百年の旅

ことしの大型連休中は九州を訪れていた。JR九州の特急車両を撮り集めるのが第一の目的だが、そのほかにも門司港レトロ観光線「やまぎんレトロライン」開業による乗りつぶし記録の回復、それから今年全通100周年を迎え、〔SL人吉〕の運行も始まった肥薩(ひさつ)線を訪れるためでもあった。
肥薩線はその歴史をいまに伝える鉄道施設も数多く、鉄道そのものがひとつの観光資源といえる。九州新幹線の開業時から全通をにらんでリニューアル車両の投入が重点的に行われ、九州といえばおなじみ「水戸岡デザイン」の車両が集う線区でもある。幹線を颯爽と走る都市間特急とともに九州鉄道の観光代表として注目が集まる、肥薩線周辺の車両をご覧ください。



水俣経由の「海線」(現在は肥薩おれんじ鉄道)より先に鹿児島線として開通し、一時期は特急〔おおよど〕(博多~宮崎)もスイッチバックを走った肥薩線だが、高速路線バスとの競争に敗れ2000年に急行〔えびの〕が人吉以南を廃止(〔くまがわ〕に吸収)。矢岳越えの人吉~吉松間は、1日わずか5往復の普通列車が行き来するだけのローカル区間に転落してしまう。
しかしその普通1往復の車内座席に畳を敷き、日本三大車窓と呼ばれる眺望を楽しむ観光列車〔いさぶろう〕(吉松ゆき)〔しんぺい〕(人吉ゆき)として運行を開始したころから次第に注目を呼び戻した。そして2004年の九州新幹線開業を機に、車内外を改装した専用車が投入されたのだった。

当然これもターゲットにと思うわけだが、しかし運行区間は深山の中ばかり、「引き」を取るどころか線路に近づくこと自体容易ではない。どうしたものか……
と、以前夜の熊本駅で車両撮影したことを思い出した。同車は熊本車両センター(熊本鉄道事業部)に所属しており、毎晩熊本まで回送されてくる。ということは、八代までの開けた場所で撮ることも可能、と熊本から早朝の〔リレーつばめ〕で新八代へ先行、近くで場所を探した。新幹線開業前の〔なは〕撮影に訪れたこともあるので状況は知っていたが、やはりこのアングルに最適な場所というのは限られている。

キハ140 2125

キハ140 2125

  • 鹿児島本線 千丁←有佐 2009-5
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO200, 1/160, f11

天険若夷 引重致遠

両列車の名称は時の逓信(ていしん)大臣・山縣伊三郎、鉄道院総裁・後藤新平の両名から取ったもので、最大の難工事区間だった矢岳第一トンネルには「天険若夷」(人吉方・山縣筆)、「引重致遠」(吉松方・後藤筆)の扁額が掲げられている。
車体全体にまとう深く渋い赤は「古代漆」という色名で、九州新幹線〔つばめ〕の屋上と同じ色。〔ゆふDX〕がリリリリニューアルされて(←4回も塗装が変わった!)現行の黄色になる、ひとつ前の塗色でもあった。列車はキハ140の単行で登場後、好評のためキハ47を増結して基本2両、多客時はさらに一般車を増結する。ちなみに熊本~八代間は回送だが、八代~人吉間は普通列車として営業運転を行っている。

この記事へのコメント

2009年05月07日 00:36
どこにネタ集めに行かれてるんだろう?って思っってました。九州だったんですね!門司港レトロ観光線やSL人吉号と、話題いっぱいですものね。おつかれさまでした。私もJR西日本パスでの行き先に、四国に九州にと迷ってしまってます(笑)
「いざぶろう・しんぺい号」昨夏の九州縦断の旅で乗りました!真横から見る機会はなかったので、思わず見とれてしまいました。鹿児島本線は始めはこちらだった訳ですが、乗った時、こんな急な路線をよく開通させたものだと感心しました。100年を超す駅舎が残っている肥薩線、海側が「肥薩おれんじ鉄道」になってしまったけど1日数本しかなくても肥薩線は健在!大切にしたいですね。そうそう、JR九州が今度は肥薩線熊本-鹿児島間にはやぶさを走らせると発表していました。
小さな鉄道博物館
2009年05月07日 18:55
こんばんは。

いつも日本全国を渡り歩いていますね。私は近場の釧路くらいしか遠出はしませんが今年は釧路川に出現したラッコのクーちゃん撮影に20回ほど行ってしまいました。(もちろんSL冬の湿原号や石炭列車も一緒に撮影しています・笑)
九州は長崎までしか行った事がないので他は未知の世界です。また鉄道雑誌に色々な形で紹介してください。
鉄子の旅でも紹介されていますが一度は乗りたい路線のひとつです。
2009年05月09日 22:21
さくらねこさん こんばんは。
後半は雨続きでおとなしくしてました、というか気力も回復せず(笑) お気遣いありがとうございます。

矢岳越えは「しんぺい」号にお乗りになったのですね(まあ、昼間は必然的にそれになるのですが)。考えてみれば私自身もこの車両の走行写真を見たことがほとんど無く、なんだか新鮮な気がします。お褒めも頂き恐縮です。
難所続きの肥薩線ですが、わざわざ山の中を通したのは艦砲射撃を受けられないようにとのこと(福本駅長の解説による)。日清・日露戦争前後でしたね。
ローカル輸送になったからこそ昔の雰囲気がそのまま残っているとも言える肥薩線、100周年のことしは要注目です。
2009年05月09日 22:23
小さな鉄道博物館さん こんばんは。
全国に出かけて撮るのがソレか? という気もしますが、まあ一定期間打ち込むのもアリかなとは思います。
帯広から釧路は十分遠いと思いますが(笑)、それも都会の感覚なんでしょうか。ともあれクーちゃんはじめSLや石炭列車と充実の冬だったようですね。道東にもまた伺いたく機会を待っているところです。

肥薩線はゆったりした球磨川の流れから雄大なループとスイッチバックの急勾配、そして100年の歴史を今に伝える駅舎や施設など、お膳立ては十分揃っていると思います。SLは走り始めましたが日帰りの人が多い(人吉の宿で主人曰く)ということで、観光客をどれだけ留められるかが鍵のようです。

この記事へのトラックバック