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みんなの「JR東日本」ブログ


秒速2635センチメートル

2016/03/16 00:00
すこし古びた駅のホームを緩やかに離れて田園地帯に出た115系電車は、MT54形モーターの唸りも高らかに北関東の平原を駆け抜けていく。足下からは、最近ではなかなか聞く機会のなくなった定尺レールのジョイント音が、軽快な三連符を奏でている。
時計の秒針を見ながら、その音を数えていく。1, 2, 3… 9秒間でおよそ9回、18秒で19回だから、速度は約95km/hというところか。運転席の速度計をのぞき見ると、針は確かに90と100のほぼ中間を指していた。

クハ115-1097

クハ115-1097

  • 両毛線 岩舟←大平下 2016-3
  • D7200, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

東北本線小山から上越線新前橋までを結ぶ両毛線は、文字通り上野(こうずけ:←上毛野) と下野(しもつけ:←下毛野) にまたがる地域「両毛」を走る。線籍は東北本線の支線でありながら、高崎・上越線との結びつきのほうが強いためか、営業上は小山方面ゆきを下りと案内している。
東北本線(宇都宮線) から115系が撤退してもう随分経つが、両毛線はじめ高崎地区ではいまだ健在、どころか全車とも緑にオレンジの国鉄湘南色をまとい、カーブや勾配の少ない線路をのびのびと走る姿がいまだ日常のものである。東京近郊区間の外周部にあたることから、手軽に旅行気分を味わうことのできる路線だ (107系や211系運転の列車もあるのでご注意)。

ところで18秒で19回から速度が95km/hだと、どうしてすぐわかるのか? 両毛線の運転速度は最高95km/hだが、当然ながらそういう根拠ではない。ということでその計算方法をひもといてみよう。
9秒間に8回 (ボギー台車2軸の通過を1回と扱う) のジョイント音が聞こえたとする。定尺レールの長さは25m。まれに20mのレールだったり、左右レールのジョイントを互い違いに配置する区間もあるけれど、基本的に8回聞こえたら25×8=200m進んだことになる。いっぽう、9秒は1時間 (60×60=3600秒) の400分の1であるから、その長さを1時間分に引き延ばすと200×400=80,000mとなり、時速80kmとなる。そして自明だが80は8の10倍だ。
10回聞こえたら9秒間に250m進むから、1時間で250×400=100,000mで100km/h、そして100=10×10。18秒で19回なら9秒では9.5回、9.5×10で95km/h…という具合に、9秒間に聞こえたジョイント音の数 n がわかれば、列車が約(n×10)km/hで走っているとわかるわけだ。9秒が1時間の400分の1で、25mが1kmの40分の1という比率の比がこの速算の肝になっている。(数理的解法の例)
ならば90秒間で何回聞こえたか数えれば、1の位まで出せるのでは…と思う向きもあろう。しかし高速域での微妙な加速や惰行、途中に挿入される短いレールなどを考慮すると、1分半かけて数えたところで大した精度になりはしない。9秒か、せいぜい倍の18秒にとどめておいたほうが無難である。

クモハ115-1029

クモハ115-1029

  • 上越線 後閑←沼田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO100

小山から4駅目の岩舟は、アニメ映画「秒速5センチメートル」の舞台になった。残り少ない運転となった〔カシオペア〕の帰着からつぎの出発までに、両毛線の115系を見に行こうと思いたった理由は、つい先日この作品を観たからにほかならない。緻密に描写された作品の世界をたどっていくと、逆に現実が作品の写し絵であるかのようにも感じられる。物語の主人公・貴樹が転校していった幼なじみの明里に再会しようと向かった岩舟駅は、その由来となった岩船山の麓にある。石材の採掘で削られ異様な姿となった山肌は、作品で描写されていた形とすこし違うのだが、山体の一部が2011年3月に崩落したためという。
雪のために宇都宮線が遅れ、貴樹がようやく乗れた小山20:15発の列車は大雪でさらに遅れを増し、岩舟までの19.3km (営業キロ) に2時間も要することになった。平均秒速 268センチメートル。
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白鳥の歌―青函点望

2015/12/28 00:00
津軽線の油川駅からすこし北へ進んだ神社脇の撮影地…を抜けて、東側から線路と並行に構える。後に連なる山の前にはいつしかやぐらが組まれ、やがてその上にコンクリートの帯が乗っかり、柱と電線が追加されていった。来年春にはその高架橋を、E5/H5系新幹線が行き来することになる。

クハ789-301

クハ789-301

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

8月の〔北斗星〕最終運行からすっかりご無沙汰しているうちに、年末恒例のJRグループダイヤ改正の概要が発表された。今回は北海道新幹線にあわせ2016年3月26日の改正である。
目玉である北海道新幹線のダイヤは現行の東北新幹線を延長した形で〔こまち〕連結のない新青森最速到達1.5往復がそのまま新函館北斗まで4時間2分の最速ダイヤになる、ことし3月の北陸新幹線金沢延伸の際に基本形態が整えられていたわけで、東京駅などの案内サインにもすでに「北海道」の文字が準備されているようだ。
津軽海峡線のうち、新幹線共用区間となる新中小国信号場〜木古内間は、新幹線の運行に対応して架線電圧が交流20,000Vから25,000Vに上げられ、信号保安設備も切り替わる。このため3月22〜25日は旅客列車がすべて運休となり、事前確認の1月1日 (全列車運休) も含めると「一本列島」のリンクが旅客輸送について計5日途切れることになる (貨物列車は運行の模様)。1988年3月14日、青函トンネルの開業日も連絡船が運航し (貨車航送の関係だったという)、二つの経路が1日限りで併存したこともあわせ、青函の特殊性が垣間見られる。

クロハ789-105

クロハ789-105

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2015-11
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

現在、青函間の旅客輸送は〔スーパー白鳥〕8往復、〔白鳥〕2往復が担っている。この列車名は東北新幹線の八戸延長(2002年12月) を機に、系統再編と快速〔海峡〕の集約によって登場した。ながらく日本海縦貫線を象徴する特急列車として名を馳せていた愛称は、2001年3月の廃止から1年半ぶりの復活。しかし北海道新幹線には〔はやぶさ〕と〔はやて〕が延長して使われることになったため、ふたたび歴史を閉じることになった。
〔スーパー〕のトレインマークは駒ヶ岳と小沼の白鳥がデザインされ、いっぽう〔白鳥〕に国鉄色車両が充当された際には、日本海縦貫線時代に馴染みのあった瓢湖の白鳥をイメージした国鉄時代のマークが使われていた。

モハ788-206

モハ788-206

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

789系は道央地区に転属して経年の進んだ785系を置き換えることになっており、その際に中間車は2扉化される。デッキと反対側の車端部にも側板が下へ張り出して、いま扉のある方とおなじような引戸レール点検蓋も見えるから、扉はその脇へ設置と予想される。
ところで〔スーパーカムイ〕〔すずらん〕には指定席「uシート」が設定されグレードが少し高くなっているが、〔スーパー白鳥〕は普通車は指定・自由席とも共通仕様である。どのような形に持って行くのか、半室グリーン車クロハ789形の扱いも含め注目されるところだ。

クロハ481-3017

クロハ481-3017

  • 津軽線 油川→津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

いっぽう485系といえば、183系と並び全国の電化区間で当たり前に見られた車両だったものだが、今年度上期にはなんと183系が先に絶滅 (現存車は傍系の189系)、485系もこの2往復が最後の系定期特急となってしまった。485系自体はJR東日本のジョイフルトレインに使われるため系列としては残りそうだが、種車のおもかげはせいぜい床下と台車くらいにしか残されていない。
大幅リニューアルした3000番台は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れる快速(糸魚川〜新潟) にも使われており、春にそちらの方で乗ってみた。梶屋敷の交直セクションで室内灯が消える列車はこの1往復だけである。
座席の取り替えは行われているが、相変わらずのシートピッチではさすがに足まわりが狭い。E5系やE7系に乗った後だと余計に落差を感じるもので、車齢そのものも設備的にももう潮時なのかなと感じずにははいられない。シートピッチの拡大された〔あいづライナー〕だったら重くとも軽やかに響くモーター音を耳に旅する時間が過ごせたが、それも思い出話になろうとしている。

やがて奥津軽いまべつ駅になる津軽今別駅の様子をながめて、津軽浜名の青函トンネル青森入口に足を伸ばした。活線中に作業をしているためなのか、列車通過時刻が近づくたびにすこし不気味な警報が鳴り響く。青森方からの〔スーパー白鳥5号〕が吸い込まれていった直後、轟音とともに〔白鳥22号〕が飛び出し、健脚ぶりを示すかのように一気に駆け抜けていった。
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ふたつの星

2015/08/21 07:00
上野東京ラインの普通列車を降りて徒歩で20分あまり、水田の脇で線路へレンズを向けた。8時35分、汽笛とともに右側からあらわれたのは銀色のEF510「カシオペア」塗装機。そしてブルーに金帯の客車が連なって、目の前を軽やかに駆け抜けてゆく。
臨時寝台特急〔北斗星〕。終着まではあと1時間弱の道のりだ。

EF510-509

EF510-509

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

2015年3月改正で定期運行を終了した寝台特急〔北斗星〕は、半月後の4月から臨時列車として運行を再開。〔カシオペア〕のダイヤに載せて同列車と交互する形で8月まで運転されてきた。2008年の1往復化以降、JR北海道(1〜6号車)+JR東日本(7〜11号車+電源車)の混成だった編成はJR東日本車だけの組成となり、B個室群のかわりに8〜10号車のA個室三点セットが2〜4号車へ組み込まれ、「史上空前の豪華編成」と評する向きもあったが、2004年からのオフシーズンには当時の3・4号が同様の編成で運転したことがある。
その編成中央に連結されているのが「ロビーカー」オハ25 500番台(503)。とくに目立ったロゴやエンブレムなどがなかったJR東日本車両のなかで、流れ星のワンポイントが光る。登場当初は5・6号むけ、のちに定期昇格した3・4号にも連結されるようになり、JR北海道もこれを折半で運転することから550番台(551) を投入。こちらにはJR北車共通の「539エンブレム」を掲げていた。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

ロゴ部にはシャワー室がある。往時の1・2号と北東混成の編成に連結されたスハネ25 500は形式の通りB個室ソロ車両でもあったため共有スペースは狭く、時刻表の注釈は「ロビーがあります」。臨時運転の案内は時刻表で「ロビーカー連結」の付記があったので、運転開始を前にオハの登板を確信したのだった。

減便でロビーカー連結が中止された2008年以降、1両だけ除籍されず尾久車両センターに長期間留置されることになったオハ25 503だが、その姿を見る機会は意外に多かったりする。というのも、東北本線(宇都宮線) で時折運転される乗務員訓練を目的とした試運転(通称黒磯訓練) に、同車はよく連結されていたからだ。客車であればなんでもいいという感じで何両かをつないだだけなので組成も一定せず、連結面の車端ダンパはもとより幌も接続しない姿ではあったが、いつかの復活を期待させて走る姿は貴重だった。2006年に向きを変えられた車両群は2012年にふたたび反転、保留車も含め寝台を東側に向けている。
もう1両レア車両として、3・4号定期化でJR北車に仕様を合わせた「ロイヤル+ソロ」オロハネ24 501が入る可能性もあったが、私はここで見る機会がなかった。営業運転でたまたま連結されていたのを撮れたのは奇跡に近い。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

定期時代は基本的に日曜朝の「カシトセイセット」でいただくことが多かったからか、なかなか土曜日の朝に起き抜けで行く気になれず、しかも連休になると新幹線設備試検のあおりで運休。そのうちそのうちと思っているうちに終焉を迎えるといういつものパターンになった気がする。
クルーズトレインに夢を託して、元祖豪華寝台列車〔北斗星〕四半世紀の歴史はまもなく幕が下りる。21日夕方に発つ上野駅へ23日の定刻に戻り、有終を飾ることを願いたい。
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風が吹いている

2015/07/07 00:00
高城町を出た仙石線の電車はトンネルを抜けると、水田を見下ろす築堤に出る。ほどよい高さにある線路と付近の景色は、103系を狙ったころと変わっていないようだ。
冷たい風が吹く中、いつものように線路に並行して構え、電車がやってくるのを待つ。右から205系のカラフルな電車があらわれた。「マンガッタンライナーII」だ。萬画の街、石巻は石ノ森章太郎の出身地で、氏の生み出したキャラクターを1両ごとにあしらったラッピング車両である。
仙台に戻ると、発車案内に〔スーパーひたち〕上野ゆきの文字が。夕方にもまだ早く、浜通りをたどる4時間の道のりにもすこし誘惑されたけれど、以前にも乗っているし…とあっさり東北新幹線に切り替えて2時間で東京に戻った。2011年2月のことだった。

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クハ204-3102

  • 仙石線 高城町→手樽 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

震災で大きな被害を受けた仙石線が2015年5月30日、ついによみがえった。休止中だった高城町〜陸前小野間の運転を再開、あわせて東北本線と仙石線を連絡線で結んだ「仙石東北ライン」も正式に開業した (書類上はダイヤ改正日の3月14日に開業)。これは東北本線の松島駅近くで仙石線が近接する場所にわたり線を設けたもので、従来から保線用に線路がつながっていた (ただし向きが逆) のを活用、拡張して営業路線とした。分岐点は松島駅構内扱いで松島〜高城町間に0.3kmの営業キロが設定されるが、旅客は両駅を直接行き来することはできない。
連絡線を挟んで前者は交流電化、後者は直流電化だから交直セクションが設置……とはならず、渡り線は非電化のままで、通過する営業車両は同ライン開業に向け登場したハイブリッド気動車HB-E210系となる。キハE200HB-E300につづき回生電力吸収用バッテリを搭載した電気式気動車で、JR東日本ではすでに手堅い構成といってもいいかもしれない。同社は今後キハ40系列の置き換えとして純粋な電気式気動車の新製を計画している。
車両はE721・SAT721系と同様の3ドア式。しかし同系のような低床構造とはならず、新潟地区に投入されたE129系と似た車体で、屋上もバッテリなどがあるため残りは客室内に機器室として置かれている。山側に偏っているのは、塩害対策に海側の眺望・採光も意図したものだろう。気動車列車扱いなので列車番号は「D」、車内放送で「この電車…列車は、仙石東北ライン…」と言い直すのが印象に残った。

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HB-E212-4

  • 仙石線 高城町→手樽 2015-5
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO125

すこし高い位置にある線路のロケーションは幸いにも不変だった。風が吹き続ける中、電車や気動車の撮影に立った道路は海岸から最短約300mで、記録によればすぐ後ろまで浸水したらしい。ひととおり撮影して手樽に戻り、やってきた石巻ゆきは「マンガッタンライナー」初代編成である。以前は土休日の一部快速列車に固定されていたが、5月改正以降の快速は仙石東北ライン直通のみに設定され、電車はすべて各駅停車となった。ただ高城町から仙石東北→仙台方面へはあまり接続が良くないので、松島観光なら従来通り仙石線が速くて便利だ。
陸前富山から海岸線にさしかかると防波堤がかさ上げされ海は見えにくくなったが、つぎの陸前大塚からは景色が広がった。移設区間にある東名(とうな)、野蒜(のびる) 両駅の周囲はまだ区画のみ整備された状態で、丘の切れ目から見える海岸方向はまだ時が止まっているかのようだ。
吉田・鳴瀬川橋梁の手前で旧線と合流、この橋は2000年に河岸整備の一環および強風による運行支障で移設されていたものである。国鉄時代から仙石線の線路改良は、石巻線と別駅舎だった石巻駅の移転統合 (1990年)、仙台市中心部の地下化とあおば通延伸 (2000年)、多賀城付近の連続立体交差 (2012年完成)、と細かに行われてきた。

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クハ204-3108

  • 仙石線 高城町←手樽 2015-5
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

ひさしぶりに電車のマンガッタンライナーを迎えた石巻駅はにぎわっていた。不通区間の代行バス (松島海岸〜矢本間) とは別に三陸自動車道経由の直通路線バスが走り、都市間連絡を担っていたが、仙石線の全線再開により便数を減らすこととなった。またマンガッタンライナーは暫定的に石巻線キハ40へのラッピング車として運転していたが、こちらも本家にバトンを渡し、同線はキハ110系に車両置き換えとなっている。
駅移設により一足早く再開した石巻線の女川まで、そのキハ110で往復してから再び仙石線へ。仙石東北ライン快速は2両だとさすがに混雑していた。鳴瀬川の土手に上がると、移設区間の丘陵地から降りてくる電車・気動車が、陸前小野までずっと眺められる。河口に目をやると、海岸には松がまばらに並んでいる。風は変わらず吹き続けていた。
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MとSと

2015/06/16 00:00
「こんどの○番線の電車は、□時□分発、各駅停車△△ゆきです」
「こんどの○番線の列車は、□時□分発、普通△△ゆきです」

JR東日本、首都圏の駅で聞かれる自動放送の案内。前者は国電由来の運転区間で4ドアの通勤形車両が使われる路線、後者は近郊形とよばれる3ドアの車両が主に使われる路線でのものになる。E231・E233系が増殖して通勤路線と近郊路線の違いがほとんどなくなっている中で、この自動放送と電光掲示「電車/列車がきます」はいまだに旧来の区別が残されている。

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クハE217-43

  • 総武本線 佐倉←物井 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

青とクリーム帯で走る横須賀線は「電車」と案内されるが、事実電車運転は1930年から運転され、近郊路線のはしりといえる。ロングシートとボックスシートを組み合わせた「セミクロスシート」を備える3扉の電車が「近郊形」とされ、国鉄の新性能電車では系列十位を"1"と規定した。先代の113系は近郊形電車の代表であり、E217系は近郊形でありながら初の4扉車として注目された。ほかの「電車」と異なり「普通」と呼ばれるのは、東京〜横浜間で停まらない(ホームそのものがない)駅があるからだろう。
ステンレス車の多くは地色との対比から鋼製車より明るめの色にするのが通例となっている。E217系はめずらしく同色調の帯としていたが、機器更新の際に藍に近い青15号から明るめの青に変更されている(上は更新前、下は更新後) 旧帯はどういうわけか青のかすれた車両をよく見かけたものだが、新帯では見なくなった気がする。

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サロE217-34

  • 総武本線 佐倉←物井 2009-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

路線としての横須賀線は大船〜久里浜間だが、系統としては大船から東海道線へ乗り入れている。以前は線路も東海道線と共用し、東京駅では湘南電車とならんで発着していたが、輸送力増強のため「SM分離」という線増事業が行われた。ここで"S"は横須賀線電車につく列車番号の記号、"M"は東海道線の記号のことをいう(一般的な電車列車の記号でもある)。
線増は東海道貨物線を活用して行われ、品川〜鶴見は東海道本線の支線の一つ「品鶴線」を、鶴見から大船までは本線に腹付の貨物線を転用した。いっぽう貨物列車には鶴見から東戸塚付近まで横浜羽沢を経由するバイパス路線が建設されている。東京〜品川間は地下線となり、錦糸町からおなじく地下で入ってきた総武本線と接続して相互直通しているが、貨物線の移転が遅れたため暫定で総武線が品川まで乗り入れていた(1976年〜)。一時的によく見られた「品川」ゆきの表示は、常磐線の車両でふたたびおなじみの姿となっている。

1980年に「列車」から分離して「電車」だけが来るようになった横須賀線の各駅だが、2001年湘南新宿ラインの運転開始で状況が変わった。接続する東海道・宇都宮・高崎線にあわせてか、湘南新宿ラインは横須賀線直通もふくめ「列車」と案内されるため、横須賀線電車との共用区間では案内が混在している。
武蔵小杉などのホームに立つと、横須賀線に対し「電車」と呼ぶ箇所すべてが湘南新宿ラインで「列車」に置き換わっていて、まじめに聞くほどおかしく思えてくるところだ。それで車内に入れば、湘南新宿ラインも「電車」であったりするのだが。湘南新宿ラインの定期列車に電車以外の車両があてられたことは、これまで一度もないはずだ。

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クハE233-3522

  • 東北本線 蓮田←東大宮 2014-6
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

「列車」扱いのまま残る東海道線も2015年改正で大きく変わった。上野東京ラインを通過する列車の記号は、特急列車と常磐線乗り入れが"M"になるほかは"E"である。Eはそれまで湘南新宿ラインの北行が使っていた記号で、南行は"Y"、上下を示す1の位はどちらも"0"という特殊な付番になっていた。今改正で湘南新宿ラインは両方向"Y"になり、南行きを奇数とするようになっている。
宇都宮・高崎線方面からは上野折り返し(地上ホーム)が若干残っているものの、東海道線からの普通列車はほとんどが上野へ直通するようになったため、"東京"ゆきと"M"の記号を目にする機会はかなり減っている。私自身も東京縦断するときのルートは上野東京ラインにシフト、それまで北方面から帰るのに利用していた湘南新宿ラインをまったく使わなくなってしまった。
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幻走

2015/04/01 00:00
2015年3月14日、上野東京ラインの開業が首都圏JR線の運行に大きな変化と影響を与えたのはご存じの通り。つづいて山手線では特徴的な顔面が話題をさらったE235系の先行製造車も登場。その山手線ではホームドアの整備が着実に進められているし、新駅開業を見据えた田町車両センター跡地の整備もはっきり確認できる。東京の鉄道風景は、これからさらに変化を遂げていくのだ。

サハE230-31

サハE230-31

  • 中央本線 飯田橋←市ヶ谷 2009-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO400

混雑を極めた東京首部の電車で、乗降のスムーズ化を狙って投入されたのが6扉車。一時はかなりの路線に浸透したものの、元祖の山手線はホームドア整備のため104両ものサハE230を総取り替え、京浜東北線はE233系の車体拡幅にくわえ上野東京ラインで混雑度が下がると見込まれて6扉車は設定されなかった。山手線からスライドしてきた埼京線も、やはりE233系に6扉は作られず、10連に最大3両の6扉車を連結する東急田園都市線でも、ホーム安全柵の整備を名目として6ドア車両の全廃が発表された。
現在、JR線で6扉が日常的に見られるのは中央・総武緩行線である。E231系0番台に各編成1両が組み込まれていたが、上野東京ラインの常磐線 (取手快速) を増強するため三鷹車両センターから松戸セに3編成を移籍させ、かわりにE231系500番台が10両転属(1両はE235系に改造編入)してきた。E235系の量産が本格化した場合は、さらなる転入で6ドアが押し出されそうな気配で、4扉車は転用するとしても、かつての切り札は幻の車両と消えゆく運命なのだろうか。

……という車両の写真がヘンなのは、撮影地の区間を見れば気づくかもしれないところだが、今年ははやくも満開を迎えた外堀のソメイヨシノ並木道からのショットである。花盛りを終えた木々は、すぐ葉がしげって「抜け」を悪くするから、こういったシーンを見られるのは冬場限定 (それだって毎年変わる枝振りによっては……) だし、下の水面もすこし風が吹いただけで波が立って鏡にならなくなるから、意外に難しい条件だったりする。

クハ200-129

クハ200-129

  • 中央本線 飯田橋←市ヶ谷 2009-12
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO400

快速線には、この時点ですっかり少数派になっていた201系の姿もあった。2段サッシの「田窓」や4ドア両脇の戸袋窓も、首都中心では幻になった車両要素のひとつ。そういえば戸袋窓の広告ステッカーの裏がJR西日本で青くなったのは、「グリーン車と間違う」と言われたからだという話もあったようななかったような (大阪近郊で普通列車グリーン車など、もう数十年連結されていないのだが?) 飯田橋駅も急カーブ上のホームを解消するためこの付近に構内が移設されることになっており、こんな光景が撮れるのもそう長くはなさそうだ。
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復活・夢の行路

2015/01/01 00:00
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。

7月、岩手・釜石線。2月の訪問時には雪に埋もれていた水田と葉を落とした木々は、どちらも緑濃い山里の夏景色に変わっている。
正午を過ぎてしばらく後、右手から汽笛が聞こえてきた。花巻ゆき〔SL銀河〕の接近だ。釜石線のサミットである仙人峠越えを果たしたC58 239とPDCキハ144系は、足取りも軽く勾配を駆け下りてくる。夏らしく黒い薄煙が煙突からたなびいていった。

C58 239

C58 239

  • 釜石線 岩手上郷←平倉 2014-7
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

2014年4月、東北に蒸機が復活した。JR東日本所属として4機目のSLは盛岡市内で保存されていたC58 239。地域復興を目指して復帰整備された同機は〔SL銀河〕として、花巻〜釜石間で運転を開始。PDCとの協調運転という異例の姿ながらも、牽引機としての責務を11月までを無事に果たした。
C58の復活は国鉄時代にC57 1の僚機として整備された1号機 (現在は静態保存)、秩父鉄道の363号機につづき3機目である。239号機が1943〜1970年まで宮古機関区に在籍したのに対し、363も1944年の新製配置が釜石区だった(〜1947)から、肩を並べる機会も多かったはずだ。
軸配置は1C1/2-6-2/プレーリー(Prairie)。8620と9600の後継機として設計された同形は、ローカル線の客貨物列車を中心に活躍した。国鉄最後の蒸機となるはずだったC63も、同タイプの軸配置で設計されていた。

釜石線は花巻〜遠野〜足ヶ瀬〜仙人峠が岩手軽便鉄道として敷設された一方で、山を隔てた太平洋側では製鉄産業が立ち上がる釜石への鉱石輸送を目的として、大橋(→陸中大橋)〜釜石まで日本で三番目の鉄道が開設されていた。この鉄道はいったん廃止され、馬車鉄道を経て釜石鉱山鉄道となる。
岩手軽便は仙人峠駅から大橋への接続を目指したが、間に立ちはだかる峠を当時の技術では克服できず、仙人峠駅と大橋駅のあいだでは物資の輸送を索道つまりロープウェイで行い、人は険しい山道を歩いて行かなければならなかった。

C58 239

C58 239

  • 釜石線 岩手二日町→綾織 2014-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

岩手軽便線が国鉄に編入された後もこの特殊な輸送形態は継続したが、戦後台風により山田線が被災したのを機に同区間の鉄道建設が急がれた。先だって1944年には釜石〜陸中大橋間が開業 (鉱山鉄道とほぼ並走) しており、1950年に足ヶ瀬〜陸中大橋間も開業し釜石線は全通した。
線路は仙人峠から大きく南側に迂回して敷設され、陸中大橋付近ではオメガループ(半ループ) で距離を稼いでいる。それでもなお急勾配とトンネルの連続する険しいルートであるため、〔SL銀河〕客車は種車の装備を活用し、動力協調を行うことになった。2012年に久々復活したD51 498〔SL銀河ドリーム号〕でも、この区間はDE10重連が先頭に連結されている。

営業運転に先立って動力協調の試運転が繰り返し行われていた2月、うつくしい白煙が遠野の里に立ちのぼった。新製当時以上の姿となった同機の牽引性能は、PDCの力を借りずとも陸中大橋→上有住の勾配を乗り切れるくらいだったそうだが、旅客車内の快適性なども配慮して動力の配分が決められたという。
復元はJR東日本のこれまでの復活機と同様に現役当時に近い形を保ちつつ、ATS-P搭載 (Ps併設) とデジタル無線の整備など現代むけの装備も兼ねている。東北各地はもとより首都圏への出張まで可能であるから、将来的には363号機との再会も果たせるのではないだろうか。
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星めぐりの旅

2014/10/14 00:00
10月14日は鉄道の日。「陸蒸気」の汽笛からはじまった日本の鉄道はやがて電車と気動車が主流となり、都市近郊のみならず長距離輸送を動力分散型でまかなう世界的にも珍しい国である。その頂点に立つ新幹線は、10月1日に開業50周年を迎えた。いっぽうで蒸気機関車の復活運転も各地で行われ人気を博しているが、近年で牽引すべき客車がほとんどなくなっているという課題がある。
釜石線でこの春から復活運行がはじまったC58 239〔SL銀河〕では、牽引される車両を気動車つまり動力車とした。これは急勾配区間で力行することで補機の代わりとするものだ。連結器の互換性があることから客車列車のうしろに気動車をぶら下げて回送するといったことは国鉄時代にはよく行われたし、特殊な装置で電車と併結して動力協調運転(総括制御)する例もあった。しかし蒸機と気動車の動力協調ははじめてのケースといえる。

〔SL銀河〕の名は、宮沢賢治の代表作として知られる「銀河鉄道の夜」から取ったものであり、当の釜石線の愛称「銀河ドリームライン釜石線」も同じ由来だ。花巻〜釜石の各駅および山田線の釜石〜浪板海岸間(休止中) にはエスペラントの副名称がつけられているが、今般のSL復活に合わせて釜石線の駅名票が新デザインに切り替えられた。
列車は土曜日に往路(花巻→釜石)を運転、日曜あるいは月祝日に復路が運転される。いずれも昼間の走行であるから、ポスターに載っているような満天の銀河下を走る写真 (釜石線の代表的な撮影スポットでもある宮守橋梁)にはならないけれど、11月末の今季運転終了後にナイトクルーズ企画が行われる。

「旅客車」はJR北海道から購入した「PDC」ことキハ141・143系である。「レッドトレイン」こと50系客車グループのうち、北海道向けに製造された51形(オハフ51)にディーゼルエンジンなど動力機器を装備して気動車化したもので、もともとは客車なのだった。郡山総合車両センターで改造、2014年1月に落成しC58とおなじく盛岡車両センターへ配属された。

銀河鉄道の夜


漁に出たきり戻らない父と病床に臥す母のため、学校に通いながら働きに出て生計をつなぐジョバンニは、クラスメートと遊ぶ暇もなく浮いた存在であった。(父は密漁で捕まっているのだと)からかう周囲の中、カムパネルラだけはさびしい笑いを浮かべるのだった。
銀河についての授業があったその夜は「ケンタウル祭」銀河のお祭りで、子供たちが烏瓜(からすうり)の灯りを川に流しに行く。そこでも仲間に加われず、丘の上でジョバンニはひとり星空を見上げ銀河のかなたに思いを馳せていた。そのとき突然「銀河ステーション」という声とともに目の前が真っ白になって……


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キハ143-701


列車は深い藍色から水色へと移り変わる8段のグラデーションで夜空を表現し、金色で東北のゆたかな自然と星空を表現する。作中カムパネルラが持っていた銀河鉄道の地図もモデルであろう。
星座イラストは打ち抜き型を車体に貼り付けてあり、陽光を受けて輝きを見せる。4つの星座は「銀河鉄道の夜」ストーリーの中核となり、銀河(天の川) 周辺に見える星座である。釜石方4号車は はくちょう座。夏の夜空高くに見ることができる、代表的な夏の星だ。

いつの間にか銀河鉄道に乗っていたジョバンニは、目の前にカムパネルラが座っていることに気づく。彼は同級生のザネリはじめ他のみんなは走ったけれど追いつかなかったと語った。列車は銀河に沿って、北十字(はくちょう座異名)から南十字星へまっすぐに走っていく。
白鳥の停車場で二人はプリオシン海岸へ行き、発掘作業を見学する。戻った二人は不思議な鳥捕りの人と相席になる。売り物を分けてもらったがそれはお菓子としか思えなかった。


キハ143-701はもとキハ143-155←オハフ51 27。編成内で唯一ボルスタレス空気ばね台車を履いており、450ps出力機関から1台車を2軸駆動している。窓がなく星座の描かれた部分は、宮沢賢治ギャラリーとSLギャラリー、ショップおよび車椅子対応トイレとなっている。
SL牽引中PDCの運転台ではブレーキハンドルが抜かれ、上り勾配で必要に応じPDC側のノッチを投入する。逆に連続下り勾配では機関車のブレーキを使いすぎると動輪のタイヤが緩むおそれがあるので、機関車のブレーキは緩めてPDCのブレーキだけで降りてゆくという、従来の客車と同じ方式が取られている。

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キサハ144-701


3号車の星座は わし座。α星アルタイルは はくちょう座のデネブ、こと座のベガを結んで「夏の大三角」を形成し、またこと座ベガとアルタイルはおなじみ七夕の星である。
客車の動力車改造は国鉄時代にもキハ40(先代)という旧型客車改造車(!)があったが、重量のかさむ車体に非力なエンジンで成功しなかった。それよりは軽量な50系の車体と出力の増えたエンジンによって、実用的な車両となった。
JR西日本でも同グループのオハ50を種車にしたキハ33形が登場したが、運転台取付のためドア移設などを要し、改造は2両にとどまっている。北海道のPDCは種車をすべてオハフ51形とした。オハフ50・51は両端に車掌室とトイレを持っており (逆にオハ50・51はどちらもない)、これを運転室に充てることで改造の手間を省いた。運転台のないキサハも同じくオハフを種車としている。

列車では検札が行われた。切符を買った覚えのないジョバンニが何でもいいからとポケットから出した一枚の紙が、幻想四次元を自由に旅行できる切符であることが判明する。鷲の停車場を出ると鳥捕りの人はいつの間にか消えて、かわりに幼い姉弟と家庭教師が乗ってきた。
3人が乗った客船が、突然氷山に衝突して沈没したのだという。船体は大きく損壊し、限られた救命艇には子供たちしか乗せられない。混乱の中、家庭教師も一度は子供を助けようと救命艇に向かうが、そこで目にした運命の別離を前に、いっしょに主のみもとへ向かうのが本当の幸せではないかと感じ、子供たちの手を取り海中へ沈むことを決心した。


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キサハ144-702


2号車の星座は いて座。いて座そのものは物語に直接登場していないが、「銀河の祭り」がいて座のモデルであるケンタウロスの祭で、そのほかごく初期の稿には「鉄砲の上がる方角」として いて座の名が出てくる。
種車はキサハ144-101←キサハ144-151←オハフ51 33で3度の改番を経た車両である。当初キサハでは唯一トイレを残した151として改造され、のちに撤去された。

妖しく光るさそり座の赤い火が車窓に見え、少女はさそり座の話をはじめる。砂漠の中、毒針で獲物を捕るさそりは逆に敵から襲われ逃げる途中で井戸に落ちてしまう。そのとき自分の業の深さにはじめて気づき、みなのほんとうの幸せになるならと神にその身を差し出すと誓った。
南十字星(みなみじゅうじ座)、天上が近づいてきた。降りたくないという弟に、神のみもとに行くのですからと諭す家庭教師。ジョバンニたちはほんとうのたったひとりの神さま、ほんとうのさいわいとは何かを語り合った。


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キハ142-701


花巻方1号車は さそり座。日本では夏の夜空の地平近くに見える、赤い星(アンタレス)を持つ星座である。窓のない部分は、月と星のミュージアム およびプラネタリウムが設置されている。
こちらの動力は320ps出力のエンジン2基で、各台車の1軸ずつを駆動する。エンジンはJR東日本仕様に交換された。気筒ブロックが水色に塗られているのが特徴である。学園都市線電化後のPDCは、キハ143形のみが室蘭本線へ転属した以外は多数が海外譲渡・解体となっており、キハ141形は廃形式となった。キサハ144もいちど廃形式となり、〔SL銀河〕の2両が登録されて形式復活した。

PDCは勾配区間での動力補助のほかにも役目があって、それは東北本線・盛岡〜花巻間の回送でC58「を」牽引することである。盛岡から釜石線方向は花巻でのスイッチバックとなり、転車台は盛岡と釜石のみ整備されているため、同区間では編成後部に逆向きC58を連結して回送される。SL逆向き輸送は速度制限があり、花巻空港駅で長時間停車するので、一日片道運転の列車だが回送も含めれば回数は稼げる。

南十字に到着した列車から、子供たちを含むほとんどの乗客が降りて行った。「ほんとうのしあわせ」を探しに行こうと誓った二人を乗せた列車は、石炭袋と呼ばれる暗黒星雲へ進路を取る。
そこにお母さんがいると話すカムパネルラ。しかしジョバンニには見えず、なんとも言えずさびしい気がした。もう一度カムパネルラにいっしょに行こうと言ったジョバンニが振り返ると……


撮影: 東北本線 石鳥谷←花巻空港 2014-3, D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200
出典: ちくま文庫「宮沢賢治全集 7」ISBN4-480-02008-X, 1985, 筑摩書房
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レアコレ!

2014/08/24 00:00
首都圏のJR線におなじみの顔となったE233系。今年初めから投入してきた横浜線(6000番台)が205系の置き換えを完了、つづいて南武線8000番台も落成し10月から営業開始することになっている。
一気呵成の集中増備という点はE231系と同じ様相だが、E233系の車号は投入線区ごとで番台区分され、編成内でもきれいに下2桁が揃えられている。路線ごとに1000番飛びの車号を使っていく中で4000だけが空欄となっており、E231系500番台の投入から償却期間の13年が経ち世代交代も視野に入る山手線が使用するのかとも思われた。しかし同線にはシステムとデザインをさらに刷新したE235系の投入 (新造10両とサハE231-4600から改造1両) が決定し、E233系の増備は現時点では合計3,172両で打ち止め、総製造数は惜しくも103系に届かないことになった。

同一形式同一番台で100両を超えるものは1つもないが、規模が規模だけに各区分の在籍数も自然と多くなる (最大は京浜東北線の83)。そんな大所帯の中にも「レアもの」と呼ぶべき少数在籍車が混じっていたりするのは興味深いところ。先日このE233系を全番台区分撮ったのだが (その数横浜線までで82種!)、となると在籍の少ない番台をどう集めるかが課題といえた。ここではその「E233これくしょん」から、希少車トップ3をながめてみたい。

クハE233-5503

クハE233-5503

  • 外房線 長者町→太東 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G VR ED, ISO160

第3位は京葉線5000番台。クハE233・E232形5500番台、モハE233・232形5600番台がそれぞれ4両ずつである。
東京〜蘇我間を運転する赤帯の電車は、朝夕の通勤快速として内房線・外房線へ直通、昼間に外房線へ快速が直通 (蘇我〜上総一ノ宮間は各駅停車) する。なかでも朝と夜に1本ずつ、大網(おおあみ) から東金(とうがね) 線を通って総武本線の成東(なるとう) まで乗り入れる列車は4両編成で、外房線の6両と分割併合運転するのが特徴。この東金運用は京葉線の全通から設定され、かつての103系や201系に6-4分割編成が残っていたのはこれに充当するためだった。したがってE233系化の際にも24編成中4編成が分割対応で製造されている。10両にした時の両端クハと6連のモハは10連からの連番。

モハE233-5603

モハE233-5603

  • 東金線 大網←福俵 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G VR ED, ISO160


ふだんは10連といっしょに京葉線で動いてはいるものの、同区間は高架ばかりで撮影に適さない。実質撮れるのは朝の東京ゆき1本が京葉線に入るまでしかなく、圏央道を通って早朝の外房へ。ここで勝浦を始発とする6両編成を狙ってから、東金線へ向かう。外房線と東金線の接続する大網はホームの位置が離れているため、分割併合はふたつ東京寄りの誉田(ほんだ) で行われる。
外房線編成は上総一ノ宮で長めに停車しているから、その間に東金線側へまわりこめると踏んで九十九里浜をショートカットしたが、タイミング的にはぎりぎり。果たして撮影ポイントに到着したと思う間もなく電車が通過した。早暁にこっちのロケハンをしておいたのが功を奏したが、あとで調べなおせば東京ゆきになる前に大網発成東ゆきが運転されていることに気づいたり。

第2位は東海道線、湘南帯の3000番台に。同番台は近郊タイプということで唯一編成内にトイレを装備するが、レア車はそれに関係してできたものだ。
国鉄末期から活躍した211系電車の普通車トイレは、田町区(電車区)→田町セ(車両センター) 配置車では1・11号車クハ210と10号車クハ211に、新前橋区→高崎セ配置車は5両編成の上野方クハ210 (1・6・11号車相当) に設置された。このトイレ位置はE231系 (小山セと国府津セに配置) でも踏襲され、湘南新宿ラインと宇都宮・高崎線では国府津車・小山車が混在するので、列車によってトイレの場所が違うという状況になっていた。

モハE232-3201

モハE232-3201

  • 国府津車両センター→国府津 2008-4
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO100

E233系3000番台自体は、いったん国府津セへ転属してきたE217系3編成が機器更新の都合で2編成鎌倉セに戻るので、代替として製造された2編成が最初である。これは他の東海道線車とおなじく普通車トイレを1・10号車に設けたが、その後211系置き換えで再度増備を開始したとき、6・10号車の両方にトイレを設置することになった。
もともと6号車に連結されていたのはモハE232-3000で、サービス電源用の静止型インバータ(SIV) と空気圧縮機(CP) が床下に搭載されている。ここにトイレ用の水タンクを追加するスペースがないので、新編成ではこれを8号車へと移動し、6号車にはCPとトイレ設備を搭載した新区分の3800番台を挿入した。このとき車号を揃えるため3801, 3802は欠番となり、あわせて予備パンタを屋上に置くモハE233-3000の連結位置も、7号車から3号車へ変更されている。これら組み換えの結果、もともと8号車に連結されていた3200番台(CPのみ搭載) が押し出されてしまい、同区分が2両にとどまることになった。

モハE232-3828

モハE232-3828

  • 高崎線 熊谷(タ)←籠原 2013-5
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

第1位は、2位が2両だから当然かもしれないが、たった1両、しかもいちばんの大所帯である1000番台に……。ただしこの車両は番台区分ではない。
JR東日本では、総合検測車 East i-E(E491系)と -D(キヤE193系)の2編成が管轄在来線のほぼすべてを巡回し、軌道や電気設備のチェックを定期的に行っている。この測定の一部を営業列車に搭載すれば日常的に軌道の測定が可能になるとして、2013年から京浜東北線車両の1両に「線路設備モニタリング装置」が搭載され、営業運転士ながら実測を行っている。

サハE233-1255

サハE233-1255

  • 東海道本線 新子安→東神奈川 2014-5
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO400

線路設備モニタリング装置とは、軌道材料モニタリング装置と軌道変位検測装置を組み合わせた装置で、営業列車で走行中に軌道のデータを採取記録する。測定中はLEDライトとレーザ光で軌道を照射するので、荒天時には床下で怪しげな光を放つ姿が見られるとか。
で、その1両というのがサハE233-1209、浦和セ所属 ウラ109編成の9号車 (大宮方から2両目)に連結されている。先に記したが京浜東北線の車両は83編成、よそへは行かないといっても大船〜大宮間は81kmもあるわけで、これを押さえるには運用を念入りに調べるか早朝から沿線に張り付いてくるのを待つしかなさそうだが……
そんな車両をとらえられたのは、横浜線6000番台と一緒に東神奈川付近で撮影している時に、たまたま北上する109編成を見つけたからだった。電車は赤羽ゆき、これなら確実に戻ってくるはず (南浦和行きだと入庫される可能性も)。駅にいったん戻り、小休止してから再度捕獲地点へ。しかしこの場所、横須賀線(湘南新宿ライン)、東海道線、京浜東北線北行、横浜線という線路配置の向こうにようやく京浜東北線南行という場所だから、どれかひとつでも電車が来ればアウトである。

サハE233-1209

サハE233-1209

  • 東海道本線 新子安→東神奈川 2014-5
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO400

頻繁にさえぎる列車群の間隙を縫って通過した南行電車の9号車は、見比べればたしかに機器の配置が異なる。といってもホーム上をはじめふだん見る範囲ではほかの号車、残りの編成とまったく変わりがない。いまでは「ドクターイエロー」とか「イーストアイ」の名を知る人の数も相当増えたとは思うが、同車にたまたま乗った人は床下でそれに似たような動きをしているとは、まず思わないだろう。
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EAST / WEST

2014/07/31 00:00
つの間にか北陸新幹線の金沢開業までひと冬を残すのみに。開業時には物議をかもした「長野行新幹線」という表現もいつしか「長野新幹線」に置き換わり、延伸後の呼称にまたひと悶着あったが「北陸新幹線(長野経由)」という形で落ち着きそうだ。
かつて〔あさひ〕と接続した速達特急の復活となる〔かがやき〕など4種の名称で走る北陸新幹線は、JR東日本・西日本の共同開発したE7系とW7系で走ることになる。E7系は2014年3月改正から長野新幹線〔あさま〕で先行デビューし、以降増備に従ってE2系を順次置き換えている。いっぽうW7系は白山総合車両所(金沢)に搬入され、新開業区間での試運転がこれから行われる。
えに記した通りW7系はE7系とと同仕様だが、各車の番台区分方法がまるきり異なり、たとえば両先頭車のE723形0番台, E714形0番台に対しW723形100番台, W714形500番台となるのが興味深い。車内もE7系と同じ見付で、一般の乗客が会社の違いに気づくことはないだろう。ちなみに路線としては上越妙高(現・脇野田) までJR東の所属であるが、乗務員は長野を境に担当を分けるという。

まや長野駅のホームにE7系が2編成並ぶ姿も珍しくない。そのE7系〔あさま〕グランクラスを体験。現在は東北新幹線の一部列車と同様に「シートのみ営業」となり、専任アテンダントのサービス (アルコールを含むフリードリンクと軽食の提供) は省略される。
長野五輪輸送で一時的に200系12連が入線したことはあるが、E7系導入に向け本格的に延長整備されたホームを進むと、「G」をシンボル化したマークの出入口に着いた。12号車グランクラスの形式はE714で、その車号あるいはきっぷの標記にもあるとおり制度上はグリーン車である。
ぐるような造形が目につくこのところの新幹線からすると、E7・W7前頭部の造形は素直なフォルムで、最高320km/hで風を切り拓くE5系と比べるとその差は際立つ。台車カバー、連結面の周回幌に車体間ダンパも省略されたのは、北陸新幹線 (現行開業区間の長野新幹線も含む) の最高速度が260km/hのためだが、大宮〜高崎間は現在でも最高240km/hなのでむしろ速いとも。なお東北新幹線ではE2・E3と同等の275km/hで走れる。

E714-5

E714-5

  • 上越新幹線 熊谷 2014-4
  • D700, AF Nikkor 18-35mm F3.5-4.5D, ISO200


でに東北路ではおなじみのグランクラスは編成長野方先頭12号車にあり、グリーン車にも隔てられているから (車内放送等でも普通車客の「立入りはご遠慮」いただいている) 喧騒とはほぼ無縁の空間になる。乗車口が階段から離れてしまうのが難点といえば難点だが。
グランクラスの座席定員と客室サイズはE5系と同じだから、ノーズが短くなってできた空間は付帯設備に回されている。具体的には前位側の扉 (JR東日本の新幹線は全車東京方が「前」だ)、それからグリーン車と共用する洗面所設備の一部である。11号車グリーン車は乗務員室が6号車へ移ったことも影響して定員が4名増え(E2比では+8名)、車端まで座席が並ぶ。
飾り柱の朱が目立つデッキから2-1列の室内に入り、E5とはメーカーが異なる革張りのシートに腰掛けた。電動リクライニングボタンを押すと座席はどんどん倒れていき、思わず笑ってしまう。背もたれ・座面・レッグレストは個別に調整も可能だ。航空機の上級クラス同様のバックシェルとピッチの余裕もあって座席の前は余裕たっぷり。
べるように発車した列車は善光寺平を抜けて長いトンネルへ。モーターなしということを差し引いても、室内への走行音は低く抑えられている。なにしろ壁の厚さが普通車・グリーン車の105mmに対し180mmも取られているのだ。そのスペースも活かして窓枠まわりは間接照明で演出されている。

E514-20

E514-20

  • 東北新幹線 那須塩原 2013-4
  • D700, AF Nikkor 18-35mm F3.5-4.5D, ISO400

ちゅう駅からの乗客を加えても車内は落ち着いていて、碓氷峠を降りて関東平野へ向かう。普通車の様子は知る由もないが、これまで8両だったのに比べればずいぶん余裕があるはずだ。
シートのみ営業サービスは文字どおりのあっさりしたもので、始発駅での「お迎え」もなければ、〔はやぶさ〕〔こまち〕〔はやて〕ならグリーン車でも行われるソフトドリンクのサービスも無し。フルサービスに比べれば安いといってもグリーン車よりはまだ高い座席、また使うか? と問われるとグリーン車でいいかな……というところだが、北陸まで伸びて本格サービスが開始してからのお楽しみということだ。いやその前に、東北新幹線のほうで一度は体験しておきたいところだが……。
もあれ乗り心地に座り心地は堪能できた試乗も東京終着、列車はさっそく折り返し整備に入る。ホームから眺めていると中でチカチカと光が点滅するのは、読書灯の点検も兼ねているのだろう。E5系でも見られるがグランクラス独特のシーンである。
かならず進行方向へセットされる座席は、整備にあわせ手回しで転換する。あまり知られていないが、E514の座席は2列席も含め向かい合わせにすることが可能だ。しかもほかの回転座席と違い、通路側を正面にして回していく。いっぽうE714は座面が後寄りで (E514の写真に見える背もたれが見えないところからもわかる) 、バックシェルが間柱の中央線をまたいでいることから、向かい合わせにするのは物理的に不可能なようだ。というわけで席は前方から順番に、こちらは窓側を正面に回転させていくのだった。
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タイトル 日 時
電車がきます
電車がきます 宇都宮から東北本線で2駅、宝積寺(ほうしゃくじ) から分岐し烏山(からすやま) まで走る烏山線は、関東でも残り少ない非電化路線。宝積寺や大金(おおがね) といった縁起の良い駅名もあり、線内7駅と同線を走るキハ40 1000番台(8両)には七尊のシンボルマークが掲げられている。 これまで全列車の番号が気動車を示す"D"だった同線に、今般2014年3月改正では"M"の列車番号が登場した。"M"は電車を示す列車番号のひとつ、架線のない路線に電車は来るのか? その答えは、同線でデビューした新型車両“A... ...続きを見る

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2014/06/07 00:00
スワローとタキシード
スワローとタキシード 縮小傾向が止まらない首都圏のJR近距離特急にあって比較的高い需要を残しているのが、朝夕の「通勤ライナー」的な特急列車だ。特急列車の回送を活用し、上野→大宮で座席整理券方式(定員制) で運転開始した〔ホームライナー〕を正式に特急へ戻したもので、首都圏に限らず各地のライナーに共通の流れといえる。特急格上げイコール値上げと受け取れそうだけれど、JR東日本のライナー券は\510、自由席特急料金(B特急料金) 50kmまで\510だから、ライナーで走っていた区間に限れば値段は変わらない。ただし自由席だから... ...続きを見る

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2014/05/31 00:00
バランスとアンバランス
バランスとアンバランス 無味乾燥ともいえる通勤電車も、規格的な窓にドアの行列、過度な装飾のないスタイルといった部分に「機能美」を感じることがある。まもなくJR車がE233系7000番台に統一されようとする埼京線も開業最初は103系で、悲鳴のようなモーター音を響かせて池袋〜新宿間を疾走する姿は一時期よく見ることがあった。うるさいと思うことのほうが圧倒的に多かったけれど、車体へ斜めに陽が当たって輝くほんの瞬間はとても美しいと感じもした。 ...続きを見る

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2014/02/22 00:00
アサのヒルネ
アサのヒルネ ご存じのとおり3月15日のダイヤ改正で寝台特急〔あけぼの〕が定期運転を取りやめ、多客時の臨時列車となる。毎日運転の夜行列車は寝台特急〔北斗星〕〔サンライズ瀬戸・出雲〕、そして最後の急行〔はまなす〕のみに。いずれも列車名としてはJR世代であり、国鉄から継承された夜行旅客列車はついに全滅、「ブルートレイン」の歴史もいよいよ最終章を迎えることになった。 〔あけぼの〕編成は8両 (A個室×1, B個室×2, B寝台×3, ゴロンとシート×2)+電源車、多客時にはB寝台を最大3両増結するものの、週末を中... ...続きを見る

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2014/01/25 00:00
じぇじぇじぇ! J・ダイナー
じぇじぇじぇ! J・ダイナー 食は旅の楽しみの一つ。駅弁などを買い込み座席で食べるのもいいけれど、ちゃんとしたテーブルに載った温かいものを味わえるのは食堂車ならではのサービスだ……と言いたいところだが、いま時刻表でナイフとフォークのマークなんてほとんど見ないし、食堂を意味する「シ」の形式を持つ車両も絶滅寸前まで来てしまった。時代の流れといえばそうであるが、1980年代まで新幹線〔ひかり〕のほとんど、多くの在来線特急に(エル特急にも)日本食堂→J・DINER が営業する食堂車が連結されていたことを考えると、やはりため息をつくし... ...続きを見る

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2013/11/30 00:00
Hello! モーリー
Hello! モーリー 東北新幹線が新青森まで全通した2010年の年末、八戸駅から青森ゆき 水色の電車に乗り込んだ。目的は青い森鉄道の走破。東北本線として通っている道ではあったが、経営体が変わったことで乗り直しになった。 2002年の新幹線八戸延伸によって、東北本線の盛岡〜八戸間は並行在来線として分離され、第三セクター会社が経営を引き継いだ。岩手・青森県境に近い目時(めとき) 駅を境に岩手県がIGRいわて銀河鉄道、青森県側が青い森鉄道に分かれ、「東北本線」は4つに分割された。IGRが第一種鉄道事業者であるのに対し、青... ...続きを見る

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2013/11/16 00:00
スラッシュ&ストライプ
スラッシュ&ストライプ 1982年ごろ。東京から乗った山手線電車を新橋で降り、東海道線のホームに向かった。東海道本線・田町〜品川間には、東京機関区・品川客車区そして田町電車区を擁する広大な敷地がひろがる。国電はその西側を行くのだが、東海道新幹線と東海道線下り列車のみが東側を通る。いつも利用は国電ばかりだったから、一度は反対側から基地を眺めてみたかったのだと思う。 到着を待っていると駅員が、「こんどの普通列車○○ゆきは10両編成でまいります……」えっ、10両? いま10両など珍しくもないが、113系時代の「湘南電車」は... ...続きを見る

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2013/09/28 00:00
山スカ・浜スカ
山スカ・浜スカ 富士山と並んで世界文化遺産への推薦・登録を目指すも、最終的に推薦を断念することになってしまった鎌倉。しかし古都の魅力に変わりがあるわけではなく、となりの江ノ島も含めて首都近郊の気軽な観光地として行楽客を集めている。 その鎌倉には、古くから臨時・団体列車が多数設定されてきた。正月の鶴岡八幡宮初詣向け団体列車は成田山・高尾山と並び初詣臨として広く知られるが、春〜秋にもレジャー列車が関東各地から乗り込んでくる。そのひとつが南越谷〜鎌倉間の〔ホリデー快速鎌倉〕。ふだん旅客列車の走らない武蔵野貨物線を通... ...続きを見る

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2013/07/21 00:00
ハチロクとロクハチ
ハチロクとロクハチ 「ハチロク」……といったら、鉄道的には蒸気機関車58654号機の形式8620、クルマ的にはトヨタ自動車が富士重工と共同開発したスポーツカー(86/BRZ) と、その礎とされるモデル(AE86) だろうが、コンピュータ的にはインテル8086プロセッサも連想されるところ。「はちまるはちろく? ナニソレ!?」と頭に疑問符をつけたあなたの目の前にあるパソコンにも、ハチロクは入っているのです (タブレットの場合は違うことがあります)。「インテル入ってる。」なWindowsパソコン、そして現在のiMacやM... ...続きを見る

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2013/07/13 00:00
Passionate Stream
Passionate Stream これまでたくさんの車両側面を紹介してきた本ブログも6年目に入りました。その最初を飾る車両には、やはり"6"と縁のあるものを……ということで、2年連続ですが新幹線最新鋭車両のE6をご紹介。 ...続きを見る

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2013/07/07 00:00
セクション-2
セクション-2 海沿いに水田がひろがる熊本県南部の八代平野。畳表の材料であるイグサの産地としても知られる。この真ん中を抜ける鹿児島本線には、かつて〔つばめ〕→〔リレーつばめ〕が多数設定され、八代まで最高130km/hで疾走する787系が頻繁に見られたが、九州新幹線全通後は肥薩線の〔九州横断特急〕と〔SL人吉〕の他は815・817系の2両編成が行き交うローカル区間になった。遠くにその九州新幹線の高い防音壁が望め、列車は乾いた音と屋上を見せて通過していく。 お目当ての列車を撮って次の場所へ……と思い、車に戻ってふ... ...続きを見る

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2013/04/18 00:00
外濠春色
外濠春色 お堀端に「スーパーあずさ」が帰ってきた。〔スーパーあずさ〕は現在E257系で運転する〔あずさ〕の速達版として、専用車E351系で新宿〜松本間を運転する。一時中断していた東京乗り入れだが、2013年3月改正で〔スーパーあずさ10号〕がふたたび東京まで顔を出すようになった。2008年から〔中央ライナー〕の下り1本がE351系になったので車両自体の乗り入れは復活していたが、夜間帯の運転では走行撮影は無理だった。 ...続きを見る

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2013/04/08 00:00
逆光は勝利?
逆光は勝利? 「ピーカン不許可」といえば、対になる言葉は「逆光は勝利」。それに「世はなべて三分の一」「頭上の余白は敵だ」……(ゆうきまさみ作「究極超人あ〜る」第79話『これが基本だ』から)。いずれもポートレート(人物撮影) でエッセンスとなり、あるいは気をつけておいた方が良い事柄で、決してかたよっているわけではないと思う (トライXを5号[印画紙]に焼くのは?) 鉄道写真ではどうかというと、基本的には晴天下順光で撮られるべきというのが共通認識であろう。動きものに対するシャッタースピードの確保、色表現の良さも... ...続きを見る

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2013/03/25 00:00
梅ほのか
梅ほのか 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いします。 ...続きを見る

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2013/01/01 00:00
LOVE特急こまち
LOVE特急こまち すこし旧聞になってしまうが、2013年3月改正でデビューする E6系による秋田新幹線の新列車名を〔スーパーこまち〕とすることが11月に発表された。従来愛称に「スーパー」を冠した上位名称も久しぶりといった感じで、また新幹線で正式な「スーパー」な列車を名乗るのははじめてのケースになる。来年2月には2年前にE5系で行ったような試乗会も実施される予定 (残念ながら大宮〜仙台間なので側面からは狙えないが……) ダイヤ改正以降もE6系増備車が順次投入され、2013年度中には秋田直通列車が全編成E6系となる... ...続きを見る

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2012/12/15 00:00
汽笛一声・2012
汽笛一声・2012 喧騒の中ですこし聞き取りにくい肉声の案内放送、長々と発車ベル(ブザー)が鳴らされた後、ドアを閉めておもむろに発車していく特急電車。車内では一呼吸置いてから案内放送がある。その冒頭に流れる「鉄道唱歌」のオルゴール……これが国鉄「特別急行電車」出発の儀式であった。 10月14日は鉄道の日。日本の鉄道が正式開業して140周年、そして国鉄が分割民営化して25年目になる。四半世紀……国鉄の残り香を漂わせる車両たちも目に見えて少なくなってきた。そんな中で今も伝統のカラーを身にまとって走る特急電車を、あらた... ...続きを見る

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2012/10/14 00:00
グリーン・グリーン
グリーン・グリーン 「グリーン車」という名称は、1969年に国鉄の運賃体系が等級制 (1・2等) からモノクラス化したときに登場した。それまでの旧1等車がつけていた緑色(淡緑6号) の腰帯と切符の地色などを基にしたとされる。 グリーン車には四つ葉のクローバーを模したグリーンマーク(黄緑7号) と、旧1等の腰帯が引き続きつけられていた (特急形電車・気動車を除く)。合造車では 一・二等→1等→グリーン客室部だけに帯がついていたので、たとえば四国で登場したキロハ28は帯が車両の途中で終わっていた。 現在のグリーン車... ...続きを見る

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2012/09/30 00:00
上下と左右 -その1-
上下と左右 -その1- 二種以上の車両設備を兼ね備えた車両「合造車」についてはここで何度も取り上げたてきた。グリーン車の需要が1両に満たない程度のときに普通席と折半するのが一般的 (例1, 例2) だが、大量輸送のイメージが強い新幹線にもグリーン+普通の合造車が存在する。 東北・上越新幹線のオール二階建て車両 "Max" E1系は、12両編成の9〜11号車2階がグリーン席。12両編成で200系16両編成と同等の輸送力を確保していたが、のちに登場したE4系は8両編成。ミニ新幹線との併結や、需要に応じ2編成を併結するなど... ...続きを見る

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2012/08/25 00:00
E for EAST
E for EAST いつもいつも同じタイプの写真ばかりが載っている当サイトも、とうとう4周年を通過し5年目に入りました。これまでに取り上げた車両 (ごく 一部に 例外) は約490両、ちなみに今回は第240回となります。そんな今回は、Eastern Extreme Express の Experimental Exposureで……。 ...続きを見る

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2012/07/07 00:00
ステップからフラットへ
ステップからフラットへ 半年ほど前の話になるが、南武線の稲城市内で行われている連続立体化事業 (高架化工事) のうち下り線部 (川崎→立川) が昨年末に完成、供用開始を前に施設見学会が行われた。使用開始直前のホームと線路も見学できるということで、駅の線路へおおっぴらに降りられる機会はそうそうないから……と足を運んでみた。 受付でヘルメットを借り、真新しいプラットホームの端からこれもふだん通ることはない作業用階段を通ってお目当て(?)の軌道敷へ。上からだと大した落差に感じないけれど、降りてみればホーム設備は見上げるよう... ...続きを見る

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2012/06/09 00:00
夢のつづき
夢のつづき 2012年5月、かねてより構想が語られていたJR九州の豪華寝台列車が、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」として2013年秋から運行開始することが発表された。 新造される客車 (形式不詳) はラウンジカー+ダイニングカー+スイート4両+DXスイート (全室トイレ・シャワーつき) という陣容で、個室は全14室 (定員28) と、〔カシオペア〕〔トワイライトエクスプレス〕を上回る国内随一の豪華編成になる。ちなみに〔あけぼの〕B個室寝台 オハネ24 550番台の定員が、1両28人だ。 あくまで... ...続きを見る

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2012/06/02 00:00
増殖
増殖 10月に復原工事が完成する東京駅丸の内口赤れんが駅舎。壁面を覆う仮囲いが外されたというので、日曜夜に東京へ帰着したついでに見てみることに。半世紀近く慣れ親しんだ南北の直線屋根がドームに変わってどうなるかと思ったが、暗闇に浮かび上がるその姿は威風堂々という言葉がふさわしい。 その一方で、後ろのプラットホームに出入りする列車はすっかり様変わりした。旅情を誘うブルートレインの姿はすでになく、通勤・近郊電車もステンレス車のみ。3月改正でJR東海373系の乗り入れが終了し、6月ごろまでには唯一の3ドア・... ...続きを見る

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2012/04/14 00:00
まあだだよ!
まあだだよ! 上野を出た常磐線電車は日暮里から急カーブで東へ進路を変え、北千住から緩行線 (千代田線直通) が加わると非常に線形の良い複々線区間となる。かつて103系がモーター音を高らかに響かせ疾走したところだ。それも取手で終わり、すると車窓は一気に開けてくる。 この取手〜藤代間は古くからの撮影名所。広がる水田の真ん中を線路が突っ切るというロケーションは影を落とす要素も少なく、朝から夕方まで編成写真はじめアングルの自由度が高い、はずだったが……。 ...続きを見る

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2011/11/05 23:00
「昔」をつなぐ 〜 レトロ客車2011: 後編
「昔」をつなぐ 〜 レトロ客車2011: 後編 レトロ車両が現代に走るための装備については前編でも記したが、旧客ならではといえた手動の客用扉についても安全対策が行われている。かつては電車でさえ客扱い中にホーム反対側のドアを開けてサボ(行先票) 交換なんてこともできたのだが、いま過失でもそんな事象があれば即おわび文が出るくらいだから、扉を開きっぱなしで走らせるなど到底無理な話 (なので各扉に係員が張り付いて、しっかり閉めてから発車するようになっていた)。 具体的には、戸板に家庭の玄関 (開き戸) でもおなじみのドアクローザーが取り付けられ、一... ...続きを見る

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2011/10/22 00:00
「今」を走る 〜 レトロ客車2011: 前編
「今」を走る 〜 レトロ客車2011: 前編 ことし6月にC61形が本線復活を果たした、ということで喜び勇んで上越線へ行ったのはハドソン機だけが目的ではない。牽引される旧型客車を収集する機会も、以前からずっとうかがっていた。 高崎車両センターにはJR東日本の現役旧型客車7両が集結している。ブルトレ・ジョイフルトレインを含めた客車が絶滅しかかっている現状ではまさに「虎の子」とも言える存在だし、JR全社を見回しても営業できる旧客は13両だから、もう立派な鉄道遺産である。今回のC61復活に先立ってこれら客車も徹底的に再整備され、復帰第一弾〔SL... ...続きを見る

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2011/10/14 00:00
潮騒が聞こえる
潮騒が聞こえる 9月連休の最終日はひさしぶりに銚子へ行こうと思い、昼前に現着できるようなのりつぎ時刻を前夜調べておいた。JR総武本線の終点・銚子から出発する銚子電気鉄道は関東最東端の鉄道路線で、犬吠埼たもとの漁港・外川(とかわ) まで走る延長 6.4kmのミニ私鉄。銚子はNHK連続テレビ小説「澪つくし」の舞台でもあり、同社の車両もたびたび画面に登場した。 ...続きを見る

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2011/10/07 00:00
HUDSON DRAFT
HUDSON DRAFT おかげさまで本ブログも3周年、ここまでの197エントリ (臨時を除く) で取り上げた車両は400両を超えました。節目となる今回の被写体は、このたび本線復活を果たした蒸気機関車C61形。大型貨物機D51形のボイラを活用し、急行旅客機C57形の足回りを組み合わせた、ハドソン形急行旅客機です。 ...続きを見る

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2011/07/04 00:00
ナンバーワンとオンリーワン
ナンバーワンとオンリーワン 偶然にせよ狙った結果にせよ、試作車やトップナンバーの車両または編成が撮影記録に加わると嬉しいものだ。後続する量産車と姿形が違うこともしばしばだし、そうでなくても「1」という数字がついているだけで独特の存在感が放たれ、他車と別格に見えてくる。そんなこともあってか、それらの動向については注目されることが多い。 ...続きを見る

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2011/06/25 00:00
夜空の道しるべ
夜空の道しるべ 福島県会津地方で大学サークルの「合宿」をした、1994年夏。都合でひとり遅れて夕方の東北新幹線で郡山へ向かい、磐越西線・只見線を乗り継いで小さな駅に降りた。 駅から宿まで歩いて10分。あたりに街灯がポツポツと並ぶ程度の暗い夜道で、ふと見上げた空には数え切れないほどの星が。思わず息をのんだ。 ...続きを見る

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2011/05/20 16:20
北の大地に思いを馳せ
北の大地に思いを馳せ 全国の電化区間をくまなく走った国鉄特急の一大勢力、485系。きわめて汎用的・国鉄らしい車両といえるが、その中でも特殊なグループが存在する。ひとつは横軽協調対応の489系、もうひとつは北海道向けの485系1500番台だ。 ...続きを見る

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2011/04/27 00:00
さくら
さくら 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、改めて被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。 ...続きを見る

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2011/03/28 00:00
パンに関する3題
パンに関する3題 世界初の寝台座席兼用電車「月光形」581系電車の登場 (1967年) から半世紀近く経った。現在残る581・583系はJR東と西に計42両。最後の優等列車運用を続ける〔きたぐに〕3編成に、東北地区で国鉄色のまま残る波動輸送用2編成 (1編成は近日廃車と報じられた) と、終焉近しの気配が漂う。 ...続きを見る

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2011/02/16 00:00
ミチをアルクマ
ミチをアルクマ 甲府盆地の温泉郷・石和温泉(いさわおんせん) 駅で「信州デスティネーションキャンペーン」PR車の特急〔かいじ〕を降りた私は、一脚とカメラバッグを肩にかけて、はじめての道を歩きだした。撮影地の見当は地図や列車内からするけれど、そこが安全かつ確実に撮れる場所かを確認するには、やはり現地を訪れるのが一番。中央東線区間で遠くからきれいに抜ける場所というのは意外に少なく、引き出しの数を増やしておくに越したことはない。 ここはフルーツ王国、甲州。果樹園をながめながら小道を進んでいくと、赤茶色に染まったぶど... ...続きを見る

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2011/01/08 00:00
イマイチ、ですが…
イマイチ、ですが… ニッコウを見ずしてケッコウと言うなかれ……東照宮、いろは坂、華厳ノ滝、中禅寺湖に霧降高原などを擁する日光。近隣の鬼怒川温泉をあわせて戦前から国内外の旅行客を集め、現在も日本を代表する国際観光地のひとつだ。その日光へ、東北本線の宇都宮から分岐して向かうJR日光線は、本線とも国有化される前の日本鉄道により敷設された歴史ある路線で、この8月に開業120周年を迎えている。 日光には東武鉄道も浅草からストレートに路線を伸ばしており、戦後の高度経済成長期には国鉄・東武ふたつの日光線が競合関係にあった。19... ...続きを見る

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2010/12/11 00:00
北へ
北へ 北の大動脈・東北本線が全線開業したのは1891年、つまり現在から120年も前のこと。日本最初の私鉄であった (実態はかなり官営鉄道に近かったとされる) 日本鉄道によって、1895年の建設開始からわずか6年で全通した。時の総理大臣が「これで東北が凶作でも餓死者は出ないと安堵した」というから、それほどに東北への鉄道敷設は国策上重要な項目だったと言える。(参照: 東北本線 - Wikipedia) いっぽう東北新幹線は、1982年の大宮〜盛岡間開業から28年目にしてようやく全線開通の運びとなり、その... ...続きを見る

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2010/12/03 23:00
晩秋
晩秋 あんなにひどかった夏の酷暑と厳しい残暑はどこへ行ったのか、気がつけばもう冬の足音が間近となり、山々の緑は色を変えてひとときの彩りを見せている。「今年の紅葉は色づきが悪い」とは毎年聞いているような気がするけれど、山だけでなく街中の木々に見る色の変化は、わずかなものでも季節の進行を感じさせる。 ...続きを見る

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2010/11/27 00:30
みどりの風-II
みどりの風-II 10月14日は鉄道の日。当時の新橋〜横浜間 (いまの汐留〜桜木町間) で正式開業した日本の鉄道は、「汽笛一声新橋を……」の歌にもある通り前半は蒸気機関、後半は電気と内燃機関 (ガソリン・ディーゼルエンジン) を動力として発展してきた。 現在JR東日本の各地区で一般臨時列車として運転されるジョイフルトレインは、電気鉄道の代表格といえる新幹線駅から非電化区間のローカル線へ、内燃動力車 (=気動車・ディーゼルカー) で乗り入れる。〔リゾートしらかみ〕をはじめ、その多くはキハ48形気動車改造の展望車両... ...続きを見る

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2010/10/14 00:50
新特急の憂鬱
新特急の憂鬱 2010年12月4日のJR東日本・北海道ダイヤ改正の内容が、先日両社から発表された。最大トピックスはもちろん、東北新幹線の新青森開業。八戸〜青森間が経営分離される東北本線に代わって、新幹線が史上初めて国内鉄道最長距離路線の座につくことになる。 いっぽう関東地区では、高速道路との競合で不振が目立つ在来線特急が大幅に削減される。高崎〜上越・宇都宮線を走る、もと「新特急」も整理の対象となった。 ...続きを見る

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2010/10/09 00:30
けむりと空の物語
けむりと空の物語 磐越西線は喜多方から阿賀川 (新潟県に入ると阿賀野川) の流れに沿って走る、愛称どおり「森と水とロマンの鉄道」。その区間を走る〔SLばんえつ物語〕は、C57形蒸気機関車が12系客車7両を牽引する、片道4時間弱・125kmの旅路だ。 同列車は1999年から新津〜会津若松間で運行を開始 (当初は〔SLばんえつ物語号〕)、春〜秋の土休日を中心に運転し、ことし運行900回を迎えた。2002年からは新潟駅が起終点となり、首都圏からの乗車もより便利になった。 ...続きを見る

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2010/09/22 00:30
みどりの風
みどりの風 今回の会津地区訪問で最も撮りたかったのは「ばす」とC57 180なので、それらを軸に移動スケジュールを立てていた。喜多方〜会津若松間で会津若松ゆき〔ばんえつ―〕、そこから会津鉄道「お座トロ」を撮って喜多方に向かい、ふたたび〔ばんえつ―〕(新潟ゆき) という構え。 旅には携行版の小型時刻表を持って行く。最近はケータイで全国の駅時刻表を調べられるから、貨物を狙うのでない限りこれで十分だ。その本文前方にある黄色い臨時列車のページを何の気なしにめくっていると、なんとこの日は只見線でトロッコ列車「風っこ... ...続きを見る

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2010/09/10 00:00
あかべぇの里へ
今年の夏はいろいろな事情で時間が取れず、そんな中での貴重な休日を使ってなんとかリフレッシュせねば! と、福島県会津地方を訪れた。その中心となる会津若松には磐越西線・只見線・会津鉄道が乗り入れ、列車もC57牽引の〔SLばんえつ物語〕を筆頭に、多種多彩な車両が集まる楽しい場所だ。 ...続きを見る

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2010/08/23 00:00
新・流星伝説
2008年12月、JR東日本は寝台特急〔カシオペア〕〔北斗星〕を牽引するEF81形 (田端運転所) の老朽置き換えにEF510形の新製を決定、翌2009年12月に1号機 (501) が登場した。国鉄の分割民営化以降、旅客会社による機関車の製造はこれが初めてのこと。といっても新規設計ではなく、形式からもわかるとおり JR貨物が増備するEF510形を旅客列車牽引向けにアレンジしたものだ。 新区分の500番台は、日本海縦貫線で活躍する「レッドサンダー」0番台と基本的には同じ仕様。保安装置 (ATS,... ...続きを見る

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2010/08/14 00:00
夕暮れのレストラン
この車両撮影をつづけるうちに、とくに編成数の少ない特急形などは同じ車号を複数回撮っていることもめずらしくはない。その中でもあきらかに一番多く撮られている車両があって、それは寝台特急〔カシオペア〕に連結される「ダイニングカー」食堂車マシE26-1だ。一昨年の特集で取り上げているが、あらためて見直してみたい。 「カシオペア」E26系は1編成、食堂車も編成に1両だけだから、被写体は必ずマシE26-1になる。編成端のスロネフやカハフももちろん撮りに行くけれど、機関車のすぐ後ろだと合わせきれないことがあ... ...続きを見る

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2010/08/01 00:26
アコモ・こもごも
アコモ……って何? というファンの方々も多くなったのでは。モーターとは関係がない。金融関係でもないし、もちろん藻でもない。 ……正確にはアコモデーション (accommodation) と称する。いくつか意味があるが、ここでは座席や寝台など接客設備を指す。国鉄時代は客室設備をアコモと称することが多く、座席のちょっとしたグレードアップでも「アコモ改善」と表現してきた。JR東日本が承継し、新幹線0・200系発生の簡易リクライニングシートを配置した、もと修学旅行用167系が愛称「アコモ」。なんとも直... ...続きを見る

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2010/07/15 01:13
原点回帰
当ブログは名前の示すとおり車両 (おもに1両) を扱う、ということは各所で紹介した裏側にはそれこそ大量の撮影結果が控えているわけだ。ではここで、これまで車両写真をどれほど撮ってきたのか数えてみ…る気にもならないので、かわりに最初に撮ったのはどの時期だったか? と記憶をたどっていくと、あるダイヤ改正に行き着く。 JRグループ初の全国ダイヤ改正となる1988年3月13日改正は、青函トンネル開業と続く4月の瀬戸大橋線開業で全国の線路が文字通り一続きとなった記念すべきもの。そこでJRグループは同改正の... ...続きを見る

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2010/07/04 00:00
世代交代二態
2010年もすでに半分まで来てしまったが、ことし前半の車両のうごきも結構活発だ。最近のトピックスとしてはEF510-500番台がいよいよ営業運転開始、京急(旧)1000形が引退といったところか。 新型車両が華々しく登場する陰には表舞台を去りゆく車両があるというもの、〔成田エクスプレス〕253系もそのひとつだ。1991年の列車登場から続いた同系の営業運転はこの6月30日で終了し、7月1日からすべて新型車両E259系による運転となる。E259系がデビューしたのが昨年10月、それからわずか9ヶ月での... ...続きを見る

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2010/06/30 00:00
i-s' Eyes
JR東日本の在来線は営業キロで6,000km余り。複線(以上) を考慮した本線の軌道総延長は約9,600kmに達する。広範囲にわたるその路線網を守る総合検測車両は、現在ではE491系電車「East i-E」(イーストアイ・ダッシュE) とキヤE193系気動車「East i-D」(ダッシュD) の二形式が分担している。先に登場した新幹線総合検測車「East i」 E926形と同じ白地に赤帯というイメージで、1編成ずつの在籍。両者とも車両検査時以外はたいていどこかの路線を検測して回る、縁の下を支える... ...続きを見る

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2010/06/20 00:00
624 → 416
山手線を走るE231系500番台。全104両の6扉車サハE230形500番台が連結されていたことは以前紹介し……とここで過去形になっているのは、すでに運用を離脱した車両が現れているからだ。登場からまだ10年も経っていない車両の置き換えは驚くべきことだろう。償却の13年を過ぎて取り替えられることになった京浜東北線209系が、大多数は機器更新を受けて延命されているのに。 これは乗客転落防止を目的として山手線 (電車区間) 全駅に導入するプラットホーム可動柵 (ホームドア) 設置計画の一環で、6扉車... ...続きを見る

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2010/06/10 00:40
おおきな空
新在直通とかミニ新幹線といったキーワードを世に広めた「山形新幹線」の開業からことしで18年。新幹線とはいっても、福島から先の当該区間は従来の奥羽本線を改軌して新幹線電車が乗り入れられるようにしたもので、現在東北〜北海道・北陸そして九州で建設の進む整備新幹線とは成り立ちが異なる。 実際、奥羽本線に沿う形での新幹線計画も一応存在する (基本計画線) し、長野新幹線など整備新幹線でもミニ新幹線という案が出たくらいだが、山形・秋田新幹線はあくまでJR東日本の自社事業として行われたものだ。本来の新幹線と... ...続きを見る

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2010/04/15 23:30
梅香のころ
2月も中旬になれば東京でも梅の花が開き、紅白の花びらにメジロやヒヨドリたちが集まってくる。この後にはサクラにナシ・アンズ・モモなど、春らしい淡色の光景が広がっていく。車両主体の写真であっても周囲の彩りはやはり気になるところで、たとえば桜並木を後方に流すなんていいだろうなあと思いはするけれど、そうそううまくは撮らせてくれません。 ...続きを見る

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2010/03/05 00:00
濃霧注意報
上州名物のひとつに「からっ風」が挙がるとおり、関東平野北部は冬季を中心に山から吹き降ろす乾いた強風にさらされる。その一方で風のない日の夜間〜朝にかけては霧が発生しやすく、列車が遅れることもしばしば。そして山の向こう側はもちろん雪。上越線を走る夜行列車は、様々な自然の力にさらされながらその使命を果たしてきた。 ...続きを見る

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2010/02/26 23:45
いぶし銀の輝き
昨年末、ひさしぶりに武蔵野線へ足を運んでみた。「ホリデーシーズン」真っ盛りで舞浜臨が多数設定された日だが、主目的はタイムリミットが迫る北陸からの489系、到着後の折り返し回送がきれいに撮れると踏んだ。同じルートで回送する新潟からの485系はすでに通過していたけれど (調査不足…)、とりあえずこちらは撮れて一安心。 そのあとは秋田から583系国鉄色……のはずだったが、風雪の影響でまだ大宮にも達していなかったらしい。この日以降は上越線でも降雪が激しくなり、同夜帰路につく予定だった489系も運転取り... ...続きを見る

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2010/02/21 22:00
Next N'EX
謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年もどうぞよろしくお付き合いください。 ということで、気分も新たに次の時代へ……新型車両からスタート。 ...続きを見る

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2010/01/01 00:10
624 DOOOOOORS!
2009年は「山手線命名100周年」。開業とか全通でなく、命名を基準に周年を祝うというのも珍しい話だが、同線が私設の日本鉄道が敷設した (1885年) 路線だった関係もあるだろう。 山手線 (赤羽〜品川・池袋〜田端) という名前が最初に使われたのは1906年の国有化前 (1901年) で、現在に続く電車運転 (1909年12月) や環状運転の開始 (1925年)、「まあるい緑の山手線」を定着させた103系投入 (1963年)、戦後「やまて」とされた読みを本来の「やまのてせん」で公式に設定 (1... ...続きを見る

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2009/12/21 06:24
つながり
151系〔こだま〕に始まる赤とクリームの国鉄特急色。485系やキハ80によってその色は全国に広がり、地方の主要都市は都会と列車一本でつながっていた。画一的な表情だけれど、新幹線によって結ばれている現在とは違った何かしらの信頼が、そこにはあったのだと思う。 1980年代の上野駅は、そんな国鉄特急色の電車が頻繁に出入りして華やかだった。新幹線開業で大半が消えた後も、信越線の特急〔あさま〕は上野発着で残り、直流特急形189系電車で運用されていた。 189系は183系電車の兄弟車。1974年の房総地... ...続きを見る

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2009/12/10 23:00
国電残影
国鉄103系通勤形電車。1964年〜1984年にわたり製造された「国電」を代表する系列は、日本の高度成長期を支えたまさに屋台骨であり、新製・編入あわせ約3,500両の陣容は、長い間国鉄〜JR電車の最多両数に君臨した車両だった。 ...続きを見る

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2009/10/25 22:00
痛勤・楽勤
夜行旅客列車の消えた東海道本線でひとり奮闘する特急貨物電車「スーパーレールカーゴ(SRC)」M250系。その姿をとらえたい! と思ったのはいいがこの車両、日本一撮りにくいといっても過言ではない。SRCで走る特貨電51・50列車、東京貨物ターミナル〜安治川口(大阪市)の所要は6時間強。両駅の発車が23時台、翌朝到着が5時台前半という早さ! 〔能登〕〔北陸〕がかわいく思えるほどで、旅客駅に停車することのない同車を捉えられるのは、夏至前後の極めて限られた期間しかない。 これを撮影できそうな場所をいろ... ...続きを見る

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2009/07/22 23:50
Double deckers
私がサイドビューアングルに異常なほど執着している傾向は、「湘南新宿ライン」が雑誌で特集され、その特徴の一つである普通列車のグリーン車が紹介されたあたりから顕著になったと思う。このスタイルでの撮影はずっと前から続けていたけれど、デジタル化の波にちょうど乗っかって撮影・収集枚数が一気に増えだした。 往時は高価なリバーサル(スライド用)フィルムの浪費などできず、デジタル初期もRAWの連続撮影枚数がわずか3枚だったから撮影対象も限定せざるを得なかったが、そのぶんしっかりイメージを描いて撮影に臨んだよう... ...続きを見る

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2009/07/04 23:50
紫煙と通勤
房総半島では現在でも「スカ色」とよばれる紺とクリームの113系が多数走っている。211系3000番台が転入し、今後は209系の投入が予定される房総地区で、先日113系の1編成が緑とオレンジの「湘南色」に塗装変更された。年度中に数編成が塗り替えられる予定という。 さらに久留里線で走るキハ35系(キハ30形)も、7月の1両を皮切りに今年度中に3両全車が国鉄標準色へ塗装変更されることになった。公式情報ではそれ以上のことは何も触れていないが、それが意図するところはなんとなく予想がつく。 ...続きを見る

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2009/07/01 21:00
ギラリ!
ここで紹介している各車の画像は、ちゃんとお見せできる画面にするためいじり倒している。具体的には露出の調整・傾きの補正・トリミング(縮尺の統一)など。後処理を前提としているので、このサイドビューアングルに限った話ではないが、私の場合デジタル写真はほぼRAWで記録している。JPEG同時記録も可能だが、容量を確保するため使っていない。 だから、車体の白い黒いというのは実はそれほど問題ではない。白のほうがうっかりすると飛んでしまうから気をつけているけれど、程度の問題だ。一番厄介なのは…… ...続きを見る

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2009/06/15 22:00
実車版・まさがいちがし
一見おなじように見える通勤電車にも、実は個性というか小さな特徴がある。試作車、あるいは先行製作車といった区分で番号分けされるものはもとより、製造時期によっても微妙な差異が生じることは決して珍しくなく、それはときに間違い探しの題材にもしたくなるくらいで。 ...続きを見る

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2009/04/06 23:00
ドアフル!
一部では「JR最強」とも称される埼京(さいきょう)線。正式には赤羽線(池袋〜赤羽)+東北本線支線(赤羽〜大宮)。赤羽以北は、東北新幹線大宮〜東京のルート選定にあたり、騒音等を懸念して建設反対運動が起きた沿線への見返りという形で、新幹線に腹付けで建設された。カーブの制限もあり最高110km/hの新幹線よりも、当時走っていた103系のほうが明らかにうるさかったけれど……。 そんな路線もいざ開業(1985年)すると、「鉄道空白地」だった県南部はもとより大宮・川越周辺の需要を一気に取り込み、首都圏屈指... ...続きを見る

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2009/02/25 23:45
ふるさと
北海道から九州まで、非電化ローカル区間でひろく活躍したキハ20系気動車。キハ52形は、そのなかで勾配線区向けに2エンジンを搭載した車両である。 国鉄時代、一般的な気動車の駆動は1エンジンで車軸1つだった。すなわち1両で動力を伝えられるのは車輪1個に過ぎない。エンジンを2機載せて2軸駆動すればパワーも向上するという理屈だ(そのぶん重くなるが)。車長(連結面間)はキハ20の20.0mから21.3mとなり、外見では窓が1列増え、トイレの向かい側床上に水タンクを設置している。 ...続きを見る

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2009/02/10 22:30
陽はまた昇る
EF64 1000番台・直流電気機関車は、高崎・上越線のEF58、貨物および補機を担当したEF15・16の置き換え用として投入された。信越線の貨物縮小に伴うEF62の代替機でもある。 中央本線方面で活躍する0番台とは様相がまったく異なる。長くなった車体の側面は国鉄機としては異例の前後非対称で、EF60のような明かり取り窓と「雪切り」を兼ねた巨大なルーバーが同居する。それで正面はきわめて堅実な「国鉄顔」で、ツララ切りのついたライトと窓上ヒサシ、ものものしいジャンパ線類も魅力的だ。一般色の地味な塗... ...続きを見る

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2009/01/30 23:10
急行列車のおもかげ
車両両端のデッキから引き戸を開けると、グレーの床、クリーム基調の壁に、整然と並ぶ青いモケットのボックスシート。腰掛ければ窓側にも肘掛、窓框下のテーブル(センヌキつき)、JNRマークの灰皿。 国鉄形急行列車の一般的な設備だが、このスタイルを残す車両も急行の淘汰でほとんど消えてしまった。その中で今いちばんそれに近いのが、最近個人的におなじみ、JR東日本の12系客車だ。 ...続きを見る

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2009/01/25 23:45
木に竹を接ぐ
以前紹介したワンマン化による車両の改造についてのコメントから、ある車両のことを思い出した。 ワンマン運転、とくに車内で運賃を収受する区間では、運転台と運賃箱、降車口をできるだけ近くに配置するのが望ましい。いわゆる「レールバス」――JRローカル線・第三セクター用ディーゼルカーはそれを踏まえて設計されているし、JR電車でも701・E127系(東日本)、313系(東海)、125・521系(西日本)、7000系(四国)、815・817系(九州)などはそれを前提としたものだ。そうでない国鉄型車両の場合、... ...続きを見る

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2009/01/20 23:10
つばさによせて
「つばさ」という名前は、私が最も好きな列車名称のひとつ。 いまでは古参ともいえる1961年生まれ、はじまりは上野〜秋田間を奥羽本線経由で運転開始した気動車特急(80系→181系)で、1975年に485系化された。東北新幹線の開業と同時に福島発着の連絡特急に転じたが、〔やまばと〕とあわせ3往復残った上野発着列車が〔あいづ〕とともに東北本線に彩りを添えていた。 1992年、〔つばさ〕は改軌した奥羽本線を山形まで直通する「山形新幹線」の列車愛称に選ばれる。東京〜福島間は〔やまびこ〕と手を携えて24... ...続きを見る

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2009/01/16 23:45
ムーミン谷の冬
EF55形直流電気機関車。昭和初期にブームとなった流線形を取り入れた車両のひとつで、2009年頭の時点でJRに在籍する数少ない旧型電機でもある。 1号機(準鉄道記念物)は1936年の新製、1964年の廃車から1986年に車籍復帰し、「奇跡の復活」といわれた。民営化前後を中心にイベント列車牽引機として活躍したが、最近は稼動実績も少なく、とくに2007年の故障以来高崎車両センター高崎支所で眠る日々が続いた。けっきょく部品調達や整備の難から一線を退くことになり、12月〜1月の土休日(18日まで)に住... ...続きを見る

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2009/01/12 00:55
エクストラ・ショット
車両サイドビューの撮影結果を見直していると、意外にもシャッタースピードは速い。だいたい1/100〜1/400sの範囲におさまっているようだ。 この撮影で重視しているのは、前背景を流すことよりもむしろ車体を完全な真横から捉えることのほうだ。そうしないと台形になって形が崩れるし、あまり遅いと車体の隅まで流れるから。(換算)焦点距離50mmより広角をほとんど使わないのはこのためでもある。 もうひとつ、対象は先頭車両だけとは限らない。となれば小刻みにアングルを振り直す必要があるわけで、スローシャッタ... ...続きを見る

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2008/12/20 12:15
赤い流れ星
終息期に向かう感も強い現在のJR寝台特急だが、2008年現在 すべての客車特急の先頭に立つ機関車がある。それがEF81形交直流電気機関車だ。 EF81は日本海縦貫線を走る長距離客貨列車のため製造された、「三電気」(直流,交流50/60Hz)方式の機関車。平たく言えばEF65に交流機器を積んだ、性能的にはきわめて平均をゆく機関車である。日本海側を走ることから、従来車両の経験を踏まえた塩害・寒冷対策を施してあり、いろんな意味で国鉄機関車の集大成とも言えるだろう。 ...続きを見る

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2008/12/15 00:10
デジタル機関車
現役では最古の電気機関車となったEF55形1号機 (準鉄道記念物) の引退が、プレス発表の冬季臨資料などから明らかとなった。EF58 61を撮り損ねた私にとって、このEF55は逃すことのできない車両の一つだった。 2007年、臨時列車牽引の直前に故障が発見され、以降高崎車両センター高崎支所で留置されていた同機は、先日大宮総合車両センターに入場した。12月からのさよなら運転に向けての整備だったようだが、ここで重大な不具合が発見されればそのまま廃車ということにもなりかねず、出場の報を受けて胸をなで... ...続きを見る

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2008/11/15 20:15
空にいちばん近い列車
JR線最高地点を走る小海線は、沿線に清里・野辺山・八ヶ岳そして小諸と著名観光地を持ち、以前ほどではないにせよ夏期には特に賑わう「高原列車」だ。「空にいちばん近い小海線」の名は伊達ではなく、JR駅標高十傑の実に9位まで独占する。 同線へ2007年に投入されたキハE200形は、世界初の営業運転となる「ハイブリッド鉄道車両」。実用化を見極める長期試験として、ふだんは中込〜小諸間、ハイシーズンには小淵沢〜野辺山間を中心に運用されている。 ...続きを見る

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2008/11/05 23:30
サギだ!
「証城寺の狸囃子」に送られて木更津を出発し、なだらかな房総の山へ分け入る久留里線。東京駅からもっとも近いJR非電化旅客線であると同時に、只見線とならび「タブレット閉塞」を使用しているJR最後の路線だ。信号機こそ色灯式になっている(腕木式信号機はJR営業線には現存しない)が、横田・久留里の両駅では、列車行き違いの際に悠長なタブレット交換の光景を見ることができる。 使用車両はJRで最後の3両となった通勤形気動車キハ30と、もともと両数が少ないキハ37それにキハ38。これらが一度に見られる貴重な路線... ...続きを見る

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2008/10/30 00:30
ズルいやつら
仙石線はその名の通り仙台から塩釜・松島を経由して石巻を結ぶ鉄道。宮城電気鉄道が戦時買収で国有化されたという経緯から、現在も他線とはまったく独立した運転系統で、東北本線ほかの交流電化に対し同線のみ直流電化されている。 松島駅(東北本線)近くの歩道橋から、ちょうど鉄橋を渡る仙石線電車が撮れそうなので待機していると、一羽のカラスが何かをくわえて電線にとまった。もう一度見ると口には何もない。クルミを車道に落としたようだ。何をするのかはおよそ見当がつくから、カメラは列車用に構えつつ、そのまましばらく眺め... ...続きを見る

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2008/10/25 00:30
ブルートレイン2008[最終回]: 電源車
■ 第1回はこちらです。 24系ブルートレインの編成端に位置するカニ24には、あの"1059"を除けば車両用では最大級となる、巨大なJRマークが目立つ。最近の車両ではかなり控えめな大きさになったJRマークだが、1987年4月1日の民営化当夜、「新生JR」誕生のシンボルとして先頭・後尾車を中心にマーク貼り付けが一斉に行われた。ひと足早く民営化されたNTT(←電電公社)と並ぶ、1990年前後に一種のブームとなった「コーポレート・アイデンティティ(CI)」の代表例といえよう。 ...続きを見る

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2008/09/16 22:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(3)
ここで、まだブルトレに乗ったことがないという方のために、B寝台を例に現在の列車寝台を簡単に紹介しようと思う(何かニュースになるとすぐ混み出すので、体験ならお早めに……)。B個室も基本的には同じだ。 まず料金だが、寝台料金は二段式および電車三段の下段、ソロ個室が6,300円。電車中・上段のみ5,250円。特急料金はA特急料金の自由席相当(年間同額)だ。当然これに運賃。寝台列車が利用できる「おトクなきっぷ」もあるので、時刻表や各社サイト等も参照されたい。 ...続きを見る

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2008/09/08 23:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(2)
1972年に発生した北陸トンネル火災事故を受けて分散電源方式の安全性が問題となり、14系の製作は中止された。その後の増備では車体構造を流用しながら難燃対策を強化し、20系の「集中電源方式」を採用して登場した(1973年)。これが現代ブルトレを代表する系列、24系である。 当初は14系同様の三段寝台で、これは一度しか製造されなかった。しかしオハネフ24形は廃車や改造による減少が少なく、現在の在籍車数12両とブルトレ全形式(番台別)で最多となった。青森車両センターに集結した車両は、車掌室の窓構造改... ...続きを見る

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2008/09/07 23:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(1)
私がブルートレインによく乗るようになったのは民営化後だいぶ経ってからなので、B寝台は当然のごとく"★★★"「二段ハネ」。ビジネスホテルの部屋にくらぶべくもないが、枕を転がしカーテンを閉めれば寝てよし起きてよしの個人空間ができあがる。 かつての三等寝台→B寝台は三段があたりまえで、とくに長距離列車では寝台の組立・解体作業が走行中の車内で行われていた。埃立つ作業中は通路で待たされ、頭がつかえるベッドでは横になるより無く、昼間は幅広とはいえ6人がけのボックス席。そんな窮屈な環境でも寝台券は連日売り切... ...続きを見る

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2008/09/06 22:00
ブルートレイン2008: あけぼの(2)
かつては奥羽特急の代表だった〔あけぼの〕、JR東日本の新幹線施策に翻弄されつづけて「羽越特急」になってしまったけれど、現在では首都圏と東北地方を結ぶ唯一の夜行列車である。 競合する交通機関の事情などから一定の需要を保っていた同列車もさすがに高速バス等との競合が厳しくなり、2002年に簡易寝台(座席扱い)の「ゴロンとシート」を登場させた(同年中に廃止されたが〔はくつる〕にも連結)。その後女性専用車「レディースゴロンとシート」も追加設定されている。 ...続きを見る

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2008/09/05 00:00
ブルートレイン2008: あけぼの(1)
神保原で線路東側から〔あけぼの〕を狙う。まだ低めの太陽光線が、車体にばっちり当たるはずだ。 考えていた場所は一つあったのでそこに向かったが、構えると後ろの住宅跡がどうも気になる。いや、車両が来れば確実に隠れてしまうものなのだが、なんだか妙に引っかかるものがあった。 その気持ちが影響したのだろう。その日は途中ソロあたりからうまくシンクロできず流れてしまった。その時点ですでに〔北陸〕の再挑戦が確定していたから、この失敗はそれほど深刻には受け止めていなかった。 ...続きを見る

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2008/09/04 00:00
ブルートレイン2008: 北陸
〔北陸〕はこの企画の勘所をはっきり押さえていた。意外に思う人も思わない人も多いと思うが。 まず第一に深夜出発〜早朝到着とあって、走行写真を撮ること自体5〜8月の間に限られる。それに、8両編成中で5種類の車両を一気に撮らなければならない。さらに寝台・個室が西側だから、あまり晴れていては困る(長岡で折り返すから、北陸本線では寝台が北西側)。高崎線での撮影を考えると、約30分後に〔あけぼの〕が寝台を東側に上って来るので、同一箇所か近くで両側から狙えることも必要。撮影地の選定にもっとも苦労した列車であ... ...続きを見る

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2008/09/03 07:30
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(2)
「ソロ」の2種目は「2階建てin平屋」。前項「ハーフ・デュエット」と同時に〔北斗星3・4号〕向けオロハネ25 500番台(1988年)で登場。個室は完全2階建てのブロック構造になり、2ブロックの中間に上段出入用の外階段を設けた。 部屋の床はフラットだが、おなじみ「二階建てサロ」のように下段の床を切り下げているわけでないので、天井はかなり低い。 ...続きを見る

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2008/08/22 23:20
ブルートレイン2008: カシオペア(3)
4〜11号車はA個室寝台「カシオペアツイン」。他の列車なら「ハイグレード」にあたる個室が、この列車では「ベーシック」で全80室を数える。 スロネE27-202東北本線 東大宮←蓮田 2006-3D200, AF Nikkor 50mm F1.4DISO100, 1/200, f5.6 スロネE27は2階建ての上下室が各車8室で、両脇の平屋に2室(1室はエキストラベッド対応)、出入口と反対の車端に業務用室(0番台)、トイレ(200番台)、シャワールーム(300番台)、自動販売機とロビー(400... ...続きを見る

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2008/08/18 23:00
ブルートレイン2008: カシオペア(2)
在来線の2階建て車はサロ213からサロE233まで首都圏ではすっかりおなじみのスタイルだが、これらの車体は下半分を斜め直線で切り取っている。さらに幅も一般車に比べわずかに狭い。対してE26系は車両限界ぎりぎりまで断面を取り、裾部は曲線を描いて絞り込まれ、階下部へ垂直に落とされる。下階の窓ガラスもそれにあわせた曲面になっているのが、サイドからでもわかることと思う。 この車体裾部が狭い形態はその名の通り「裾絞り」と呼ばれ、国鉄・JR車両のスタイルを決定づけるひとつの要素だが、車体も床下もまったく絞... ...続きを見る

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2008/08/14 23:00
ブルートレイン2008: カシオペア(1)
E26系客車。〔北斗星〕のグレードアップを図る目的で1999年に新製された、JR唯一の新系列客車だ。 全車2階建て、オール2人用A個室寝台という豪華編成は、登場から10年近くになる現在でも在籍1編成のみが上野〜札幌間をのべ2泊3日、週3往復の行路を続けている。 「ブルー」でもない無機質な感じは好みが分かれるだろうが、圧倒的な存在感は揺るぎようもない。軽量ステンレス構造をもってしても「ス」「マ」「カ」の重量級で占める12両編成は、とくに北海道内でのDD51重連牽引では迫力を増す。 ...続きを見る

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2008/08/13 23:00
ブルートレイン2008: 日本海
「日本海縦貫線」を40年間にわたって走り続けた寝台特急〔日本海〕。現在の時刻表には種別「A」「B」とだけ表記される一見地味なこの列車は、開放形A寝台のオロネ24が連結される最後の列車となった。牽引機がローズピンクのEF81、繁忙期には最大12両(+電源車+機関車)という長大編成になることでも貴重な存在である。帯が金白混合であることに目をつぶれば、その姿は古きよき国鉄時代の寝台特急に紛れもない。 減便の話を聞いてまず頭に浮かんだのが「オロネ撮らないといけない!」 〔銀河〕ともども開放A寝台の廃止... ...続きを見る

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2008/08/04 00:00
ブルートレイン2008: 北斗星(4)
〔北斗星〕向けに使用する食堂車は、東海道筋のオシ14/24がまだ現役だったこともあり、電車特急から外されたサシ481/489を種車とした。スタイルからすると583系のサシ581のほうが似つかわしいのだが、こちらは鉄道車両として再生されることはなかった。結果として屋根高さがまったく違う同車は、編成中央で非常に強いアクセントとなっている。車体にエンブレムが貼られていないことからわかるように、ここまで(7〜11号車)東日本の保有車両である。いまひとつの違いは、テーブルのランプシェードの色(北海道は赤)... ...続きを見る

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2008/07/28 23:50
ブルートレイン2008: 北斗星(3)
今はもうないが、改造個室寝台のはしりは4人用B個室寝台「カルテット」(オハネ14 700)である。そのベッドを半分にして残りをリビングスペースにした形の2人用A個室寝台(オロネ25 500)は民営化直前に落成し、しばらく〔ゆうづる〕に使われていた。東京−札幌間の寝台特急については、当初この「ツインDX(デラックス)」を最高グレードにするつもりだったようである。 さてツインDXといえば、北海道の「ニューツインDX」ことオロネ25 551が注目車だった。中2階建て、天窓つきという非常に目立つスタイ... ...続きを見る

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2008/07/28 23:40
ブルートレイン2008: 北斗星(2)
1988年〔北斗星〕登場に際しては、定期2往復をそれぞれ担当するJR北海道・東日本が独自のインテリアを持つ車両を登場させ、北海道(1・2号)は「ロイヤル+デュエット」(オロハネ25 550)に「ソロ+半室ロビー」、東日本(5・6号)は「ロイヤル+ソロ」に「ロビーカー」、と異なる仕様になった。オロハネ25 500番台はJR東日本の車両でロイヤル部とソロ部が左右に分かれ、ソロは2階建て形式、窓が上下同位置に並ぶのが特徴。 ...続きを見る

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2008/07/25 22:20
窮屈……
お目当ての車両が前回のように開けた場所を走ってくれれば何の問題ないわけだが、すべてがそうであるはずもない。街中しか走らない通勤電車ではことに厳しい。山手線・京浜東北線もそのひとつだ。 2007年度の新区分番台であるE233系1000番台。この車両を狙おうと考えたとき、ひとつ思いつく場所はあった。上野駅、ひときわ北に伸びる9・10番線のホーム。そこから山手線と京浜東北線北行を狙う。 実際にそこで撮影したことがあるし、たまたまデビュー当日(2007年12月)に川口付近で目撃、「そういえば今日だっ... ...続きを見る

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2008/07/13 00:08

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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