国電残影

国鉄103系通勤形電車。1964年~1984年にわたり製造された「国電」を代表する系列は、日本の高度成長期を支えたまさに屋台骨であり、新製・編入あわせ約3,500両の陣容は、長い間国鉄~JR電車の最多両数に君臨した車両だった。

東京に移り住んだころ、国電といえば103系だった。山手線では通学に何度と無く乗ったし、埼京線の池袋~新宿間で悲鳴のようなモーター音を響かせ爆走していたことも、よく憶えている。鋼製車体に単色塗装、両開き4扉でロングシート、抵抗制御と発電制動、アルミサッシ2段窓、グローブベンチレータ、コイルばね台車……無機質で機能本位な姿だが、朝夕の低い太陽を鈍く反射して輝く瞬間はときどき美しいと思ったりもした。

クハ103-238

クハ103-238

  • 阪和線 東佐野←和泉橋本 2008-2
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

私鉄が新技術を積極的に投入するのに、旧態依然のまま延々と増備を続けたことには批判もあったが、当時国鉄の置かれた状況を考えるとやむを得ないところもある (それは新幹線0系も同じだった)。そんな103系も製造後40年を経過して老朽陳腐化が著しい。JR西日本では大阪環状線・阪和線にまだ多数残っているものの、223系・321系投入を起点として玉突き転配で押し出され、徐々に勢力を狭めつつある。また延命工事でのリニューアル、そこまで行かない車両でも戸袋窓の封鎖を行ってきたため、冷房は別としてオリジナルの形態を残す車両は現時点でほぼ消滅しているといってよい。
初期のリニューアル車「体質改善40N」は張り上げ屋根化や窓構造の変更などが大胆で、車内も207系なみに更新、まるで別の系列になったかと思わせるほどの変身ぶり。足回りを見れば、やはり103系だなと思わされるが。

クハ103-837

クハ103-837

  • 阪和線 津久野←鳳 2009-9
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

最大勢力を引き継いだJR東日本では、209系以降新型投入の度に大量廃車され、とどめは山手線のE231系投入に伴って捻出された205系だった。仙石線もそのひとつで、先頭車化改造した4両編成18本が投入されて2004年には103系との世代交代が終了している。
それが2006年になって、予備車として保管されていた1本が突然復活、翌春から運用復帰した。これは多賀城付近での連続立体交差化に伴い、編成所要数が増加したためだった。室内をリフレッシュして引退前にはなかったトイレも設置され、奇跡的な復活を遂げたのだが、長期離脱の影響もあってか老朽化が著しく、こんどは209系の転配がはじまったことで南武線から同じ形の205系1本を譲り受け、再引退となった。

クハ103-236

クハ103-236

  • 仙石線 高城町→手樽 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

日本三景の松島を望む仙石線、かつて快速電車は〔うみかぜ〕と名乗っていたが、その海風も鋼製車体にはきつかったようだ。一見すればきれいな車体も、拡大するとはがれた塗装を修復した痕跡があちこちに見て取れる。
復帰後は平日の朝ラッシュ時のみ、東塩釜までの区間運転に終始していたが、引退直前の週末にはひさひざに石巻まで定期列車として1往復。復路は快速列車となり、全盛期の〔うみかぜ〕を想わせる姿で松島湾にモーター音を響かせ走り去った。JR東日本の103系、最後の4両だった。

この記事へのコメント

2009年10月25日 23:15
あ♪これです、これ!
なつかしいです~♪毎日見ていた、毎日乗ってた電車。東海道線京都-大阪間の各駅停車はこのスカイブルーでした。そして一時期東京にいた時、京浜東北線での通勤だったのですが、これもスカイブルーの車両でした。103系、京都では奈良線の草色が毎日走っています。あの頃は車両全体が一色で塗られていて、路線がすぐわかってよかったのに、今のステンレスのは色のラインが入っているとは言え目立ちにくく、同じ車両が快速にも新快速にもなったりしてわかりにくいです。阪和線でまだがんばっているんですね。またこの車両見に阪和線に行ってみようかな。
2009年10月26日 06:46
おはようございます。

私も昔、東京へ行った時に見たブルーの車両、まだ走っていたんですね。
本当に懐かしいです。
長く走った車両、お疲れさま…と言いたいです。
2009年10月27日 02:22
こんばんは。
懐かしい車両が(*^_^*)
わたしが小さい頃、何度も見た電車です♪
こうして今でも地域は違うけれど、走っているのですね。
なんだか、うれしくなりました。
電車の世界も世代交代が進んでいるようですけれど、
できるだけ長い間、その勇姿を見せてくれたらな、と思います。
2009年10月27日 23:56
さくらねこさん こんばんは。

スカイブルーの国電といえば、東京では京浜東北線、関西では東海道・山陽線各駅停車と、すぐ頭に思い浮かべられますね。(ちなみに仙石線も国鉄時代はスカイブルーでした)
最近はステンレスに色帯という車両ばかりで、種別・経由も入り乱れていて乗るのも確認が必要ですね。東京でも湘南新宿ラインとか地下鉄副都心線あたりはかなりカオスです(笑)
そうそう、奈良線にも103系は健在でした。阪和線には、かなり初期の車両もがんばって走っています。201系もしばらく残るようで、色をきちんと塗った車両を見るとなんだかほっとしますね。
2009年10月27日 23:57
静さん こんばんは。

国鉄の分割民営化前後では、京浜東北線はまだ全車103系でした。当時の姿をご覧になっていたのですね。
それからというものステンレス車が大増殖、京浜東北線も205系がいったん入った後209系、さらにE233系へと二度の世代交代を経ようとしていますが、関西ではまだ懐かしい姿を見せて走っています。
仙石線ではつい先日、最後の4両がお別れに石巻まで走って引退しました。実は国鉄時代にブルーの国電に乗ったこともあり、こちらも懐かしく思ったところです。
2009年10月28日 00:00
スウさん こんばんは。

スウさんにも懐かしい電車だったのですね。
首都圏を彩った国電、ブルーの電車は東京ではもう稀少(京葉線の201系としてはまだ残っていますが)、オレンジ色もまもなく消滅します。京浜東北線の世代交代が二度目ですからね。首都圏電車の入れ替わりのなんと激しいことでしょうか。
一方関西地区ではいろいろな事情から国電形もまだ健在、ちょっとうるさめのモーター音を響かせながら活躍を続けています。できるだけ長く頑張って欲しいですね。
2009年10月28日 17:17
こんにちは。
私が初めて東京へ行った時は家族との旅行だったもので、目当てはTDRだったのですが この時初めて見ることの出来た車両というのがこの103系でした。
つい6年くらい前の話ですが、その時にはまだ103系は首都圏でも見ることが出来て、私が見たのは武蔵野線のオレンジの103系でした。
それからあっという間に新型車両が続々と誕生し、首都圏では見られなくなってしまいましたよね。
JR東日本最後の103系、仙台のRT-235編成の廃車も非常に残念です。

今では関西のみでの活躍、次に関西に行く機会があったら「雷鳥」などと共に撮影の目当てとして行きたいものです。
2009年10月29日 23:16
特急北斗さん こんばんは。

東京・TDRへご旅行の際に、武蔵野線の103系をご覧になったのですね。4~5年前までは私の最寄り南武線を含め、各線当たり前のように走っていた関東の103系なんですが、あっという間に消え去ってしまいました。オレンジ色の武蔵野線も、高速で飛ばしていたのがつい昨日のことのように思えてきます。
関西地区ではまだ103・201系と鋼製車体の国電が残り、色もオレンジ・ブルー・ウグイスとありますね (その他近隣のローカル線に独自塗色で投入されていますが) といっても、いつ無くなってもおかしくない車齢ですから、機会を見つけて記録していきたいものです。

この記事へのトラックバック