アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「貨車」のブログ記事

みんなの「貨車」ブログ


赤の時間―青函点望

2016/02/01 00:00
津軽海峡線の朝は早い。午前4時すぎ、おそらく保線のために取られている空白時間の明けるのを待って、青森・函館両方から貨物列車が青函トンネルへと流れ込む。本州に上陸した上り列車は5時半ごろ、まだ眠りから覚めない青森の市街へ到着する。
貨物列車の牽引を担当するは東北の主役「金太郎」ことEH500。赤いマンモス電機の行き交う姿はしかし、3月21日で急に途切れてまう。翌22日から行われる「地上設備最終切換」で、青函トンネル区間が北海道新幹線への運行システムに切り替わると、これまでの在来線電車や機関車は自走で乗り入れることができなくなる。かわって登場するのが新たな赤い電機、EH800だ。

画像

EH800-6

  • 津軽線 津軽宮田←油川 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

貨物列車と交互走行することになる北海道新幹線の青函トンネル区間は、新幹線が当面140km/hに速度を落とす一方、在来線側も架線電圧の交流25,000Vへの対応が必要となる。このため複電圧および新幹線運行システム (ATC, 列車無線など) に対応した電気機関車として開発されたのがEH800形である。形式の800番台はJR貨物の交流電化区間向け交流電動機機関車として確保されていたもので、1月末で試作車(901) と量産車15両の全16両が出そろった。現ダイヤではED79形50番台が牽引していた列車を中心に、東青森〜五稜郭間で足慣らしを続けている。
車体のサイズや基本デザインはEH500と同等で、外観で違うのは前尾灯がEH500-1,2とおなじ位置に下げられたこと、集電装置がシングルアームパンタになったこと、それから函館側 (2エンド) の車体裾部にふくらみができているところだ。この部分には新幹線のデジタル無線システムが使用するLCX (漏洩同軸ケーブル)用アンテナが収容されており、同形の特殊な機能を印象づける。細かいところでは運転台頭上に新幹線車両とおなじ形の検電アンテナが載っているのも見逃せない。赤い車体には本州と北海道を結ぶイメージの白ラインに、スピードを意識した銀のラインが回り込んでいる。愛称やマスコットはとくに設定されなかった。

画像

EH500-56

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

北海道への鉄道物流に大きな役目を果たしたEH500にとって、今回の改正は大転機となるのだが、影響はそれだけではなさそうだ。遠く離れた黒磯駅では現在、地上での交直流電源切換を車上切換 (交直セクション方式) に変更する工事が進められているが、こんどのダイヤ改正で同駅での機関車交換が全廃されるという。
青函間が縮んだぶんEH500運用の範囲が首都圏側に伸ばされる形になるが、これによって宇都宮線区間での直流機運用、とくに国鉄形は激減することが予想される。EF510形500番台もほとんどJR東日本から離れているから、蓮田や栗橋のポイントで青い電機の姿をとらえる機会はかなり減りそうだ。

画像

コキ53352

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

もうひとつ注目は赤い(正確にはとび色:赤茶) コンテナ貨車、コキ50000系。大半の列車は最高運転速度110km/h対応のコキ100系になっており (貨物時刻表によれば、東北線等を含む道内の列車最高速度は100km/h)、最新のコキ107も北海道まで乗り入れているが、11月時点でも一部列車は最高95km/hの同系での組成だった。
一部100km/h, 110km/hに改造された車両も先に廃番台になり、もともとの95km/h車だけが数を減らしながらもなお残っている状態なのだが、新幹線との速度差がわずかばかりだが大きくなるわけで、そもそも車齢もかなり高くなっていることもあり、この区間に限らず行方がすこし気になってくるところ。
記事へトラックバック / コメント


「デ」と「ヲ」

2012/10/06 00:00
秩父鉄道の電車に乗って熊谷・寄居から三峰口へ向かうと、秩父駅に近づくとともに斜面を大きくえぐり取られた山が進行正面にそびえ立つのが見えてくる。武甲(ぶこう) 山といい、石灰岩の大鉱床を持つ山である。このため古くから しっくい・セメント等の原料となる石灰石の採掘が行われ、ふもとの影森・武州原谷(貨物駅)から三ヶ尻(貨物線) へ石灰石を輸送する貨物列車が走っている。C58 363牽引〔SLパレオエクスプレス〕がファミリーや団体客には人気だが、いまや貴重品となった車扱貨物列車の運転も秩父鉄道のひとつの顔である。

夏の盛りに入った7月、高崎・信越線での撮影後、秩父鉄道へ寄る。この日はクルマなので、いつもと違った場所で〔パレオ〕を撮ろうかと、検討していたポイントへ赴いた。
まずは練習と普通電車を待っていると、近くの踏切警報機が鳴り出した。こんな時間に来る電車はないはず……と思っていたら、左の方から野太いつり掛け駆動音を響かせ、青い車体が近づいてきた。デキだ!

画像

デキ105

  • 秩父鉄道 小前田→永田 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

「デキ」の形式呼称が電気機関車からきていることは間違いないだろう。国鉄電機ならEDと呼ぶ4軸駆動機で、前面デッキを持つ古典的な姿だ。三岐鉄道・大井川鐵道 (SL補機) でも同じ形態の電機が活躍しているほか、羽生で接続する東武伊勢崎線にも2003年まで電機牽引 (重連) の貨物列車が走っていた。西武鉄道も西武秩父線〜池袋線を使用した石灰石製品 (セメント) 輸送が1996年まで行われ、こちらにはEF65を元に設計された私鉄最大のF級電機E851がその牽引に当たっていた。
貨物列車運転のため、秩父線の構内有効長はローカル私鉄ながら比較的長い。この余裕は、線路がつながっていない東武鉄道の伊勢崎線 (羽生) と東上線 (寄居) の間で車両を輸送するときにも役立っていて、ときおりデキが10両編成の電車を牽引する光景が展開される。
貨物列車は20両でも単機牽引だが、重量のかさむ積車 (上り: 影森→三ヶ尻) は勾配に関してはほぼ下りなので、牽引力に余裕はあるのだろう。同線の最急勾配は意外なことに上り列車の浦山口→影森で、この区間に貨物列車は走っていない。

ヲキフ132−ヲキ196 秩父鉄道

ヲキフ132−ヲキ196

  • 秩父鉄道 小前田→永田 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

デキに続く20両の貨車はヲキ100・ヲキフ100。「ヲ」の称号を持つ鉱石車は一部私鉄のみに使われ、現役なのはここだけだ。由来については、「鉱石」(コヲセキ) あるいは英語の "ore (オール)" からきているといわれる。
国鉄・JRの形式ではホッパ車「ホキ」にあたる車両だが、そのシルエットと黒い車体はかつて筑豊で走っていた二軸石炭車「セム・セラ」を彷彿とさせる。荷積みは上から、荷下ろしは車体底部(レール間)から行う。左側ヲキフは緩急車で、積載部の下に車掌室を設けてあるが、現在はJR線と同じく車掌乗務は省略され、編成端に赤丸反射板を取り付けている。
貨車において「キ」は荷重25t以上を示す記号 (ヲキ・ヲキフは35t積) だから、同じ文字を使っていてもデキとヲキで意味はまったく異なる。ちなみに秩父鉄道にはかつて「テキ100」という車両 (テ=鉄側有蓋車) も在籍していた (三峰口で静態保存中)。

デキ201 秩父鉄道

デキ201

  • 秩父鉄道 明戸←大麻生 2011-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

全盛期に比べれば取扱品目やその量は減っており、稼動数も減少している秩父鉄道のデキ。そんなデキのもうひとつの役目は〔パレオ〕回送列車の牽引だ。秩父線旅客車の車庫・広瀬川原車両基地 (ひろせ野鳥の森〜大麻生間) とSLの起終点である熊谷間を、C58を最後尾に連結したまま走行する。デキ201号はその専任として、専用客車の12系にあわせてダークグリーンに金帯を締めている。ただし12系のほうは今期SL25周年記念として赤茶色へ変更した。
デキはSL故障の際の代替機となるほか、ときおりイベントとしてプッシュプル〜4重連で12系客車を牽引してきた。昨年秋はC58が全般検査に入るため運転終了日が繰り上がり、11月にはEL重連またはプッシュプルで〔ELちちぶ〕〔ELみつみね〕を運転。上の写真はそのとき熊谷方に連結されたデキ201で、同機の強烈な個性である台車のL型軸梁が見て取れる。

大宮総セでリフレッシュしてきたC58だが、撮影後の8月に広瀬基地構内で脱線事故を起こしてしまい、ふたたび長期休暇となってしまった。このため秩父鉄道では代替としてデキ牽引の〔ELパレオエクスプレス〕を運転、10月7日には5重連 (パンタグラフ10連続!) で熊谷〜秩父間を運転する予定となっている。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


体感・二軸貨車

2012/05/12 00:00
春期(大型連休) と夏期に函館地区で運転している〔SL函館大沼号〕。今期(2012年)も4月28日〜5月6日の毎日、函館→(仁山経由)大沼公園→森、森→渡島砂原→(大沼経由)大沼公園→函館 の経路で運転された。
同列車は2001年の運転開始からの乗車人員が今期で10万人に達している。達成日となった4月30日には函館駅で記念式典が行われ、当日の乗客に記念品のクリアファイルが配られた。

……というわけで、ことしのゴールデンウィークは前半を使って久しぶりの青函地区へ。まずはその〔SL函館大沼号〕撮影、そして青森へ渡ると北上してきた桜前線とちょうど出会うことになった。
翌日に車で回る撮影場所やその状況を確認すべく、函館駅で「大沼・駒ヶ岳フリーパス」を購入してキハ40ワンマン列車で出発……と、停まっていたのは1次車だった。窓割が増備車と異なるのですぐにわかる。
森で「いかめし」を買って渡島砂原経由で戻るのだが、一番早く出るのは当の〔SL函館大沼号〕なので、折角だからとフリーパスと一緒に指定券を購入しておいたのだ。発車後に乗車証明書が配られるのはいつものことだが、そのあと「10万人を達成しました!」という車内放送があり、あらためて記念品のクリアファイルがプレゼントされたのだった。このシーズンに到達することは予報されていたが、当日だったとは! ありがたく頂戴しました。

DE10 1690ーヨ4647

DE10 1690ーヨ4647

  • 函館本線 赤井川→駒ヶ岳 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

客車は釧網本線〔SL冬の湿原号〕でおなじみのぶどう色14系+スハシ44で、函館方に「緩急車」として車掌車ヨ3500形4647号 (いずれも旭川運転所) が連結されている。道内のSL運行では、同車またはヨ4350 (釧路運輸車両所) の連結が恒例だ。
箱型車体に2軸の単車という、いかにも国鉄の車掌車らしい形状のヨ3500。本来の目的はとうに失われ、在籍するのはこの2両だけだが、類型のヨ6000ともども静態保存車は全国に点在するし、道内を中心に無人駅の駅舎としてもよく使われる。用途上非貫通構造で乗り降りはデッキからするものだが、さすがに危険なので下部はふさがれていて、隣車への貫通路が設置された。上り函館ゆきはC11のすぐ後ろなので、機関車のブラストや汽笛の迫力を存分に味わえる。いっしょに水蒸気やススもかぶってしまうことになるが、それもまた楽し、とデッキか用務室に入り浸っていた。
ボギー車にくらべて二軸車の乗り心地はすこぶる悪い。ヨ3500は1段リンク式ながら車軸懸架の板ばねを非常に長く取っている (ワムと比べれば歴然) が、それでもレール継ぎ目ではげしいピッチング (縦揺れ) を起こす。沿線の状況を確認しつつ二軸車の魅力(?) を堪能したあと、戻ったオハ14のじつに快適なこと! トイレもなく暖房はダルマストーブのみ、上下の振動はもとより長編成の貨物列車では発停車時の前後衝動も相当なものだったはずで、こんな環境で長時間の乗務を強いられた車掌の苦労がしのばれる。

チ1015

チ1015

  • 函館運輸所 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

函館駅ホームから見える函館運輸所に、ちいさな二軸貨車が停まっている。チ1000形1015号だ。
「チ」は長物車を示す。名前のとおり長尺の貨物を運ぶ目的の無蓋車だ。積載物として代表的なものはレール、架線柱などのコンクリート柱などだが、小型のチ1000はもっぱらスペーサーとして、実際に荷重を受けるチキの隣または間に挿入されている。
現在JR北海道では札幌運転所にも在籍しているが、いずれも控車相当になっている。控車 (称号=ヒ) とは機関車と荷役する貨車などの間に挿入する車両で、鉄道連絡船での車両航送が行われていた青森・函館桟橋では、入換機関車が控車1〜数両を長い連結器のようにして貨車を出し入れする姿が一日中見られた。控車を使うのは、陸地と船体の間にある可動橋に機関車が乗りかかった場合、橋が沈み込んで段差が大きくなるのを避けるためとされる。
チ1015の片方端は双頭連結器で、キハ281・283系気動車および789系電車の密着連結器、それ以外の気動車・客車に使われる自動連結器のどちらとも連結できるようになっている。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


ライフライン・タンカー

2011/04/05 00:00
今回の震災が物流面にも大きな影を落としたのは周知の通り。東北本線・常磐線は福島・宮城県を中心に不通区間がかなり残っている (2011年4月1日現在) が、青い森鉄道〜IGRいわて銀河鉄道がいちはやく復旧、日本海縦貫線経由で盛岡への鉄道貨物輸送が再開された。その後東北地方の横断線を使っての輸送もはじまり、これにむけてJR貨物では西日本地区からEF81とDD51を応援投入し、輸送力の確保に努めている。
なかでもガソリン輸送は、被災地の油槽所が大きく損壊し供給が逼迫したことから、現地への供給確保に臨時タンカートレインが上越線〜青森または磐越西線経由で運転されている。その様子は報道などでも取り上げられ、連なるタンク車を頼もしく思った方も多いと思う。

石油をはじめとする液体類の大量輸送に活躍するタンク車 (形式称号タ)。タンク車のほとんどは元売業者や輸送業者が車籍を保有する「私有貨車」であり、かつては危険物輸送を含んださまざまな形態のタンク貨車が車列を連ねていた。輸送の集約や縮減・コンテナ切り替え・そして車両の経年交代によって、現在はタキ43000形とタキ1000形がそのほとんどを占めるようになった。

タキ44018(OT)ータキ43625(OT)

タキ44018ータキ43625

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

ガソリン類(ガソリンや軽油・灯油など)用 タキ43000形と石油類(ガソリン以外)用 タキ44000形は1967年から製造され、若干の仕様変更を受けながら1993年まで増備された。積載量を増やすため、タンク自体が構体となるフレームレス構造を採用し、車端より中央部のタンク胴体径が大きくなっているのが特徴。独特のシルエットも、いまタンク車といえばコレといえるほどすっかりおなじみの存在だ。
積載はそれぞれ43t (243000番台は44t積) と44t。タキ44000形のほうが積載量が大きいが、積荷の比重が大きいため全長はむしろ短い。当初導入の日本オイルターミナル所属車は車体色を青15号 (旧客青色・20系客車と同色) とし、黒い貨車群の中で目立つ存在だった。両形式は油槽所から各地のオイルターミナルへの一括輸送列車として運用を開始、これが現在の専用貨物列車につながっている。
同形式の異端児はタキ143000番台。無塗装ステンレスタンクが光る銀色タンカーは、143645の1両だけである。目立つ形態だから自然にファインダーが向いたとはいえ、同車のみと後で知って驚いたものだ。

タキ143645(JOT)

タキ143645

  • 東北本線 白岡←新白岡 2010-2
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

JR発足後の貨物列車は、コンテナ車による「高速貨物列車」と「専用貨物列車」に大きく分けられる。石油輸送はワムハチの紙輸送とともに後者に属し、専用貨物の代表格といえる。
タンク車は最高速度が75km/hどまりだったため、高速化する旅客・貨物列車のなかで専用貨物列車の足の遅さが課題となっていた。それらの経年取替えも目的に、後継となる新形式タキ1000形が開発され、1993年から増備が続いている。最高速度が95km/hへ向上したことで、同形式のみで組成された貨物列車は専用貨物初の「高速貨物」となった。

タキ1000-566(JOT)

タキ1000-566

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

日本石油輸送が所有するタンク車は、タキ243000の最終増備からグリーンとグレーのあざやかな塗装をほどこしてイメージを一新。デザインはそのままタキ1000形にも継承された。
外見はタキ43000形とほとんど変わりがないが、コキ100系列のものに近い新形式台車を履いていることが一番の区別点だろう。またタンク胴体径も若干大きくなっている。



◆写真はいずれも2010年までに撮影したものです。
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 8


ワム!

2010/12/18 00:00
東海道新幹線から富士山が見える新富士付近にさしかかると、同時にあちこちの煙突から白い煙がもくもくと立ち上がる光景が飛び込んでくる。これは製紙工場のもので、精製で大量に使われる水が熱せられ放出されている。富士山の豊富な伏流水に恵まれ、静岡県富士市は紙の街として栄えてきた。
この製紙工場からの出荷など、紙製品の輸送に使われている貨車がワム80000形。コンテナが主流となってきた国鉄後期の貨物輸送では、1両単位で輸送する「車扱貨物」の主力を担った2軸有蓋貨車である。

かつての貨物列車といえば、機関車の後ろにワム・ワラ・トラ・タム…と雑多な貨車が不規則に連なり、車掌車ヨがしんがりをつとめるのが定番。しかし1984年2月のダイヤ改正では不振の貨物輸送にメスが入れられ、ヤードを使ったバラ積み輸送からコンテナと貨物ターミナル中心の拠点輸送へと切り換わる。2軸貨車のほとんどが運用停止で操車場に放置され、国鉄末期までに廃止された。
その中で本形式が残された理由は、車齢が比較的若く最大勢力であったこと (一部は旧形式の置き換えにも使われた)、他形式より高速な75km/h走行ができたこと (2軸車の多くは65km/hが最高)、パレットに対応して大口輸送に適していたことがあげられる。現在の「ワムハチ」は貨物時刻表でも「紙輸送用」と解説されるほどの専用車扱いで、同形の2軸貨車が延々と連なる編成は国鉄時代では考えられなかった形態だけれど、列車本数・区間がかなり減ってきたことから注目される存在になりつつある。

ワム380060−ワム380228

ワム380060−ワム380228

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

10m級の車体は2軸車としては大柄なほうで、荷室は14枚のパレットを積載できる。リブのついた板が側方4面に屋根まで覆っているのが特徴だが、側面で見えているのはすべて扉で、4枚をスライドさせて任意の場所を開けることができる。従来の有蓋車では、入口へ一旦積んだ荷貨物を室内で移動させる必要があったが、本形式ならパレットに積んだままフォークリフトで直接積み降ろしできるため、荷役の効率が上がった。
現役の車両は、登場時の明るい茶色 (とび色) ではなくブルーに塗装されている。これは後期増備280000番台の車軸受を改造したもので、車番は10万も積み増し380000番台となった。そのほか特筆されるものとして、北海道では紙原料のチップ輸送向けとして、天井に穴を開けJRFカラーの赤紫に塗られた480000番台が室蘭付近で運用されていた (2008年3月に廃止)。
唯一の仕事である紙輸送だが、コンテナへ切り替える動きが進んでいる。山手線内にある最後の貨物駅だった飯田町駅(中央本線) は、付近に印刷社や新聞社などが集結していたため多数のワムハチが出入りし、駅の構造もほぼ紙専用に作り替えられた。しかし1997年には列車の設定が無くなり、その後荷役線に貨車を残したまま本線への線路が分断されたのを見た記憶がある。(駅の正式な廃止は1999年だった)
いまとなってはかなり低い75km/hの最高速は上げられず、車両自体の老朽化もあって、2万両以上が製造された貨車はことし1月の時点で約520両まで減った (貨物時刻表2010による)。このまま数年のうちに自然消滅を迎えてしまうのだろうか。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 10


物流を支える

2009/04/24 23:20
昭和40年代後半以降の国鉄衰退期ではとくに貨物輸送の落ち込みが激しく、国鉄は「59・2」とよばれる1984年のダイヤ改正で、ヤードでの操車を中心とした個別駅間の輸送を全廃、主要駅・貨物ターミナル間を直行列車で結ぶ拠点輸送に舵を切った。以降、二軸車中心の雑多な貨車で構成された貨物列車は消え、コンテナ車を連ねた「高速貨物列車」と特定品目を輸送する「専用貨物列車」(専貨)が貨物列車の姿となった。
編成を締める車掌車もこの時期に全廃されており、いまの貨物列車は「コキ」ばかりの尻切れトンボでつまらないという意見もあろうが、いろいろなコンテナの大きさやデザイン、ときに特殊な形状のコンテナもあったりで、それはそれで楽しい。ブルートレインが去った東海道・山陽本線ではEF210牽引の貨物列車(総重量1,000〜1,300t)が昼夜分かたず通過し、大幹線の使命をいまでも確かなものとしている。

画像

コキ100-72

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-2
  • D200, AF-S VR Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G
  • ISO160, 1/200, f8

画像

コキ104-598

  • 山陽本線 魚住→大久保 2009-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D
  • ISO200, 1/250, f5.6

JR発足当初は貨客とも輸送量が急伸長し、貨物列車のスピードアップも課題となった。当時主力のコキ50000形は最高95km/hだが、国鉄末期に改造で100km/hに向上したコキ250000に続き、110km/h対応のコキ350000が登場。しかし海上コンテナ(ISOコンテナ)の積載に制限があるため、低床化をはじめとした完全な新設計で登場したのが、コキ100系列である。
1988年に量産を開始し、経年の進むコキ5500・50000を置き換えていったが、20年に及ぶ増備の途上で仕様が微妙に変えられており、4両ユニット(コキ100+101, 102+103)から1両単位(コキ104)、2両ユニット(コキ105)、また1両単位(コキ106, 110, 107)と8形式にもなった。在籍両数では一番多いのがコキ104で、続いてグレーのコキ106が続く。

画像

コキ106-1161

  • 室蘭本線 社台→錦岡 2008-5
  • D200, AF Nikkor 50mm F1.4D
  • ISO100, 1/250, f5.6

貨物列車を撮るときには、機関車はもちろん後続のコキにもカメラを向けている。やはりコキ104・106と旧来のコキ50000が大多数で、それ以外の撮影はなかなか難しい。とくに黄色いコキ110は5両しかなく、まだ見た記憶がない。基本形状が酷似するこれらの車両は地色がわからないほど汚れていることも多く、見分けるのに車番を確認しなければならないのも大変なところだ。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 14


トップへ | みんなの「貨車」ブログ


復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


sideviews 貨車のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる