紫煙と通勤

房総半島では現在でも「スカ色」とよばれる紺とクリームの113系が多数走っている。211系3000番台が転入し、今後は209系の投入が予定される房総地区で、先日113系の1編成が緑とオレンジの「湘南色」に塗装変更された。年度中に数編成が塗り替えられる予定という。
さらに久留里線で走るキハ35系(キハ30形)も、7月の1両を皮切りに今年度中に3両全車が国鉄標準色へ塗装変更されることになった。公式情報ではそれ以上のことは何も触れていないが、それが意図するところはなんとなく予想がつく。

キハ30 98

キハ30 98

  • 久留里線 東横田←横田 2008-10
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO500, 1/250, f5.6

キハ35系は国鉄気動車では異色の存在ともいえる「通勤形気動車」だった。3扉オールロングシート、ステップ設置と台枠の強度確保から採用された外吊りの両開き扉が、同系最大の特徴といえる。関西本線(奈良~湊町[→JR灘波])・片町線に投入され、その後も電化前の筑肥線・相模線・八高線など、通勤需要の多い区間で走っていた。
ラッシュの似合う同系だが、ひときわユニークだったのは山陽本線支線(兵庫~和田岬)、通称「和田岬線」。1990年にキハ35の2連から1両のエンジンを下ろし、2駅ともホーム向きが同じため片側面は2扉を埋め込んだ異様な姿で、朝夕だけというダイヤでの通勤輸送に専従した(2001年に電化され退役)。
低出力の経年車は、居住性の問題もあって電化の進展とともに淘汰されていき、久留里線をのんびり走る姿が最後の舞台となった。両運転台のため同系ベースのキハ38などへのラッシュ増結を主体に使われているが、この期に及んで非冷房車のため夏場は予備車的な扱いといえる。さわやかな専用塗色に貼りつけられたマークに踊るのは、もちろんタヌキ。

少し前までは、大都市近郊でも支線級の路線が非電化であることは珍しくなかった。嵯峨野線とよばれる山陰本線の京都口も電化されたのは1990年(民営化以降!)だし、埼京線と直通する川越線も1985年の電化で、気動車が朝夕には5~7両を連ねて通勤列車となっていた。
福岡市営地下鉄と直通する前の筑肥線もそんな路線。本数も少ないし、市内は西鉄バスで網羅されていたから乗車機会も数える程度で、乗ってもたいていキハ35系やキハ26 600番台(すでに朱一色の「首都圏色」だった)などロングシートでは、旅情なんてものは感じられなかった。当時は運転台や前方の様子もまったく見られなかったし……。現在の電車は103系1500番台とこれまた純通勤車で、玄海の海岸線や虹ノ松原といった風光明媚な場所を走るのに、少し惜しい気もする。

この記事へのコメント

2009年07月04日 18:33
千葉支社の113系、キハ35の塗装変更には驚きました。東海道線で活躍していた湘南色の113系が引退したのも私が撮影を始めたかなり前のことで、是非ともこれを機に記録おきたいと思った次第です。
そしてキハ35に至っては、本などでもあまり見たことのない塗装の塗り分け方に、郡山工場出場時の写真などを見た時は、見た感じJRの車両ではないような感覚すらしたものです。
それでも国鉄型の気動車にはあの色の塗装がよく合いますね。

首都圏に近い千葉で、こういった国鉄型車両が未だに新型気動車に置き換えられずに元気に活躍しているのは何だか奇跡的なようにも感じます。
見た目も異色なこの気動車には末永く頑張ってほしいです。
2009年07月05日 00:21
特急北斗さん こんばんは。

千葉とくに房総地区はいまだに国鉄形車両の宝庫ですね。久留里線など、いまだにタブレット交換をしているという点でも奇跡的といえる線区のひとつです。湘南色が千葉で復活したことに驚きましたが、私も考えてみれば湘南色の車両を主体に撮ったことが少なく、いい機会なのできちんと撮りたいと思います。

そしてキハ35系の国鉄標準色ですが、肩の朱色がないところが他の車両とは違いますね。関東鉄道でも譲渡車が走っていますけれど、「有終は国鉄色でやってくれれば……」なんて思っていましたからこれまたいい機会。この塗り分けもほとんど見たことがなく、私としても新鮮な気持ちで向きあえそうです。報じられているとおり第1弾は98号車、つまり偶然にも当該車でした。

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