夏休みの自由課題(4) -展望車今昔

重連蒸機が残した煙の匂いが消える間もなく、撮影者群の一斉移動がはじまる。最近のSL列車にはつきものの「追っかけ」だ。私も上り列車までは無理だが、もうすこし付き合うことにした。
列車は仁保~篠目の峠越え中に追い抜いて、地福あるいは徳佐付近まで容易に先行できるが、途中なんとなく気になる場所があったので、国道から脇にそれてみた。
小さな駅を通り越して、さらに進むと左側の山裾に線路が平行する。ここは通常撮影にはまったく不向きなので、他に撮る人はいない。横に伝うケーブルだけがどうしても気になったが、車体にはかからなかった。やはり煙はかぶっているが、画像はデジタル「覆い焼き」を施し整えてある。

一等展望車のシンボルでもある最後部オープンデッキは、実際に使われたのは始発駅での「御見送り」程度ではなかったかと思う。一等乗客ほどの名士が走行中に吹きさらしの場所に出るはずもないし。ある本に戦前の「富士を見て走行中」とされる写真が紹介されたが、これはどうみても合成だろう……位置関係もデタラメだし。現在、車両自体はフリースペースだがデッキは施錠されているとのこと。

画像

マイテ49 2

  • 山口線 渡川→三谷 2008-8
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D
  • ISO100, 1/100, f7.1

いわゆる「お立ち台」にひしめきあっての撮影をそれほど好まない私だが、車を走らせ、あるいは他の作例も見てあらためてわかったことは、やはり定番の場所は線路際から背景まですっきりした画面が簡単に作れるということ。それだから定番なのか、定番だから整備されているのか、どちらの因果かはわからないけれど、30年近くその環境が保たれているのがなによりの証拠と素直に認めたい。
まあ私の場合、ロケハンもせず一発で二兎を得ようとするのが虫の良い話であり、まだまだ研鑽の余地はあるということだ。

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オハフ13 701

  • 山口線 渡川→三谷 2008-8
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D
  • ISO100, 1/100, f7.1

最後尾には本来の展望車が連結され、こちらのオープンデッキはこの通り開放される。一時期上下列車で同車を最後尾にするため津和野でターンテーブルに乗せて入換を行っていたが、津和野方オハ12に簡易展望スペース(上記マイテの左)を設け、現在連結位置は新山口方に固定された。二度のリニューアルを経て種車の面影はまったくないが、これは現存する唯一のオハフ13形でもある。

この記事へのコメント

2008年08月25日 00:33
こんばんは~

そういえばどちらも貴重な客車ですよね。
「マイテ」そのものが貴重な存在ですが、3軸ボギー台車の客車ってなんだか新鮮に感じてしまいます。
また、狭窓が連なる車体も時代を感じ取れて一度この目で見てみたいものです。

そういえば12系も風前の灯でしたっけ。
かつては北海道にも来たことのあるんですよね。
そして12系とともに14系も、特に座席車はホントに減りましたよね。
そんな状況において未だ定期列車に14系座席車が組み込まれている「はまなす」はやっぱり奇跡的な列車なのかな(笑)。
と、オハフ13を見て思わずこんなことを考えてしまいました。
2008年08月25日 01:24
加藤さん こんばんは。

マイテ49は、スエ78の廃車に続く皇室用の保留車化で、3軸ボギー車としても現役最後の車両になりました。今なお健在なのは宮原所で丁寧に整備されているおかげといえますが、末永く走ってもらいたいものです。と同時に絶対そんなのはないだろうと思いつつ、3軸ボルスタレス台車ってどんな感じかなと空想までしたりして(笑)
座席客車もまさに風前の灯、定期列車はもう〔はまなす〕だけですものね。そこへ降って湧いた前〔スーパーとかち〕キサロハ182の転用話、いったいこの先どうなっていくのでしょうか?

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