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みんなの「JR西日本」ブログ


マドとデザイン

2016/03/01 00:00
旅客の利用する車両にほぼ確実に存在しているのは、いうまでもなく窓だ。大型ガラス製造の進化により眺望を求める車両は大胆に大きく、反面軽量化の要請により新幹線では面積が小さくなったりしてはいるものの、客席があればほぼ窓は存在する。またその窓の配置は、車体の塗装などのデザインと影響しあう要素と言える。
国鉄時代の車両では、食堂車―新幹線36形だとかスシ24等に見られるように、たとえ通路でしかなくても窓を設けるのが通例だったし、洗面所なども明かり取りとしてすりガラスの窓を設置するのはごく普通だった。いまでは改造設置も含め洗面所に窓は取り付けられなくなったし、そのほかにも今頃になって数が増え出した食堂車のキッチンとか、イベントスペースを設置する際に窓が大幅に埋められてしまうケースも多く、それはときに車体の印象をも変えてしまうことがある。

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521-7002

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2014-8
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO320


山陽新幹線で〔こだま〕として使用されている500系新幹線。300km/h運転はすでに不可能で、スピードでのフラッグシップトレインではなくなったが、その人気はいまだに衰える気配もなく、同系モチーフの公式キャラクター「カンセンジャー」は駅構内で放映されるマナー講座の主人公をつとめるなど、JR西日本の大事なコンテンツとして扱われている。その500系と、息の長い鉄道おもちゃである「プラレール」、プラレールには欠かせない電池「エボルタ」がコラボレーションし、2014年7月から「プラレールカー」が運転を開始した。
専用編成となったV2編成1号車の座席はすべて取り払われ、プラレールのジオラマや遊具などを設置したフリースペースとした。春・夏休み等などは非常に賑わいを見せた「プラレールこだま」は、当初2015年3月までの予定を半年延長したほどだった。V2編成はかつてW2編成として登場しており、先行製作車のW1編成とのすれ違い試験用として、運転台脇に設置された小窓が特徴である。

外から「プラレールカー」とわかる装飾は、出入口脇に貼られた「プラレール」のシールだけというもので、もうすこし大胆にしても良かったのでは……と思ったものだが、これに代わって登場した「500 TYPE EVA」は編成全体を装飾するという驚愕のデザインとなった。2015年の山陽新幹線開業40周年を記念して、「新幹線:エヴァンゲリオンプロジェクト」が始動、2015年11月から運行を開始した。アニメ界のマイルストーンのひとつといえる「新世紀エヴァンゲリオン」の放送開始から20周年という節目もあって、このコラボが実現した。

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521-7002 (500 TYPE EVA)

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2015-12
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO125

TYPE EVAは「プラレールカー」だったV2編成。「初号機」のイメージで塗装されているが、とりわけ1号車は客室窓まですべてデザインが覆いつくしているのが目を引く。個人的にこの作品にはほとんど興味は持たなかったのだけれど、旅客車なのに窓がまったくないという特異な姿はとらえる価値があると思い、「プラレール」時代と同じ〔こだま741号〕で西下するV2編成の姿を、同じ場所でとらえてみた。客室の窓は全部埋めたのに先頭部の小窓だけしっかり残してあるのは、プロトタイプとして通じあうからだろうか。
広告規制の絡み (参照) もあって、「TYPE EVA」以外に作品を明示するものはなにも存在しない (ということは「プラレール」の控えめな配置もそういう事情だったのか……)。しかしひとたび車内に入れば作品の世界観であふれていて、なかでも窓を覆った1号車は展示・体験ルームとして、事前予約した人のみが入室、コクピット搭乗体験ができるようになっている。なお公式サイトによれば、3月15日からは予約なしで入室は可能になるとのこと。

上越新幹線にこの春からデビューする世界最速美術館「現美新幹線」は、そのコンセプトもさながら、車両片側だけだが6両編成中4両が窓なしという、これまた思い切ったデザインとなる。大胆な塗装・ラッピングや窓配置の車両がひきも切らず登場し、車両そのものへの関心もつきることがない。
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ポニーが行く

2014/01/11 00:00
2014のトップは“2014”がつとめることになったわけだが、やはり午年なので馬に由来する (そういえばあちらさんはソリを引っ張っている時期だろうか) 車両を取り上げることにしよう。C56形蒸気機関車、シゴロクとならぶ愛称は「ポニー」。

ポニーという愛称は、言うまでもなくウマの分類 (肩高さ147cm以下) から来ている。小さな身体で数両の客貨車を牽引する姿が愛らしく、1970年代SLブームのさなか小海線で企画された復活運行が「高原のポニー」と称されたのが、愛称に定着することになった。
C56形は同線のような「簡易線」とも呼ばれる線区向けの小型テンダ式機関車。入れ替えや簡易線などでの短区間運転に開発された形式としてタンク式C12形があるが、より長距離での運用に向けて同形をベースにテンダ式とした。エンジン(機関車本体) に軸配置1C (2-6-0/Mogul: モーガル。8620と同じ) を採用した最後の形式でもある。

C56 160

C56 160

  • 北陸本線 河毛←虎姫 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

エンジンのシルエットはC12とほぼ同じで、その水タンクとコールバンカ(炭庫) を独立させテンダ式にしたものといえる。C12で省略した除煙板は標準装備となった。テンダの脇をななめにカットしているのは、転車台が整備されていない路線でのバック運転に配慮したもの。ただしエンジンに従輪、つまり後進時に先輪となるものが存在しないため、高速運転は不可とされている。

国内の動態保存車両は2機、JR西日本の160と大井川鐵道の44。鉄道省→国鉄むけは1935〜39年に160両 (ほか私鉄1, 樺太4) 製造され、つまり160はその最終機である。最終配置の上諏訪機関区から梅小路へ転属してそのまま動態保存機となり、あまり調子のよくなかったC58 1号機にかわりC57 1号機の補佐およびローカル線のSL復活運転をつとめた。JR西日本に承継された後も、千葉などJR東日本管内で運行されたことがある。
同機のホームグラウンドは北陸本線〔SL北びわこ〕(米原→木ノ本) 下り片道2本のみ牽引である。以前は往復とも牽引していたが、前述したバック運転の制約がダイヤに影響するという理由から、復路はEF65 (敦賀直流化までDD51) 牽引により編成そのまま回送される形になった。大井川もいまは往復前向きなので、C56のバック牽引は見られなくなった。とはいえ下りは12系客車5両を補機なしで牽引しており、湖北の直線区間を驀進する姿が見られるのも同列車の魅力といえるだろう。

C56 44 大井川鐵道

C56 44

  • 大井川鐵道 川根温泉笹間渡−抜里 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

大井川鐵道の44号機は「出征機関車」である。走行路線の制約が少ないことから、C56はいわゆる外地の開拓鉄道に適当な機関車と当時の軍部に目をつけられ、1941年に各機関区から集められた1〜90までの90両が、タイとビルマ(現ミャンマー) へ赴任していった。蒸機各形式のトップナンバーが集まる梅小路保存機でC56がラストナンバーになったのも、そういう事情があったからだ。
同様に供出されたC12ともども、現地の劣悪な路線環境や戦火の中で失われた機体も多かったが、生き残った機関車はタイ国鉄で700形機関車として使用された。その725,735号機 (C56 31,44) が、1979年に帰国を果たす。原番に復帰した735は大井川鉄道で復活整備後1980年から運行を開始、725も31号機にもどって靖国神社遊就館で静態保存・展示されている。
同機最大の特徴はキャブの屋根頭頂が平たいことだ。これは現地での車両限界が日本より小さかったことへの対処とされる。大鐵の現役4機中もっとも小出力な (ただし車両はいちばん長い) 機関車だが、C10/C11とおなじく最長7両 (+EL補機)〔かわね路〕の先頭に立ち、勇壮な汽笛を大井川に響かせている。

蒸機にとって石炭などの燃料が欠かせないのは当然のことだが、その生命線を握るのはじつは水のほうで、炭水車に積む水は重量換算で石炭の倍くらいとなる。C56の場合、炭庫5tに対し水タンク容量は10m3 (約10t)、C12では石炭1.5tに水5.5m3だ。
それだけ積載の差があっても水はすぐ足りなくなるもので、多くの現行SL列車が折返し駅では水だけ補給し、もっとも行路の長い〔SLばんえつ物語〕は途中の津川でも給水する。現役時代も石炭の供給が機関区に集約されていたのに対し、給水設備は拠点駅、山越え区間では途中駅にも設けられ、ボイラ効率や長期的な保守も左右する水質は重視されたという。かつて鉄路を陰で支えた給水塔も、現代の鉄道運行にはまず不要なためほとんど残っておらず、一時的な復活運転での途中駅補給は消防署(消防団) のポンプ車を借りてきて給水することが多い。
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開かずのマと開かずのマド

2013/12/07 00:00
2000年代の山陽新幹線、エース格はやはり500系だったが、並んで山陽区間を代表したのが700系7000番台「ひかりレールスター」。おなじ700系でも白い東海道新幹線とうってかわり、500系のイメージを踏襲したグレー濃淡に山吹色のアクセントカラーが鮮やかである。
山陽区間の利用ではいつも〔ひかり〕に乗っていたし、東海道方面への行き来でも新大阪や新神戸で〔ひかり〕を乗り継いだことは一度や二度ではなかった。「ひかりレールスター」は〔のぞみ〕通過待ちを原則行わず、最高速度も285km/hと遜色ない (むしろ300系の充当を考慮した臨時〔のぞみ〕のほうが低かったとも)。それなら山陽区間で〔のぞみ〕を選ぶ理由もない……と乗客誰しも思うわけで、当時のレールスターはいつも満席かそれに近い混み具合で、名前通り山陽新幹線のスターといえる存在だった。

723-7001

723-7001

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2011-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

山陽新幹線は航空機などとの競合が激しく、JR西日本では0系を2-2列化した「ウエストひかり」などで対抗してきたが、レールスターはそれにつづく車両として2000年に投入された。JR東海と共同開発した700系を8両に短縮した上で独自のインテリアを採用し、指定席には「サルーンシート」と呼ぶ横2列-2列の座席を配置、最高速度や所要時間はもとより、このゆとりこそがレールスター最大の武器であった。
客室最前列は壁テーブルを大型化しAC100Vコンセントを準備した「オフィスシート」、車内放送を行わない「サイレンスカー」、8号車には4人用の個室(全4室)など、さまざまなニーズにこたえた席を設定。みどりの窓口とJR西の指定席券売機「みどりの券売機」 ではそれらの指名買いも可能だった。ひじかけのはね上げが不可能なかわりに、8号車ではひじかけに載せるチャイルドクッションを貸し出すサービスも実施されていた。一部デッキには「旅指南」という、時刻検索やプリントアウトができる端末が設置された (2008年に廃止)。

そんなレールスターの栄光は2011年の九州新幹線全通で転機を迎える。新大阪〜鹿児島中央間直通〔さくら〕への置き換え、およびN700系との交代で、翌年には〔ひかり〕の運転自体がほとんどなくなったため、現在は500系7000番台とともに〔こだま〕の担当である。「ひかりレールスター」で設定されていた独自の指定席は全廃、8号車の個室も〔こだま〕では発売されず、のちに仕切扉は施錠された。
指定席は5・6号車 (500系はもとグリーン車の6号車) だが、需要喚起で発売開始した〔こだま〕指定席限定の格安切符が好調だそうで、一部列車は4号車も指定席で運用 (500系はことし10〜12月に4・5号車の座席を横4列化) している。とはいうものの、自由席まで混雑することの方が少ない「こだまレールスター」で7・8号車を選ばないのは損だ。そんなわけである朝レールスターの8号車、下り列車最後列に座って旅をはじめたのだが……
「あれ?」
席の後ろと個室の間には衝立があり、間がすこし空いている。壁をぴったり寄せてしまうと向きを反転した時に足の置き場がなくなるので、1列分を空けて荷物置き場と業務物置でスペースを埋めているのだ。そこに窓はついていないのはまあ自然なことだが、この車両を外から見ても窓間隔は開いていなかったはず。

724-7506

724-7506

  • 山陽新幹線 姫路→西明石 2013-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

下車駅で外から眺めてみて (早朝だったため通過待ちが一度も無かった。〔こだま733号〕とはえらい違い!) ようやく理解できた。窓は等間隔で連続しているものの、一般席と個室の間にある1個 (右から5番目) はロールカーテンが下ろされていたのだ。客室側はパネルで隠されているので、このカーテンは決して開くことがない。一種の偽装窓、というと聞こえが悪いから疑似窓といえる。それにしてもあまりにも自然に並んでいるため、今の今まで気づかなかった……。
窓配置が0・3000番台と同じなのは構体を共有することと、個室を撤去し一般席へ戻すことを容易にするためと考えられる。個室部が一般客室と完全には仕切られていないのも、それを裏付けるものである。前述の通り個室はほとんど使用されないが、カーテンは開いていて車外からならその様子はうかがえる。ちなみに試運転列車とドクターイエローはカーテンを全閉状態にして走るのが通例。
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開店! おぃしい広島

2013/08/31 00:00
2011年10月、「うどん県」という衝撃的な広告で世間の注目を集めた香川県。ことでんも「ぞぞー」と応援しているが、これに対抗して(?) 翌年3月、「おしい! 広島県」という一見自虐とも取れるキャッチフレーズでアピールをはじめたのが広島県だ。一部の名勝を除くとなかなか知られていない広島の隠れた名産・魅力をアピールする狙いだが、「おしいはおいしいの一歩手前」という意味も込められているという。
それが功を奏したかどうか、2013年夏季のデスティネーションキャンペーン(DC)は広島である。「せとうち広島・宝しま」をコンセプト、「行かなきゃおしい! 広島県」をサブコピーに据えて、県内全域で展開されている。協賛のJRグループでは「サロンカーなにわ」「トワイライトエクスプレス」の団臨(呉線乗り入れ)を筆頭に各種イベント列車も設定され、31日からなつかしの急行〔ちどり〕が復活運転を行う (キハ48 2両)。DCをアピールするラッピング車は広島車両所の115系L-12編成(4両編成)が選ばれ、「まんぷく宝しま号」として7月から運用を開始、広島東洋カープ応援の「カープ電車」L-13編成につづくフルラッピング車となった。ちなみにL編成は体質改善車30N/40Nの転換クロスシート車である。

「宝しま号」ラッピング最大の特徴は、広島県の名物を扱うお店をトリックアート風に描いたデザインである。乗降扉は店舗の入口と重なり、なじみの店、あるいは人気店に入るように乗車できる。また窓もそれぞれの店の雰囲気を反映し、外から見ると乗客もラッピングの一部分として構成されているのが楽しい。黄一色化が進む「おしい! 広島支社」にあって、秀逸の一本といえよう。DC期間中だけというのが実に「おしい!」
そのDCも後半にさしかかったところで、ようやくL-12の撮影に行けた。線路脇の雑草が伸びてくるのはこの時期致し方ないが、影響の少ない場所をなんとか探し通過を待つ。所定より少し遅れて現れた白い電車が通過するとにわか雨になった。

クハ115-2008

クハ115-2008


撮影順番と逆になるが、「宝しま号」を広島方から順番に見ていこう。号車札は付いていないが、便宜的に下関方を1号車とする。
下関方1号車は、広島の食としてまず思い浮かぶお好み焼き。大阪と覇権を競うところだが、実際には広島県内のお好み焼き屋は全国一の数を誇るそうだ。「広島焼き」とも呼ばれる、やきそば または うどんをはさんだ重ね焼きが当地の定番だ。入口脇にはビールサーバーの容器にキャベツの詰まった野菜かご、看板犬までいる。外にも待ち行列用の椅子が並んでいるが、もちろん座れません。

モハ114-2006

モハ114-2006


2号車はおしゃれな喫茶店、あるいはケーキ店? いずれにしてもスイーツのお店だ。この春には県内で「ひろしま菓子博2013」が開催された。入口脇に「広島レモンのスイーツあります!!」という看板がある。あまり知られていないが(というか私も知らなかった)、広島は日本一のレモン産地であり、新名物として発信をはじめている。その一方で「もみじまんじゅうあります!!」ともあるのは、さすが広島というべきか。

モハ115-2006

モハ115-2006


3号車はラーメン。いまや全国区といえる尾道ラーメン、それに汁なし担々麺に呉冷麺と3軒が並んでいる。脇に置いてある岡持とビールケースはラーメン屋らしく、また尾道の店ではネコが客を招いているようだ。「ようこそ広島県へ」ののぼりは、実際に店の脇や道路に立てられていてもおかしくない。

クハ115-2104

クハ115-2104

  • 山陽本線 中庄→庭瀬 2013-8
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

岡山方4号車は酒蔵。灘・伏見と並ぶ日本三大酒どころである西条(東広島市) がモデルだ。なまこ壁には仕込みと同時に杉玉が下げられるが、すっかり枯れた色になっているので新酒ができあがった頃か。山陽新幹線の東広島駅舎は酒蔵をイメージした造りになっていて、中に大きな杉玉がつり下げられている。現在橋上駅舎化工事の進む山陽本線の西条駅も、以前構内で杉玉を見た記憶がある。店の前に積まれる酒樽は「宝島(タカラシマ)」、このDCにあわせて仕込まれたもののようだ。

ところで当編成を含む広島区のL編成は21運用だそうで、運用範囲は山陽本線(岡山〜岩国)を中心に呉線・可部線となる。「宝しま号」の充当列車は公式には発表されず、いろんな目撃情報や「流れ」をもとに予測するしかない。広島に投宿した私はお好み焼きを食べたあと、各所情報から運用を調べにかかった。するとその日は糸崎に滞泊のもよう、それはいい。だが翌早朝には岡山方面への上り列車となり、その後も昼間は岡山〜三原の往復ばかりではないか。岡山に泊まれば楽に撮影できたはずなのに……
しかたなしに広島からわざわざ普通列車で倉敷方面へ向かう。しかも午後には広島地区へ戻るため新幹線で折り返さざるを得ず……なんとも非合理的なことで、そういう意味では「おしい!」撮影であった。なお「おしい! 広島県」は2013年7月いっぱいで終了、8月からは「やっぱり、おしい! 広島県」が始まっている。
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抹茶とカフェオレ

2013/06/26 00:00
単一塗色化がすすむJR西日本の国鉄形車両。岡山・広島支社の濃黄色は範囲の広さもあって、どこまで行っても変わりばえのしない光景になりつつある。いっぽう京都支社 (京都・滋賀地区) の統一色は緑、通称「抹茶色」。抹茶といえば宇治、その宇治は奈良線が通っているのだが、ここの103系は「うぐいす色」(黄緑)を保つ、というところがなんとも……。

クハ111-5763

クハ111-5763

  • 草津線 三雲→甲西 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

草津線は関西本線の柘植(つげ) から東海道本線の草津までを結ぶ。歴史は古く、関西本線の前身である関西鉄道の最初の路線として敷設され、1890年に全通した。非電化区間もある (亀山〜加茂) 本線を差し置いて全線電化され、車両は221・223系も入線するが現在もなお113系が幅をきかせている。京阪神地区の東海道・山陽本線 (琵琶湖・JR京都・JR神戸線) から国鉄近郊・通勤電車は一掃されたが、草津線の一部列車は京都まで直通しており、山科から合流する湖西線とあわせ京都駅に顔を見せる貴重な「東海顔」だ。
JR西日本では1990年代、新快速への投入を手始めに221系を大量増備したが、それでも国鉄形車両は京阪神地区にも大量に残って、設備の差が問題になってきた。223系増備と並行して、継続使用する車両については製造後40年まで使用できるよう延命工事が行われ、同時に内装も大幅に手を入れられた。これらが「体質改善車 (40N)」と呼ばれる車両である。座席はセミクロスシートをすべて取り払って転換クロスシートを配置、側窓ユニットサッシ、化粧板や荷棚・蛍光灯といった車内アコモデーションも総取り替えされ面目を一新した。ただし後期の改造では耐用30年としてメニューが簡略化されている (30N)。

クハ111-7702

クハ111-7702

  • 草津線 三雲←甲西 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

京阪神地区の113・115系体質改善車は、濃淡の茶色にアクセントとして青帯が添えられた新塗装になり、その色使いから「カフェオレ」とか「カプチーノ」と呼ばれた。広島地区にも同様の塗り分けが一時期使用されたが、色使いが異なり白と濃茶色である。
室内はリフレッシュしたものの、車体そのものや足回りが旧態依然であるため経年の進行は隠せない。近年のさらなる省エネそして節電の観点から、JR西日本も225系など新型車両を周辺から地方路線へ直接投入する方針へ転換し、在来車の体質改善は終了した。2009年からの単色化は体質改善施工の有無に関係なく実施され、単色車の廃車も既に発生している。
そんな状況の国鉄形近郊電車、撮れるうちにと草津線へ向かった。開けた水田の中に突然短いトンネルが現れるのだが、近くの丘陵地から野洲川へ流れる川をくぐる「天井川トンネル」だ。東海道本線でも草津駅の南で横切る草津川が天井川だったが、こちらは河川改修で流路を変えて普通の橋梁になり、天井川トンネルのみがその名残をとどめている。

モハ112-5717

モハ112-5717

  • 草津線 三雲→甲西 2013-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

ロケハンの途中で113系が走り去っていった。朝の時間帯なので京都行きを含め草津方面への電車はまだ多く、チャンスを待つ。221系や223系が通過後、トンネルから出てきたのがようやくの113系、8両編成。抹茶色4連の後は……カフェオレのクハ、そして湘南色のモハユニット! 「抹茶オレとカボチャのケーキセット」、ごちそうさまです。
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激変!? ビフォーアフター

2013/03/03 00:00
全国の蒸気機関車を撮り集めていると、目の前を横に通過する蒸気機関車をもっと近くで感じたいという気持ちになってくるもの。それを実現させる方法のひとつは、実際に蒸機牽引の列車に乗ってみることだ。SL列車は全車指定席または整理券式であり、いわゆるイベントものの運行では指定券が「瞬殺」となることも珍しくないが、定期的に運行する路線では最繁期を除けば思い立った当日に乗れなくもない。年間を通し運転される大井川、真岡鐵道は比較的乗りやすいほうで、しかも両者とも蒸気暖房を現用しており、冬場の冷えた日にはエアコンや電熱線とは違うやわらかなぬくもりを感じることができる。

山口線で津和野ゆき〔SLやまぐち〕を撮り、これでまず満足という結果を得たので、帰りはSL列車に乗れるならば……と津和野駅みどりの窓口に問い合わせてみたら、まだ席はあるという。山口まで購入し (途中下車の必要があった)、翌日は〔SL人吉〕を狙うため熊本までの乗車券も買った。

オハ12 701

オハ12 701

  • 山口線 船平山←徳佐 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

〔やまぐち〕に使用される12系客車 (下関総合車両所新山口派出所属) は、1988年からレトロ調に改装された700番台車となっている。12系は国鉄時代からお座敷や欧風客車へと改造され、それぞれ701〜・801〜の新車号を順番に振られていったが、それらはいずれもグリーン車扱いであるため、〔やまぐち〕客車は普通車として700台のトップになった。
客車のインテリアは号車ごとに趣が大きく変わるのが特徴である。指定された2号車 (オハ12 701) は「欧風」で、1号車(展望車)と並び背もたれの高い座席と、すこし小さくなった窓で半個室の雰囲気を醸し出す。対照的に4号車(明治風)・5号車(大正風) は質素な造りで開放的。3号車(昭和風) はオリジナル車に最も近いところか。ボックス内には大型テーブルが取り付けられ、弁当など飲食物を広げて旅を楽しむことができる。
レトロ調客車の外観は旧型客車に似せたウィンドウシルとヘッダーを窓の上下に貼り付け、その窓も一段上昇式に取り替えられているが、実は私も最近まで気づいてなかったもうひとつの重大な変化があったのだ。「どこが?」と思われる方も少なくないだろうから、実際にオリジナル車と比較してみよう。余談だが、宮原総合車両所にはご覧の通りオハ12 345というユニークな車番が健在。

オハ12 345

オハ12 345

  • 北陸本線 長浜←田村 2013-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

なんということでしょう、窓の数がひとつ減っているではありませんか……レトロ客車はオリジナルよりボックス一つ分減らされている。テーブルがあるのに窮屈に感じなかったのはこれの効果だったのだ。シートピッチが広がっていることを全く感じさせない匠の技(?) だが、それにしても特急でさえ窓配置を種車のままにしたグリーン車・合造車アコモ改善車があるのに、普通列車普通車用としてはずいぶんな手の入れようであることだ。
ちなみに同じようにテーブル等を配置しているJR九州〔SL人吉〕の50系700番台は、窓には手を入れておらず、4人ボックスと2人がけの席、あるいは飾り棚を組み合わせてそのズレを吸収している。

オハ12 703

オハ12 703

  • 山口線 大歳→仁保津 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

〔やまぐち〕レトロ客車は当初車両ごとに塗色を変えていたが、2005年の再リニューアルでぶどう色2号に白帯という旧一等車デザインに統一され、一部車両の飾り屋根も取り外された。なおJR発足直後には、オリジナル形態の同塗色で運転したことがあった。
窓が小さく外からは内装が見えないため、現在では各車の違いがわかりにくいが、そのなかで変化を見つけるとすれば日除けであろう。1・2号車は横引きのカーテン、3号車はおなじみロール式ブラインドスクリーン。そして4・5号車は鎧戸であった。

12系といえば、磐越西線〔SLばんえつ物語〕はJRの定期的SL列車では初となるグリーン車 (展望室つき) の連結が予定されている。スハフ12 101が新潟トランシスにて改造中、完成予想図も公表されてはいるが、はたして実車はどう受け止められるだろうか。
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セクション

2013/02/23 00:00
東海道本線と北陸本線の結節点である米原駅。東海道線はJR東海と西日本の境界駅であり、新幹線とあわせて一日中乗り換え客の絶えることがない。
京都方面から来た新快速電車は編成の一部を切り離し、実態は各駅停車となって北陸本線へ直通する。そこから2つめの駅は上下線のホームがずれて配置され、両者の間にも妙な空間が存在する。この田村駅も、かつては交通の要衝であった。

北陸本線の動力近代化は、北陸トンネルをはじめとする敦賀付近の線路改良と電化によって達成されたが、電化方式は仙山線で技術試験が行われていた交流電化 (20,000V) が採用され、最初の実用化区間となった。周波数は西日本地区の商用電源にあわせ60Hzで、電気機関車ED70形が投入されている。1号機は現在長浜駅近隣の「長浜鉄道スクエア(北陸線電化記念館)」で静態保存。
1957年、最初の交流電化区間はこの田村から敦賀までの区間で、米原〜田村間は蒸気機関車 E10・D50形、のちにディーゼル機関車で連絡していた。田村駅の妙な空間は、そのころの引上・機回線の名残だったわけだ。常磐線で交直流車上切り替えの技術が確立した後の1962年に、坂田〜田村間へ交直流接続のデッドセクションを設置した。全線電化・複線化はその後1969年に完了している。電気機関車は交流機ED70→EF70が継続し、この区間でDE10が20系寝台特急〔日本海〕を牽引したことは有名で、その後も客車急行は牽引機交換の目的で停車する田村で客扱いをしていた。
湖北の主要市街である長浜では京阪神へ電車直通の要望が高まり、地元負担で米原〜長浜を直流に変更して1991年9月に新快速電車の乗り入れを果たした。このとき交直セクションは長浜〜虎姫(とらひめ) 間に移設されたが、同年4月に急行〔きたぐに〕で大阪から富山へ抜けたから、一度だけ坂田-田村セクションを通過していたことになる。自由席の乗車で、車内がほぼ真っ暗になったのは憶えている。

クモハ521-2

クモハ521-2

  • 北陸本線 坂田→田村 2013-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

そんな歴史の面影はすっかりなくなっていて、田村は無人駅となり、坂田〜田村間も田んぼの中を直線の築堤で突っ切るのみ。言われなければここが交直セクションだったとは気づかないだろう。
〔SL北びわこ号〕を狙いに訪れたこの日は雪模様であったが、時折頭上に明るい雰囲気も感じられた。時折強く降る雪の中、もと交直セクション部にさしかかったのは2両編成の普通電車。立ち客の多くは撮影地へ乗り込む面々だろう、むろん自分自身もそのひとりだ。悪天候でも帯色のあざやかな青が目立つ。

クハ520-4

クハ520-4

  • 北陸本線 虎姫←河毛 2008-4
  • D200, AF Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

521系は北陸本線の国鉄形475・419系に代わる車両として、2006年の敦賀直流化と同時にデビューした交直流電車。223系 (5000番台)の車体・客室に交流機器を追加した形で1編成2両ユニットを構成する。パンタグラフを含め高圧部はクハ520側にまとめられ、同車も機器を満載するのが特徴。降雪地域を走るため、床下機器は683系と同様にカバーで一体化されている。
第一次車は滋賀県と福井県の費用負担によって製造されたもので、当初の運転区間も米原〜敦賀〜福井だった。以前は昼間の長浜発着新快速に接続して区間運転していたが、しだいに新快速が近江塩津まで直通 (敦賀へは同駅で湖西線新快速へ乗り換え) するようになり、現在では朝と夜のみ米原駅へ顔を出すほかは、敦賀以北が運転の中心となった。

クモハ521-2

クモハ521-2

  • 北陸本線 王子保←南条 2010-3
  • D700, AF Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

2006年には湖西線経由で敦賀へ新快速を直通運転させるため、北陸本線も敦賀までを直流方式に転換、同線の交直セクションは2度目の移転をすることになる。湖西線・永原〜近江塩津間の交直セクションと、これ以前に小浜線も直流電化されたため敦賀駅構内に設置したセクションは、いずれも撤去された。
東北地区や北陸本線が交流電化となった理由は北陸線電化記念館内で説明されている。直流電化より変電所数を大幅に減らしてそれらの保守コストを軽減できること、車両価格の上昇も列車本数つまり車両数が少ないことで相殺できるため経済的と当時は判断されたわけだ。しかし技術の進歩で直流でも経済的に電化できるようになったため、北陸本線に接続する電化路線はすべて直流で進められた。本線は交流だから、北陸を走る電車は交直流が必須となってしまい、現在では交流電化がむしろ負担となっているようにも見受けられる。

521系は2010・2012年の増備により富山まで運用範囲を拡大し、北陸の地域輸送の中核を担っている。北陸新幹線金沢開業後は在来線引き継ぎ会社への転籍 (新製含む) も視野にある模様。なお北陸本線は新潟県側の糸魚川〜梶屋敷間にも交直セクションが存在するが、新幹線開業後の旅客列車は流動の少なさから気動車1〜2両で運転されることになっている。
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くるまがまるく

2013/01/28 00:00
3月のダイヤ改正では、北近畿地区の特急〔こうのとり〕等で運用されてきたJR西日本の特急電車「183系」が引退となる。カッコつきで書いたのは、この183系(800番台)と本来の183(189)系は違う系列で、西日本のそれは485系から交直変換機器を撤去し直流専用車へ改造したものだ。
同地区では2011年から新型電車287系が登場し、それまでの183系を順次置き換えつつある。では今回いよいよ新型に統一かというと実はそうでなく、置き換え車両は日根野から転属する381系振子電車によって行われる。183が消えたと思ったら381だったというオチ(?) 一部はすでに置き換えが始まっていて、塗装は「くろしお」色から正調国鉄色へと復帰、関西で最後まで残る国鉄色となりそうだ。

〔こうのとり〕の名称は、但馬地方で自然復帰活動が進む国の特別天然記念物コウノトリを由来とする。同列車は国鉄末期に福知山線〜山陰本線 (福知山〜城崎) 電化で登場したエル特急〔北近畿〕を2011年3月改正で改称。当の〔北近畿〕は山陰初の特急だった〔まつかぜ〕の後継と急行〔丹波〕の格上げだった。愛称公募の際に「こうのとり」の名も挙がったそうだが当時は採用されず、イラストマークの図柄として飛翔するコウノトリが使われた。

クハ183-706

クハ183-706

  • 福知山線 三田→道場 2013-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

山陰本線 (京都〜福知山) の電化にあわせて再編された特急網は、京都と大阪からそれぞれ城崎温泉と天橋立へ直通するほか、福知山で相互乗り換えも可能(料金は直通列車と同額)とし、「北近畿ビッグXネットワーク」と宣伝していた。車両もJRだけでなく、北近畿タンゴ鉄道の「タンゴエクスプローラー」「タンゴディスカバリー」というリゾートタイプも投入され、JR特急の合間に走っていた。しかし2011年3月改正では福知山線特急を城崎向け〔こうのとり〕に集約し新大阪〜天橋立の〔文殊〕は廃止、「タンゴエクスプローラー」乗り入れも終了した。
〔北近畿〕にしても、一時期は〔雷鳥〕を外れた485系を183系化して投入したと思ったらわずか数ヶ月で廃車、その後も阪和・関西線での通勤ライナー廃止によって浮いた381系 (普通車のみ) が投入されるも287系の増備ですぐ廃車……と、コウノトリ「に」次々と新しい子を運んでいるように思えてならない。今回の車両はいわゆる「アコモ改善車」で、グリーン車も用意され普通車シートピッチも広く、ゆったり座れるという触れ込みだが。

クハ381-111

クハ381-111

  • 福知山線 三田→道場 2013-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

電化複線区間では架線・ケーブル類の影がときに気になるものだが、通勤・近郊形と特急形ではその落ち方も違って、往々にして練習ではわからなかったものが本番を撮影して初めて判明することも。一般車では側板がほぼ垂直なのに対し、特急形は上部を内傾させている車両が多いためだ。ことに振子車は車体を大きく振るため車体はさらに丸く、上下ともにその傾き(絞り込み) 具合も大きくなってくる。影を落とさないために日差しはきつくないほうが良い、とはいえ曇りは色の乗りが良くない……いつもながら悩ましい問題といえる。
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汽車から電車へ

2012/10/29 00:00
かつての国鉄や、民営化直後のJR、その列車・電車を「汽車」と呼ぶ人の数は当時少なくなかった。機関車の牽引する列車のみを指すのではない。いまでも地方においてはそうなのだが、各家庭に配られた駅の発車時刻表 (駅前食堂・旅館によく貼られている) を確認した上で発車時刻に合わせ駅へ赴く、そんな「汽車ダイヤ」で運転されていた時代の名残だったろうか。対して民営鉄道は「電車」とよばれ、国鉄と並行する路線ではそれより駅数が多く、本数も頻繁だった。「電車」は短距離、「汽車」は長距離の移動という棲み分けが自然に存在していた。
その関係が変わりだしたきっかけが、1982年に広島地区で登場した「ひろしまシティ電車」。広島地区の山陽本線 (糸崎・三原〜広島〜岩国) で運転されていた電車 (もと急行形153系による快速電車もあった) を、編成短縮する代わりに本数を1時間3〜4本へと増やし、駅の発車時刻を統一して「時刻表いらず」とした。幹線では「エル特急」化による多頻度運転がすでに進行していたが、1980年代にはそれが地方の普通列車にも拡大しはじめた。

モハ114-3010

モハ114-3010

  • 山陽本線 西条←八本松 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

このとき増備されたのが、山陽地区で広く見られる近郊形・115系直流電車の3000番台。性能は特に変わらないが、観光地宮島を擁すること、広島電鉄 (路面電車だが宮島へ向かう路線でもある) との競合もあって、アコモのグレードアップが図られた。2扉車に転換クロスシート (車端はロング) を配置した車内は、新快速に投入された117系に匹敵する、当時の普通列車としてはトップクラスだった。
全車3000番台で統一された4連のほかに、従来車の短縮によって捻出された中間車 (111系も含む) に連結するためのクハ (冷房準備工事車) も増備され、列車増発に対応した。塗装は国鉄標準の湘南色から一転、クリームに藍色の帯を締めた「瀬戸内色」となり、地域塗色のさきがけでもある。

モハ115-3509

モハ115-3509

  • 山陽本線 西条←八本松 2010-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

さてここでひさしぶりの「まさがいちがし」。同区間で同じ方向 (いわゆる山側) から撮影した2両のモハを並べてみたが、何か違和感を覚えるところはないだろうか。
正解を明かしてしまうと、じつは下の車両は3000番台がお手本にした117系電車だった車両なのだ。JR発足当初まで新快速に活躍した117系も、221系に交代した後はローカル路線へと身を転じ、さらに編成が6両から4両へ短縮されたため中間のモハユニットが余ることになった。これらは岡山・広島地区へ異動して115系に併結できるよう改造され、モハ115・114の3500番台となった。

両者の違いはどこにあるのか。制御器が異なるといったメカ的な要素はここでは省くとして、外観でわかりやすいのは台車だろうか。115系はコイルばねだが3500番台は種車の117系と同じ空気ばね台車を履く。そのほかには車端部行先表示器の場所、パンタグラフ (3000番台は当初から冗長性確保のため2基搭載だった)。一見同じだが窓 (ユニットサッシ) の形状も実は違う。室内では座席配置 (ただし3500番台も一部座席がロング化された)、天井構成や照明の蛍光灯(3500番台はカバーつき) に相違が見られる。
あとひとつ重大な(?) 違いというのがじつは形式そのもので、両方ともパンタ付きだが前者がモハ114、後者がモハ115である。電車のユニットは主制御器を持つ車両を奇数とするのが国鉄式だが、111・113・115系は偶数形式にパンタを載せたのに対し、117系は奇数形式に配置したためだった。なお屋上は前者にベンチレーター(通風器)、後者に新鮮外気導入装置があって判別ポイントのひとつだったが、現在はどちらも撤去されているため違いはほとんどわからない。

「ひろしまシティ電車」の成功はすぐに他地域へと波及、北海道から九州まで各地方都市の「汽車」が相次いで「電車」化され、イメージアップとして愛称の設定や塗装変更が行われた。それらは民営化後四半世紀たった現在にも受け継がれ、並行する私鉄と競合するようになったケースも少なくない。
賛否両論もある地方色は、ともかく車両のバラエティとしては非常に豊富にしてくれたものだ。その変化のきっかけであった広島地区が、塗装の単色化という画一回帰の先頭に立っているのは何かの因縁なのだろうか。
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上下と左右 -その1-

2012/08/25 00:00
二種以上の車両設備を兼ね備えた車両「合造車」についてはここで何度も取り上げたてきた。グリーン車の需要が1両に満たない程度のときに普通席と折半するのが一般的 (例1, 例2) だが、大量輸送のイメージが強い新幹線にもグリーン+普通の合造車が存在する。
東北・上越新幹線のオール二階建て車両 "Max" E1系は、12両編成の9〜11号車2階がグリーン席。12両編成で200系16両編成と同等の輸送力を確保していたが、のちに登場したE4系は8両編成。ミニ新幹線との併結や、需要に応じ2編成を併結するなど柔軟な運用が可能とした。
E4系のグリーン車は7・8 (または15・16) 号車の2階に配置される。2両でE2系グリーン車(E215形)同等の定員とし、以前は8号車が喫煙車であった。

E444-11

E444-11

  • 上越新幹線 熊谷 2012-5
  • D700, AF-S VR-Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6G, ISO250

仙台・新潟方先頭車でもあるE444形はグリーン席・普通席とも5列ずつしかなく、定員は両者 (18+25) で43名。定員重視の二階建て車両にしてはずいぶん少ないが、これはグリーン席に車椅子昇降機を備えているためでもある。東京方の先頭車 (E453形) は2階が横3-3の普通席であることも手伝って定員75とずっと多い。
最近の新幹線はトンネル微気圧波 (列車突入時に圧縮されたトンネル内の空気が出口で衝撃音を発生する) を抑えるため前頭部が複雑な曲面で構成され、ことに国内最速の320km/hをめざすE5・E6系はなおかつ「鼻」の長さが極端に長くなっている。E4系も同じ対策を採っているのだが、それが車両限界いっぱいの巨体へ一気に立ち上がるところが同系ならではの造形。前方から超望遠レンズで狙うと、壁が迫ってくるようにも感じる。

東海道新幹線は3両のグリーン車を連結した16両編成が300系以来続いている。需要が旺盛で外国人客も多く利用する日本の代表列車であったことから、0系時代から〔ひかり〕では2両の1等車→グリーン車が連結された。〔のぞみ〕〔ひかり〕では充分な供給であるが〔こだま〕で合計200席は持て余し気味で、格安の料金回数券や旅行商品「ぷらっとこだま」などで空席を埋める努力がなされている。それでもめったに満席にならないが……
いっぽう山陽区間では輸送量が急減し編成が短くなるため、〔こだま〕ではグリーン車がなくなった。さらに山陽〔ひかり〕向け700系7000番台 "RailStar" では指定席を2-2として、モノクラス編成としている。
九州新幹線も先行開業時に投入された800系はモノクラスであるが、全線開業・山陽新幹線との直通に向けて投入したN700系7000・8000番台にはグリーン車を連結することになった。とはいえ普通指定席がRailStarや800系なみの横2-2列 (自由席は3-2列) であることや需給の関係から、グリーン席は半室。東海道・山陽では100N系「グランドひかり」7・9・10号車がグリーン(2階)と普通(1階)で構成されていたが、それ以来のグリーン・普通合造車である。定員はグリーン24+普通36の合計60。

766-7011

766-7011

  • 山陽新幹線 姫路←西明石 2011-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO320

〔さくら〕は普通車指定席で十分と理解してはいるのだが、一回ぐらいグリーン車を試してみようか……と思った。しかし山陽〜九州をまたぐ利用では特急・グリーン料金が博多を境に別計算になるため金額が跳ね上がってしまう。すこし安めの九州グリーン料金も、博多〜熊本間が100kmを超えて100km以内の2倍 (\2,000)になるのが悩みどころ。結局「新幹線+高速バス」で福岡〜宮崎を短絡する〔B&Sみやざき〕の「2枚きっぷ」を使い、新八代〜博多で利用してみた。JR九州および北海道・四国では特急列車用の割引きっぷにグリーン料金券を追加して、グリーン車を利用することができる。
乗ってみると半室ということでコンパクトで落ち着いた空間であった。東海道区間のN700系座席と異なるのは室内の配色、座席に上下可動枕とレッグレストを備えていることと、シートヒーターが省略されていること。
一部の改造車を除く合造車は二種類の設備相違からくる外見上の違いが特徴的で、それは766形にも窓幅の違いという点でよく示されている。シートピッチは普通席1,040mmに対しグリーン席は1,160mm。10cmの差は数字以上に大きく、足元の余裕や前席背もたれが倒れていても圧迫感がないのはさすがというべき。
6号車に連結される同形にはサニタリー設備がない。しかもグリーン席は新大阪よりに位置するため、グリーン車の乗客が洗面所を使うには普通席を通って5号車まで行く必要がある。
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タイトル 日 時
ひかりの彼方
ひかりの彼方 1987年の夏、東京駅八重洲口コンコースにひとつの車両模型が展示された。東海道新幹線100系の次世代車両として開発が進められていた、仮称「スーパーひかり」の前頭部モックアップだった。 100系に似たとんがり鼻につづく車体はハイデッキ構造で、曲面ガラスの側窓から富士山や浜名湖の眺望を楽しめるものとされ、さらに客室先頭部は小田急RSEのような展望席という大胆なデザインだった。200km/h基準で引かれた東海道新幹線のダイヤは1986年から220km/hに引き上げられたが、折からの好景気と輸送の競合... ...続きを見る

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2012/03/16 00:00
シモトリにマエパン
シモトリにマエパン 2006年3月、カウントダウンになっていた寝台特急〔出雲〕の撮影と、北近畿タンゴ鉄道 (KTR) の走破を目的に天橋立へ向かった。JR線のりつぶしはその前年に稚内で果たし、残る民営・公営鉄道の走破も進めていた時期だ。日本三景のうち松島と宮島は訪問済みだったから、残りひとつも眺めておきたいし、そこにケーブルカー (丹後海陸交通) があれば乗らないわけには……。 ...続きを見る

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2012/03/03 00:00
みなみ風
みなみ風 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いします。 ...続きを見る

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2012/01/01 00:00
ミルクとチョコレート
ミルクとチョコレート JR京都線 (東海道本線) の下り電車で高槻(たかつき) を出発すると、しばらくして車窓右手に大きな茶色の壁が出現する。その正体はことし2月、同場所にある明治製菓大阪工場の壁面へ設置された巨大チョコレート、その名も「ビッグミルチ」。 明治チョコレートといえば、1編成をチョコレート色に装った「山手線命名100周年」E231系が記憶にまだ新しいが (しかしあのとき撮ったサハE230-503,504はもう北長野へ旅立ってしまった)、この巨大看板も見てみたい、なんとか画面に取り入れられないかと思ってい... ...続きを見る

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2011/12/10 00:00
ナンバーワンとオンリーワン
ナンバーワンとオンリーワン 偶然にせよ狙った結果にせよ、試作車やトップナンバーの車両または編成が撮影記録に加わると嬉しいものだ。後続する量産車と姿形が違うこともしばしばだし、そうでなくても「1」という数字がついているだけで独特の存在感が放たれ、他車と別格に見えてくる。そんなこともあってか、それらの動向については注目されることが多い。 ...続きを見る

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2011/06/25 00:00
みんなで半分こ
みんなで半分こ 「電車」の英語略記として日本でよく知られるのは EC (Electric Car) だが、ほかに EMU (Electric Multiple Unit) という呼び方もある。複数の電動車ユニットをまとめた編成という意味で、動力分散方式が発達した日本の電車にふさわしい言い方といえる。 かつての電車は1両単位の電動車 (運転台つき) を需要に応じて連結してきたが、それが長い編成で固定されるようになると付随車の数が増えだした。車両の価格・重量・消費電力・保守点検の手間などを考えると、電動車とか運転... ...続きを見る

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2011/05/30 00:00
ベネシャン・ブラインドの謎
ベネシャン・ブラインドの謎 車両撮影をしていて、これは撮っておきたいと願いつつ叶わなかった系列・形式は山ほどあるけれど、そのひとつに国鉄381系がある。……と書くと、381系なら今でも撮れるだろうとツッコミが予想されるところだが、撮りたかったのはその窓、正確には窓の中にあるモノだった。 ...続きを見る

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2011/05/12 00:00
お届けものです。
お届けものです。 鉛色の冬空から時折雪が舞う京都・大阪府境は、色はなくなったが雑草が消えてすっきりした。ここでいつものように車両を撮影、狙いは向日町・京都総合運転所からの〔文殊1号〕〔雷鳥33号〕回送だ。 もうそろそろ通過する時刻……という頃合いに、左手からひょいとあらわれたのは朱色の凸型DL。ん? DD51牽引の貨物がここに? と一瞬思ったが、うしろに気動車1両がくっついているのを見て納得。配給輸送、網干総合車両所(兵庫県) へ入場する車両を届けに行くところだった。 ...続きを見る

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2011/03/05 00:00
パンに関する3題
パンに関する3題 世界初の寝台座席兼用電車「月光形」581系電車の登場 (1967年) から半世紀近く経った。現在残る581・583系はJR東と西に計42両。最後の優等列車運用を続ける〔きたぐに〕3編成に、東北地区で国鉄色のまま残る波動輸送用2編成 (1編成は近日廃車と報じられた) と、終焉近しの気配が漂う。 ...続きを見る

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2011/02/16 00:00
雪にカナリア
雪にカナリア 底冷えのする広島の夜にちらちら舞い始めた雪は、翌朝になると山肌を薄白く染めていた。温暖な気候と思われる瀬戸内海周辺、しかし中国地方西部では日本海側気候の影響が及んでくる。冬季によくある東海道・山陽新幹線の遅れは関ヶ原付近の降雪だけが原因と思われがちだが、山口県内で雪による減速運転のためというケースもそれほどめずらしくない。 未明の可部線(横川〜可部) 電車はドアが自動、なので駅に着くたび車内が一気に冷えてしまう。線内随一の撮影名所である太田川の築堤ちかくはわずかに積雪も残る。そこへ白2両と黄色... ...続きを見る

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2011/02/10 00:00
古豪と新風
古豪と新風 11月6日、国鉄特急形の歴史にひとつの区切りが加わった。特急〔はまかぜ〕に使用されてきたキハ181系がこの日限りで定期運行を終了、翌日から新型キハ189系に置き換えられている。ダイヤ改正でもなんでもない時期の、しかも土日にかけて車両交代となったのは、6日が山陰冬の風物詩ズワイガニ漁の解禁日だったから。キハ189系の投入自体、当初来年 (おそらく3月改正) から運転開始という計画が、今期のカニシーズンにあわせ前倒しされたものだ。 ...続きを見る

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2010/11/12 23:50
秋色に翔ぶ
秋色に翔ぶ 東海道本線・山崎駅近辺は、通過列車のバリエーションもあって撮影者の絶えない場所だ。駅脇の通称「サントリーカープ」―残念ながらフェンスが立って撮影のハードルも高くなったが―をはじめ、名所とされる場所も多い。そのなかで気になる存在が、長岡京との中間にあるビール工場脇の水田で秋に咲くコスモスだった。 ことしもその時期を迎え、しかも来年春には485系〔雷鳥〕がなくなる見込みなので、この秋がふたつを収められるラストチャンスであった。そのコスモスが見ごろを迎えているという知らせを、いつもコメント下さるさく... ...続きを見る

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2010/10/30 00:00
銀の道はるか
銀の道はるか 兵庫県の山中にある生野(いくの) 鉱山は銀の産出で遠く戦国時代から賑わい、明治時代には物資運搬のため鉱山と姫路を結ぶ高規格の道路が整備された。やがてその役目は播但(ばんたん) 鉄道―いまの播但線に取ってかわられ衰退したが、その歴史を振り返るべく「銀の馬車道」と呼んで沿道各所の観光整備が進められているという。播但線を走る車両にも「銀の馬車道」ラッピング車が走っている。 現在の播但線 (姫路〜和田山) は途中の寺前まで電化区間で、ワインレッドの103系3500番台が走る。福知山線や姫新〜因美線、伯... ...続きを見る

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2010/10/25 23:00
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アコモ・こもごも アコモ……って何? というファンの方々も多くなったのでは。モーターとは関係がない。金融関係でもないし、もちろん藻でもない。 ……正確にはアコモデーション (accommodation) と称する。いくつか意味があるが、ここでは座席や寝台など接客設備を指す。国鉄時代は客室設備をアコモと称することが多く、座席のちょっとしたグレードアップでも「アコモ改善」と表現してきた。JR東日本が承継し、新幹線0・200系発生の簡易リクライニングシートを配置した、もと修学旅行用167系が愛称「アコモ」。なんとも直... ...続きを見る

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思い出ほのかに
思い出ほのかに 毎年恒例の 鉄道ファン 特集「JR車両ファイル」。この一年間、JR車両にあったダイヤや車両の変化を振り返ろうと誌面を開けば、「えっ? そんなものまで?」と驚くような廃車や廃形式、運用離脱の報を見つけてしまう。とくに国鉄形の衰退が著しい昨今、一覧表に冷たく記された処遇に心が痛むこともある。 大糸線北部で活躍してきたキハ52も、そんな車両だ。昨年末に北陸へ寄ったとき、計画に組み入れるかどうか迷ったけれど、結局高山本線のキハ58系列を優先していた。今改正でキハ120に置き換わることが発表されており、... ...続きを見る

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2010/05/21 10:00
海をわたる鉄道
海をわたる鉄道 鉄道は水没区間を走ることはできない。それは当然のことだ。しかし地盤のきわめて緩い場所、たとえば北海道など開拓地の湿地帯や河川敷などでの物資運搬では、最も手っ取り早く造れるのはじつは鉄道だった。雑誌でそれを取り上げたものを見たのだが、まともに走れるのかと思うほどぐにゃぐにゃの軌道が印象的だった。まあ速度が必要とされないところだし、その程度で問題ないのだろう。 今回取り上げるのはそういうものではなく、本当に水の上を走っているJR系鉄道路線。正確には昨年まで……と書けばお気づきの方も多いだろう。日本... ...続きを見る

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2010/04/01 00:00
消エル特急
消エル特急 JR駅に特急が到着するとき、「トクベツキューコーレッシャ」とアナウンスされた経験をお持ちの方も多いと思う。特急の正式名称は特別急行(列車) で、JRの旅客取扱規定上は急行列車に位置づけられる。 戦後〜1960年代までは1日1〜数本というそれこそ特別な存在であったのだが、新幹線とともに特急網が整備される過程で、幹線はしだいに「特急街道」になっていく。国鉄は1972年、特別急行の中で多本数が設定され、始発駅を決まった時分に発車し、自由席を設けた列車に「エル特急」という種別を設定した。当初は東北常磐... ...続きを見る

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2010/03/12 00:00
北国のノクターン
北国のノクターン 急行〔きたぐに〕は現行列車唯一となった電車三段B寝台のほかに、A寝台にグリーン車・自由席座席車までを一編成に組み込んでいることも大きな特徴だ。ほかのブルトレ等とおなじく同列車の運用以外は車両基地に留まり、昼夜分かたず走り続けた日々は遠い過去のものになってしまったけれど、列車内で昼と夜が同居する形態もまた同系の特徴を存分に活用したものだといえる。 ...続きを見る

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2010/02/11 23:40
月下のセレナーデ
月下のセレナーデ 583系特急形電車。昼行と夜行両方の設備を背負い、国鉄の主要電化路線を走り続けた系列もまた、去り行く国鉄形として注目される存在。いまではそれ自体も貴重な夜行急行〔きたぐに〕を最後の定期運用とし、老体に鞭打って全力走行を続けている。 ...続きを見る

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2010/02/07 22:40
カワセミとフクロウ
カワセミとフクロウ パンタグラフ。電車に欠かせない部品のひとつで、道路標識「踏切あり」でもすぐにそれと連想させ、子供たちが描く「でんしゃ」の屋根に間違いなく乗っている、ひし形の物体。pantograph とはもともと製図部品、組み合わせた棒とリンクの働きによって原図を複写または拡大縮小する道具で、枠の動きがそれを連想させることからついた名前だ。 ...続きを見る

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2010/02/01 22:00
風の町へ
風の町へ 富山市中心部から南に15km、現在は同市に編入されている旧八尾(やつお) 町は、毎年9月に行われる「おわら風の盆」が最近とくに著名だ。アクセスのひとつである高山本線は同時期の列車増結・増発に加え、大阪から特急〔おわら〕がキハ181系気動車で長躯乗り入れることでもファンの注目度が高い。 定期の特急はJR東海から乗り入れる〔ひだ〕のみで、猪谷(いのたに)〜富山間のローカル列車はJR西日本の小単位輸送向け車両 (いわゆるレールバス) キハ120形でまかなわれている。前後で面の色が違う風変わりな300... ...続きを見る

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2010/01/27 23:00
雷鳥の詩
雷鳥の詩 富山を起点に立山と宇奈月温泉へ伸びる富山地方鉄道は、戦時中に県下の私設鉄軌道・バス会社を合併して設立されたもので、現在もなお中小私鉄有数の路線規模を持つ。昨年末の富山都心線開業で一時期下回っていた営業キロ100kmを回復したが、これはいくつかの大手私鉄を凌ぎ、京成電鉄 (約102km) とほぼ同じ総延長。立山黒部アルペンルートや黒部のトロッコ電車 (黒部峡谷鉄道) へのアクセスとして重要な鉄道路線でもある。 ...続きを見る

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2010/01/22 23:55
TETSUJIN DASH!!
TETSUJIN DASH!! 泉州沖に1994年開港した国内初の海上空港、関西国際空港。成田と同じくハネだハブかマングースといろいろ取り沙汰されている同港も、24時間貨客運用可能な (これも国内初) 国際空港 "KIX" として当時は注目を浴びたものだ。また空港アクセスとして鉄道も一体整備されており、先立って開業した成田同様、それまで単にライバルと見られていた鉄道と航空の関係が見直されるきっかけにもなった。 関西空港への鉄道アクセスは、JR西日本と南海電気鉄道が担当している。JR西日本は特急〔はるか〕と関空快速、南海は特急... ...続きを見る

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2010/01/08 00:28
ふるさと発なつかし経由おもいで行き
ふるさと発なつかし経由おもいで行き またひとつ……いやふたつ、夜行列車の灯が消える。 2010年3月13日のJRグループダイヤ改正で、最後の14系ブルートレイン―寝台特急〔北陸〕と、最後のボンネット形特急電車489系を使用した急行〔能登〕両列車の廃止が発表された。代替として週末や学休期間に臨時夜行急行が運転予定とされるが、現行の車両はいずれも廃車と思われる。 夜行長距離列車の不振は今に始まったことではないし、いまから安くしても利用客が帰ってこないことはもう明らかだ。さらに廃止理由に「老朽化により」とまで付け加えられたのでは、引... ...続きを見る

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2009/12/27 20:09
国電残影
国電残影 国鉄103系通勤形電車。1964年〜1984年にわたり製造された「国電」を代表する系列は、日本の高度成長期を支えたまさに屋台骨であり、新製・編入あわせ約3,500両の陣容は、長い間国鉄〜JR電車の最多両数に君臨した車両だった。 ...続きを見る

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2009/10/25 22:00
影落ち
影落ち 秋の日はつるべ落とし…とはよく言ったもので、秋分をはさむ時期は日の入りが毎日1分半のペースで早まり、夕方以降の列車撮影は急速に難しくなってくる。いっぽう車両写真はというと、夏の間は伸び放題の雑草に隠れるとか (しかし今年は意外にも邪魔が少なかった)、陽炎の影響も受けやすいのでシーズンオフ、ここにきてようやく足回りがすっきりするころだ。日照の角度もあからさまに低くなり、床下機器のディテールを描写しやすくなる一方で、遠くから影が落ちてくることも考えなければならなくなる。 ...続きを見る

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2009/10/21 22:30
特急電車の横顔
特急電車の横顔 10月1日から、北陸本線の特急〔サンダーバード〕が683系4000番台の投入で増発される。4000番台自体は6月から営業運転を開始していたが、これは北周り〔はくたか〕の増発に681系を捻出する目的だった。このため485系〔雷鳥〕に動きは無かったのだが、10月以降はいよいよ影響が及んで、残る列車はパノラマグリーン車(クロ481-2000/2100)組み込み編成で運用されることになる。 ことし春ごろから北陸本線の撮影地は賑わいだしたようだ。撮影条件の都合上、大阪方の先頭車にどうしても注目が集まると... ...続きを見る

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2009/09/30 00:00
モハかモハネかモハネハか
モハかモハネかモハネハか 一両にふたつ以上の接客または荷扱い設備を持つものを、合造車(ごうぞうしゃ) と呼ぶ。 現代JRにおいて代表的なのは「クロハ」――グリーン・普通合造の制御車だ。背景には特急の短編成化にしたがって、グリーン車に1両まるまる取りにくくなったことがある。その一方で地方路線では「フルムーン」などの需要もあって、そう簡単にグリーン車の連結をやめられないのだろう。そんなことで国鉄時代から「ロハ」はあったが、それより当時は荷物や郵便を扱っていたため荷物・郵便合造車キハユニ26、クモハユニ64などのほうが一般的... ...続きを見る

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2009/09/05 22:00
ギラリ!
ギラリ! ここで紹介している各車の画像は、ちゃんとお見せできる画面にするためいじり倒している。具体的には露出の調整・傾きの補正・トリミング(縮尺の統一)など。後処理を前提としているので、このサイドビューアングルに限った話ではないが、私の場合デジタル写真はほぼRAWで記録している。JPEG同時記録も可能だが、容量を確保するため使っていない。 だから、車体の白い黒いというのは実はそれほど問題ではない。白のほうがうっかりすると飛んでしまうから気をつけているけれど、程度の問題だ。一番厄介なのは…… ...続きを見る

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2009/06/15 22:00
バクシュウ問題?!
バクシュウ問題?! 5月下旬から6月上旬にかけて、本州各地は麦の収穫時期「麦秋」を迎える。 地形図では水田となっている場所も、二毛作あるいは作付けの回転で、秋蒔きの麦が植えられているところも少なくない。秋の稲穂とはすこし違った濃いめの黄金色もお気に入りで、田植え前の数日間だけ撮れる「水鏡」―撮れない年もある―に続く、フィールドワークのお楽しみになってきている。 ...続きを見る

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2009/06/06 00:30
Smoke Free
Smoke Free きょう6月1日から、JR東海・西日本の中〜長距離列車(他社乗り入れ含む)が全面禁煙となった。両社とも短距離特急については禁煙化されており、今回の変更でJR在来線の座席車がすべて禁煙車となる。新幹線でも東海道・山陽新幹線のN700系・500系8両、JR東日本・九州の全車が完全禁煙である。 JR西日本では、一部車両にあった喫煙コーナーも灰皿を使用不可としている。683系2000番台〔しらさぎ〕のグリーン車後部にあるフリースペースは灰皿を備えて実質的に喫煙コーナーだったが、ここも禁煙になった。ちなみ... ...続きを見る

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2009/06/01 22:30
差し挟まれて候
差し挟まれて候 国鉄〜JR電車(四国・貨物を除く)における形式称号の冒頭には、「モ」「ク」「サ」のいずれかが来る。それぞれ電動車・制御車・付随車であり、とくに制御電動車は「クモ」を称する。 「モ」と「ク」の意味するところが「モーターのモ」と「駆動のク」であることに異論は少ないだろうが、「サ」の起源は諸説あって確定していなかった。主(あるじ)に仕える「さぶら(侍・候)うのサ」とか、英語で付随・従属を意味する「subordinate のサブ→サ」とか。その中で個人的に納得のいく説は、「差し挟むのサ」だった。どこで... ...続きを見る

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2009/03/30 00:45
色の記憶・音の記憶
色の記憶・音の記憶 正調・国鉄特急色を身にまとう電車は、もう残り少なくなった。特急として定期的に走るのは〔雷鳥〕―ついに683系への全面置き換えが決まった―、それに準じたもと485系の〔北近畿〕などだけ。それらと並んで奇跡的に生き残り、電車特急50年の歴史を今に伝えるボンネット形の先頭車、クハ489。かつて「碓氷のシェルパ」EF63と峠を越えた車両は、上野〜金沢間(長岡経由)を走る夜行急行〔能登〕で最後の活躍を見せている。いちど派手な「白山色」になってからの国鉄色復活という意味でも、奇跡的な車両だ。 昨年年明け早... ...続きを見る

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2009/03/25 22:00
光と影
光と影 日本を代表する鉄道写真家のひとり、真島満秀(ましま・みつひで)氏が急逝された。 最初に知ったのは、最近よく訪れるようになった「鉄道ホビダス」のブログ 編集長敬白 である。その経緯についてはここでは割愛させていただくが、その報を見た瞬間に私も言葉を失ってしまった。愛弟子である中井精也氏の「1日1鉄!」でもそのことが触れられており、心中を察するに余りある。 ...続きを見る

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2009/03/20 00:00
赤い流れ星
赤い流れ星 終息期に向かう感も強い現在のJR寝台特急だが、2008年現在 すべての客車特急の先頭に立つ機関車がある。それがEF81形交直流電気機関車だ。 EF81は日本海縦貫線を走る長距離客貨列車のため製造された、「三電気」(直流,交流50/60Hz)方式の機関車。平たく言えばEF65に交流機器を積んだ、性能的にはきわめて平均をゆく機関車である。日本海側を走ることから、従来車両の経験を踏まえた塩害・寒冷対策を施してあり、いろんな意味で国鉄機関車の集大成とも言えるだろう。 ...続きを見る

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2008/12/15 00:10
どっちが前?
どっちが前? ほとんどの鉄道車両がほかの交通機関と大きく異なる点のひとつは、どちら向きにも同じ性能で走れることだが、車両としてはどちらかが前で反対側が後であるわけで。通勤電車など、左右対称に見えるものも多いけれど、ちゃんと前後の、もちろん左右も区別がある。 どちらが前か? の答えは、「図面で左に描かれたほう」なのだが、その決め方にも原則があって、たとえば電車や気動車は運転台のあるほうが「前位」すなわち前側、客車のときはブレーキ弁のある乗務員室が後位、などなど (その他いろいろ決め事があるけど省略)。先刻特集... ...続きを見る

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2008/12/05 23:30
永遠の超特急
永遠の超特急 「ゼロけい」という、すこし不自然にも思える言葉がこれほど世間ひろく使われたこともないのではないか。1964年の東海道新幹線開業以来、代替わりはしたものの、実に44年間にわたって走り続けた新幹線電車0系がついに引退する。 ファンのみならず、一般の人々にとっても「夢の超特急」最後の花道は注目に値する話題のようで、なつかしいアイボリーに青帯の原塗色に戻って以降、人気ぶりはにわかに高まった。私が夏に〔こだま639号〕を追いかけた日も、ホームには老若男女問わずコンパクトデジカメやケータイをその鼻先に向け... ...続きを見る

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2008/11/30 00:00
走る変電所
走る変電所 いつごろからこの通称がついたのか定かでないが、モハ484という形式はまさに「走る変電所」と呼ぶにふさわしい。MM'ユニットのうち"484"という偶数形式で、3種類の電源(DC1,500V, AC20,000V60Hz, 50Hz)を取り入れて隣の奇数形式モハ485(主制御器を持つ。写真では左隣)に供給し、モーターはその制御器の支配下にある。つまりシステム的には隣のほうがエラいのだが、被写体としての魅力は圧倒的にこちらの方が上だと断言していい。主人を差し置いて鉄道博物館に収容展示されたのもこちらの... ...続きを見る

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2008/10/14 21:00
欲張りと妥協
欲張りと妥協 以前(はじめの方)サイドビューを成立させるための条件を書いたけれど、実際に撮るとなればさらに欲を出すのは当然の仕様であり……。 ...続きを見る

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2008/09/25 22:30
ブルートレイン2008[特別編]: 青い流れ星
ブルートレイン2008[特別編]: 青い流れ星 さて、「ブルートレイン2008」も数えると26回シリーズになっていた。いま走っているだけでこんなに種類があったのかと、でまたよく短期間で撮ったものだ、と思ったり思わなかったり……。 そんなわけでこのたび目次を作ることにした。ただブログ記事に書いていくのはいろいろ大変なので、(最近あまり更新できないが)本家のほうでまとめさせていただきます。 → ブルートレイン2008 -資料編- ...続きを見る

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2008/09/20 12:00
ブルートレイン2008[最終回]: 電源車
■ 第1回はこちらです。 24系ブルートレインの編成端に位置するカニ24には、あの"1059"を除けば車両用では最大級となる、巨大なJRマークが目立つ。最近の車両ではかなり控えめな大きさになったJRマークだが、1987年4月1日の民営化当夜、「新生JR」誕生のシンボルとして先頭・後尾車を中心にマーク貼り付けが一斉に行われた。ひと足早く民営化されたNTT(←電電公社)と並ぶ、1990年前後に一種のブームとなった「コーポレート・アイデンティティ(CI)」の代表例といえよう。 ...続きを見る

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2008/09/16 22:00
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(3)
B個室で一般的なものは「ソロ」と「デュエット」だが、それの若干上位にある部屋が「シングル」と「ツイン」。こちらは部屋がより広く、したがって寝台料金も高い。 〔トワイライト〕に連結されるB個室は、ツイン全23室とシングルツイン全12室。〔カシオペア〕と違って『おひとり様お断り』ではないけれど、やはり夫婦あるいはグループを意識した構成である。 ...続きを見る

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2008/08/28 23:10
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(2)
1989年に登場した〔トワイライトエクスプレス〕は、「ブルートレイン」のイメージを打ち破る濃緑の車体がかえって新鮮だった。〔北斗星〕をさらにグレードアップした車内設備を持ち、後に加わった〔カシオペア〕との3本で北の大地へ夢を運んでいる。 同列車の公式走行距離は1,508.5km(上り)と、不定期ながらも旅客列車の日本最長を誇る。運行途中に対向列車と2回の離合をすることもあり、これも旅客では唯一だ。登場当時はブルトレとは別物とする向きもあったが、本家の現状を考えるとブルーから脱却したのは正解だっ... ...続きを見る

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2008/08/27 23:30
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(1)
現行ブルトレの陣容は東京地区発着が5本、大阪発着が2本。後者は北陸本線を進む。すでに示した通り〔日本海〕が福井県で撮れるようになったので、ここで待っていれば午前と午後、両サイドから〔トワイライト〕車両をとらえられる。 それでこんな計画を立てた。週末プラス1日でまず豊橋に向かい、金曜朝〔富士・はやぶさ〕を狙う。土曜は福井北部で〔日本海〕と〔トワイライト〕。さらに北周りで熊谷へ向かい、日曜〔北陸〕〔あけぼの〕、それから当日高崎線へ来る「なごみ(和)」。これなら週末一回で大半を集められるし、運賃も安... ...続きを見る

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2008/08/26 23:00
夏休みの自由課題(4) -展望車今昔
重連蒸機が残した煙の匂いが消える間もなく、撮影者群の一斉移動がはじまる。最近のSL列車にはつきものの「追っかけ」だ。私も上り列車までは無理だが、もうすこし付き合うことにした。 列車は仁保〜篠目の峠越え中に追い抜いて、地福あるいは徳佐付近まで容易に先行できるが、途中なんとなく気になる場所があったので、国道から脇にそれてみた。 小さな駅を通り越して、さらに進むと左側の山裾に線路が平行する。ここは通常撮影にはまったく不向きなので、他に撮る人はいない。横に伝うケーブルだけがどうしても気になったが、車... ...続きを見る

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2008/08/24 22:15
夏休みの自由課題(3) -煙の競演
夏休み終盤は山口線へ。7〜9月のJRグループ「おいでませ山口デスティネーションキャンペーン」で、おなじみSL〔やまぐち号〕もことしは8月中毎日運転(C56牽引〔やまぐちDC号〕含む)、週末は展望車マイテ49付き重連、さらに8月1〜3日は「サロンカーなにわ」牽引、とお楽しみが多い。 重連もさながら、今回の隠れたお目当てはマイテの方だった。しかし連結位置が津和野方つまり機関車の次であることを直前に知った。マズいな……これだと機関車に好都合な条件では煙にかぶられてしまう。じゃあ最後尾ならいいのかとい... ...続きを見る

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2008/08/23 21:00
ブルートレイン2008: 北斗星(5)
ほんらい、国鉄客車は頭の質量記号「コホナオスマカ」を除いた用途・設備そして数字の形式で区分される。たとえば14系座席客車の3車種(製造時)は ハ14, ハフ14, ハフ15 (それぞれ オハ14, スハフ14, オハフ15)。改造などで自重が変わり、質量区分をまたいだ場合は別形式が取られた(スハ43→オハ47, オハネ17→スハネ16)。 しかし国鉄末期からお座敷車両など客車の改造が進み、質量記号が違うだけの「重複形式」も珍しくなくなってきた。ブルトレでは ハネ25, ハネ25-7 (オハネ2... ...続きを見る

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2008/07/31 23:15
瑞穂の国で
車両をサイドビューとするには一定の条件がある。 線路と同一の高さで正対する これは絶対。 線路から一定の距離を取れる あまり広角域では歪曲などの収差や動体ぶれなどが避けられない。 周囲が開けている 左右があまりに窮屈だとタイミングを取るのが難しい。また住宅地の真ん中でカメラを振るなど不審な行動はできれば避けたいところ。 ゆえに撮影地の多くは水田地域となる。場所を検討するとき、ウォッちずで「W」印の存在はきわめて大きい。日本が瑞穂の国で良かったとあらためて思う。畑でも良さそうに思える... ...続きを見る

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2008/07/09 00:01

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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