ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(2)

1972年に発生した北陸トンネル火災事故を受けて分散電源方式の安全性が問題となり、14系の製作は中止された。その後の増備では車体構造を流用しながら難燃対策を強化し、20系の「集中電源方式」を採用して登場した(1973年)。これが現代ブルトレを代表する系列、24系である。
当初は14系同様の三段寝台で、これは一度しか製造されなかった。しかしオハネフ24形は廃車や改造による減少が少なく、現在の在籍車数12両とブルトレ全形式(番台別)で最多となった。青森車両センターに集結した車両は、車掌室の窓構造改良や雨樋を外付け化などの体質改善で延命を図っている。オハネフの端正な折妻面に無骨な樋が伸びてしまったのは残念。一部車両は出入口の引戸化と室内更新を受けて金帯となった。

画像

オハネフ24 22

  • 北陸本線 春江←丸岡 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO100, 1/320, f5.6

画像

オハネ24 51

  • 高崎線 神保原←新町 2008-6
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D
  • ISO100, 1/125, f5.6

上述の通り、利用客の減少とサービス改善のため、24系は寝台を二段式とした25形へすぐに移行した(1974年)。とくに九州特急向けに投入された100番台(1976年)は、やがて1980年代ブルトレ・ブームの主役に躍り出ることとなる。時期としては後半に当たるだろうか、私も買ってもらったカメラと「国電フリーきっぷ」を手に友人たちと東京~上野間を何度も往復し、そのテールマークを撮ったものだ。
0番台の上段寝台は14/24形と同様の電動昇降式だが、三段寝台と違って頭上空間が確保できるので、早くから降ろした状態のまま使用されている。100番台以降は完全に固定され、それがもとで寝台側の窓が低く偏平な形状になった。オハネフの切妻車端とあわせて、はっきりいって恰好は悪い。けれど銀色に光るステンレス帯を締めたこの車体が、ブルトレと聞いてまず思い浮かぶスタイルでもある。

画像

オハネ25 151

  • 北陸本線 春江←丸岡 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO100, 1/320, f5.6

三段(★)と二段(★★★)では寝台料金が異なるため、国鉄時代この両者は列車ごとに区別されて走っていた。25形の0・100番台もほとんど混じらなかったと思う。二段化完了後は定員のわずかな違いのほかに区別する必要がなくなったので、民営化後とくに24・25形は混用されはじめ、編成中に白帯・ステンレス帯・金帯・銀帯(腐食防止の名目でビス留めの帯を外してテープまたは塗装)が入り乱れた姿は日常茶飯事に。最近は老朽廃車補充の系列間改造とか、もうなんでもありの世界になってきた。
折戸の出入口に金帯3本のオハネ25 100番台は、寝台車グレードアップのさきがけ〔あさかぜ1・4号〕用だった。〔はくつる〕を経て現在は〔日本海〕〔あけぼの〕に組み込まれ、その栄光をいまに伝えている。今年度にずいぶん数を減らしたが、もともと150両ちかい陣容とあって、現在は11両が定期仕業についている。余談だが0番台は現在の在籍4両、稼動車2両。春までは〔北斗星3・4号〕に連なっていたのだが……。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック