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みんなの「JR貨物」ブログ


赤の時間―青函点望

2016/02/01 00:00
津軽海峡線の朝は早い。午前4時すぎ、おそらく保線のために取られている空白時間の明けるのを待って、青森・函館両方から貨物列車が青函トンネルへと流れ込む。本州に上陸した上り列車は5時半ごろ、まだ眠りから覚めない青森の市街へ到着する。
貨物列車の牽引を担当するは東北の主役「金太郎」ことEH500。赤いマンモス電機の行き交う姿はしかし、3月21日で急に途切れてまう。翌22日から行われる「地上設備最終切換」で、青函トンネル区間が北海道新幹線への運行システムに切り替わると、これまでの在来線電車や機関車は自走で乗り入れることができなくなる。かわって登場するのが新たな赤い電機、EH800だ。

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EH800-6

  • 津軽線 津軽宮田←油川 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

貨物列車と交互走行することになる北海道新幹線の青函トンネル区間は、新幹線が当面140km/hに速度を落とす一方、在来線側も架線電圧の交流25,000Vへの対応が必要となる。このため複電圧および新幹線運行システム (ATC, 列車無線など) に対応した電気機関車として開発されたのがEH800形である。形式の800番台はJR貨物の交流電化区間向け交流電動機機関車として確保されていたもので、1月末で試作車(901) と量産車15両の全16両が出そろった。現ダイヤではED79形50番台が牽引していた列車を中心に、東青森〜五稜郭間で足慣らしを続けている。
車体のサイズや基本デザインはEH500と同等で、外観で違うのは前尾灯がEH500-1,2とおなじ位置に下げられたこと、集電装置がシングルアームパンタになったこと、それから函館側 (2エンド) の車体裾部にふくらみができているところだ。この部分には新幹線のデジタル無線システムが使用するLCX (漏洩同軸ケーブル)用アンテナが収容されており、同形の特殊な機能を印象づける。細かいところでは運転台頭上に新幹線車両とおなじ形の検電アンテナが載っているのも見逃せない。赤い車体には本州と北海道を結ぶイメージの白ラインに、スピードを意識した銀のラインが回り込んでいる。愛称やマスコットはとくに設定されなかった。

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EH500-56

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

北海道への鉄道物流に大きな役目を果たしたEH500にとって、今回の改正は大転機となるのだが、影響はそれだけではなさそうだ。遠く離れた黒磯駅では現在、地上での交直流電源切換を車上切換 (交直セクション方式) に変更する工事が進められているが、こんどのダイヤ改正で同駅での機関車交換が全廃されるという。
青函間が縮んだぶんEH500運用の範囲が首都圏側に伸ばされる形になるが、これによって宇都宮線区間での直流機運用、とくに国鉄形は激減することが予想される。EF510形500番台もほとんどJR東日本から離れているから、蓮田や栗橋のポイントで青い電機の姿をとらえる機会はかなり減りそうだ。

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コキ53352

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

もうひとつ注目は赤い(正確にはとび色:赤茶) コンテナ貨車、コキ50000系。大半の列車は最高運転速度110km/h対応のコキ100系になっており (貨物時刻表によれば、東北線等を含む道内の列車最高速度は100km/h)、最新のコキ107も北海道まで乗り入れているが、11月時点でも一部列車は最高95km/hの同系での組成だった。
一部100km/h, 110km/hに改造された車両も先に廃番台になり、もともとの95km/h車だけが数を減らしながらもなお残っている状態なのだが、新幹線との速度差がわずかばかりだが大きくなるわけで、そもそも車齢もかなり高くなっていることもあり、この区間に限らず行方がすこし気になってくるところ。
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力闘

2014/03/22 00:00
非電化区間での旅客・貨物輸送を担ってきたDD51形ディーゼル機関車。全国各地にその足跡を残し、四季折々の風景を背に被写体となってきた。
北海道では電化区間を含めDD51(鷲別機関区配置) が本線機関車として活躍してきたが、DF200の増備と輸送体系の縮小により急速に数を減らしている。眼を西に向けても紀勢本線「鵜殿貨物」が2013年改正で、山口・美祢線の「岡見貨物」 (山口線被災により2013年7月から運休中) も今改正で廃止され、非電化区間の王者と君臨したDD51の舞台は関西本線のみと、最終期に差し掛かっている。

鷲別DD51の仕業は、2013年改正から通称「石北貨物」の臨時列車のみとなっていた。北見駅の貨物扱いは北旭川駅までトラック代行輸送だが、タマネギを筆頭とする同地区の農産物輸送需要が高まる秋〜翌春にかけて臨時貨物列車が運転されてきた。国内最北の貨物列車である。
石北貨物最大の特徴は、DD51形2両を編成両端につないだ「プッシュプル」形式での運転である。コンテナ10〜11両編成に機関車を2両も必要とするのは、この区間の石北本線が北見峠・常紋峠というふたつのサミットを越える難所だからだ。石北本線はその歴史的経緯から遠軽(えんがる) でスイッチバックする配線で、同駅で本務機と後補機の役目が入れ替わる。人跡もない雪景色の常紋峠を牽引と後押しの2機体制でゆっくり上るその姿は、そもそもDD51自体の活躍が急激に減ってきたことも相まって、当地にたくさんのファンを集めてきた。
最盛期は3往復あった石北貨物も2011年期から1往復に減っており、走行の撮影は下り北見ゆきに限られる。基本的に片道輸送で荷積みは少ないはずだが、コンテナ回送を兼ねて満積載に近い編成の容姿は概ねよい。早朝、北見峠から降りてきた列車を遠軽の手前で待つと、前位は「赤影」と呼ばれるA更新後期色、後位が国鉄色。遠軽からは国鉄色が先頭に立つわけだ。

DD51 1184

DD51 1184

  • 石北本線 生田原←生野 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO200

初期型を除くDD51は総括制御が可能で、重連の場合に次位機への乗務を省略できる。機関車間につながれたジャンパ連結器によって、次位機の力行も制御できるためだ。(総括制御不可の重連では、それぞれの乗務員が汽笛の合図等で制御する) しかし貨車・客車をはさんだ場合は「ノロッコ号」のような例外を除けば引通しできないから、運転士は二人以上要る。運転が難しくなることは言うまでもないし、有体にいえばコストもかかる。
それでもプッシュプルにしたのは、遠軽のほかにも新旭川で必要な「機回し」の手間を省くことと、勾配区間での空転(落ち葉などによるスリップ)による影響を抑える目的がある。万一勾配途中で停止しても、後位機の支えによって順次引出しが可能だ。重連総括が基本の時期でも、状況に応じてプッシュプルに変更するケースもあったという。

DD51 1165

DD51 1165

  • 石北本線 生田原←生野 2012-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO200

JR貨物は2011〜12年期で石北貨物の運行を取りやめる予定だった。背景にはDD51の老朽化、輸送量の偏り、並行道路(旭川紋別道など) の整備といった事情がある。しかし業界から反対の意見も強かったため、当面は運行を継続することとなった。昨年からDF200の入線試験が繰り返し行われているが、DD51による運行が来期継続されるのか、そもそも石北貨物自体の行方が不透明な状況である。
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シェルパはもみじ色

2014/03/08 00:00
広島駅から普通電車で東へ約20分、瀬野(せの) に着くころにはあたりの山腹も線路際まで迫ってくる。その斜面を切り拓いた住宅地「瀬野みどり坂」へは、ロープウェイと懸垂モノレールを合体させた交通システム「スカイレールサービス」が結んでいるが、その起点 みどり口駅など駅の北口は、1986年まで存在した瀬野機関区の跡地に位置する。
ここから八本松(はちほんまつ) までの山陽本線は大山峠―通称「セノハチ」を越える。急カーブも介在する連続22‰勾配区間は同線最大の難所で、その克服のため上り列車には後押しの補助機関車 (補機) を必要としていた。旅客列車は181系・165系電車およびEF60 500番台の投入以降補機不要となったが、貨物列車は現在でも上り列車最後部に補機を連結し、本務機と後補機が息を合わせて峠を登ってゆく。

瀬野区は山陽鉄道による敷設当初からセノハチ補機の拠点として整備され、戦後蒸機時代はD52など、電化後はEF59 (EF53・EF56改造) がその任務についていた。1977年からEF61形200番台が加わったが、これはEF60のうち増備車と機構の違う初期型を改修・改番してセノハチ補機へ転用したものだった。EF59と置き換える予定が試運転で重連の不具合が判明したため、同形は1,000t以下の列車へ単機で充当することとし (改造も途中で打ち切られた)、1,000t超の列車はEF59×2の使用が継続された。
しかしEF59の老朽化は一層深刻化しており、これを単機で置き換えるための機関車として1982年に登場したのがEF67形である。国鉄直流電機として最後の新規形式だが、当時の事情からまたも改造でまかなわれ、3両が瀬野区と広島機関区(3のみ) へ配置された。国鉄末期に同区が広島区と統合されて1・2も広島区へ移籍、機関区廃止後の補機連結は東広島貨物駅(→広島貨物ターミナル) となっている。

EF67 1

EF67 1

  • 山陽本線 西条←八本松 2013-5
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

重い貨物列車を後方から支える後補機にとって、粘着性能つまり簡単に空転したりしないことは非常に大切である。EF67形もEF60改造で駆動系は種車流用だが、連続制御で粘着性能が高い電機子チョッパ制御を採用、6つのモーターを並列回路で駆動する。帰路 (下り) の単機あるいは重単にて回送時、中間台車を電力回生ブレーキ専用とするのも同形だけが持つ特徴だ。
連解結作業の便を図り、神戸方には外部デッキと貫通扉が設けられた。門司方が非貫通のままで、前後の顔つきがまるきり違うのも電機としては珍しい。列車によっては勾配を登りきった八本松駅付近で列車本体と補機の連結を外す「走行解放」が行われていたため、EF59,EF61 200にも装備した自動解結装置を踏襲する。これは運転台の操作で解放てこを押し上げ、自動連結器のナックル錠を外す機構である。
そういった特殊装備もさながら、なによりインパクトを与えるのがその色だろう。国鉄の塗色規定では新性能直流電機は青15号を標準とするが、EF67は異例の朱色 (赤10号) という目立つ姿になった。この色は広島県の県花モミジから取られたものである。

EF67 101

EF67 101

  • 山陽本線 西条→八本松 2013-5
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

EF67は所定通り1,000t超列車のEF59仕業を置き換え、EF61 200とともにJR貨物へ承継。EF61の経年代替として1990年からEF65形0番台の改造で100番台が5両増備された。
すでに走行解放する列車が限られていたため、100番台では自動解結装置と貫通扉の追設を省略した。0番台が限定して充当された走行解放仕業も2002年に全廃され、以降貨物列車は西条駅に停車して補機を切り離す。大型緩衝器を備える連結器のぶんだけ神戸方が少し長いのと、窓上のひさし・パンタグラフそして塗色を除けば種車と外見の相違は少ない。当初0番台と同じ朱一色だったが、2003年からの更新工事を機に現行の塗装となり、後部標識灯の形状が変わった。

ここにきて0番台も老朽化が進んだため、置き換える形で「押し太郎」ことEF210-300番台が3両投入された。2013年春以降0番台の稼働機は1号機のみ、100番台または (牽引仕業にもついている) EF210の予備的な扱いとなっている。先日には吹田まで車輪削正に赴き、それ以来仕業につく日も増えているようだが、今般ダイヤ改正での扱いが注目されるところだ。
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おしたり、ひいたり

2013/10/05 06:00
東海道本線・静岡〜豊橋付近の普通列車に乗っていると、昼間でもひんぱんに貨物列車とすれ違う。先頭車で見ていると、遠くに見える2つのライトは近づくにつれおでこの青が目立つのが大半。「ECO-POWER桃太郎」ことEF210形電気機関車だ。
JR初期に華々しく登場したハイテクパワーロコEF200は性能過大のきらいもあって21両で量産は終了、コストを勘案した新型直流機関車の開発が進められた。主用途と想定する東海道・山陽本線での急勾配は、関ヶ原越え(下り大垣→関ヶ原) とセノハチ(上り瀬野→八本松) に限定されることから、機関車としてはじめて30分定格の概念を取り入れ、1時間定格出力が3,390kWであるものの30分定格を3,540kWとして、EF66なみの使用ができる設計となっている。交流電動機を使用した直流区間用電機として、EF210の形式名が与えられた。

EF210-5

EF210-5

  • 東海道本線 野洲←篠原 2013-6
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO800

試作機901号機(1996年) の成果を取り入れ、1998年から量産を開始した同形はすでに100両目をうかがうほどにまで勢力を拡大、東海道・山陽本線のほか、東北・高崎線(黒磯・高崎操まで)に鹿島線、四国にも乗り入れる汎用機である。EF66と共通性能といいつつ、現在では110km/h運転列車の大半が同形での牽引となっている (SRCにつづく貸切高速列車「福山レールエクスプレス」53〜52列車は、2013年3月ダイヤではEF66の牽引とされているが、実際にはEF210牽引がほとんど)。
EF210は、正確には「桃太郎」ではない試作機901号、下枠交差式パンタの0番台(1〜18)、そして100番台に区分される。インバータ装置と制御の変更を行った100番台でも下枠交差式(101〜108)、パンタグラフをシングルアームに変更(109〜)、GPSアンテナ撤去(156〜)と、細かい差異が見られるのも、長期にわたった増備が続く形式特有のものだろう。なお「桃太郎」の名は、同形がまず岡山機関区に配備されたことにちなみ公募で決定したもので、以降のJRFロコに愛称がつけられる先例となった。0番台ではひかえめだったロゴは100番台で一気に大きくなっている。

EF210-106

EF210-106

  • 山陽本線 西条←八本松 2013-5
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

山陽本線瀬野〜八本松間は現在でも補機による貨物列車の後方押し上げが行われており、朱色に塗られたEF67形(EF60,EF65からの改造) が専用補機としてその任を担ってきたが、とくにEF60から改造された0番台の経年が進行しているため、その代替として後補機使用のEF210が開発された。
列車後方からの押上げでは重量貨物列車の荷重が連結部に加わるため、セノハチ補機には特殊な緩衝器を備えた連結器を神戸方に配置する。EF210-300も新型シリコン緩衝器つき連結器を装備するほか、補機だけでなく列車を牽引する本務機としても使用できる設計とした。このため車両全長は100番台より長くなっているのだが、開発発表のイラストなどではどこが長くなるのかがよくわからなかった。実際に登場した頃の写真を見ると運転台付近が伸びていそうな気がしたが、実際には運転台部分はまったく変わっていないのだ。延長されているのは台枠より下(グレーに塗られた部分)で、片側で200mm伸びている。「ハコ」が伸びているように見えたのは、塗装境界線の違いからくる一種の錯覚といえるかもしれない。スカート部分は台枠・連結器にあわせ延長され、アゴをつきだした横顔である。

EF210-301

EF210-301

  • 山陽本線 西条←八本松 2013-5
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

機関車後部にも注目したい。これまでの補機はセノハチ専用であったため、緩衝器は神戸方に装着していたが、本務機としても使用した場合は行路途上で機関車の向きが変わることもあるため、EF210-300の緩衝器は機関車両側に装備された。したがって全体では100番台より400mm長くなっている。

「押し桃」「押太郎」などとも呼ばれる300番台は、3両が広島車両所に投入され、3月改正から順次EF67との共通補機運用に入っている。ところが最近になって301号機が吹田機関区に移動し (転属扱い)、吹田〜広島間で列車牽引を行っているようだ。本務機としての実用試験か、あるいは最近吹田機関区で慢性化していた機関車不足への対策もあるだろうか。
いっぽう300番台の投入と入れ替わるようにEF67の0番台が任務を解かれたが、1号機だけはひきつづき広島車両所で運転整備されており、ごくまれに補機運用に入ることもある。
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魅惑の機関車

2013/05/27 00:00
ここ数年、3月のJRグループダイヤ改正にあわせて大型時刻表(JTB)、コンパス時刻表・東京時刻表(交通新聞社)、それにJR貨物時刻表(鉄道貨物協会)を購入している。貨物時刻表は本来鉄道貨物の顧客向けに発行されているものの、貨物輸送と直接関係の無い人にも人気の「隠れたベストセラー」なのだが、その目的がふつうの時刻表には載らない貨物列車運転時刻、それに機関車運用表であることは間違いない。
私自身もそうだが、趣味向けの購入者が毎回気にしているところは国鉄形機関車の消長だろう。数もさながら、各地に配置されていた機関車も配置集約(書類上) が済んでおり、在籍数も毎号のように減少する。撮影可能時間帯の牽引機変更も一喜一憂するところか。

EF66 9

EF66 9

  • 東海道本線 野洲←篠原 2009-7
  • D700, Nikkor 105mm F2.5, ISO500

国鉄形機関車の中でも「ロクロク」EF66形0番台は注目の的。2009年に旅客列車の定期運用が消滅し、誕生時同様の貨物専業となった同形だが、その後も増備が続くEF210に押されて運用数は徐々に減少している。JR貨物になってから増備された100番台はもうしばらく残るだろうが、製造後すでに40年を超えている0番台の今後はそう長くはない。
EF66形の母体であるEF90形 (→EF66 901)は、最高運転速度100km/hで長崎から汐留・梅田へ直行した鮮魚列車〔とびうお〕〔ぎんりん〕向け冷蔵車(レサ10000系)、「貨物のブルートレイン」と呼ばれた高速コンテナ貨車(コキ10000系)などの特急貨物列車を牽引するために開発された。高速運転に備えた高運転台はともかく、鼻筋のはっきりした一種の流線型は貨物機としては異例のスタイルであり、第12回鉄道友の会ブルーリボン賞を獲得、ブルートレイン牽引を長く期待されていた。1980年代に入っての貨物輸送量減少と、当時は旺盛だった東京〜九州間ブルトレの輸送力増強に応えるため、1985年にEF65PFの文字通り「後ガマ」として旅客列車牽引に抜擢されたのだった。

EF66 35

EF66 35

  • 東北本線 白岡→新白岡 2010-2
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

現在稼働中の0番台は運転室上に大きな箱が載っている。これは運転室用のクーラーで、100番台では新製時から助士席部に設置されている。頭に弁当箱を載せたような形態はオリジナルの流麗さをスポイルしていることは否定できないが、乗務員室の環境改善としてやむを得ない。そもそも現在はそんなことを言っていられないほど貴重な車両になった。
ほかに前面で目立つのが、特急マークを模したナンバープレート周囲のエンブレムと、下部の飾り帯が撤去されたところ。塗装ははじめ100番台同様のスリートーンとしていたが、のちに国鉄特急色をアレンジしたものに変更された。前面装飾撤去と側面帯位置の違いのため、厳密には国鉄色ではない。

稼働機、いや国鉄機の中で一番人気を誇るのが27号機である。他機同様に延命措置を受けた更新機なのだが、最終施工機となった同機は塗色を国鉄特急色のままとした。
ここでJR西日本に在籍していた53号機と並べ、旅客会社機と貨物会社機の違いを比較してみよう (こちらに掲載したモノクロ画像をカラーで再掲)。なお53号機は左側面 (左から1-2位)、27号機は右側面 (2-1位) となる。正面中央、鼻筋からの陰影で表情をつけやすいことで知られるロクロク0番台だが、側面からでもその表情をとらえられる角度だということがわかるだろう。

EF66 27

EF66 27

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-1
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO250

すぐにわかる違いは運転室頭上のクーラーということになるが、そのほかにも屋根色が雨樋・前面ひさしの高さまでグレーに塗られているのが目につく。もともとの塗装も屋根天面は黒またはグレーである。27号機の中央右にあるおわん型 (マカロン?) の物体は、GPSアンテナ。機関車の位置情報を把握するためJR貨物の新製機に設置、従来機にも追設されていったが、その後位置検出システムが変更されたため最近の増備機には搭載されていない。
側板はEF65と同様に台枠を覆っていたが、更新機は運転台間の台枠を露出させ、EF81のように裾部の段がついている。新更新色はクリームのラインがかかっているので見えにくいが、27号機はその位置が違うので結果として目立つところだ。これにあわせメーカーズプレート(製造社銘板) が上側に移設されたため、27号機ではクリーム帯が途切れている。ちなみにこの帯の位置はブルトレ客車20形の三本帯中央に相当し、ブルーも含めて色も20系客車と同じ。14系・24系では車体の青が強く、帯も白色そしてステンレス板に変わったが、高さと太さはそのまま継続された。
なお同形と、登場までのつなぎで10000系貨車を重連牽引したEF65F形は、専用の空気管つき密着式自動連結器を装備していた。ナックルまわりに4本のツノ (ブレーキ制御空気管連結器) がついたものものしい姿だったが、10000系貨車が廃止されたあとは無用となったため (客車は使用しない)、後年取り外された。100番台は他形式と同じ並形自動連結器とした。

改正時点での0番台稼働機はわずか3機であった。27号機も人気機ながら機関車需給のためか長い間休車状態となっていたが、先刻整備を受けて本線に復帰しふたたび注目を集めている。くわえて35号機も運用復帰しており、現在は5機まで復調している。先行きの不透明さが変わっているわけではないが、一日も長くその姿を魅せてほしいと思う。


■EF66 53: 山陽本線 本由良←嘉川 2008-8. D200, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO100
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青い雷神

2011/09/10 00:00
駅からそう遠くなく、しかし商業地でもない自宅周辺。この夏は節電につき夜は窓を開けてしのいできたが、ささやかに風が通り周囲も比較的静かなのが幸い。午後11時ごろ、その静寂を切り裂くように大きな風切り音が響いてくる。音の正体は、南武線から中央東線に向かう石油専貨を牽引するEH200形電気機関車だ。

いまでは通勤専業に見える南武線(本線) だが、もともと多摩川下流で採取した砂利や、氷川(→奥多摩) ・五日市で採掘される石灰石を川崎地区へ輸送する目的で敷設された。実際1998年までは奥多摩からEF64 1000番台牽引の赤いホッパ車が昼夜走っていたし、現在も立川〜府中本町間は新鶴見信号場への中継ルートに利用される。それ以南は武蔵野線に貨物輸送を任せているが、貨物時刻表を開くと南武線経由の貨物列車も残っているのがわかる。
EH200形直流電気機関車、愛称「ECO-POWER ブルーサンダー (Blue Thunder)」。急勾配が連続する山岳路線向け電気機関車EF64、とくに基本番台(0番台)の取替えを目的に開発された。定格出力 4,520kW (30分定格 5,120kW) と1C1M制御によって、EF64が重連で牽引していた列車を単独牽引できる性能を持つ。試作機901号が2001年に登場、2003年から量産のはじまった同形はEF64基本番台に加え1000番台も順次置き換えていて、目的どおり中央東・西線〜篠ノ井線、上越線で運用されている。

EH200-10

EH200-10

  • 上越線 後閑←沼田 2010-11
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO320

EH500につづき2車体式を採用したのは、JR貨物が旅客各社に支払う線路使用料の算定方法にあるとされる。ED75やEF64の重連だと2両通過となるところ、EH500や本形式は1両とカウントされるからだという。EH500と似た寸法と構成ではあるが、本形式の世代はひとつ新しくEF510 (レッドサンダー) が姉妹機にあたる。
EF200以来、形式ごとに異なるシルエットを持つJRFロコ。EH200も25度傾斜した くさび形の前頭部と、角々にスジがしっかり入った直線的な車体が特徴である。中央・篠ノ井線は石油輸送がメインだからか、それともスタイルの対比からなのか、同形はコンテナよりもタンク車牽引のほうが似合っている気がする。
寒冷地の峠を越える機関車は旧来から運転席窓上にヒサシがつき、彫りが深い表情が「山男」らしい。もちろんこれは単なる雰囲気づくりではなく、冬季にトンネル天井から垂れ下がるツララが窓に直接当たることを防ぐもの。国鉄時代はさらに窓全体を保護枠で覆い、いかめしい顔つきになっていた。そんな中、後ろ傾斜の平板一枚窓で上越線に投入しても大丈夫なのか……と心配する向きもあったようだが、いまのところ姿に変化はない。

道路の舗装工事かと勘違いしそうになる音は機器冷却用のブロアーファンが発生源で、その存在はよろい戸にホコリが円を描いていることで見た目もはっきり認識できる。EH500でも騒音が大きかったことから本形式は低騒音型を採用したといわれるが、それでもなお200〜300m離れた位置から現物を見ずに接近のわかる車両なのだった。
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パワフル・ロコの軌跡

2011/08/01 00:00
暑中お見舞い申し上げます。
本エントリで当ブログも200回を数えることとなりました。いつもご覧いただきありがとうございます。



JR発足時は昭和末期〜平成初期にかけての景気拡大期で、機関車を多く抱えるJR貨物でもさらなる輸送力増強に迫られる。国鉄形のマイナーチェンジ増備 (EF66, EF81, ED79) や、国鉄清算事業団保有車の車籍復帰まで行われたが、並行して次世代大出力機関車の開発が急がれていた。そして1990年、直流形EF200と交直流形EF500 それぞれ901号機 (試作車) が登場。JR貨物初の新形式車両で、国内の機関車では初のVVVFインバータ制御車両である。
両者の特徴としてまず挙がるのは、パワーエレクトロニクスの進化で得た圧倒的な大出力だ。定格出力 1,000kW (1時間定格; 以下同等) という超弩級のモーター (かご形三相誘導電動機) を搭載し、車両出力は 6,000kWを誇る。これは最大 1,600t積載の貨物列車牽引と、幹線旅客電車のダイヤを妨げない高加速度の両立を狙ったものだった。出力は機関車の性能をあらわす指標のひとつに過ぎないが、2車体8軸機であるEH500の定格出力 4,000kW、EH200の 4,520kWと比べると、いかにこの機関車が強力であるかがわかる。

EF200-16

EF200-16

  • 山陽本線 魚住→大久保 2009-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

制御方式から運転台に至るまで、数々の新機軸を搭載したEF200。しかしなによりインパクトの強かったのは、それまでの国内電機とまったく異なるその外観だった。
「く」の字形をした高運転台の前頭、ライトグレーとコンテナブルー (登場時) の車体塗色。足回りは簡潔なボルスタレス台車、屋上に載ったシンプルなZ形 (シングルアーム) パンタグラフ。巨体であり、最大軸重までの余裕重量を構体強度向上に費やしたという強靭な車体なのに、どこかスマートでヨーロッパ各国の電機を想わせるのは、実際にそれらを意識したデザインという。機器室内は片側通路で、通風よろい戸が片側にしかないデザインも珍しい。車体側面には"INVERTER HI-TECH LOCO"のロゴが貼られ、新世代機関車の登場をアピールした。
EF500とともに各種試験を経たEF200形は1992年から量産車が20両製造され、1993年には鉄道友の会ローレル賞を受賞している。運用区間は東海道・山陽本線で、大量増備のはじまったコキ100系重量級高速貨物列車の先頭に立った。

EF200-18

EF200-18

  • 東海道本線 長岡京←山崎 2011-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

しかし本形式のあまりに大きな出力は、電力不足という壁に突き当たる。所定の能力を発揮するには変電所の容量増強が必要だったが、線路を持つ旅客会社との折り合いがつかず、そのうち景気後退で貨物輸送量が減少していった。
結局1,600t牽引計画が中止となった同形はEF66形 (定格出力 3,900kW) 相当の出力制限を受け、製造・運用コストの問題からその後の増備は定格3,390kW (ただし30分定格として3,540kW) のEF210形「ECO-POWER 桃太郎」に取って代わられた。EF500に至っては使用線区 (日本海縦貫線) に対し性能が過大すぎる等の理由で量産化も見送られ、試作機は早々に運用を停止したのち2002年に除籍されている。
後継の「桃太郎」がどんどん増備されて嫌でも目に入る一方、EF200牽引の列車は東京口にいる時間が偏っており、なかなか目にする機会がない。淡い色調は汚れが目立ちやすく、側面のロゴも色あせてうらぶれた感じがしなくもなかったが、2005〜2009年にかけての塗装変更でEF210同等の色調となり、重量感が増した。

性能が突出しすぎて現在では中途半端な存在ともいえるEF200だが、同形で採用された新機構はのちのJRFロコにしっかり受け継がれている。JR新形式の区分として100, 400台 (直流電動機駆動の直流, 交直流機) が定義されたものの実際には登場せず、EF200はJR貨物の重要な転機に位置したことは間違いない。最大1,300tのコンテナ列車を牽引する日本随一のパワーロコとして、今後の活躍にも期待したい。
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ライフライン・タンカー

2011/04/05 00:00
今回の震災が物流面にも大きな影を落としたのは周知の通り。東北本線・常磐線は福島・宮城県を中心に不通区間がかなり残っている (2011年4月1日現在) が、青い森鉄道〜IGRいわて銀河鉄道がいちはやく復旧、日本海縦貫線経由で盛岡への鉄道貨物輸送が再開された。その後東北地方の横断線を使っての輸送もはじまり、これにむけてJR貨物では西日本地区からEF81とDD51を応援投入し、輸送力の確保に努めている。
なかでもガソリン輸送は、被災地の油槽所が大きく損壊し供給が逼迫したことから、現地への供給確保に臨時タンカートレインが上越線〜青森または磐越西線経由で運転されている。その様子は報道などでも取り上げられ、連なるタンク車を頼もしく思った方も多いと思う。

石油をはじめとする液体類の大量輸送に活躍するタンク車 (形式称号タ)。タンク車のほとんどは元売業者や輸送業者が車籍を保有する「私有貨車」であり、かつては危険物輸送を含んださまざまな形態のタンク貨車が車列を連ねていた。輸送の集約や縮減・コンテナ切り替え・そして車両の経年交代によって、現在はタキ43000形とタキ1000形がそのほとんどを占めるようになった。

タキ44018(OT)ータキ43625(OT)

タキ44018ータキ43625

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

ガソリン類(ガソリンや軽油・灯油など)用 タキ43000形と石油類(ガソリン以外)用 タキ44000形は1967年から製造され、若干の仕様変更を受けながら1993年まで増備された。積載量を増やすため、タンク自体が構体となるフレームレス構造を採用し、車端より中央部のタンク胴体径が大きくなっているのが特徴。独特のシルエットも、いまタンク車といえばコレといえるほどすっかりおなじみの存在だ。
積載はそれぞれ43t (243000番台は44t積) と44t。タキ44000形のほうが積載量が大きいが、積荷の比重が大きいため全長はむしろ短い。当初導入の日本オイルターミナル所属車は車体色を青15号 (旧客青色・20系客車と同色) とし、黒い貨車群の中で目立つ存在だった。両形式は油槽所から各地のオイルターミナルへの一括輸送列車として運用を開始、これが現在の専用貨物列車につながっている。
同形式の異端児はタキ143000番台。無塗装ステンレスタンクが光る銀色タンカーは、143645の1両だけである。目立つ形態だから自然にファインダーが向いたとはいえ、同車のみと後で知って驚いたものだ。

タキ143645(JOT)

タキ143645

  • 東北本線 白岡←新白岡 2010-2
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200

JR発足後の貨物列車は、コンテナ車による「高速貨物列車」と「専用貨物列車」に大きく分けられる。石油輸送はワムハチの紙輸送とともに後者に属し、専用貨物の代表格といえる。
タンク車は最高速度が75km/hどまりだったため、高速化する旅客・貨物列車のなかで専用貨物列車の足の遅さが課題となっていた。それらの経年取替えも目的に、後継となる新形式タキ1000形が開発され、1993年から増備が続いている。最高速度が95km/hへ向上したことで、同形式のみで組成された貨物列車は専用貨物初の「高速貨物」となった。

タキ1000-566(JOT)

タキ1000-566

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

日本石油輸送が所有するタンク車は、タキ243000の最終増備からグリーンとグレーのあざやかな塗装をほどこしてイメージを一新。デザインはそのままタキ1000形にも継承された。
外見はタキ43000形とほとんど変わりがないが、コキ100系列のものに近い新形式台車を履いていることが一番の区別点だろう。またタンク胴体径も若干大きくなっている。



◆写真はいずれも2010年までに撮影したものです。
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白魔

2011/01/21 00:00
北へ突き進む〔はやて〕の暗い車窓に雪が舞う。東京を出て3時間あまり、しんしんと雪の降りつづく深夜の八戸駅に着いた。
2010年12月4日、東北新幹線全線開業。国内鉄道路線の完乗記録をいちおう保っている私としては、まず乗車記録をつくらなければならない。開業当日に記録を保持するのが理想だっだが、遅くとも年内には……と年の瀬も近い北東北へ向かう。「乗り鉄」モードでは、新規開業はもちろん経営移管された区間もあらためて乗り直す必要があるので、あえて新青森ゆきから途中下車したのだった。

翌朝、青森まで快速電車は青い森701系2両編成。"青い森701系"―が正式系列名―はJR東日本701系と共通設計だが、IGRいわて銀河鉄道IGR7000系とも大半はJRからの譲渡車だ。従来岩手県境 目時(めとき)〜八戸間だった青い森線は今回の延長にあわせてさらに車両を譲り受け、帯色を順次変更している。
吹雪の中を一心に走った電車は、大幅に遅れていた〔カシオペア〕の直後にすこし遅れて青森終着。列車はまだ停まっており撮りたいところだが、先を急ぎたくレンタカーに乗り換え津軽線へ。雪景色を走る789系〔スーパー白鳥〕、もしかすると785系300番台が入ってくるかも…と期待してのことである (結果は…またの機会に、ということになったが)。
夏にもやってきた撮影予定地に着くとあたり一面真っ白で、地吹雪にも近い強風が吹き付けてくる。そういえば、ここは背後が開けているから選んだのだった。三脚は持ってきているけど、この状況で使うのは危険と手持ちで踏ん張ることにして、カメラ・レンズもダウンジャケットの懐へ。深い雪に隠れた側溝などを踏み抜かないか、停めた車が吹き溜まりに埋もれないか……雪中の撮影で気に留めておくことはけっこう多い。
しばらくすると近くの踏切警報機が鳴り出した。ダイヤは乱れ気味である。何が来るのかと思いつつ構えたら、雪煙とともに右から機関車の頭と2つのパンタグラフ……「!!!」

ED79 50

ED79 (50番台重連)

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

青函トンネル経由で東北・奥羽本線と函館本線を結ぶ津軽海峡線。開業当初から専用牽引機として活躍してきたED79形交流機関車は、国鉄末期の財政や余剰機関車の有効活用を考え、ED75形700番台を種車に改造された。旅客列車牽引または貨物の本務機となる0番台、改造を省略し補機専用とした100番台がそれぞれ登場し、民営化ではJR北海道が承継した。
ED75 700番台は日本海側を走るため塩害対策が強化されたグループだが、さらに高湿度のトンネル内環境を考慮した機器類保護、運転室の整備が行われ、20kmを超す連続下り勾配に対応して電力回生ブレーキも装備している。車体と下回り―引張棒で牽引力を伝える4軸動輪はED75そのもので、屋上のブレーキ抵抗器 (補機100番台と重連のとき使用) カバーが、種車と外見上最大の相違点といえる。

……と書いても写真がこれではさっぱりわからないと思う (現に2両の車号はどうしても判別できなかった) ので、夏に撮っておいた別アングルを改めてみたい。下り列車では道内機関車のふしぎな伝統、進行前方のパンタグラフ1基を上げて走る「前パン」もまた貴重な光景だ。

ED79 60, 55

ED79 60−ED79 55

  • 津軽線 中小国←蟹田 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

白地に青の濃淡という装いの50番台はJR貨物の所属。赤い扉は交流機のマークだ。JR北海道0番台はパンタのシングルアーム取替えが進められているが、こちらは現在も初期のスタイルを保つ。開業直後の輸送量急増に対応して、0番台とほぼ同一性能の10両が新製された。現有9両はもっぱら50番台どうしで重連を組み、まれに赤い0番台との組み合わせも見られるようだ。

補機専用100番台は、種車の経歴とEH500増備その他輸送見直しで余剰となったことで2008年度までに全廃。0番台も快速〔海峡〕廃止やブルトレの縮減で、現在の定期運用は早朝深夜の寝台特急と〔はまなす〕しかない。
そして50番台はというと、これまたEH500が圧倒的多数を占める状況で定期仕業はほそぼそとしたものだ。それでも日中通過の列車があるのが幸い、稀少となった重連の雄姿を見ることができる。
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ワム!

2010/12/18 00:00
東海道新幹線から富士山が見える新富士付近にさしかかると、同時にあちこちの煙突から白い煙がもくもくと立ち上がる光景が飛び込んでくる。これは製紙工場のもので、精製で大量に使われる水が熱せられ放出されている。富士山の豊富な伏流水に恵まれ、静岡県富士市は紙の街として栄えてきた。
この製紙工場からの出荷など、紙製品の輸送に使われている貨車がワム80000形。コンテナが主流となってきた国鉄後期の貨物輸送では、1両単位で輸送する「車扱貨物」の主力を担った2軸有蓋貨車である。

かつての貨物列車といえば、機関車の後ろにワム・ワラ・トラ・タム…と雑多な貨車が不規則に連なり、車掌車ヨがしんがりをつとめるのが定番。しかし1984年2月のダイヤ改正では不振の貨物輸送にメスが入れられ、ヤードを使ったバラ積み輸送からコンテナと貨物ターミナル中心の拠点輸送へと切り換わる。2軸貨車のほとんどが運用停止で操車場に放置され、国鉄末期までに廃止された。
その中で本形式が残された理由は、車齢が比較的若く最大勢力であったこと (一部は旧形式の置き換えにも使われた)、他形式より高速な75km/h走行ができたこと (2軸車の多くは65km/hが最高)、パレットに対応して大口輸送に適していたことがあげられる。現在の「ワムハチ」は貨物時刻表でも「紙輸送用」と解説されるほどの専用車扱いで、同形の2軸貨車が延々と連なる編成は国鉄時代では考えられなかった形態だけれど、列車本数・区間がかなり減ってきたことから注目される存在になりつつある。

ワム380060−ワム380228

ワム380060−ワム380228

  • 武蔵野線 東浦和←東川口 2009-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

10m級の車体は2軸車としては大柄なほうで、荷室は14枚のパレットを積載できる。リブのついた板が側方4面に屋根まで覆っているのが特徴だが、側面で見えているのはすべて扉で、4枚をスライドさせて任意の場所を開けることができる。従来の有蓋車では、入口へ一旦積んだ荷貨物を室内で移動させる必要があったが、本形式ならパレットに積んだままフォークリフトで直接積み降ろしできるため、荷役の効率が上がった。
現役の車両は、登場時の明るい茶色 (とび色) ではなくブルーに塗装されている。これは後期増備280000番台の車軸受を改造したもので、車番は10万も積み増し380000番台となった。そのほか特筆されるものとして、北海道では紙原料のチップ輸送向けとして、天井に穴を開けJRFカラーの赤紫に塗られた480000番台が室蘭付近で運用されていた (2008年3月に廃止)。
唯一の仕事である紙輸送だが、コンテナへ切り替える動きが進んでいる。山手線内にある最後の貨物駅だった飯田町駅(中央本線) は、付近に印刷社や新聞社などが集結していたため多数のワムハチが出入りし、駅の構造もほぼ紙専用に作り替えられた。しかし1997年には列車の設定が無くなり、その後荷役線に貨車を残したまま本線への線路が分断されたのを見た記憶がある。(駅の正式な廃止は1999年だった)
いまとなってはかなり低い75km/hの最高速は上げられず、車両自体の老朽化もあって、2万両以上が製造された貨車はことし1月の時点で約520両まで減った (貨物時刻表2010による)。このまま数年のうちに自然消滅を迎えてしまうのだろうか。
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タイトル 日 時
Rhythm And Freight
Rhythm And Freight 1970年代以降の国鉄非電化路線で客貨車牽引に活躍したディーゼル機関車、DE10形。幹線向けDD51の技術を継承した中型の機関車で、全国各地の車両基地や操車場 (貨物ヤード) に配備された。国鉄からJR7社に引き継がれた唯一の形式でもある。 "DE"のDはディーゼル、Eは5軸駆動。車体は入換作業に向くデッキつき凸型で、前位側にエンジンと冷却器、後位側に運転台と暖房用蒸機発生装置 (SG) を置いた前後非対称のボディが、同形を強く印象付ける。下回りはそれぞれ3軸と2軸の構成だが、3軸のほうはカー... ...続きを見る

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2010/10/02 00:00
金太郎が行く!
金太郎が行く! 東北各県を縦貫し、その先は北海道へ連絡する東北本線。黒磯までは「宇都宮線」と通称され、E231系などが多数走る都市近郊路線だが、それより北の交流電化区間は仙台都市圏を除けば電車本数もぐっと減り、新幹線開業以降は首都圏と北海道を結ぶ物流の動脈としての役割が大きい。 この区間は赤い交流電機ED75形の牙城だった。福島県・岩手県の急勾配区間を通過する高速貨物 (コンテナ) 列車を重連で牽引し、青森で同形改造のED79形重連へ交換していた。しかし新製からかなり年数が経ち、ED79は使用環境の厳しさも加... ...続きを見る

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2010/04/20 23:40
いぶし銀の輝き
いぶし銀の輝き 昨年末、ひさしぶりに武蔵野線へ足を運んでみた。「ホリデーシーズン」真っ盛りで舞浜臨が多数設定された日だが、主目的はタイムリミットが迫る北陸からの489系、到着後の折り返し回送がきれいに撮れると踏んだ。同じルートで回送する新潟からの485系はすでに通過していたけれど (調査不足…)、とりあえずこちらは撮れて一安心。 そのあとは秋田から583系国鉄色……のはずだったが、風雪の影響でまだ大宮にも達していなかったらしい。この日以降は上越線でも降雪が激しくなり、同夜帰路につく予定だった489系も運転取り... ...続きを見る

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2010/02/21 22:00
深夜飛脚
深夜飛脚 2004年に登場した世界初の高速貨物電車 M250系「スーパーレールカーゴ」(SRC)。その源流は、かつての東海道新線構想 (のちに新幹線となる) の中で貨物輸送のイメージとして描かれた、コンテナ貨物電車のイラストにあった。実用化の意図があったか疑わしいところだけれど、その時点で貨物にも動力分散方式の可能性を探っていたように見えて興味深い。電車王国の日本にあっても具体化が難しかった車両のひとつだが、40年を経て得た最新技術で、M250系はイラストそっくりのスタイルで登場してきた。 特貨電51・... ...続きを見る

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2009/08/20 23:14
車両を「運ぶ」
車両を「運ぶ」 車両メーカーで製造された鉄道車両は、使用する各社の車両基地までなんらかの手段で輸送する必要がある。自動車(トレーラー)や船(台船・はしけ)も使われるが、多数両を遠くまで運ぶには全国に広がるJRグループの路線網を使うのが効率よく、そこでJR貨物の機関車が旅客車両を牽引する光景が時折見られる。これが「甲種輸送」だ。 鉄道車両がその車輪で機関車などに牽引され輸送されることを「甲種鉄道車両輸送」と呼び、国鉄分割民営化後はJR貨物がその任務を請け負う。趣味者間や現場では「甲種輸送」とか「甲種」でも通用す... ...続きを見る

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2009/07/27 23:40
歴戦の証明
歴戦の証明 朝から晩まで働くJR貨物の機関車は、下回りから車体まで鉄粉などで汚れていることが多い。一日一本くらいの決まった仕業に終始する現在の旅客用機と比べるのは酷というものだが、とくに日本海縦貫線はその長距離と厳しい気象条件のため、車体の汚れや傷みが目立つ。しかしそこには、痛々しさというより歴戦を経た戦士の逞しさを感じたりもする。 ...続きを見る

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2009/06/10 23:00
物流を支える
物流を支える 昭和40年代後半以降の国鉄衰退期ではとくに貨物輸送の落ち込みが激しく、国鉄は「59・2」とよばれる1984年のダイヤ改正で、ヤードでの操車を中心とした個別駅間の輸送を全廃、主要駅・貨物ターミナル間を直行列車で結ぶ拠点輸送に舵を切った。以降、二軸車中心の雑多な貨車で構成された貨物列車は消え、コンテナ車を連ねた「高速貨物列車」と特定品目を輸送する「専用貨物列車」(専貨)が貨物列車の姿となった。 編成を締める車掌車もこの時期に全廃されており、いまの貨物列車は「コキ」ばかりの尻切れトンボでつまらないと... ...続きを見る

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2009/04/24 23:20
陽はまた昇る
陽はまた昇る EF64 1000番台・直流電気機関車は、高崎・上越線のEF58、貨物および補機を担当したEF15・16の置き換え用として投入された。信越線の貨物縮小に伴うEF62の代替機でもある。 中央本線方面で活躍する0番台とは様相がまったく異なる。長くなった車体の側面は国鉄機としては異例の前後非対称で、EF60のような明かり取り窓と「雪切り」を兼ねた巨大なルーバーが同居する。それで正面はきわめて堅実な「国鉄顔」で、ツララ切りのついたライトと窓上ヒサシ、ものものしいジャンパ線類も魅力的だ。一般色の地味な塗... ...続きを見る

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2009/01/30 23:10
稲妻から流星へ
稲妻から流星へ JR発足直後は好景気に支えられて貨物輸送も伸張、これに応える形でJR貨物から1990年に登場したのが出力6,000kWという国内最強の電気機関車EF200。開発が間に合わず、つなぎとしてEF66,EF81,ED79を追加製造したほどだった。 直流機EF200に対し交直流版のEF500も1両だけ試作された(1990年)が、輸送事情に見合わないなどの理由で量産化されず、2002年に廃形式になった。EF200も出力過剰や高コストという理由で増備を終了し、より経済的な汎用機EF210に移行。こちらは順... ...続きを見る

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2008/12/10 22:30
カニノヨコアルキ
カニノヨコアルキ 北海道内の貨物列車を地道に席捲しつつあるDF200。"ECO-POWER RED BEAR"という愛称を持ち、「赤熊」などと呼ばれもする。クマというからには相当なパワーを連想させ、事実DD51重連を単機で取って代わるほどの実力を持つ同機なのだが、あるブログに「カニさん」と評するコメントがついた。 ...続きを見る

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2008/07/17 00:03
トップナンバー
トップナンバー 鉄道写真とひとくちにいってもいろいろな撮り方があるものだが、そのなかで「車両」を題材にした写真には大きく二つに分けられる。ひとつは「形式写真」とよばれる、基本的には車両の左側面を前位側から撮った写真。もうひとつは走行中の車両を側面から流し撮りにした、いわゆる「サイドビュー」という写真。私が最近力を入れて集めていて、そしてこのコンテンツで扱うのはタイトルどおり鉄道車両のサイドビュー、なかでもより厳密に真横を静止させることを目標にしたサイドビュー写真である。 サイドビューについては、この界隈では広... ...続きを見る

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2008/07/04 00:01

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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