いぶし銀の輝き

昨年末、ひさしぶりに武蔵野線へ足を運んでみた。「ホリデーシーズン」真っ盛りで舞浜臨が多数設定された日だが、主目的はタイムリミットが迫る北陸からの489系、到着後の折り返し回送がきれいに撮れると踏んだ。同じルートで回送する新潟からの485系はすでに通過していたけれど (調査不足…)、とりあえずこちらは撮れて一安心。
そのあとは秋田から583系国鉄色……のはずだったが、風雪の影響でまだ大宮にも達していなかったらしい。この日以降は上越線でも降雪が激しくなり、同夜帰路につく予定だった489系も運転取り止めとなった模様。
引き上げるタイミングを計るうちに、ふたたびカメラが集まってきた。何かあるなと思っていたが、じつはこの日、JR東日本が新規製造した電気機関車EF510形500番台が、神戸(兵庫) から配置予定の田端機関区へ甲種輸送されるところだった。
冬のやわらかい光線の下、向こうからJR貨物のEF65に牽引されて新型機関車が登場すると周囲に緊張が走った。ブルーの車体になるという噂は聞きつけていたが、金帯に流星をあしらったその姿は、EF81「星ガマ」とはちがった魅惑を放つ。保安装置はATS-P, PsのみでATC-Lは装備していない。今回の新機投入 (計15両。うち2両は〔カシオペア〕指定機となる模様) はあくまでもEF81の置き換えということで、青函ED79の活躍はもう少し伸びそうだが、あるいはJR貨物から50番台を譲受……という考えも頭をよぎった。

……という本番はすでにご覧いただいた方も多いと思いますので、今回はその右側に見えた機関車、エスコート役のEF65形の方を。

EF65 1080

EF65 1080

  • 武蔵野線 東浦和→東川口 2009-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

EF65は国鉄で最多数製造された直流形電気機関車で、JRでもながらく在籍両数1位の座にあった (2009年度頭ではEF81に抜かれ2位)。そのなかで、1000番台は高速貨客列車むけ500番台、旅客形(P)・貨物形(F)の特徴を併せ持ちPF形と呼ばれる。貫通扉に窓上と前照灯のヒサシ (つらら切り) が精悍で、私の好きなスタイルだ。EF65は各番台区分あわせて308両が製造され、交流のED75、交直流のEF81と並んで国鉄電機の標準形式となった。PFの中でも増備途上で仕様は少しずつ変わっており、パンタが大型の前期形(1001~)とコンパクトな後期形(1056~)が目立つところ。それぞれ好みがあろうか。

1978年にはPF後期形21両が東京機関区に配備され、伝統のヘッドマークを掲げて華々しく登場した。それまでのブルトレ牽引機EF65Pが東京~下関間約1,000kmにおよぶ連夜の長距離仕業で疲弊し、その代替として投入されたものだった。標準装備の重連総括や耐寒耐雪構造を簡略化したのは東京発ブルトレ牽引のみを念頭に置いたもので、電装品などもP形の保守経験を反映させたスペシャルバージョンだった。
いま振り返れば、民営化をまたぎ24年間も勤続したEF66にくらべるとその絶頂期は意外に短い。チューンアップを施したといっても基本性能に変わりがなく、牽引定数ぎりぎりの運用が続いていたけれど、1985年改正での〔はやぶさ〕ロビーカー連結を機に、より大出力のEF66に取って代わられたのだ。

EF65 1115

EF65 1115

  • 常磐線 金町←松戸 2009-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO320

それ以降の東京区PFは〔出雲〕〔瀬戸〕などの、九州ブルトレの脇を固める側に回る。国鉄末期には伝統の東京機関区も田端機関区に統合廃止され、以降JR東日本の65は「田」の区名札で親しまれた。スマートなEF66のほうが一般の受けは良かったろうが、いぶし銀の65ブルトレを愛するファンも決して少なくはなかったと思う。特急牽引に活躍した (2006年〔出雲〕廃止まで) 期間でいえば、28年間は最長クラスといえる。
定期仕業は〔銀河〕の廃止 (2008年) で終了。末期の〔富士・はやぶさ〕14系は12両なので、じつはEF65でも牽引定数は足りていたけれど、結局EF66が九州ブルトレの終焉となる2009年3月改正まで全うしたのだった。なお旧東京機関区は同改正で車庫としての機能も完全に停止し、機関庫建屋はことし1月までに解体されている。

この記事へのコメント

2010年02月22日 06:48
こんにちは。

最近は見沼へ通うのが恒例となってEF81とPFを撮り貯めしております。私も週末にキヤE193を牽引する田端のPFを収めてきました。東京機関区時代のように綺麗に整備された車体が活躍できる機会は少なくなりつつありますがその後を引き継いだEF66も廃車となったことを聞かされると本当に貨物以外の役割も終わったのだと今更ですが痛感させられましたね。
2010年02月22日 10:14
こんにちは。

ひと口にEF65といってもそれぞれ少しずつ違うのですね。
貨物を牽引していたEF65が松山駅に停まっているのはよく見ますが、ふだんはあまり走っている電気機関車を見ないので、どうも違いがわかりにくいのですが、こうして見せていただくとやはり違っていますね。
そういえば1988年に瀬戸で東京まで行ったときの牽引はEF65-1100だったようです。
2010年02月23日 01:01
こんばんは!御活躍ですね(^^。
KATO製のEF65の長さを実感します。ところで、次位の方も是非見てみたい2枚の写真でした。
2010年02月23日 01:03
こんばんは。
武蔵野線、乗ったことがあります!今でも遠出する時は時々乗車したりして。私にとっても身近な路線ですが、色んな列車が走っていたのですね~。知らなかった・・・。EF65の違いについても勉強になりました。
2010年02月24日 21:39
nobuさん こんばんは。

EF65の姿もずいぶん見る機会が減ったように思いますね。田端65は定期運用が一切無いので、捕捉が難しくなりました。1118などきちんと撮っておきたいのですが……
下関66についても廃止の方向とか、東京機関区も解体されてしまい、一時代が去っていったことを強く感じます。
2010年02月24日 21:46
静さん こんばんは。

松山まではEF65が入線してきますね。こちらでは見かけなくなった基本番台(貫通扉がついていない)もまだ健在で、それらの違いを見る楽しみもあるかと思います。
〔瀬戸〕に乗られたときの牽引機は1100だったのですね。東京機関区へ投入されたブルトレ専用機の一員でしたが、のちに足下のスノープラウが復活して精悍な姿になりました。最終上り〔出雲〕を牽引した姿が手元に残っています。
2010年02月24日 21:47
teruさん こんばんは。

ぎゅっとつまった車体長からくる独特のジョイント音も、EF65魅力のひとつですね。田端は国鉄色であるところもポイント。そういえばKATOのNモデルもようやく、ホントにようやく(笑) 実車相当長になって……。次位の方はまた後ほど(笑)
2010年02月24日 21:52
スウさん こんばんは。

武蔵野線は私も大宮方面に向かうのに重宝しています。同線はもともと貨物のバイパス線として建設された経緯がありまして、現在でも貨物列車が多数往来しているところです。京葉線の舞浜に直通していることから、あちこちから団体列車がやってくる路線でもあり、とくにこの区間は撮影名所のひとつなのです。こんどカメラの数を数えてみてはいかがでしょうか(笑)
こんな形ではありますが、参考にしていただいてありがとうございます。
2010年03月02日 00:47
こんばんは。

かつてあれだけいたEF65もずいぶんと減ってしまいましたよね。
一般形に500番台、そしてPFと進化していって、そのPFにも少しずつ進化していった過程が見て取れるあたりは北海道でお馴染みのDD51にも似ているような気がします。
最終増備あたりになるとホント、スマートなんですよね。
ちなみに私はPFももちろん好きなのですが、EF65ならF形の上越仕様が一番好きかもしれません。
あのゴテゴテ感がたまらなくて(笑)。

そうそう、そういえば「はやぶさ」で定数オーバーによりEF66が登板になったのもずいぶんと前の話になるんですよね。
あのときはホントに驚いたものでした。
かつての栄光の東京機関区も今はなくなり「東」の区名札も懐かしいですね。
2010年03月04日 23:18
加藤さん こんばんは。

気がつけば関東近辺でもJRFロコが幅をきかす時代になって、PFでさえもすっかり見かける機会が減ってしまいました。
私としてはPF前期後半あたりがいちばん整っていて好みですが、確かにF形ヒサシつき上越仕様の重厚さも捨てがたいものがあります。雑誌で写真を見たときブルトレ機と同じ形式とは思えず(笑) 撮る機会が(おそらく)なかったのが残念ですが。
九州ブルトレ牽引機がEF66に置き換わったのも、ずいぶん前になってしまいました。客車1両を置き換えでなく増結という選択をしたのも、時代だなあと思うところです。

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