光と影

日本を代表する鉄道写真家のひとり、真島満秀(ましま・みつひで)氏が急逝された。
最初に知ったのは、最近よく訪れるようになった「鉄道ホビダス」のブログ 編集長敬白 である。その経緯についてはここでは割愛させていただくが、その報を見た瞬間に私も言葉を失ってしまった。愛弟子である中井精也氏の「1日1鉄!」でもそのことが触れられており、心中を察するに余りある。

真島氏の名前は、鉄道を趣味とするなら知らぬ者はいないだろう。そうでなくてもJR線を日常的に利用する方なら、作品を知らずのうちに目にすることも多かったはずだ。とくに代表的なのは日本交通公社→JTBの「時刻表」表紙と、JRグループ「青春18きっぷ」のポスターおよび駅配リーフレット。近年では鉄道ジャーナル誌巻頭にグラフ連載を続け、グラビア印刷で表現される色彩の力強さが深く心に響いた。

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EF66 53

  • 山陽本線 本由良←嘉川 2008-8
  • D200, AF-S VR Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO100, 1/160, f8
  • RF2009-04-155

鉄道ファン2008年8月号に掲載された FUJICHROMEフォトギャラリー「光の印象」より、氏が寄せた文をすこし引用したい。光彩と陰影を操る写真家の言だけに、じつに示唆に富む内容である。

「…多くの鉄道ファンが魅せられる車両もじつは光の中を行くという当たり前のことを、もう少し意識する必要があるように感じてならない。/と言うのも、あの列車を一目見れば、あの撮影地で一回撮影できれば…などと、撮影条件や効果に無頓着でなんとも“もったいない”ファンを多く見受けるからだ。自分の思いは大切にした方がいい。機会があるならば、鉄道に対する心情を忠実に、そして劇的に撮影すべきではないか。」

お気楽写真家には耳の痛い話だ。〔富士・はやぶさ〕に限った話ではないが、終盤に差し掛かってから撮りに来たり、乗りに行ったりする人の多いこと。本ブログとしては突出したアクセス数を記録する このページ にしても、最終日直前まで「富士はやぶさ 撮影地」をキーワードに検索されてきたものばかりだ。
そういう私もまた例外ではなく、毎日の生活だとか、ほかのネタ集めにまぎれて後回し、最後にようやく一度きり…というケースは数多い。そんな時期であっても何か一枚ならばサイドからになっているし、当たり前に走っていた時代に気にもかけてやれなかった償いである…とか言い訳は立つにせよ、それでも光と影の効果についてまだ無頓着である感は否定できない。

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オロネ15 3002

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2009-1
  • D700, AF-S VR Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO200, 1/200, f9
  • RF2009-04-158

もっとも、行きたいときに訪れ、乗りたいときに旅する趣味人の気楽さも、ある意味幸せなことかもしれない。鉄道の撮影に力を入れていくほど、列車そのものとは縁遠くなりがちだからだ。真島氏もまた、ワンボックス車に機材はもちろん家財道具まで積んで全国を走り回っていたそうだ。そうして撮られた深夜早朝のドラマチックな写真を私たちは居ながらにして享受してきたわけだが、その肝心の夜行列車がいま壊滅的な状況にあることに、思う心はいかばかりだったろうか。
浅間山の麓より氏が旅立たれたのは14日のこと。奇しくも同日で運転を終えた〔富士・はやぶさ〕に乗っておられるのだろうか。享年63、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

この記事へのコメント

小さな鉄道博物館
2009年03月20日 18:37
こんばんは。
真島先生が急死された一報を聞いた時はかなりのショックでした。独特の感性から生み出される鉄道写真にはいつも驚かされていました。
宮本さんも先日のRM今日の一枚2万枚にも度肝を抜かれた一枚で写真ではなく絵画の様に強く印象に残っています。
鉄道写真は記録性が強いため無くなるとなるとどうしても、その時のみに集中してしまうケースが多くトラブルの元になる場合や最近は葬式鉄という言葉があるには鉄道ファンの一人としてあまり気分がいい物ではありませんね。
一つの鉄道を長年追い続け廻りの環境と絡めて光りや影を重視して撮影し最後を静かに迎えたいと心がけています。
2009年03月21日 00:38
「真島満秀写真事務所」鉄道ファンを自覚する前の私でも、いいなぁと思った鉄道写真の下のこの文字をしっかりと記憶していました。まだまだこれからという年齢での訃報、ショックです。
「車両もじつは光の中を行くという当たり前のことを、もう少し意識する必要があるように感じてならない」
風景から列車も撮りはじめた私は、無謀にも思いきり逆光で列車を撮ろうとしたりしたのですが、生意気なようですがこの言葉に力づけられました。
そして、宮本さんの投稿された「今日の1枚」、私も当日に拝見し、あまりの見事さに思わずうなってしまいました。そして今日この言葉を読み、あの写真はまさに光を意識したものなのだとあたらめて思いました。
今回のサイドビューがモノクロなのは光を意識しての選択、また真島氏へのレクイエムなのでしょうか。いいたいことがうまく言えないのですけど、字数がたりません・真島氏の冥福をお祈りします。
2009年03月23日 00:29
小さな鉄道博物館さん こんばんは。

車両をドカッと前面に押し出した写真があふれる時代にあっても、真島さんの作品は鉄道に対する静かな情熱が、画面全体から伝わってきました。私の写真も(ここみたいなのは別として)そんなふうに撮ることが目標であり、尊敬するお一人でした。

無くなると判ると撮りに出る人が増えるのは、それ自体は致し方ないことかもしれませんが、その騒ぎに身をうずめるだけでは寂しいですよね。やはり普段からいろんな角度で切り取って、心静かに送り出したいという気持ちがあります。なかなかうまく事が運ばないのですが…。
先刻のRM「今日の一枚」投稿にしても、私なりの答えをRF誌上でまとめたその上で、自分の気持ちをあらわせるものにできたかな…と、半分は結果論ですが、そう思ったりもします。
2009年03月23日 00:37
さくらねこさん こんばんは。

真島さんは外のメディアから鉄道写真の分野に進まれたそうで、そういわれると確かに、それで光と影を存分に活かし、感性に訴える作品を多く残されてきたのだと思います。
さくらねこさんもRM「今日の一枚」をご覧になって下さったのですね。ありがとうございます。それ以前にも別の場所で、別の光を使って撮影したのですが、どうにも思うとおりにはいかず、気分と場所を変えて臨んだものです。あとから見直すと、やはり光の存在、写真としての光の効果を強く意識して撮っていたのだ、と気付かされました。このブログのような写実と同時に大切にしていきたいと、改めて思います。
teru
2009年03月23日 23:21
こんばんは。急逝とはこのことですね。驚きました。真島さん撮影の小学館「国鉄特急」「ブルートレイン」で育った私としては、はやり寂しいです。
鉄道趣味世界の頂点の一角を占めた重鎮が去る、宮脇さん、沖さんに続いて・・・、「はやぶさ・富士」引退を目の当たりに、自分も少しづつ歳をとってきたなぁと、しみじみと感じた春の夜長でした。
2009年03月24日 23:11
teruさん こんばんは。

沖勝則さん(鉄道ジャーナル社カメラマン)も、また印象的な写真を多く残した鉄道写真家でしたね。真島さんと並んで好きな画風だっただけに、あまりに急な訃報に呆然としたものです。
国鉄から長く親しまれた列車や車両が去り、その姿を残した方々も去り……時代の移りかわりを感じずにはいられません。
2009年04月02日 23:39
こんばんは。とっても出遅れコメントで申し訳ありません。

好きだった鉄道を見るだけの側から撮影する側になって、いずれ自分はどんな写真を撮影したいかと密かに心の奥に描いていたのは、鉄道写真家の真島満秀氏の作品でした。「光と影」は私にとっても鉄道だけでなく写真撮影のテーマです。
3年ほど前のことですが、ある銀行での待ち時間に手に取った冊子が「名作写真館」広田尚敬、真島満秀両氏の撮影記でした。重量級の三脚を担いで深い雪をこいで行く真島氏の後ろ姿が印象的でした。鉄道写真は簡単に撮れるもの、撮るものではないのだなぁ…と思いました。
「今日の一枚」、よく見ていますので(恥ずかしながら自分も何度か投稿してます)宮本さんの作品はもちろんすぐに分かりましたし、感動的でした。自分が撮りたいと想いを込めた写真は、必ず人の心に伝わるものなのですね。
2009年04月06日 22:43
水無月さん こんばんは。こちらもお返事が遅れてすみません。

真島さんは私も目標…とするには高みに過ぎましたが、そんな写真に一歩でも近づければと思い続けていた写真家のひとりでした。私自身も逆光で撮ることはそれほどに厭わないのですが、しかしその難しさ――シャドウには思った以上に表現力があるのですが、それをどう具体化するか――にはいつも思い悩むところです。
「今日の一枚」をご覧頂いたのですね。私なりの惜別の表現に幸運が味方した一枚だったと思いますが、そんな思いを伝えることができれば幸いに思います。

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