つながる想い

九州ブルトレが大詰めを迎えた2月末。2011年3月に全線開業する九州新幹線の、山陽直通列車名が〔さくら〕に決まった。
〔さくら〕は長年のあいだ1列車として東京駅を発車した九州ブルトレの先鋒であり、〔富士〕と並ぶ日本初の列車名称という点でも極めて重みのある存在だった。九州内の貨客列車を牽引する交流機ED76も〔さくら〕との付き合いは長く、末期はハヤブサの後ろに赤い桜花を重ねた「併合ヘッドマーク」を掲げていた。

同機最後の旅客仕業は分割した〔富士〕〔はやぶさ〕の2本。2008年度頭で在籍7両中4両しか稼動しておらず、3月改正で仕業すべてを失う同機の全廃は時間の問題ともいえる。貨物機はまだ活躍するけれど、赤いJRマークがワンポイントの九州機はどうしても残しておきたい、そう思って昨夏に天拝山へ行ったところが悪天候で露出が取れない。結果なんとか踏ん張ったとはいえ、やはり晴れない思いが残されていた。

画像

ED76 66

  • 鹿児島本線 長洲←大野下 2009-1
  • D700, AF-S VR Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO200, 1/200, f8
  • RF2009-04-155

1960年代に交流電化が始まった九州地区では、まずED72・73が投入された。暖房用の蒸気発生装置(SG)を搭載したED72はおもに急行など旅客列車、SGのないED73は貨物とブルトレの牽引を担当。「く」の字状の鳩胸前頭部が特徴だった。
ED76は、両機を1形式で代替するように設計された。メカニズムはED75を基準としており、牽引力の伝達に独特の引張棒を使う「ジャックマン方式」も同等。SGを搭載するため車体長が伸び、重量を負担するため中間付随台車を履くのはED72と同じだが、その中間台車は空気ばねで支持され、空気圧により軸重を調整できる(14.0~16.8t)。重軸重は鹿児島・日豊線(幹線部)の貨物で、軽軸重は旅客列車とローカル区間(鹿児島線では八代以南)で使用される。
SGは国鉄末期に撤去され、貨物機はデッドウェイトを代わりに積んだ。乗務員室の環境改善で冷房も搭載し、九州機の運転台を覗くと家庭用ルームエアコンが取り付けられているのが面白かった。

2005年早春に散った〔さくら〕の後を追って、いま〔はやぶさ〕も伝説の世界へ飛び立っていく。再来春、6年の眠りを経て再び咲く伝統の名称は、九州ブルトレへの想いも受け継ぐものになるだろう。


■ウェブサイト Ctrl-T では〔富士〕乗車記を公開しております

この記事へのコメント

2009年03月13日 01:01
とうとう「富士・はやぶさ」の最後の日も明日、もう今日になってしまいました。赤いED76は今回の廃止で、定期運転が、客車牽引がなくなってしまうのですね。運転台に家庭用ルームエアコンとは、そのアンマッチがなんともおもしろいです。

>2005年早春に散った〔さくら〕の後を追って、いま〔はやぶさ〕も伝説の世界へ飛び立っていく
いい文章ですね。次々と「伝説の世界」に飛び立ってゆく列車たち、復活する「さくら」という名称・・・いつか「富士」もまた、その名を復活させるのかもしれませんね。その日を楽しみにして、明日は心の中で最後の運転を見送りたいと思っています。
2009年03月13日 01:05
(続きです)
HPの乗車記、早速おじゃまさせていただきました。
思いの詰った文章に引き込まれ、一気に読ませていただきました。
広角で撮られたと思われる車内の写真、雰囲気がとてもよく伝わってきました。
トップの、菜の花の下をゆく「富士・はやぶさ」は、明るい黄色にブルーの車体がひきたちイキイキして見えますね。本文最初のホームでの写真も、機関車の切り取り方、ヘッドライトの光、にじんだホームの明かりが郷愁を感じ、とても好きです。
語っても語りつくせない寝台特急の魅力があふれていますね。さすがです!

私の方もエピソードの続編をアップいたしました。
小さな鉄道博物館
2009年03月13日 06:22
おはようございます。

早速「富士」乗車記も拝見しました。これだけでも乗車擬似体験?を感じさせる素晴らしい内容でした。車内は我々の国鉄時代を思い出せる物ばかりで広角レンズの使い方も秀逸ですね。
「さくら」も当時生まれた上の娘に命名しょうかと思った列車のひとつでしたが、ふたたび新幹線で愛称名が復活するとは嬉しいですね。
ついにブルトレの歴史のひとつが彼方に行ってしまう日がやって来ました。本当に多くの思い出をありがとうと声を掛けたいです。
2009年03月13日 06:33
おはようございます。

赤い機関車、素敵ですね。
私も 「富士」 の乗車記を読ませていただきました。
私も乗ったような気分になり、本当に乗ってみたかったと思いました。

さくらねこさんのところでも書いたのですが、先日、かつて鉄道大好き少年だった長男が帰省していました。
10日にサンライズ瀬戸を利用して関東へ帰る予定でしたが、(詳しい状況はわからないのですが) 10人ほどの客を乗せずに、サンライズが出てしまったということです。
息子たちは皆、岡山から 「富士」 に乗ることができ、(息子は仕事がありましたので、浜松で新幹線に乗り換えたそうですが)、無事に東京へ着くことができたということです。
心配していましたので、ホッとしましたが、そんなこともあるのか…と驚きました。
かつて鉄道が大好きだった彼が、廃止直前の 「富士」 に乗ることができたのも、ラッキーだったといえるでしょうか…。
2009年03月14日 20:37
さくらねこさん こんばんは。

ED76をふくめ機関車が、そして〔富士・はやぶさ〕の歴史が終わりました。今朝方上り最終列車を、皆さんのぶんを含め見送ってきたところです。
2年後に新たな〔さくら〕の歴史がはじまりますが、いつか〔富士〕〔はやぶさ〕にもまた会えることを願いたいですね。〔つばめ〕にしても、実に17年の空白を経たものですので。

乗車記も読んでくださりありがとうございます。長くてもさらっと読める文をと心がけていましたから、一気に読んでいただいたと仰ってくださるのは大変嬉しいものです。
さくらねこさんの旅行記、続きも楽しみにしております。
2009年03月14日 20:39
小さな鉄道博物館さん こんばんは。

乗車記を読んでいただき、ありがとうございます。フルサイズ機を投入したのは、この乗車が近づいていたというのも一つでしたが(笑)、思惑通りその後の撮影でも広角域の力を再発見しました。絞り開放の恐ろしい光量落ちも、また認識したところですが(苦笑)

最後の九州ブルトレ、車内は古色蒼然というか、旧態依然の姿でした。ひいき目にもニーズを正しく拾っているとはいえず、この日が来るのは必然だったのかも知れません。
それが去って2年空きますが、伝統の〔さくら〕が新幹線として復活してくるのは、ともあれ喜ばしいところですね。
2009年03月14日 20:41
静さん こんばんは。

乗車記を読んでいただきありがとうございました。乗ってみたいと思わせるには時期が遅くなってしまったなあと思うところですが、乗ったような気分になると仰ってくださるのはたいへん喜ばしいことです。

〔サンライズ瀬戸〕に乗り遅れたのですか。高松もしくは坂出と思いますが、何が案内の不手際があったのでしょう。しかし結果として終焉間近の〔富士〕に乗車でき、思い出深い一夜になったことと思います。でも、今度またそんなことが起きたらどうするのだろう…と思わされます。
teru
2009年03月15日 20:45
こんばんは。おつかれさまでした。いよいよ時代がまた変わりますね。それにしてもJR九州は、またもや伝統の名前をgetですか(^^;。
つばめ
かもめ
みどり
さくら
このあたりですよね。
2009年03月16日 22:19
teruさん こんばんは。

13~14日にかけてニュースとか実物とか見た中でも、全体的には惜別というより、ひとつの区切りができたという感じがしました。それは直前にこのニュースが飛び込んできたから、かもしれません。

戦前の特別急行にはじまる国内の優等列車は、長らく山陽~九州に向けて走っていましたから、これらに使われた伝統の名前が九州で再び花開くのも、自然なこととも言えますね。〔ひゅうが〕(日向)〔きりしま〕も、新幹線開業前に九州向け特急に使われた名前でした。
teru
2009年03月18日 22:55
こんばんは。なるほどなるほ。

博多駅も高架が覆いかぶさるようにして、徐々に新幹線開業の足音が忍び寄ってますね。ED76の貨物列車も撮ってあげたいのですが。。。

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