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みんなの「JR北海道」ブログ


白の記憶―青函点望

2016/04/01 00:00
春・夏に青森を訪れたら、この列車は外せなかった。最後の急行列車、最後のJR客車列車、そして最後のブルートレイン車両。青函連絡船の深夜便を受け継ぐ形で誕生した急行〔はまなす〕は、JR世代でありながらも国鉄の雰囲気を残しつつ、2016年3月22日の北海道新幹線設備最終切換を前に海峡線旅客列車のしんがりをつとめあげた。
いつものように油川の撮影場所に腰を据えてそのときを待つ。右手踏切の警報器が鳴り出し、右側から赤いED79に牽かれてブルーの客車が乾いた音を立てて通り過ぎていった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200


この画像は単なる白のべた塗りではありません。そう、心の眼で見てください……というわけではないが、最近はよくしたもので、高度な画像処理でこの絶望的な状況もなんとかできたりしないかと思ったものである。画像(RAW) の現像に際しディヘイズ (かすみ除去) 処理をかけてみると、なんと! 真っ白な画像の中から車体の形が浮き出てきた。それにしても、自分で言うのも何だがよくここまで止めたカットがあったものだと。
津軽線付近は海が近いせいか夏場は市街近くでも霧が良く発生し、同列車や〔北斗星〕を狙う撮影者を悩ませていたようだ。この日も宿を早朝に抜け出して、青森駅付近の晴天に気をよくして車を進めていたが、突然の真っ白なベールに立ちはだかれてはなす術もなし。すこしくらいは見えてくれないかという願いも空しく、ほぼ定刻どおりに列車は音だけを残して走り去っていったのだった。

画像

ED79 58−ED79 59

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

太陽が高くなるにつれて霧は徐々に晴れ上がってきた。そんな中に現れたのはED79 50番台重連の貨物列車。元の画像はやはり乳白色だらけだが、今度はなんとかそこから浮かび上がらせることができた。貨物用の50番台は、当代青函連絡の主役EH800の暫定投入と入れ替わりに、一足早く運用を退いている。

14系客車500番台は、北海道内の夜行急行列車の体質改善を目的に臨時特急用の14系座席車を耐寒耐雪化したグループで、1981年2月に函館本線(通称山線経由)の急行〔ニセコ〕に投入。後に寝台車も加わり、札幌から北海道各地に向けブルートレインが走ることになった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 千歳線 島松→北広島 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400

外見では乗降口の折戸が凍結予防として引戸に変更されたのが最大の特徴だ。扉の片方は荷物置場部に引き込まれるが、もう片方は客室座席部まで食い込むため、窓幅がすこし狭められているのも目に付く。一部車両は扉の窓に「自動ドア」と注記しており、登場時は10系寝台客車と併結していた歴史を語る。車両自体の空調は電気式 (スハフのディーゼル発電機から) ながら、蒸気暖房の配管も通っていた。550番台はオハフ13に発電機を搭載した車両で、〔はまなす〕では函館・千歳線上で車掌室を函館側に向けて連結されていた。

冒頭の画像iについては、画像を調整しても結局車号は判別できなかった。ならばなぜ書いてあるのか? という疑問への答えは単純、その夜札幌へ飛んで翌早朝の下り列車を迎え、うまく同一車を記録できていたというわけだ。
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白鳥の歌―青函点望

2015/12/28 00:00
津軽線の油川駅からすこし北へ進んだ神社脇の撮影地…を抜けて、東側から線路と並行に構える。後に連なる山の前にはいつしかやぐらが組まれ、やがてその上にコンクリートの帯が乗っかり、柱と電線が追加されていった。来年春にはその高架橋を、E5/H5系新幹線が行き来することになる。

クハ789-301

クハ789-301

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

8月の〔北斗星〕最終運行からすっかりご無沙汰しているうちに、年末恒例のJRグループダイヤ改正の概要が発表された。今回は北海道新幹線にあわせ2016年3月26日の改正である。
目玉である北海道新幹線のダイヤは現行の東北新幹線を延長した形で〔こまち〕連結のない新青森最速到達1.5往復がそのまま新函館北斗まで4時間2分の最速ダイヤになる、ことし3月の北陸新幹線金沢延伸の際に基本形態が整えられていたわけで、東京駅などの案内サインにもすでに「北海道」の文字が準備されているようだ。
津軽海峡線のうち、新幹線共用区間となる新中小国信号場〜木古内間は、新幹線の運行に対応して架線電圧が交流20,000Vから25,000Vに上げられ、信号保安設備も切り替わる。このため3月22〜25日は旅客列車がすべて運休となり、事前確認の1月1日 (全列車運休) も含めると「一本列島」のリンクが旅客輸送について計5日途切れることになる (貨物列車は運行の模様)。1988年3月14日、青函トンネルの開業日も連絡船が運航し (貨車航送の関係だったという)、二つの経路が1日限りで併存したこともあわせ、青函の特殊性が垣間見られる。

クロハ789-105

クロハ789-105

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

現在、青函間の旅客輸送は〔スーパー白鳥〕8往復、〔白鳥〕2往復が担っている。この列車名は東北新幹線の八戸延長(2002年12月) を機に、系統再編と快速〔海峡〕の集約によって登場した。ながらく日本海縦貫線を象徴する特急列車として名を馳せていた愛称は、2001年3月の廃止から1年半ぶりの復活。しかし北海道新幹線には〔はやぶさ〕と〔はやて〕が延長して使われることになったため、ふたたび歴史を閉じることになった。
〔スーパー〕のトレインマークは駒ヶ岳と小沼の白鳥がデザインされ、いっぽう〔白鳥〕に国鉄色車両が充当された際には、日本海縦貫線時代に馴染みのあった瓢湖の白鳥をイメージした国鉄時代のマークが使われていた。

モハ788-206

モハ788-206

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

789系は道央地区に転属して経年の進んだ785系を置き換えることになっており、その際に中間車は2扉化される。デッキと反対側の車端部にも側板が下へ張り出して、いま扉のある方とおなじような引戸レール点検蓋も見えるから、扉はその脇へ設置と予想される。
ところで〔スーパーカムイ〕〔すずらん〕には指定席「uシート」が設定されグレードが少し高くなっているが、〔スーパー白鳥〕は普通車は指定・自由席とも共通仕様である。どのような形に持って行くのか、半室グリーン車クロハ789形の扱いも含め注目されるところだ。

クロハ481-3017

クロハ481-3017

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

いっぽう485系といえば、183系と並び全国の電化区間で当たり前に見られた車両だったものだが、今年度上期にはなんと183系が先に絶滅 (現存車は傍系の189系)、485系もこの2往復が最後の系定期特急となってしまった。485系自体はJR東日本のジョイフルトレインに使われるため系列としては残りそうだが、種車のおもかげはせいぜい床下と台車くらいにしか残されていない。
大幅リニューアルした3000番台は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れる快速(糸魚川〜新潟) にも使われており、春にそちらの方で乗ってみた。梶屋敷の交直セクションで室内灯が消える列車はこの1往復だけである。
座席の取り替えは行われているが、相変わらずのシートピッチではさすがに足まわりが狭い。E5系やE7系に乗った後だと余計に落差を感じるもので、車齢そのものも設備的にももう潮時なのかなと感じずにははいられない。シートピッチの拡大された〔あいづライナー〕だったら重くとも軽やかに響くモーター音を耳に旅する時間が過ごせたが、それも思い出話になろうとしている。

やがて奥津軽いまべつ駅になる津軽今別駅の様子をながめて、津軽浜名の青函トンネル青森入口に足を伸ばした。活線中に作業をしているためなのか、列車通過時刻が近づくたびにすこし不気味な警報が鳴り響く。青森方からの〔スーパー白鳥5号〕が吸い込まれていった直後、轟音とともに〔白鳥22号〕が飛び出し、健脚ぶりを示すかのように一気に駆け抜けていった。
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しま太郎駅長のこと

2014/11/23 00:00
2013年11月、北海道・ニセコ。紅葉も最終盤、陽光を浴びてたくさんのカメラを前に走ってきたC11 171牽引〔SLニセコ号〕は、蘭越到着後すぐに補機DE15を先頭に倶知安へ戻る。
こちらも倶知安近くに戻って待ち構えていると、空がにわかにかきくもり、暗転した空から大粒の雨が降ってきた。ほどなく止んで羊蹄山も見えるようになったが、空気が文字通り一変して冷たい。季節の動いた瞬間だった。

しま太郎近影
函館本線「山線」秋の風物詩、〔SLニセコ号〕(SL牽引は札幌→蘭越, ニセコ→札幌)。かつての〔C62ニセコ〕の舞台を行く列車だったが、惜しまれつつ今季限りで運転を終了したのはご存じの通り。北海道新幹線開業に向けた準備に集中することが理由とされ、函館地区で春夏と初冬に運転されてきた〔SL函館大沼号〕〔SLはこだてクリスマスファンタジー〕も今年限りで終了、北海道での蒸機運転は釧網本線〔SL冬の湿原号〕を残すのみとなる。
函館地区はともかく、「ニセコ」は新幹線の影響は直接受けないのだが、もうひとつの理由が新型ATS整備にからむ事情だ。主要幹線では2016年までに新型ATS (ATS-Pなど) を整備することが義務づけられているが、「山線」も名目は函館「本線」であり、小型機に属するC11に機器を搭載する余裕 (場所と予算) のないことが影響している。現時点でATS-P/Psを搭載するSLはJR東日本の大型3機 (D51 498, C61 20, C58 239) とATS-PsのC57 180にとどまっていて、真岡鐵道からよく借りるC11 325はATS-SNのみ装備で、首都圏近郊では運転していない。

スハシ44 1

スハシ44 1

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2012-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

2012年秋の〔SLニセコ号〕は、通称「すずらん編成」14系座席車とスハシ44で運転された。同年夏に開催した北海道DCで利用客が増えることへの対応だったという。編成中のスハシ44 1は、かつての〔C62ニセコ〕にも連結された「カフェカー」。〔C62ニセコ〕運転開始当初はUCCがスポンサーについて、同車で喫茶営業を行っていた。現在でもカウンターが残り、車内販売基地となっている。
しま太郎
蘭越→倶知安の列車を比羅夫(ひらふ) 駅の近くで撮影し、そういえば……と駅に寄ってみる。比羅夫は無人駅になってしまった駅舎を先代オーナーが譲り受け「駅の宿ひらふ」を開業、ホームから一番近い宿として以前から旅人にその名を知られていた。
そんな駅に2003年、どこからともなく現れた一匹の猫はそのまま待合室に居つき、しっぽのしま模様から「しま太郎」と呼ばれ、駅と宿を訪れる客を出迎えてきた。当日もしま太郎は駅舎とホームの巡回勤務中(?)、壁に貼ってあった案内書きによれば「誰にでもすぐなつく」し「膝の上に乗るのが好き」というから、ほんとうに誰の膝でもいいのか実際に確かめてみることにした。
……瞬殺だった。

画像

オハシ47 2001

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400


心やすらぐ時間
翌2013年は所定の正調〔ニセコ〕編成となったので、10月下旬に渡道。「TOHOKU EMOTION」→青森空港→新千歳空港と飛んで入るすこし異質のルートだった。道内他地区での運転で客車はほぼ〔すずらん〕編成が使われるので (冷房の有無が大きいと思う)、藍色の客車は2年ぶりの登板だった。〔C62ニセコ〕終了後、旧客はスハシ44を除き廃車されていたため、〔SLニセコ号〕の客車はJR東日本から購入した。
こちらにも「カフェカー」としてオハシ47形(オハ47改) を連結しているが、実際には全車フリースペースで販売座席はない。だったらオシか、ロビーカー扱いのオハではないかと思いたくなるが。各車2000番台の電気暖房車で、電力は各車床下のディーゼル発電機でまかなっているほか、扉の一斉施錠もでき、車側灯が取り付けられている。
比羅夫駅でDE先頭の列車を撮り、振り返って"C11 207を狙った写真の隅に列車を見送るしま太郎「駅長」の姿があった。

シーズン最終週にもう一度。ここに来てようやく北四線の羊蹄展望とか200KPで撮影したりした後、また比羅夫に寄ってみた。扉を開け待合室に入ると、前回と少し雰囲気が違う。年齢を気遣い差し入れられたヒーターのかたわら、段ボール箱の中にしま太郎はうずくまっていた。わずかに上下する背中に息づかいを感じほっとしたが、とはいえ推定12〜13才くらいになるわけで、この冬を越せるだろうかと気がかりになりつつも、時間が迫ってきたのでSL復路も待たずに駅を後にしたのだった。
半年くらい経って、そういえばしま太郎はどうしているかな……と軽い気持ちで調べ始めたところで、彼の訃報を知ることになった。翌朝、息絶えているところを発見されたそうである。すでに体調を崩していたらしいが、あの日の冷たい風が魂を奪ってしまったのか。いや、〔SLニセコ〕2013のラストを見送り、シーズンを締めくくってから行ったのだと思う。

画像

オハフ33 2555

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2014-10
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400


比羅夫
1年後、ラストシーズンの〔SLニセコ号〕の牽引は、動向が注目されるC11 207がつとめた。同機もそうだが、どちらかが――状況からすればニセコ編成だろうが――用途からあぶれる客車の処遇も気にかかる。四度目の比羅夫を訪ねると、がらんとした待合室はキャットフードの匂いが消え、かつての定位置に遺影とオーナーの謝辞が残されていた。
誰でも愛し誰にでも愛された、長いしっぽが自慢のしま太郎駅長。銀河鉄道の駅でも、行きずりの旅人の膝を暖めているだろう。




現在発売中「鉄道ファン」2015年1月号では、「一刀両面」追録企画として〔SL銀河〕C58 239と〔SLニセコ号〕のC11 207を取り上げています。
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けむりの軌跡

2013/08/03 00:00
暑中お見舞い申し上げます。猛暑かと思えば記録的な大雨という不安定な真夏だが、ひととき涼しめの画像を。

道東冬の風物詩、釧網本線〔SL冬の湿原号〕ではJR北海道在籍の2機、C11 171と207が重連となる運転日が毎年設定されている。2011年2月下旬の運転では機関車が逆向きで釧路を出発、順光で捉えやすい復路が正向きとなるため注目度が非常に高かった。
鶴の来る駅として有名な茅沼。運次第だがタンチョウとの共演を楽しめる場所であると同時に、横から車両を抜ける数少ない場所でもある。復路のハイライトは、2機を同時に取り込むチャンスとしても外せない場所だった。
正面から捉える釧路方の踏切、横方向からの駅付近、たくさんのクルマと撮影者が集結する舞台に、左奥から列車が現れた。しばしの停車後いつもどおり汽笛は鳴らさずに発車する……のだが、きょうのけむりの量は尋常でない。2機の煙突からもくもく立ち上がる黒煙はみるみるうちに空を覆いつくした。勝手知ったる風に列車時刻に合わせ訪れるタンチョウたちも、これには辟易して早々に飛び上がったほど。
風に流された煙と蒸気がこっちへ向かってくる。あやうく列車全体がかげってしまうところだったが、ゆっくりスピードに乗る列車はぎりぎりのところでその影から抜け出し、そして踏切で構えていた撮影隊に蒸気の雨を降らせていった。

C11 207ーC11 171

C11 207ーC11 171

  • 釧網本線 茅沼 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

この画像は連載での使用候補からは外れることになった (初期の検討段階では入っていたが……) 煙の吹き出しが美しいものの、機械部分の描写という点で見ると弱いといった編集側の指摘があったためである。確かに、強烈なドレインで次位207号機の足回りが隠れてしまっているし、煙突からの黒煙で207が全体的にかげり気味。そういった指摘を踏まえて、連載の写真としては各機のメカニカルな描写を重視すること、15機をそれぞれ両側から捉えるということに決定したため、重連の作例はほかにもあったのだがそちらもお蔵入りとなった。
仕切り直して両者を単独で撮ることにする、しかしどう撮影したものだろう……。翌年もまた同地へ足を運んでみた (川湯温泉延長) が、名前の通り湿原域を走るこの列車は、まず沿線から撮影可能かどうかというのが問題だった。よく知られている撮影地では並行道路から線路が近すぎるか、逆に遠すぎるかの両極端。標茶ゆき向かって右側からの撮影は困難を極めた。結局、207号機が2012年夏の富良野線〔SLふらの・びえい号〕、171号機は秋の函館本線〔SLニセコ号〕までかかることになってしまったわけだが、ことしの〔冬の湿原号〕は207が車輪修理で離脱、富良野線の運転もなかったから、振り返れば絶妙なタイミングでもあったようだ。
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さらば青春の旅

2013/03/18 00:00
2005年5月、私は札幌から〔スーパー宗谷1号〕に乗った。終着駅に着くと、当時のJR線 営業キロ19,844.0kmの全線完乗を達成する予定の列車である。小雨も降っていた道中はいつのまにか雲が消え、クマザサの向こうに利尻富士の姿がかすんで見えた。
前日は帯広から広尾へ向かい襟裳岬、JRバスで様似、日高本線〔優駿浪漫〕で札幌へ、前々日は北見→池田で北海道ちほく高原鉄道を乗車。そこまでも「周遊きっぷ」北海道ゾーンを手に、東京から新幹線・東北・津軽海峡線、函館・室蘭・千歳線・石北本線と乗り継ぐ、のべ2,450kmの陸路であった。

キロハ261-203

キロハ261-203

  • 函館本線 岩見沢→峰延 2007-12
  • D200, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO125

3月16日改正を機に、今回もさまざまな車両が節目を迎えたが、年度をまたぐ4月までに旅客営業もいろいろ改定される。1月かぎりでプッシュホン予約・空席紹介サービスが、改正をもって東海道・山陽新幹線ミュージックサービス、JR東海在来線特急の車内販売が廃止された。来る3月23日からは全国ICカード乗車券 (Kitaca, Suica, PASMO, TOICA, manaca, ICOCA, SUGOCA, nimoca, はやかけん, PiTaPaのストアードフェア部) の共通化がスタートし、オレンジカードの発売が3月31日で終了。そして「周遊きっぷ」が、ゾーン券が3月31日有効開始のものをもって発売を終了し、1998年の発売開始からちょうど15年でその歴史を閉じることになった。JR線のりつぶしとともにあった周遊券・周遊きっぷも最近疎遠、というより使う気にならなくなっていたが、この報に一抹の寂しさは感じざるを得なかった。
「トクトクきっぷ」―最近では「お得なきっぷ」として案内される、特別企画乗車券 (きっぷに○囲みの企が掲示される) は、その存廃が各社の意向で決定できるものだが、周遊きっぷはそれらと違い乗車券制度の一環として成立し、JRグループの総意で発売されてきた。


周遊きっぷは以前の周遊券(周遊乗車券) 制度を引き継いだもの。周遊券とは一定の条件を満たした周遊形式の旅程 (国鉄・私鉄・バス・船舶) において運賃・料金が割引となるオーダーメイドの乗車券で、前身の「遊覧券」として戦前からの歴史があり、戦時中断を経て1955年から発売されていた。旅行会社で発売され、きっぷは旅程順に券を綴った冊子・クーポン形式であった。新婚旅行向け「ことぶき周遊券」という商品の存在は、鉄道が交通の主要手段だった時代を感じさせる (のちに一般向けグリーン周遊券となる)。

キハ261-103

キハ261-103

  • 函館本線 深川←納内 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

周遊券は発行に手間がかかることから、一定ゾーンを自由乗降区間とし、主要駅からのゆき券(A券)・周遊区間+かえり券(B券)をセットにした均一周遊券 (→ワイド周遊券) を翌1956年から発売、周遊区間を限定したミニ周遊券が1970年から加わった。均一周遊券は駅でも発売され、急行列車自由席に乗車でき、のちにワイド券は周遊区間内の特急自由席にも乗れるようになった。ほかに北海道・四国・九州へ片道航空機利用の立体ワイド周遊券 (→ニューワイド周遊券)、有名景勝地を観光バスのように巡るルート周遊券というものもあった。
周遊きっぷはこれらを統合し、アプローチ券(ゆき券+かえり券)+ゾーン券のセットで販売されるセミオーダーメイドの乗車券。券面には○に遊の文字が示されるが、これは周遊券制度を引き継いだことを由来とする。周遊区間はあらかじめ決まった67のゾーンから1つだけ選ぶが、その「入口(出口)駅」まで行き帰りのコースは、発着駅が同一かつゾーンを通過しない営業キロ201km以上の片道乗車券が成立すれば自由にできるのが特徴であった。私が目をつけたのは実はこの部分で、たとえば九州に行くのに伯備線・木次線・芸備線、帰りには山陰線・三江線とか姫新線・因美線・播但線なんてルートを選択し、未乗区間の走破を効率よく進められた。ワイド・ミニ券時代の往復ルートは2〜3コースに制限されていたが、駅ですぐ発売してもらえるので、東京で四国の券を買って旅行をはじめ、岡山で別の券を買い足して九州へ、なんてこともやったものだ。
ゾーン券は北海道ゾーンの5日・10日間を除き一律5日間有効、アプローチ券の有効期間は同区間の乗車券と同じ (ゾーン券の有効期間と1日以上重ねる必要がある)。アプローチ券は原則片道運賃の2割引・学割3割引だが、経路が東海道新幹線を含み600km以内のものは割引が5% (学割2割引) という、かなりの人に厳しい制約も存在した。他方、あくまでも乗車券であることから使用期間の制限がなく、最繁忙期の帰省にも有効であった。

スハネフ14 507

スハネフ14 507

  • 千歳線 島松→北広島 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

長所と短所を承知のうえ使いこなせばとても強力なきっぷなのだが、やはり旅程の組み立てや購入方法がわかりにくいのが欠点だった。みどりの窓口へ買いに行っても、不慣れな係員を煩わせる (行き帰りが直行ルートであっても…) のが常だったから、JR全線完乗が済むと使う機会もぐっと減った。旅の組み立てが変わって、航空路線や新幹線で直行ののち現地で必要な乗車券やフリーパスを購入するようになったことも大きい。周遊きっぷ自体も販売不振からゾーンの縮小が続き、最後まで残ったのはわずか13ゾーンである。
それにしても、「都区内フリーきっぷ」の廃止や、「青春18きっぷ」の動向については世間やマスコミが騒ぎたてているのに、周遊きっぷについてはほとんど反応がないことが、このきっぷの現状を如実に示している。もうひとつ手間のかかるきっぷと言えば「レール&レンタカーきっぷ」だが、こちらはレンタカー予約をインターネットに任せ窓口は乗車券発行のみとすることで打開を図っている (私にとってはけっこう有効なはずだが、なかなか使用機会がない……)。

2日間かけて北海道を縦断した私はバスで宗谷岬へ、その夜は〔利尻〕のスハネフ14で札幌へ。そういった夜行列車も寝台車も今や思い出語りでしかなく、考えてみれば寝台・夜行もあのときの〔富士〕以来乗っていないのだった。なくなるものに対してただ惜しんでも仕方ない話だが、しかし鉄道だけでほとんどJR・私鉄の全線走破ができたのは既に廃止されたものを含むさまざまな企画きっぷの存在あってこそで、ある意味幸運だったと言えるかもしれない。
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遠野物語

2012/10/20 00:00
チェールアルコ(花巻: 東北本線) 駅から分岐し、フォルクローロ(遠野) を経て太平洋岸のラ・オツェアーノ(釜石) を結ぶ「銀河ドリームライン」、正式名称は釜石線。前身である岩手軽便鉄道は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のモチーフになったとされ、ガラクシーア・カーヨ(宮守) 駅近くの石積アーチ橋・宮守川橋梁は撮影スポットのひとつである。かつては山田線および東北本線を経由した循環急行も存在したが、現在は3往復の快速〔はまゆり〕3往復が盛岡まで直通する。

10月14日「鉄道の日」を前に、ホットなニュースが飛び込んできた。JR東日本では東北復興支援として、盛岡市内の公園で静態保存されているC58形239号機の現役復帰を決定、2013年度冬季から同線で〔SL銀河鉄道号〕を運行開始するとのこと。順調に行けば同形では363につづく2機目の復活 (現在は静態保存の1号機を含めると3機目) となり、本線運転可能な蒸気機関車は16両になる。プレーリー形 (Prairie: 1C1/2-6-2) の中型貨客機であるC58は427両が製造され、D51, 9600につづく多数派であった。
この話自体は月初め頃から噂として耳にしていたから、実際のところ特段の驚きはなかった。それもいいけど貴重な電気機関車 (EF58とか55とか…) のほうもなんとかならないものかと思ったりするわけだが。しかしサプライズは牽引する車両にあった。客車4両編成は、JR北海道の学園都市線で活躍してきた「PDC」キハ141系を購入・改造して使用するというのだ。

キハ141-4

キハ141-4

  • 札沼線 石狩当別←北海道医療大学 2009-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

これは、釜石線内にある連続急勾配区間で蒸機単機では牽引力不足だが、上り坂で客車も力行すれば補機連結が不要になる、という理屈である。客車の整理が進んでおり、牽引するのに適当な車両が見当たらないという現実的な理由もありそうだが。それにしてもまさかのPDC再活用とは。
鉄道模型の世界では動力車の数が現実よりずっと少なく、軽量なNゲージの場合は新幹線フル編成でもM車1両ですむ。しかし真鍮製の大型モデルになると機関車だけでは牽引力が不足するので、本来動力車でない客車や貨車に動力ユニットを組み込むことがある。俗に「ユーレイ」と呼ばれているが、模型世界のユーレイが現実化してしまうところが興味深い。もともと客車として製造された車両だから、違和感の少ない編成が期待できそうだ。

キハ142-12

キハ142-12

  • 札沼線 石狩太美←あいの里公園 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

民営化後も札幌圏にはED76+50系51形の列車が残っていた。電車化で余ったこれら客車を気動車化したキハ141・142は29両が改造され、市街地化と教育機関誘致が進んだ学園都市線 (札沼線) に投入された。種車は無動力のキサハ144 (5両) も含めすべて緩急車オハフ51からの改造。オハフ50・51は両端に乗務員室と業務用室およびその出入台を持ち、そのスペースを活用することで改造コストを抑えている。1994年からは450psの強馬力エンジンを搭載したキハ143 (11両) となった。
種車が同じで改造メニューも似たようなものだから、各形式の外観の違いは少ない。キハ143はのちに冷房化改造されて屋上にクーラーが載り、足元が141・142のコイルばね台車からボルスタレス空気ばね台車に変更されている。キハ141・142は非冷房のまま朝夕ラッシュおよび冬季限定とされ、キサハは冷房化されてキハ143の増結車になった。

キハ143-152

キハ143-152

  • 札沼線 石狩太美←石狩当別 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

6月の札沼線電化・第一次ダイヤ改正で余剰となったPDCを含む車両群は、すでに一部が海外へ譲渡された。10月下旬の完全電車化・第二次改正で キハ141・142・キサハ144は全車撤退、キハ143は室蘭本線に移り711系電車と交代することになっている。
現在、北海道内のSL列車でも一部を除き補機にDE10または15が連結されているが、JR東でPDC協調方式が採用されるということで、将来的に影響が及ぶのか興味のあるところ。
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ステップからフラットへ-2

2012/07/14 00:00
富良野線からの帰りは札幌へ。この時期に北海道へ来たからには、もうひとつ「学園都市線」の様子を眺めておきたい。非電化ながら札幌近郊を走ることで急激に利用の伸びた学園都市線 (札沼線) は、6月1日に札幌〜桑園(そうえん) 〜北海道医療大学が電化。今回は第一次開業として約7割の列車を電車へ置き換え、10月には石狩当別までの全列車を電車化する。二段階スケジュールは1982年の東北新幹線みたいだ。
電化にあわせて新型車両733系が投入され、先立って長期試験されていたアルミ車735系アルミ車や721・731系とともに電車運用についている。気動車はキハ201にくわえPDCもラッシュ時中心に残っており、電車とPDC・ヨンマルの競演、非冷房車を中心に運用を離れた車両たちの甲種輸送など話題も多かった。7〜9月は「こころにくる旅。キュンと北海道」北海道DC (デスティネーションキャンペーン) の期間でもあり、多数の臨時列車運転とあわせ注目も集まっていることだろう。

クハ733-205

クハ733-205

  • 札沼線 石狩太美←あいの里公園 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

札幌駅8番のりばで9番に入る学園都市線電車を待つ。8番に据えつける〔スーパーカムイ〕の一瞬前に到着したのは、待望(?)の733系6連。前夜同駅でチラと見てはいたが、あらためて眺めると腰の低さが実感できる。E721系ほどまではいかないが、低床化 (客室床面高 1,050mm) によって出入口ステップが735系とも廃止され、いっそう乗り降りしやすくなった。
衝撃吸収の目的で顔面の中央部が張り出した顔つきは731系と同じ (ひそかにマツイ顔と呼んでます)。731系は構体を共有したキハ201が車体傾斜装置を装備するため、腰を境に上下両方がすぼまっているが、733系は上が垂直かつ下部の絞り込みが延長されているのでアゴのとがった顔に見える。
車内はロングシートで731系に似ているが、扉付近の折り畳み席は通常座席に変更された。デッキを省略し、風防つき袖仕切り・エアカーテン・開閉ボタンを装備するのは731系などと同じ。

モハ733-103

モハ733-103

  • 札沼線 石狩太美←あいの里公園 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

軽快に走り出した733系は、市街地を回り込むように北東の石狩市方面へと高架区間を進む。エンジン騒音のない車内は空調も完備され、快適さは格段に違う。従来3両編成だった昼間の列車にも6両運転が増えたことで、混雑緩和にもなっている。
地平に降りると、踏切ごとに虎縞の門型バーが建てられているのが目についた。架線事故防止のため、自動車の高さ制限を徹底しているのだ。20,000Vという高い電圧は近づいただけで感電するともいわれ、各駅に貼り出しているポスターには釣竿やホースでの水撒きなど、感電の恐れがある事例も挙げて注意を喚起している。
30分ほど走った石狩太美(ふとみ) で降り周辺を探してみたが、線路脇の雑草がだいぶ伸びている。結局、石狩川付近まで歩いてしまった。バックに石狩川橋梁 (ワーレントラス橋) を入れて俯瞰できるビトエ跨線橋からの撮影は、防風柵がさらに延長されてアングルがいっそう難しくなっているようだ。

クハ731-212

クハ731-212

  • 千歳線 上野幌←西の里(信) 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D+TC-14E, ISO250

731系も小径車輪 (810mm) を使用し、どちらかといえば低床型であるため、窓割が同じこともあって全体の印象に違いはない。黄緑の下についていたサブカラーの赤帯・青帯(キハ201) が733系には設定されず、側板のビードもなくなっているので側面はあっさりとしている。735系は側面帯もないのでさらにすっきり(?)
新十津川から直通するキハ40 400番台を併結したPDCも撮って、石狩太美から乗ったのはまた733系。(735系は来ていなかった) ところがスピードがなかなか乗らず、新川の札樽道オーバークロスではノロッコ号かと思うほどの徐行運転。あとで時刻表などを調べたら、あいの里教育大〜桑園間でほかの電車より5分も余計にかかっている。従来気動車でも代替できる運用を残したと推察できるが、新鋭電車なのにキハ201系どころかPDCにも負けてしまう妙なダイヤにあたってしまった。

キハ201-302

キハ201-302

  • 札沼線 北海道医療大学←石狩当別 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

午後に 百合が原付近のカーブへ行ってみるため、もういちど札幌から乗った。こんどはキハ201、昼間の気動車列車は事実上同系で統一され、冷房化も事実上完了したことになる。
函館本線の普通電車と同時刻の発車で、勢いよくスタートしたキハ201は721系に食らいつき、桑園まで併走した。文句なしの高性能を垣間見ることができたが、10月の全面電化以降はどう扱われるのか? PDCキハ143が室蘭本線へ異動するのと入れ替えに、711系が札幌圏でふたたび使用されるという話もあわせ、有り余るほどの性能をどう使っていくのか興味あるところだ。
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のろ・のろ・トロッコ

2012/06/30 00:00
富良野線・夏の観光列車〔富良野・美瑛ノロッコ号〕。「ノロッコ」とはノロノロ走るトロッコの意で、以前は「日本一遅い列車」と宣伝していた記憶がある。現在の鈍速列車トップは門司港レトロラインだろうか。
吹く風や沿線の花の香りを感じられるよう大きく開口部を設けた車両は、美瑛〜美馬牛間と中富良野〜富良野間で速度を落とし走行する。ラベンダー畑〜中富良野間も1.5kmしかないのでスピードは乗らず、これからの時期はファーム富田や中富良野の北星スキー場ラベンダー園などをゆっくり楽しむことができる。

オクハテ510-2

オクハテ510-2

  • 富良野線 西神楽←西瑞穂 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

DE15形ディーゼル機関車牽引による客車列車であるが、この列車の特徴は客車の一端に運転室を設けてDEを遠隔操作、つまり富良野ゆきは推進運転になることだ。これは先に登場した〔釧路湿原ノロッコ号〕〔流氷ノロッコ号〕と同様で、折り返し駅での機回しを省略できる。運転台は簡易ではなく保安装置ATSも装備するため、後部から操縦する推進運転のような運転速度の制限を受けない。
富良野方に位置するのがオクハテ510形、50系51形客車 オハフ51形からの改造だ。「自重35t級(オ)制御(ク)普通(ハ)展望(テ)客車」とは、国鉄時代にはなかった形式称号。気動車でエンジンを搭載しない運転台つきの車両には「キク」がつくが (その一例)、被牽引が前提の客車にとっては運転台を設置するという概念がなかったのだから当然か。もっとも、いまでも機関車+客車が自然な欧州の鉄道では、この方式による運転も日常的に行われている。

ナハ29003

ナハ29003

  • 富良野線 鹿討←学田 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

旭川方は電源装置などを装備したオハテフ510、そしてその中間にはナハ29003という小ぶりな車両が挿入される。
種車は貨車のワキ10000形で、かつて汐留〜苗穂間で繁忙期に運転した〔カートレイン北海道〕の自動車積載に連結された。同形はもともとコキ10000形やレサ10000形といった100km/h運転対応の高速貨物列車向けに増備され、貨車なのに電磁ブレーキや空気ばね台車をおごる「貨物のブルートレイン」だった。用途廃止後、列車内でバーベキューを楽しめるイベントカーとしてテーブルにホットプレートを装備したナハ29001, 29002が改造され、のちに〔富良野・美瑛ノロッコ〕へ29003が増備された。同車には調理設備はない。

前日の土曜、富良野方を前向きで運転する予定だったC11 207号機は、後日わかったことだが不具合のため急遽連結中止となった。実はその日予定を入れられず日曜のみに集中するつもりだったが、結果として賭け(?)に勝ったことになる。日曜のC11は予定通り後ろ向きで旭川を出発、晴れ舞台を締めくくるべく前向きで旭川へ戻る。
〔ノロッコ2号〕の撮影から、富良野〜上富良野間では2回撮れると踏んだ。この区間は碁盤の目状に区切られた田畑の区画にきちんと沿って線路が敷かれ、ほどよく離れた距離に道路が通っている。道内でもっとも撮影しやすい場所と思われるが、雑草などがかからないよう慎重に場所を選んだ。ファーム富田などを見学してきた観光バスの通過も多く、車内ではノロッコ号に関するガイドが流れるところだろうか。
「ブォー」と富良野発車の汽笛が聞こえてしばらく、黒煙が視界に入ってきたが、なかなか本体の姿は見えてこない。そのうち中富良野方面へ急ぐ車の数が急に増えた。手前の区間で撮った人たちが先回りをはじめたのだ。車の通過がひとしきり済んだあと、ようやく列車が目の前に。
各車両をゆっくり撮影して、それでは西中へ……と、機材を取り込みおもむろにクルマを発進。さてノロッコは……って、まだ目の前にいるではないか!! あっさり追い抜いてしまい、これなら中富良野までにもう一回撮れそうだ、と道路わきに再停車して撮ったのがこれ。

C11 207-DE15 1533

C11 207―DE15 1533

  • 富良野線 中富良野←鹿討 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

今にも止まりそうな、まさに牛歩で進むC11とDE15。平坦な区間でこんな速度で走るほうがむしろ難しいのではないかと思えてくる。
C11形207号機は日高本線・瀬棚線・胆振線など道南で運用され、霧が出やすい地区を走るため対策として前照灯が2灯に増設された。その独特の風貌から同機は「カニ目」と呼ばれている。横からだとその特徴的な姿を描写しにくいのが難点だが、171号機と比較すると灯具の位置が前後とも低くなっている。ノロッコ本来の牽引機DE15 1533はことし1534に続いて専用塗装になった。道央の景色と花を描いたあざやかな緑色の塗装が美しい。

そうこうしてから大本番の西中へ。天気も薄日が差すほどで条件は上々といえた (このあと旭川付近でものすごい土砂降りに遭遇することになるのだが……) 汽笛一声ラベンダー畑を出発した列車は、こんどは足取り軽やかに通過していった。
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ラベンダーの風

2012/06/23 00:00
北海道のほぼ真ん中を走る富良野線。官設鉄道によって旭川から釧路へ向け建設が進められた同線は根室本線より先に下富良野(→富良野) へ達した (1900年) が、その滝川〜下富良野間開業 (1913年) で支線となった。かつて旭川駅は操車場→旭川運転所が構内にあったため富良野線のりばだけが遠く離れ、駅本屋から連絡地下通路を延々と歩かされた。駅周辺の再開発と高架化によって2010年に函館・宗谷本線と統合され、のりかえは格段にしやすくなっている。
もともと優等列車は急行〔狩勝〕の一部が乗り入れる程度で、現在も全列車が普通列車となっているが、美瑛・富良野という有名観光地を結び、車窓の変化にも富むことから近年ではJR北海道の重点観光路線とされている。1998年から夏期を中心に観光列車〔富良野・美瑛ノロッコ号〕を運転、翌年にはラベンダーで知られる観光農園 ファーム富田の最寄り駅として、西中〜中富良野間に臨時駅「ラベンダー畑」が開設された。
ことしも「JRで行く富良野・美瑛2012」キャンペーンにあわせ、6月9日からノロッコ号が運転を開始 (8月31日まで毎日)。オープニングの9・10日には旭川発着の1往復が〔SLふらの・びえい号〕となり、C11形207号機が先頭に立った。ラベンダーの見頃にはすこし早く、周辺はまだあざやかなグリーンが主役だった。

キハ150-3

キハ150-3

  • 富良野線 鹿討←学田 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

富良野線の普通列車はキハ150形の運転で、1往復は快速〔狩勝〕として帯広まで足を伸ばす。
道内ローカル路線の輸送改善として、国鉄最終期にキハ54が投入されたことは何回か触れたが、同形は非冷房・コイルばね台車 (新製当時) で、また2エンジン車なので重量・燃費の課題がある。そこで新規開発されたキハ150では、450psの高出力ディーゼルエンジン1台を搭載し2軸駆動とすることで、冬季の勾配路線でも単行運転を可能とした。サービスアップとして道内一般車では初の冷房車になり、窓は固定化されている。また当初からワンマン運転を前提にデッキ仕切りが省略された。富良野線・函館本線(山線) に0番台、室蘭本線(海線) に100番台が投入され、キハ54・40の転配とあわせて老朽化の進んだキハ22形が置き換えられた。
箱型の車体は前面のライトケース、側面窓も含め全体的に角で囲った印象を強く受ける。キハ40などではサブカラーのラベンダーパープルが富良野線車ではメインカラーになっていて、ドアもラベンダー色に塗られている。

キハ150-104

キハ150-104

  • 室蘭本線 有珠→長和 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

室蘭本線向けの100番台は非冷房で窓も開く。上部が室内側に倒れる窓は、781系とキハ183系それぞれ試作車の非常換気窓として一部に設置された。しかし空調による結露の問題などから量産車では採用されず、試作車も固定窓に取り替えられた。塗りわけは他の一般気動車に準じ、富良野線とは色使いが逆転していることがわかる。
画像同形の隠れた特徴はトイレの脇にある。車椅子スペースが設置されているのだが、その横に1人掛けの横向き座席がある。ということは「ショートロングシート」!? ここでいうロングとは longitude つまり車両の長手方向という意味であり、1人掛けであっても横向きならばそれは間違いなく「ロングシート」ということになる。

ラベンダー畑駅はノロッコの運転時期だけ足場で組んだ仮設ホームが設置され、シーズンオフは跡形もない。さらに普通列車については毎年海の日前後 (2012年は7月13〜16日の昼間) 以外停車せず、基本的にノロッコを利用しないと乗り降りができないので注意。

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海峡に舞う

2012/05/26 00:00
東北新幹線の終点・新青森と函館を結ぶ青函特急〔スーパー白鳥〕は、現在789系6両での運転 (2往復は485系〔白鳥〕) だが、連休や盆暮れの高需要期には8両編成となる。
新幹線八戸開業にあわせて2002年に登場した、"HEAT 789" こと789系。冬は地吹雪も吹き付ける平原、海岸からの潮風そして高湿度の海底トンネルという過酷な環境に対応し、また上り12‰連続勾配でも140km/h運転が可能な性能を持つ。先頭部はキハ281系から続く貫通形高運転台で、石勝線むけキハ261系の0番台と1000番台の中間に位置するデザイン。カンパニーカラーの萌黄色と、客用乗降扉脇の青函海峡図が北海道へと誘う。HEATは "Hokkaido Express Advanced Train" の意で、キハ281系 (現在 "FURICO 281") の愛称を引き継いだ。

クロハ789-101

クロハ789-101

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

函館で〔SL函館大沼号〕を降りたあと、午前中に存在を確認していたチ1000形を撮ろうと〔スーパー白鳥40号〕が停まる8番のりばを先端側へ進む。すると平板な789系側板の先に横筋のある車体が見えた。「こ、これは!」
道央のエル特急に活躍する785系電車は札幌〜旭川間〔スーパーホワイトアロー〕でデビュー、基本4両編成と付属2両編成それぞれ5本ずつを組み合わせ運転していた。2002年からの5両編成化で付属編成は2本を連結、のちに中間の運転台機能を停止しスカートを取り払ったのだが、あぶれてしまった1本は苗穂工場の脇で長期保管されていた。
それが2010年春に〔スーパー白鳥〕スタイルに変身して再登場、ファンの度肝を抜いた。東北新幹線の新青森開業に伴う青函特急再編への対応として、この785系保留車が活用されることになったのだ。

翌日、青森への移動で〔スーパー白鳥42号〕に乗る。その編成先頭にいるのは、またも785系ではないか。そうと知っていたら「えきねっと」シートマップで7・8号車を指定したのだが。
翌早朝、油川の撮影名所でED79牽引の大増結〔はまなす〕編成写真をおさめ、東北新幹線に移ってE5系〔はやぶさ〕を撮り、ホテルで朝食を取って、ふたたび油川に着いた。前日の42号は折り返し33号で函館へ行ったから、午前中の上り列車に賭けて待つ。1時間後、右手から現れたのは……

クハ784-303

クハ784-303

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

クハ784-5改めクハ784-303。301,302は789系で在籍するため空けたと見える。前面の愛称表示器はLEDから電照式になり、逆に側面の表示器はLED化された。
道央時代に施工された導風板追加やスカートの穴はそのままで、形状としては変わっていないはずだが、なにより下ぶくれの前面を黄緑に塗りつぶした印象が強烈で、その容姿から「バッタ」とか「カエル」とあだ名されている。
室内はリフレッシュされ、シートは789系と共通のグリーンに取り替えたので、黙って乗っていれば違いに気づかないかもしれない。オリジナル車はデッキから運転室越しに前面展望を得られるが、同車は仕切扉の窓がふさがれてしまったため、編成端貫通路が閉鎖された現在 乗客が青函トンネルを前方正面に見ることはできなくなった。

モハ785-303

モハ785-303

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2012-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

旧クモハ785-105は中間車モハ785-303に。運転台を完全に撤去した鋼製の前頭部は窓と扉がすべて埋められ、つるんとした端面になった。
国鉄〜JRの電車は中間車の先頭車改造がさかんに実施されてきたが、私鉄では短編成の電車から長くなったため中間運転台を撤去する例が多く、改造車の連結面にその面影を感じることもある。とはいえここまで丸みを帯びた流線形の改造例は思いつかない。クハ784-105と同じ形なのに、こうも印象が違うものか。連結相手がクハ789だから、まあそれもアリなのかなという感じもするけれど。
珍妙にして貴重な785系300番台は、789系300番台と同様に編成青森方へ連結される付属編成とあって、繁忙期でないとなかなかお目にかかれないようだ。なお新青森開業後の輸送力増強として、2011年度に789系6両が新製投入されている。
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タイトル 日 時
はこだてブルー
はこだてブルー JR北海道の電化区間は6月からの学園都市線を入れてもまだまだ限られているし、2両以下を組める電車も在籍しないので、ローカル区間の普通列車は気動車が基本となる。「津軽海峡線」の函館〜中小国間も電車は特急のみ、かつての快速〔海峡〕は衰退期にあって異例の客車列車だった。 現在、函館運輸所の普通列車むけ車両はすべて両運転台・ワンマン対応のキハ40形700・1700番台で、需要に応じた編成を組んで函館本線 (長万部まで) と江差線で運用されている。白地に萌黄色の腰帯を巻いた北海道標準色は、サブカラーが他... ...続きを見る

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2012/05/19 00:00
体感・二軸貨車
体感・二軸貨車 春期(大型連休) と夏期に函館地区で運転している〔SL函館大沼号〕。今期(2012年)も4月28日〜5月6日の毎日、函館→(仁山経由)大沼公園→森、森→渡島砂原→(大沼経由)大沼公園→函館 の経路で運転された。 同列車は2001年の運転開始からの乗車人員が今期で10万人に達している。達成日となった4月30日には函館駅で記念式典が行われ、当日の乗客に記念品のクリアファイルが配られた。 ...続きを見る

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2012/05/12 00:00
ギャク編成
ギャク編成 「逆ヘンセイ」……なんだかよくわからないけどなんとなくわかる気がするこの単語は、JTB時刻表 (JTBパブリッシング) 内の「列車の編成ご案内」に登場する。「○○ー△△間逆編成」とは、「○○駅から△△駅の間は編成が図示されたのと逆になって行先方向へ進みます」という注釈である。JR時刻表 (交通新聞社) では (○○〜△△間逆向き)という表記。 ...続きを見る

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2012/04/28 22:00
秘境駅へ
秘境駅へ 雪の降りしきる北見峠の麓。石北本線の特急〔オホーツク〕を撮ったあと、人通りの少ない国道から左折すると、正面に木造の建屋が現れた。上白滝(かみしらたき) 駅。通年営業駅としては最も停車頻度が少なく、一日に上下一本ずつしか列車が停まらない。 ...続きを見る

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2012/04/01 00:00
夜空の道しるべ
夜空の道しるべ 福島県会津地方で大学サークルの「合宿」をした、1994年夏。都合でひとり遅れて夕方の東北新幹線で郡山へ向かい、磐越西線・只見線を乗り継いで小さな駅に降りた。 駅から宿まで歩いて10分。あたりに街灯がポツポツと並ぶ程度の暗い夜道で、ふと見上げた空には数え切れないほどの星が。思わず息をのんだ。 ...続きを見る

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2011/05/20 16:20
息づかい
息づかい 函館本線・苗穂駅。道内最大の駅をとなりにして、距離でも2kmしか離れていないのに、この駅には特急はもとより快速も停車しないから、乗降客はずっと少ない。しかしここには国鉄時代から道内に走る動力車を預かる苗穂機関区が設置され、現在ではJR北海道の気動車が苗穂運転所所属で在籍する、隣接する苗穂工場とあわせて北の鉄路の重要拠点となっている。 冬の短い日がすっかり暮れた駅構内に、電飾された機関車が煙をたなびかせていた。12月の週末を中心に札幌〜小樽をC11牽引で運転した〔SLクリスマスin小樽〕 (注:... ...続きを見る

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2010/12/24 00:00
Rhythm And Freight
Rhythm And Freight 1970年代以降の国鉄非電化路線で客貨車牽引に活躍したディーゼル機関車、DE10形。幹線向けDD51の技術を継承した中型の機関車で、全国各地の車両基地や操車場 (貨物ヤード) に配備された。国鉄からJR7社に引き継がれた唯一の形式でもある。 "DE"のDはディーゼル、Eは5軸駆動。車体は入換作業に向くデッキつき凸型で、前位側にエンジンと冷却器、後位側に運転台と暖房用蒸機発生装置 (SG) を置いた前後非対称のボディが、同形を強く印象付ける。下回りはそれぞれ3軸と2軸の構成だが、3軸のほうはカー... ...続きを見る

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2010/10/02 00:00
優駿の道
優駿の道 道央太平洋側の拠点港をもつ中核工業都市・苫小牧を起点に、海岸沿いに長く伸びる日高本線。「本線」と名乗ってはいるが、もともと軽便(馬車)鉄道だったところで、支線も富内線 (鵡川〜日高町: 1986年廃止) しかなく、現在は145kmという長大な盲腸線状態。急行も国鉄末期に廃止されて、現在は全線で3時間以上を要する。終点の様似からJR北海道バスで1時間走ると襟裳岬で、さらに巡って1987年に廃止された広尾線代替バスに連絡している。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/06/01 23:50
神の村にて
神の村にて 国道12号線で深川から旭川へ向かう途中、山に突き当たった道路はトンネルに入る。そこに入らず直前で左折すると、すぐに「神居古潭 (かむいこたん)」の看板が見えてくる。 カムイコタン (kamuy-kotan) とはアイヌ語で神のいる村(場所)の意。道央をゆったり流れる石狩川はこの周辺で山間の狭い谷を抜けており、「舟が唯一の交通手段だった時代、両岸から奇岩怪岩が迫る激流のこの地では、神(カムイ) に祈りを捧げて通らなければならない場所」で (当地の解説文による)、そのような難所であることから「魔神... ...続きを見る

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2010/05/26 23:50
学都の顔、札沼の主
学都の顔、札沼の主 昼下がりの札幌から、学園都市線キハ201系で北海道医療大学へ向かう。 「学園都市線」の愛称を持つ札沼(さっしょう) 線は、札幌のとなり桑園(そうえん)〜新十津川(しんとつかわ) 間76.5km。「沼」は留萌本線の石狩沼田で、もともとそちら側から先に開通したのだが、赤字が著しい区間だったために新十津川〜石狩沼田間が1972年に廃止され、今の姿になっている。近年札幌市内 (札幌〜あいの里公園間) は住宅開発が進み、また愛称の通り沿線に教育機関が多くなったことで通勤通学客が急増した。JR化後には桑園... ...続きを見る

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2010/05/15 00:00
ウォーミング・アップ
ウォーミング・アップ ひさしぶりに上野幌の築堤に立つ。いまひそかに注目している一般形DCの代表形式キハ40系、北海道の仲間を撮り集めよう、と連休のさなか札幌千歳へ乗り込んだところだ。 JR旅客6社に在籍する最多両数のグループで、まだまだ平凡といえる存在のキハ40だが、形態のバリエーションも意外に多く、地方独自の塗装は言うまでもない。そして特徴的な二重窓タイプは、北海道でないと見られない車両たちだ。 札幌圏での同系の舞台は「学園都市線」だが、準備運動に千歳線へ足を運ぶ。最初のターゲットはキハ183-5000番台 (... ...続きを見る

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2010/05/10 22:00
キハとキハ
キハとキハ ディーゼル特急の編成などを眺めていると、気動車は先頭車も中間車も普通車「キハ」グリーン車「キロ」だ。電車に比べ小単位で分割併合も頻繁にあったこと、重量と出力の関係でほぼ全車両が走行用エンジンを搭載することから、走行動力つきの車両は運転台の有無や数 (形式の下一桁で区分) を問わず「キ」で統一されている。「キク」という称号も存在するけれど、これは運転台があり走行動力を持たない気動車のことだ。見た目電車のクハと同じだが、制御方式・電気回路の違いから両者は厳然と区別される。 かつては電車でも編成の増... ...続きを見る

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2009/12/05 23:10
北の大地に30年
北の大地に30年 国鉄色183系の引退興行と見られていた今回の道内一周、名目としては「183系特急形気動車登場30周年記念」だった。道中様々なトレインマークを掲出して走行し、途中駅での「幕回し実演」など見所も多かったようだ。同系登場を機に気動車特急のイラストマーク化がはじまったので、たしかに登場時にとても近い出で立ちであったといえる。 キハ183系は、酷寒地での運用で疲弊したキハ80系の後継車として開発された道内専用車で、1979年に試作車が登場。翌80年から10両編成〔おおぞら〕でデビューし、1981〜198... ...続きを見る

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2009/11/30 23:45
ラッキー☆セブン
ラッキー☆セブン 11月21〜23日の三連休、特急形気動車キハ183系の登場30周年を記念し、波動用の国鉄色4両編成を使用した道内一周ツアーが組まれた。公式にアナウンスこそなかったものの、この運転が4両にとって最後の舞台であるということがほぼ事実として噂されていた。 国鉄色のスラントノーズキハ183をきちんと記録したいと思い続けたところ、ようやくこの時期になって訪れる算段がついた。22日朝の〔おおぞら〕を狙い、前夜〔スーパーとかち〕で入った帯広から行動開始。十勝川鉄橋の近くで普通列車などを使い、アングルの「追い... ...続きを見る

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2009/11/26 23:45
重連の咆哮
重連の咆哮 千歳線の旧線を活用したサイクリングロード。上野幌駅から歩いて20分ほどの築堤からは現在の千歳線がほぼ正対する。下り列車は勢いよく雑木林から飛び出してくる一方、左手遠くに駅が望めて上り列車の接近は容易に知ることができる。 午後2時過ぎ。夕方と呼ぶにはまだ早い時間に札幌を出発する、上り〔トワイライトエクスプレス〕がやってきた。上野幌までの下りから一転、西の里信号場までのゆるく長い上り勾配は、上りブルトレ最初の見せ場といってもいいだろう。ノッチオンした2両の機関車は勢いよく紫煙を噴き出し、1,100... ...続きを見る

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2009/04/29 16:30
カラフル!
カラフル! 最近、首都圏のスーパーなどでも「北海道味物語」というカップラーメンが販売されている。映画「旭山動物園物語」公開記念企画のひとつで、売り上げの一部が寄付され「あさひやま"もっと夢"基金」に充てられるという。 日本最北の動物園――旭川市旭山動物園の沿革、危機と復活について、ここであれこれ話す必要もないだろう。いま名実ともに日本の動物園を代表する存在である。 JR北海道でもJR特急往復+バス+入園券をセットにした「旭山動物園きっぷ」を発売し、札幌圏からの誘客に努めてきた。さらに、2007年春季開園... ...続きを見る

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2009/02/21 11:00
White Arrows
White Arrows 最近のエントリは季節感がなさ過ぎるようなので、このあたりで寒い画でも……ということで、冬といえばやはり北海道から。 ...続きを見る

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2009/02/15 21:30
Re: Start!
Re: Start! あらかじめお断りしておかなければならないが、今回の写真は昨年1月の本家扉と賀状に使用したものだった。 でも最近は世間でもリメイクだ再結成だ、鉄道でもリバイバル=昔の再現という風潮が (それが多分にさよなら運転につながっているのがどうにも複雑だが) 高まってきている。だからというには強引すぎるけれど、私ももう一度立ち返ってリスタートしてみようか。まもなく道東・冬の風物詩が幕を開ける。 ...続きを見る

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2009/01/08 00:20
国鉄からのおくりもの
国鉄からのおくりもの 国鉄が1986年度予算で新製した車両の多くは北海道・四国・九州地区に配置された。これは厳しい経営が予想され、また老朽・陳腐化した車両を多く抱える北海道・四国・九州地区新会社(現JR北海道・四国・九州)の経営基盤を確実にするためとされた。 具体的には、北海道へ気動車キハ183系500番台・キハ54、四国へ121系電車と気動車キハ185系・キハ54・キハ32、九州へキハ31(415系1500番台もその意味合いが大きい)。いずれもそれまでの「広域転配」を前提とした全国共通の設計から脱却して地域の実態... ...続きを見る

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2008/11/25 23:00
ニューフェイス1周年
ニューフェイス1周年 ちょうど1年前の2007年10月1日、789系1000番台〔スーパーカムイ〕がデビュー、781系を一斉に置き換えた。同車は〔スーパー白鳥〕に使用される "HEAT789"(100番台) から青函トンネル対策などの特装を解いて、かわりに乗降扉を増設した。 ちなみに100番台も将来こちらへの転用を想定した設計がなされているとか。 以来、1990年登場の"SWA" 785系とともに北海道「エル特急」の顔として道央地区を快走する。空港連絡・ビジネス利用のほか、週末は旭山動物園へのアクセス列車にもなる。... ...続きを見る

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2008/10/01 01:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(1)
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(1) 私がブルートレインによく乗るようになったのは民営化後だいぶ経ってからなので、B寝台は当然のごとく"★★★"「二段ハネ」。ビジネスホテルの部屋にくらぶべくもないが、枕を転がしカーテンを閉めれば寝てよし起きてよしの個人空間ができあがる。 かつての三等寝台→B寝台は三段があたりまえで、とくに長距離列車では寝台の組立・解体作業が走行中の車内で行われていた。埃立つ作業中は通路で待たされ、頭がつかえるベッドでは横になるより無く、昼間は幅広とはいえ6人がけのボックス席。そんな窮屈な環境でも寝台券は連日売り切... ...続きを見る

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2008/09/06 22:00
夢の彼方へ 〜惜別〔まりも〕
夢の彼方へ 〜惜別〔まりも〕 ほぼ同時期に登場した781系電車(1978年)と183系気動車(1979年)は、互いに意識したのか前頭部の表情は対照的だ。どちらも着雪防止を図ったものとされるが、781系が「丸み」で構成されるのに対し、183系は「く」の字型前頭部に四角いライトケース・タイフォンシャッターと直線づくし。そのいかめしい姿は「スラントノーズ」と呼び親しまれるようになった。 スラント(slant)とは「斜めに」のほかに「(目の)つり上がった」という意味あいもある(俗語でもあるようでこれ以上詳しく書けません)。正面から... ...続きを見る

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2008/08/29 23:08
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(1)
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(1) ここまでは列車ごとに紹介してきたが、ここでは特定の設備のみを備えた車両をひとまとめに紹介したい。1人用B個室寝台「ソロ」。 ソロをはじめとした個室寝台車のバリエーションは、JR化後の数年間で一気に増えた。しかし客車はすべて改造でまかなわれ、編成に1〜2両程度の追加であった。その後景気後退などの影響も受けたかこの種の改造はパタリと止んでしまい、現在では種車の老朽化が著しいこともあって、これ以上の進展は残念ながら望めそうにない。列車の集約と転用によって、結果的に編成のバラエティが増しているのは皮肉... ...続きを見る

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2008/08/21 23:10
ブルートレイン2008: はまなす
ブルートレイン2008: はまなす ここで番外編的だが〔はまなす〕についても取り上げようと思う。寝座混合の急行列車であり、厳密な「ブルトレ」の定義からは外れているが、いまや貴重な「夜行」「急行」「客車」列車である。 〔はまなす〕を撮れそうな場所はいくつかあるが、この夏までとなる〔まりも〕も一緒に狙うとなると千歳線で張るしかない。〔北斗星〕の前に、早朝の島松付近へ寄った。水田が広がる光景は本州と同じだが、そこにキタキツネが顔を出すのは北海道ならではだろう。 ...続きを見る

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2008/08/02 23:00
ブルートレイン2008: 北斗星(6)
ブルートレイン2008: 北斗星(6) E655系「なごみ(和)」の写真がほしくて東北本線に出た時のこと。西側から撮った〔北斗星〕は逆光が強すぎて結果としてはだめだったが、そのときファインダーに入ってきたB寝台の一両に違和感を感じた。 あわてて追いかけてみたら、これがオハネフ24 500番台。臨時〔北斗星〕の設定ももはや期待できず、本州どころか道内でもなかなか走らないのではと思った車両の上京は意外だった。 調べてみると、オハネ25 560(オールデュエット)の代車のようだ。それで別の日に撮影を試みると、やはり代車に使われていた。2... ...続きを見る

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2008/08/02 01:00
ブルートレイン2008: 北斗星(5)
ブルートレイン2008: 北斗星(5) ほんらい、国鉄客車は頭の質量記号「コホナオスマカ」を除いた用途・設備そして数字の形式で区分される。たとえば14系座席客車の3車種(製造時)は ハ14, ハフ14, ハフ15 (それぞれ オハ14, スハフ14, オハフ15)。改造などで自重が変わり、質量区分をまたいだ場合は別形式が取られた(スハ43→オハ47, オハネ17→スハネ16)。 しかし国鉄末期からお座敷車両など客車の改造が進み、質量記号が違うだけの「重複形式」も珍しくなくなってきた。ブルトレでは ハネ25, ハネ25-7 (オハネ2... ...続きを見る

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2008/07/31 23:15
ブルートレイン2008: 北斗星(4)
ブルートレイン2008: 北斗星(4) 〔北斗星〕向けに使用する食堂車は、東海道筋のオシ14/24がまだ現役だったこともあり、電車特急から外されたサシ481/489を種車とした。スタイルからすると583系のサシ581のほうが似つかわしいのだが、こちらは鉄道車両として再生されることはなかった。結果として屋根高さがまったく違う同車は、編成中央で非常に強いアクセントとなっている。車体にエンブレムが貼られていないことからわかるように、ここまで(7〜11号車)東日本の保有車両である。いまひとつの違いは、テーブルのランプシェードの色(北海道は赤)... ...続きを見る

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2008/07/28 23:50
ブルートレイン2008: 北斗星(3)
ブルートレイン2008: 北斗星(3) 今はもうないが、改造個室寝台のはしりは4人用B個室寝台「カルテット」(オハネ14 700)である。そのベッドを半分にして残りをリビングスペースにした形の2人用A個室寝台(オロネ25 500)は民営化直前に落成し、しばらく〔ゆうづる〕に使われていた。東京−札幌間の寝台特急については、当初この「ツインDX(デラックス)」を最高グレードにするつもりだったようである。 さてツインDXといえば、北海道の「ニューツインDX」ことオロネ25 551が注目車だった。中2階建て、天窓つきという非常に目立つスタイ... ...続きを見る

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2008/07/28 23:40
ブルートレイン2008: 北斗星(1)
ブルートレイン2008: 北斗星(1) この「ブルトレ全車撮り」をやろうと思った理由は、ゴールデンウィークで〔北斗星〕の大半をこなすことができたからなのだが、そこには二度の転機と後悔が含まれていた。 まず2006年3月。青森駅工事の影響で本州内での編成が逆転し、寝台・個室が西側を向いてしまった。つまり朝の上りを順光側で撮っても、かわり映えのしない通路側になってしまったのだ。 夏場なら1号を撮れる……と思ってはいたのだが、結局行かずじまいであった。で、2008年3月。1号が廃止されてしまうと、下りの本州側はもう絶望的である。となれば... ...続きを見る

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2008/07/25 22:00
TOYAKO SUMMIT
TOYAKO SUMMIT 第34回主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)が開催される。道内では警備も超厳戒態勢に入っているのだろう。と言っている首都圏も例外ではなく、構内を警官が巡回していたり、駅のコインロッカーが閉鎖されたりなど、影響は少なくない。 さてJR北海道では快速〔エアポート〕に使用する721系の3編成に4月末からラッピングを施して走らせている。また駅構内にはサミットを歓迎する各国の言葉と動物たちの写真があふれていた。でも……首脳はここには来ないでしょう? ...続きを見る

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2008/07/05 00:58

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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