって厳しい結果だけれど、クハ103-722、あるいは724だろうか。戸袋窓に貼っている広告シール背面の緑色が、いまとなっては新鮮にさえ見える。
この青い103系は浦和電車区に所属していたが、単一路線向けとしては在来線最大の800両超という巨大な車両基地である (現在のE233系1000番台も、830両すべてが同所に所属、一部車両は東十条・蒲田・東神奈川で滞泊)。同改正で昼間の京浜東北線は快速運転を開始したが、方向幕の取り替えが間に合わず「京浜東北線」で代用した車両も多かった。いまならLEDのROM (あるいはフラッシュメモリ) を書き換えるだけで済む。

クハE232-1040

クハE232-1040

  • 東北本線 上野←鶯谷 2009-11
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

ひさしぶりに同じ場所に立ってみると、架線柱や信号機の位置が変わっていた。京浜東北線南行は架線柱と機器箱の間でぎりぎり1両入るかもしれない。低速で流せば柱も目立たなくなる、とはいえ現在はAFや手振れ補正を駆使しての写真。ちゃんと収めなくては当時の自分に言い訳が立たない気がした。

魅惑のJR車両たち少し前の話になるが、古本屋で一冊の本を購入した。表紙はあの「一本列島」のイメージで、題名「魅惑のJR車両たち―動止フォトグラフ」……そう、あれは広田尚敬氏の手による作品だったのだ。
内容はもちろん、実際にポスターに使われたものを含む国鉄~JR車の動止フォトグラフである。開けばそこに並ぶ圧倒的な写真に唸るばかり、それまでのやり方考え方ではまだまだダメだな、と心新たにさせられた一冊。
[雑誌06460-1 1990-1-10発行 交友社刊]




◆ ブログ開設 (正式公開後) 2周年となりました。ここで取り上げた車両の総数は約310両、エントリ数は153、ページアクセス総数 (6/29現在) 約50,000です。

この記事へのコメント

2010年07月04日 17:53
こんばんは。

私の側面流し撮りを始めたきっかけは広田尚敬氏の動止フォトグラフ(モノクロ)でした。今までオーソドックスな編成写真しか撮らなかった私には衝撃的な写真集でした。自作した大判3連カメラで捕えた画像は細部まで詳細に映し出しおり撮影方法を駆使してもとても真似ができません。ご紹介の魅惑のJRの車両たちとこの2冊は私の宝物です。
2010年07月07日 23:43
nobuさん こんばんは。

オリジナル「動止フォトグラフ」は広告では見る機会があったものの、結局未入手のままです。現在名を馳せる多くの鉄道カメラマンも影響を受けたと話す名著ですから、一度は手に取ってみたいものですが、しかし中を見てみたいような見るのが恐いような……。
それからもうひとつ、広田氏の手による大判写真集としてヤマケイの国鉄車両形式集があります。こちらは7:3の形式写真ですが、これを撮ったのもほぼ完全自作のカメラ。インパクトでいえば「動止」の衝撃がはるかに勝りますが、これも恐るべき写真集なのかもしれません。ここまで行ってこそ言える「記録」のレベルには、なにか感銘さえ受けました。
2010年07月08日 17:24
宮本さん、こんばんは。

自分にとってもきっかけは動止フォトグラフです。魅惑のJR車両たちは持っていないものの、オレンジカード4枚セットと当時のJR時刻表(これも表紙は動止フォトグラフで埋め尽くされている)は今でも手元にあります。

ただ、それを真似ようとして十年経過したものの、手ぶれ補正の力を借りているにも関わらずなかなかきれいに止まらないですし、撮影場所も車両が1両きれいに見える場所を探すのが精一杯でとても背景には気を遣ってられないです。
2010年07月09日 00:00
こんばんは、これまた貴重なカットがでてきましたね(^^。1988年というと、私のカメラはPENTAXSuperAと35mm~105mmのズームレンズ、200mm望遠レンズといった感じでした。フィルムは当然ネガカラーフィルム。フィルムだったからこそ、残っているのかもしれませんが、これからのデータ保存はタイヘンですね。いよいよクラウド利用かな?と思う今日この頃です。(ブルーレイも長期保存には適しているみたいですね。)
2010年07月11日 19:20
こんばんは。

まずは2周年おめでとうございます。
これまでに取り上げた車両は310両にも達しているのですか。
こうして具体的な数字を聞くと改めて国内にはたくさんの鉄道車両があるのだな…と思ってしまいます(笑)。
これからも宮本さんならではの視点で、車両の細かい観察をされた記事を期待しています。
5周年のときには紹介される車両は何両になっているのでしょう(笑)。

さてさて、国鉄からJRになったのも、もう22年も前のことなんですよね。
年数が経てば風景が変わることもしばしですが、車両も当然変わるもので、このあたりも今さらながらずいぶんと時間が経ったものだと感じてしまいます(笑)。
2010年07月11日 23:32
こんばんわ☆
コメントご無沙汰してしまいました

スカイブルーの103系、なつかしいです♪こちらの東海道本線(今の京都線)の普通列車も、長いことこれでした。「普通」はスカイブルー、「快速」は朱と緑、「新快速」はアイボリーと焦げ茶。種類ごとに色分けされていて、乗り間違わずわかりやすかった頃です。走っている姿をまた見れて、感動です♪宮本さん、この頃からサイドビューだったんですね!
「動止フォトグラフ」の本は、初めて知りました(鉄歴浅いもので・・・汗)凄そうですね!一度見て見たいです。
2010年07月12日 01:07
kakeyamaさん こんばんは。

国鉄の分割民営化というのも歴史的な出来事として覚えていますが、それにつづく一本列島も記憶に深いですね。書店で物色中にこの表紙が目に入った瞬間、当時のことが思い出されました。でまた開いて仰天だったわけですが(苦笑)
鉄道写真の概念を変えたとも言うべき広田氏の代表作といえる「動止フォトグラフ」、この影響は各方面に計り知れないものがあったようですね。私自身もあの領域に少しでも近づけるか、あれこれ錯誤を続けている段階なのです。
2010年07月12日 01:09
teruさん こんばんは。

当時の何気ないカットもいまでは貴重品ですが、それならもっと考えて撮っておけば良かったのにと思うものが多いですね。いまさら後の祭りでしかありませんが。当時は私ももちろんネガで、保存もかなり悪い状態…って、ポジの状態は本当に大丈夫なのかという一抹の不安が…
ちなみにニコマートは親からの借り物で、当時のメイン(?)機材はオリンパストリップ。これまたいろいろ失敗というか、残念なカットばかりだったなこれが(苦笑)
2010年07月12日 01:12
加藤 勝さん こんばんは。

おかげさまで2周年となりました。ありがとうございます。
3周年くらいだとどのくらいになりますか、JR電車の系列単位で全部、あたりは目指したいところですね。今後のご期待も戴き恐縮です。

それにしても分割民営化・青函本四の開業からもう20年以上になるわけで、そのなかで車両たちの移り変わりもまた時間の経過を感じさせるものです。「魅惑の~」には〔北斗星〕車両も入っているのですが、その姿(東日本車とDD51など)でいままで走ってきているという事実もまた……。
2010年07月12日 01:13
さくらねこさん こんばんは。

スカイブルーに限らず、関東では路線ごと一色塗りの電車がもう消滅寸前になってきていますね。その一方JR西日本で車体の一色化が賛否両論巻き起こしていますが… 国電形の色だったらなぜか許せる気がするのが、どうにも不思議なところです。
さすがにこの時期からサイドビューを推し進めようという気にはならず、まともに(とも言えないレベルだ…)撮ったのがこの1回きり。そればかりか、このあと約10年間は鉄道写真からかなり疎遠になってしまいました。そのぶん乗り鉄にいそしんでましたが(笑)

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