北の大地に30年

国鉄色183系の引退興行と見られていた今回の道内一周、名目としては「183系特急形気動車登場30周年記念」だった。道中様々なトレインマークを掲出して走行し、途中駅での「幕回し実演」など見所も多かったようだ。同系登場を機に気動車特急のイラストマーク化がはじまったので、たしかに登場時にとても近い出で立ちであったといえる。
キハ183系は、酷寒地での運用で疲弊したキハ80系の後継車として開発された道内専用車で、1979年に試作車が登場。翌80年から10両編成〔おおぞら〕でデビューし、1981~1983年増備の量産車が道内特急の主役についた。おなじ時期に道内の輸送体系も、それまでの函館基点・青函航路連絡から札幌基点・千歳空港での航空機連絡に転換している。

キハ183-1551

キハ183-1551

  • 函館本線 茶志内←美唄 2009-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

国鉄最終期の1986年。新会社の基盤強化、道内特急の高速化を狙って183系500番台 (通称N183) が登場、〔おおぞら〕に投入された。新型の直噴エンジンを搭載し、先頭車の発電セットも小型して床下搭載としたおかげで、キハ183の定員は40→60 (500), 68 (1500) と大幅に増加した。
運転台は0番台のスラントノーズ・非貫通高運転台からふたたび貫通形に戻り、運転室と客室の仕切りに窓を設置して (運転士後ろを除く) 前面展望が得られるようになった。それまでは特急では運転台自体見えず、国電などでも遮光幕は全閉が当たり前だったから、正反対ともいえる姿勢の転換だった。グリーン車は当時流行りつつあったハイデッカー構造を採用し、これも国鉄仕様からすれば格段に大きな窓が目立つ。

183系0番台で特徴的な車両、編成中間に連結される発電セットつきのキハ184は特急短編成化で余剰となったため、4両が「ボウズ」ことキハ183-100番台先頭車に改造、残りはN183編成に組み込まれている。このため当時のN183は札幌方に洗面所を設置した500番台、函館・釧路方は発電セットを持つ1500番台という編成だった。私が最初に渡道したのもこの頃で、上野から〔ゆうづる〕~青函連絡船(八甲田丸)~〔北斗〕そして〔おおぞら〕と、釧路まで丸1日がかりの長旅。〔おおぞら〕でキハ183-500に乗ったのだが、足並みが揃わないのか、毎回キハ184をどつくように発進したことをよく憶えている。
1550番台は、民営化後〔北斗〕系統の高速化を狙ってさらに出力強化した550番台 (通称NN183) に属する。民営化後のキハ183は1550番台のみで、キハ184が廃形式となった現在、500番台の立ち位置は非常に微妙だ。スラント車など初期型に注目が集まりがちだが、意外な要注意車両だろう。

キハ183-504

キハ183-504

  • 根室本線 上芽室(信)←芽室 2009-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

長年北の大地を駆け続けた同系だが、NやNNでもすでに20年選手。振子気動車281・283系や最新の261系に比べるとやはり見劣りがする。初期型の老朽廃車も進行しており、そんな中で2001年に復活した国鉄色は各形式の1・2号車という最初期グループ。いままで生きながらえたのは、やはりその塗色によるところが大きく、ポリカーボネート板取り付けが最後まで行われなかったのも、こだわりだったのだろう。

23日。通過時刻もわからないというのに朝は美唄まで行き、そこから倶知安へ向かうとなんとか間に合った(無謀な!) その後も山線を進む〔北海〕を追いつつ、最後のチャンスとして札幌付近に戻る。といっても予定時刻16:30ごろは日没時刻を過ぎており、さしもの高感度機にも厳しい露出条件ではある。

キハ183-2

キハ183-2

  • 函館本線 白石←苗穂 2009-11
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO3200 (ISO8000 equiv.)

途中各駅で大休止を設けるゆったりした行程だったが、そのかわり停車駅間はかなり高速で走るダイヤが組まれ、各撮影地に全盛期なみの健脚ぶりを見せたのは、最後の挨拶だったろうか。暗闇に沈みかける豊平川橋梁に4つのライトが近づき、エンジン音も高らかに見慣れたシルエットの気動車が駆け抜けていった。

この記事へのコメント

小さな鉄道博物館
2009年12月01日 19:15
こんばんは。

今回は運行ダイヤが公開されていなかったので苦労された方も多く北浜駅内喫茶店マスターの話では午前中に通過すると考えて待っていた方もいた様です。そんな中、宮本さんは北4線踏切で間に合った訳ですから流石ですね。ただ想像以上に積雪があり皆さん苦労されていました。
でも天候が回復し羊蹄山下も見え、また線路わきの雪がレフとなり綺麗な車体で撮影する事が出来ました。
あれから一週間しかたっていませんが今日DD51北斗星カマに引かれ国鉄色キハ183を含む8両が釧路操車場に疎開回送されました。パシクル湿原サイド俯瞰は最高でしたがまさかこの様な姿で再会するとは夢にも思いませんでした。
2009年12月01日 19:47
こんばんは。

キハ183系も登場して30年が経ちますね。キハ183形の0番台車も私が撮影を始めた頃はギリギリの期間で全車が所属所属しておりましたが、気付けば余剰で最初に5番が廃車、「まりも」廃止時には6番、16番が廃車となり、とかち色の0番台が全滅しました。
そして今日にかけて1番、2番の国鉄色をまとった0番台もついに疎開回送、キハ183形0番台の存在も旭山編成のを残すのみとなってしまいました。
今では「とかち」が廃止、「オホーツク」にも1550番台が投入されるなど、初期型の活躍の場が徐々に失われつつありますね。今では「オホーツク」で活躍していた207番、217番も疎開中です。
ちなみに、本線で活躍するキハ183グループの中にポリカ未施工の車両は今回の疎開をもっていなくなってしまったと考えて良いでしょうね。

500番台も仰る通り、立ち位置が非常に微妙ですよね。運転台が付いているのに、今では専ら中間増結用、寧ろ今回の臨時列車、お写真の座敷とペアを組んだ一般車として、500番台が使われ更には先頭車として使われたのには驚いてしまいました(苦笑)

また、函館転属組も現れ、400番台を名乗る元500番台車も現れました。唯一とかち色を纏うN183先頭車であるキハ183-506も406に改番されたようです。

今後のキハ183の動向にもかなり注目する必要がありそうです。
2009年12月02日 00:43
小さな鉄道博物館さん こんばんは。

倶知安の北4線でもお世話になりました。お礼申し上げます。よせばいいのに〔旭山〕に〔オホーツク〕まで欲張り、いつ移動開始するか悩んだのですが結局3号で切り上げ道央道へ。2号まで粘ったらまず逃していたところで、いや幸運というか、777の残益でしょうかね(笑)
途中札樽道では大雨に見舞われどうなるかと思いましたが、晴れないまでも雪の反射で光が回り、〔北海〕もいい撮影ができました。最後の豊平川は、ホント無理矢理ですが(笑)

と、十勝に別れを告げたはずの国鉄色が釧路へ疎開ですか! これは予想外といいますか……その光景をきちんと撮影されたとは流石でございます。
2009年12月02日 00:55
特急北斗さん こんばんは。

DC+PC夜行廃止から〔とかち〕撤退を経て、国鉄色の離脱をもって183系の異動もひとつの区切りとなったようですね。500番台の一部も函館へ移り、キハ183-500は400番台という新区分に編入ですか…。サービス電源は4両まで供給できるそうなので、4連程度の波動(集約臨)向けとしてちょうどいい使い道といえましょう。心機一転の活躍を期待したいところです。今後は基本番台・500番台問わずその動向にも注目したいですね。
ちなみにこの前日、苫小牧付近を走るこのお座敷+504編成を、新千歳への着陸態勢に入る航空機から偶然眺められました。なんか赤いのが走っているけど、711か……と思ったらお座敷でした(笑)
2009年12月03日 20:14
こんばんは。
北の国の大地で走る列車はうちからだと
なかなか見る機会がないので新鮮でした!
夜の撮影は、特に高速で移動する被写体を
おさめるとなると難しいですよね。
でも、最後の写真、とってもきれいに写ってました(^o^
キハ183-2さん。どことなく、
昔、東京から祖母のいる信州まで行くときに
乗った電車に似ているので親近感が沸きました。
2009年12月05日 01:29
スウさん こんばんは。

北海道を走る列車は、その環境の厳しさもあって独自の装備を施してあり、本州と見るからに違った姿が魅力のひとつですね。広大な風景をゆく鉄道、多くの人が引き寄せられるのもうなずけます。

最後はもう薄暮も終わりという時間で周囲の灯も少ない中、無理矢理撮った写真なのです (これ以上は大きくできません…笑)が、お褒めいただきありがとうございます。
この色は国鉄の特急標準色として、全国各地を走る特急列車に使われた塗装です。国鉄色あるいはこだま色と呼ばれ、このキハ183系も含めて昨今ファン注目の的なのです。(テーマ「国鉄色」もご覧ください)
2009年12月06日 21:26
またまたこんばんは~
書き込む順番が逆になってしまいましたが…

さてさて先日の道内行脚、お疲れさまでした。
天気が安定しない時期ゆえ、それに悩まされるところもあったことかと思いますが宮本さんならではの画や素材集めもできたのではないでしょうか。

キハ183も最盛期に比べると形式も減ってしまいました。
私も幼少期にキハ80系をみてきて、このキハ183のスラントノーズをみたときには衝撃を覚えたものでした。
さらに非貫通のスタイルから中間車に電源装置を装備したキハ184なんていうものあって、なおさらだったのもしれません。
ちなみに私、キハ184はけっこう好きだったんですけどね…。
そして国鉄末期には全然顔の違う500・1500番台が出てきて違和感を覚えつつ新しい時代というのも感じたのをよく記憶しています。
2009年12月08日 22:59
加藤さん こんばんは。

今回はメインの183国鉄色以外、とくに札沼線もターゲットとしていました。そこそこ集められたかなと思います。
私も気動車特急といえばキハ82の柔らかな姿を気に入っていたので、突如いかつい顔で登場してきたキハ183には衝撃を受けたものです。あと781系もそうでしたが、ハラマキのような赤の太帯にもちょっと引いた記憶が……。
それでいて0番台はあくまで国鉄特急の設計、キハ184なんて中間電源車を挿入するとは、いかにも という感じでしたね。JR発足時には窓回りを黒く塗り、N183のフリをして〔おおぞら〕に入っていましたが、座席などは取り替えられなかったので乗ればすぐバレるという(苦笑)

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