ブルートレイン2008: 富士・はやぶさ(1)

夜行列車の「これから」については、以前から何度も何度も趣味誌・専門誌・書籍等で取り上げられてきて、そこには大抵「廉価な座席車の連結で活性化を」というお決まりの文句が載っていた。しかしそれはもはや絵に描いた餅に過ぎない。「青春18きっぷ」御用達の夜行快速・普通列車も年を追うごとに減り続け、中でも代表格といえる〔ムーンライトながら〕でさえ、オフシーズンの乗客減が深刻になっていることがはっきりとわかったのだ。(2008/9/1 朝日新聞[asahi.com]報道による) それにしても臨時〔まりも〕が消えたその日に明らかにされるとはなんというべきか……。

ここで言うまでもなく、〔富士〕という名は日本初の列車名称として戦前からの歴史を持つ。それよりはずっと後になるが、〔はやぶさ〕も国鉄の歴史を語るに足る存在といえる。この事実を重く見ない鉄道マンはいないはずで、かろうじて現在まで生き残ってきたのも、その重みがあってこそではないだろうか。

〔あさかぜ1・4号〕に続く〔北斗星〕や〔トワイライト〕の好調を見て、九州特急にもさらにてこ入れを、と叫ぶ声が上がってはいた。しかし実施されたのは〔富士〕〔はやぶさ〕への「ソロ」1両連結とB寝台のわずかなにリニューアルにとどまり、逆に〔あさかぜ〕の縮小にはじまる列車の削減整理ばかりが進み、サービスでも食堂車廃止→車販乗務廃止→ロビーカー廃止、とほとんど乗客放置の状態にある。
その結果、ふだんは一般の利用客から見向きもされず、いまでは増結もできないので盆暮れの高需要に応えられない、そのためこの機会に利用しようと思った人もやむなくほかの交通機関に……という悪循環にはまっている。

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スハネフ14 3

  • 東海道本線 幸田←岡崎 2008-5
  • D200, AF Nikkor 35mm F2D
  • ISO200, 1/400, f3.5

前夜の人身事故の影響でところどころ遅れが生じた下り〔ムーンライトながら〕は、豊橋駅での大休止中に遅れを吸収して定刻発車。名鉄パノラマカーで走る「東西直通60周年記念列車」を見に行くのにあわせて、5月中旬の土曜夜に東京を出発した。当日でも窓側席を指定できるほどの乗りと書けば、現状がわかるだろうか。
20分後、東海道新幹線をくぐって幸田駅に到着。そこから北へ20分ほど歩くと水田の真ん中に出る。はじめての場所だがまあなんとかなるのではと思った。
進んでいると左手に水田と線路の築堤。苗は植えられているが、若干の反射が得られる。築堤ですこし離れているけれど、こういうのを見るとやっぱり遊びたくなるんだな。50と35のどちらにするか悩んだが、50だと窮屈すぎそうな予感がして、結局35mmを選んだ。
後が騒がしい。幸田町消防本部のグラウンドで、こんな早朝から消防訓練を行っているのである。かすかに聞こえてきた踏切の音をしばらく聞くと、EF66 50を先頭に列車が通過する。機関車は水鏡にしてやろうと思う。朝日が車体外板をうすら桃色に染めた。

スハネフ14 1~3, オハネ14 1~7は先行製作車(1971年製)である。この中で現役なのは上記のスハネフ14 3。すなわち現役寝台特急車両の中でもっとも古い車両が、いまも東京~九州間を往復している。

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オハネ15 1122

  • 東海道本線 幸田←岡崎 2008-5
  • D200, AF Nikkor 35mm F2D
  • ISO200, 1/400, f3.5

かつてはそれぞれ15両という長大編成を誇った両列車も2008年現在の姿は6両、2005年春から東京~門司間を併結運転としている。両列車へ順番に充当される14系客車は5本分の計30両、運行を継続する最小限の両数で維持されている状態だ。中間車はオハネ14老朽廃車の代替としてオハネ15が入り、オハネ25から改造した1100番台も含まれる。

この記事へのコメント

2008年09月11日 00:56
「冨士」って列車番号1と2なんですね
実は、今回乗るのに時刻表にて知りました
由緒ある列車、来春にはとうとう「1」「2」が欠番になってしまうのですね。。。

スハネフ14 3、これも乗った「冨士・はやぶさ」に連結されてたのかな?
乗ってた車輌はどうかと写真を見てみると、「昭和47年」のプレートを撮ってありました
1972年ですねー よくがんばってますよね

そうそう数日前京都駅にいる電車をみたら、「昭和49年」「日本国有鉄道」のプレートが車輌外にありました
30数年現役で走っている車輌たち、、、整備の方たちに頭が下がりますね
2008年09月11日 08:01
さくらねこさん コメントありがとうございます。

〔富士〕は1994年から〔さくら〕に代わって1・2列車の座に就き、現在に至ります。戦前はもちろん特別急行1・2列車でした。
現在JRでは〔北斗星〕も1・2列車を名乗ります。また〔銀河〕は101・102で急行列車の番付筆頭でした(急行は3桁で十の位が0~2と決められていました)

スハネフ14 5号は1972年製だったんですね。ほんとうに長い間よくがんばってくれたと思います。ほかの国鉄車両も一日でも長く元気な姿を見せていて欲しいものですね。

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