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みんなの「客車」ブログ


白の記憶―青函点望

2016/04/01 00:00
春・夏に青森を訪れたら、この列車は外せなかった。最後の急行列車、最後のJR客車列車、そして最後のブルートレイン車両。青函連絡船の深夜便を受け継ぐ形で誕生した急行〔はまなす〕は、JR世代でありながらも国鉄の雰囲気を残しつつ、2016年3月22日の北海道新幹線設備最終切換を前に海峡線旅客列車のしんがりをつとめあげた。
いつものように油川の撮影場所に腰を据えてそのときを待つ。右手踏切の警報器が鳴り出し、右側から赤いED79に牽かれてブルーの客車が乾いた音を立てて通り過ぎていった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200


この画像は単なる白のべた塗りではありません。そう、心の眼で見てください……というわけではないが、最近はよくしたもので、高度な画像処理でこの絶望的な状況もなんとかできたりしないかと思ったものである。画像(RAW) の現像に際しディヘイズ (かすみ除去) 処理をかけてみると、なんと! 真っ白な画像の中から車体の形が浮き出てきた。それにしても、自分で言うのも何だがよくここまで止めたカットがあったものだと。
津軽線付近は海が近いせいか夏場は市街近くでも霧が良く発生し、同列車や〔北斗星〕を狙う撮影者を悩ませていたようだ。この日も宿を早朝に抜け出して、青森駅付近の晴天に気をよくして車を進めていたが、突然の真っ白なベールに立ちはだかれてはなす術もなし。すこしくらいは見えてくれないかという願いも空しく、ほぼ定刻どおりに列車は音だけを残して走り去っていったのだった。

画像

ED79 58−ED79 59

  • 津軽線 油川←津軽宮田 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO200

太陽が高くなるにつれて霧は徐々に晴れ上がってきた。そんな中に現れたのはED79 50番台重連の貨物列車。元の画像はやはり乳白色だらけだが、今度はなんとかそこから浮かび上がらせることができた。貨物用の50番台は、当代青函連絡の主役EH800の暫定投入と入れ替わりに、一足早く運用を退いている。

14系客車500番台は、北海道内の夜行急行列車の体質改善を目的に臨時特急用の14系座席車を耐寒耐雪化したグループで、1981年2月に函館本線(通称山線経由)の急行〔ニセコ〕に投入。後に寝台車も加わり、札幌から北海道各地に向けブルートレインが走ることになった。

スハフ14 555

スハフ14 555

  • 千歳線 島松→北広島 2014-5
  • D7100,AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400

外見では乗降口の折戸が凍結予防として引戸に変更されたのが最大の特徴だ。扉の片方は荷物置場部に引き込まれるが、もう片方は客室座席部まで食い込むため、窓幅がすこし狭められているのも目に付く。一部車両は扉の窓に「自動ドア」と注記しており、登場時は10系寝台客車と併結していた歴史を語る。車両自体の空調は電気式 (スハフのディーゼル発電機から) ながら、蒸気暖房の配管も通っていた。550番台はオハフ13に発電機を搭載した車両で、〔はまなす〕では函館・千歳線上で車掌室を函館側に向けて連結されていた。

冒頭の画像iについては、画像を調整しても結局車号は判別できなかった。ならばなぜ書いてあるのか? という疑問への答えは単純、その夜札幌へ飛んで翌早朝の下り列車を迎え、うまく同一車を記録できていたというわけだ。
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ふたつの星

2015/08/21 07:00
上野東京ラインの普通列車を降りて徒歩で20分あまり、水田の脇で線路へレンズを向けた。8時35分、汽笛とともに右側からあらわれたのは銀色のEF510「カシオペア」塗装機。そしてブルーに金帯の客車が連なって、目の前を軽やかに駆け抜けてゆく。
臨時寝台特急〔北斗星〕。終着まではあと1時間弱の道のりだ。

EF510-509

EF510-509

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

2015年3月改正で定期運行を終了した寝台特急〔北斗星〕は、半月後の4月から臨時列車として運行を再開。〔カシオペア〕のダイヤに載せて同列車と交互する形で8月まで運転されてきた。2008年の1往復化以降、JR北海道(1〜6号車)+JR東日本(7〜11号車+電源車)の混成だった編成はJR東日本車だけの組成となり、B個室群のかわりに8〜10号車のA個室三点セットが2〜4号車へ組み込まれ、「史上空前の豪華編成」と評する向きもあったが、2004年からのオフシーズンには当時の3・4号が同様の編成で運転したことがある。
その編成中央に連結されているのが「ロビーカー」オハ25 500番台(503)。とくに目立ったロゴやエンブレムなどがなかったJR東日本車両のなかで、流れ星のワンポイントが光る。登場当初は5・6号むけ、のちに定期昇格した3・4号にも連結されるようになり、JR北海道もこれを折半で運転することから550番台(551) を投入。こちらにはJR北車共通の「539エンブレム」を掲げていた。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東鷲宮←栗橋 2015-4
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

ロゴ部にはシャワー室がある。往時の1・2号と北東混成の編成に連結されたスハネ25 500は形式の通りB個室ソロ車両でもあったため共有スペースは狭く、時刻表の注釈は「ロビーがあります」。臨時運転の案内は時刻表で「ロビーカー連結」の付記があったので、運転開始を前にオハの登板を確信したのだった。

減便でロビーカー連結が中止された2008年以降、1両だけ除籍されず尾久車両センターに長期間留置されることになったオハ25 503だが、その姿を見る機会は意外に多かったりする。というのも、東北本線(宇都宮線) で時折運転される乗務員訓練を目的とした試運転(通称黒磯訓練) に、同車はよく連結されていたからだ。客車であればなんでもいいという感じで何両かをつないだだけなので組成も一定せず、連結面の車端ダンパはもとより幌も接続しない姿ではあったが、いつかの復活を期待させて走る姿は貴重だった。2006年に向きを変えられた車両群は2012年にふたたび反転、保留車も含め寝台を東側に向けている。
もう1両レア車両として、3・4号定期化でJR北車に仕様を合わせた「ロイヤル+ソロ」オロハネ24 501が入る可能性もあったが、私はここで見る機会がなかった。営業運転でたまたま連結されていたのを撮れたのは奇跡に近い。

オハ25 503

オハ25 503

  • 東北本線 東大宮←蓮田 2010-3
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

定期時代は基本的に日曜朝の「カシトセイセット」でいただくことが多かったからか、なかなか土曜日の朝に起き抜けで行く気になれず、しかも連休になると新幹線設備試検のあおりで運休。そのうちそのうちと思っているうちに終焉を迎えるといういつものパターンになった気がする。
クルーズトレインに夢を託して、元祖豪華寝台列車〔北斗星〕四半世紀の歴史はまもなく幕が下りる。21日夕方に発つ上野駅へ23日の定刻に戻り、有終を飾ることを願いたい。
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さよならブルートレイン

2014/12/28 00:00
2015年3月JRグループダイヤ改正で、寝台特急〔北斗星〕の定期運行が終了する。毎日運転の寝台特急は〔サンライズ出雲・瀬戸〕と同列車のみになっており、〔北斗星〕は最後の定期ブルートレインでもあった。JR西日本〔トワイライトエクスプレス〕の運転終了も春に発表されていた (同列車は臨時扱いのため、ダイヤ改正の発表資料には掲載されない) から、青函トンネルを象徴する2列車が同時にその歴史を閉じることとなった。〔トワイライト〕は北陸新幹線開業に伴う並行在来線経営分離の関係で、改正2日前の3月12日発が最終となる。
もともと臨時の〔カシオペア〕と、最後の急行になってしまった〔はまなす〕は継続されるが、それも最長で北海道新幹線開業までとなるだろう。〔北斗星〕は臨時列車として8月頃まで設定の方向とされているから、それ以降は残存2列車の設定にもかなりの影響がありそうだ。
トンネルを含む海峡線は新幹線を通す規格で建設されていたから、いずれの列車も新幹線に次を託して使命を全うしたのだともいえるし、見た目にも疲労の色濃い車両の姿に先の長くないことも感じていたが、廃止が現実のものとなればやはり寂しい。3度ほど上りを乗り通し、B個室とシャワー、夜の喫茶と朝食を体験できたのが幸いだった。

EF510-512

EF510-512

  • 東北本線 蒲須坂←片岡 2014-12
  • D810, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

国鉄〜JRのブルートレインは、1958年に運転開始した20系が始祖となる。深みのある青15号の車体にクリーム色1号の帯を3本流し、牽引する機関車も客車と同じ高さに細帯を通した「特急色」が設定され、EF60(500)、EF65(500,1000) そしてEF66と受け継がれた。
2代目ブルトレ・14系および12系では地色がすこし明るい青20号、帯は白2本に変更された。帯はさらに2段B寝台の24系25形以降ステンレス板貼り付けとなったが、昨今は銀テープまたは塗装、車両によっては白帯になっている。先日リバイバルされた寝台特急〔富士〕は白帯車で揃えるという演出がなされたが、電源車カニ24はもともと25形と同時増備なので本来は銀帯だった。なお〔富士〕は24系25形での運転が最も長かった(1976〜2005年)が、その直前1年間はEF65P+24形で運転した実績がある。

オハネフ25 8

オハネフ25 8

  • 東北本線 蒲須坂←片岡 2014-12
  • D810, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

現在の〔北斗星〕はご覧の通り「金帯」である。これは国鉄分割民営化を前に〔あさかぜ〕の車内リニューアルが行われ、オハネ・オハネフ25形に「グレードアップ車」の意味を込めて装飾したのが最初。幕板にも20系以来となる3本目の帯をつけ、B個室のさきがけ「デュエット」(シャワー室付き)を連結した〔あさかぜ1・4号〕は、堂々たる姿で新会社発足に花を添えたのだった。
発足翌年に開通する青函トンネル経由の本州〜北海道直通列車は、当初〔ゆうづる〕客車に食堂車と2人A個室「ツインDX」を追加する形で構想されていたが、さらなる魅力向上を図って上級個室の「ロイヤル」B個室「ソロ・デュエット」も設定。ふたを開ければ個室人気が急騰し、当初臨時の3・4号の定期化とあわせて個室車を増結することになった。
JR北海道は当時担当した〔北斗星1・2号〕の大半を個室車に入れ替え、1往復化でJR東日本と折半する現編成には「デュエット」「ソロ」がエンブレムつきで残っている。エンブレム中央上部に「539」の刻印があるのは、青函トンネルの総延長約53.9kmから津軽海峡線を「ゾーン539」と称したことによる。

オハネ25 565

オハネ25 565

  • 東北本線 蒲須坂←片岡 2014-12
  • D810, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

ブルトレ直流牽引機はその後も青15号で通したが、〔カシオペア〕〔北斗星〕本州区間牽引をEF81から引き継いだEF510-500は、同列車にあわせて青20号に金帯となり、足下の形態とも合わせ軽快さが感じられる。
旅客仕業数からは過剰なほどの15機が新造されたが、これは田端EF81が常磐線関連の貨物列車牽引をJR貨物から受託していたためで、〔カシオペア〕塗装の銀釜2機 (509, 510) も人気の「安中貨物」を含む貨物仕業をこなした。他方でブルトレ牽引は東北専門、災害で東北本線〜北上線へ迂回した〔あけぼの〕を牽引したことはあるが定期の牽引機置き換えとはならず、〔北斗星〕〔カシオペア〕の上越線迂回時はEF64とEF81が登板したので出番はなかった。
貨物牽引受託は2013年改正で解消(EH500に置き換え)、余剰となった同形は銀釜を飛ばして501〜508,511の計9両がJR貨物へ譲渡された。貨物牽引機をベースとした設計は、当初からそれを見越していたと言える。流れ星を撤去し日本海縦貫線に身を転じた青い機関車は、最終的には「レッドサンダー」スタイルへ統一されるそうである。

EF510-503

EF510-503

  • 信越本線 押切→見附 2014-6
  • D7100, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

「ブルートレイン2008」で紹介した列車のほとんどは、記憶の彼方へ去って行った。すでに臨時の〔あけぼの〕の動向は年明け以降の「春の臨時列車」発表を見ないとわからないけれど、正直厳しいだろう。車種を数え上げればまだ当時の半分程度となるが、それは〔北斗星〕〔トワイライト〕が編成内に多彩な個室車を組み入れているからである。当時でもかなり減っていたとはいえ、それから6年でほんとうに全滅とは……と嘆息もするし、逆にあれからよく6年持ちこたえたなあ、という感慨も……。そもそも列車内で夜を過ごすという旅行自体、もう経験できないのではという気がしてきたほどだ。

〔カシオペア〕と〔北斗星〕は、上野駅地平ホームの一番奥、高架ホームがかぶさる13番線から発車する。尾久車両センターから推進回送され、客車を頭にゆっくりと入線してくる独特の雰囲気もまもなく見納めになる。地平ホーム自体、こんどの「上野東京ライン」開通による直通化で使用頻度が極度に低下するはずで、この空間が特急ホームを含めどのように扱われるのかも気になるところだ。
かわって次世代を担う新幹線。H5系が本州に顔を出し、W7系も東京への試運転を開始した。N700系は3月改正で東海道区間の285km/h運転を開始、いっぽう500系は「プラレールカー」の運転が来夏まで延長されるとのことで、根強い人気を保つ同系ももうすこし活躍が見られそうだ。名実ともに、日本の鉄道の主役は新幹線になっていく。
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しま太郎駅長のこと

2014/11/23 00:00
2013年11月、北海道・ニセコ。紅葉も最終盤、陽光を浴びてたくさんのカメラを前に走ってきたC11 171牽引〔SLニセコ号〕は、蘭越到着後すぐに補機DE15を先頭に倶知安へ戻る。
こちらも倶知安近くに戻って待ち構えていると、空がにわかにかきくもり、暗転した空から大粒の雨が降ってきた。ほどなく止んで羊蹄山も見えるようになったが、空気が文字通り一変して冷たい。季節の動いた瞬間だった。

しま太郎近影
函館本線「山線」秋の風物詩、〔SLニセコ号〕(SL牽引は札幌→蘭越, ニセコ→札幌)。かつての〔C62ニセコ〕の舞台を行く列車だったが、惜しまれつつ今季限りで運転を終了したのはご存じの通り。北海道新幹線開業に向けた準備に集中することが理由とされ、函館地区で春夏と初冬に運転されてきた〔SL函館大沼号〕〔SLはこだてクリスマスファンタジー〕も今年限りで終了、北海道での蒸機運転は釧網本線〔SL冬の湿原号〕を残すのみとなる。
函館地区はともかく、「ニセコ」は新幹線の影響は直接受けないのだが、もうひとつの理由が新型ATS整備にからむ事情だ。主要幹線では2016年までに新型ATS (ATS-Pなど) を整備することが義務づけられているが、「山線」も名目は函館「本線」であり、小型機に属するC11に機器を搭載する余裕 (場所と予算) のないことが影響している。現時点でATS-P/Psを搭載するSLはJR東日本の大型3機 (D51 498, C61 20, C58 239) とATS-PsのC57 180にとどまっていて、真岡鐵道からよく借りるC11 325はATS-SNのみ装備で、首都圏近郊では運転していない。

スハシ44 1

スハシ44 1

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2012-10
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

2012年秋の〔SLニセコ号〕は、通称「すずらん編成」14系座席車とスハシ44で運転された。同年夏に開催した北海道DCで利用客が増えることへの対応だったという。編成中のスハシ44 1は、かつての〔C62ニセコ〕にも連結された「カフェカー」。〔C62ニセコ〕運転開始当初はUCCがスポンサーについて、同車で喫茶営業を行っていた。現在でもカウンターが残り、車内販売基地となっている。
しま太郎
蘭越→倶知安の列車を比羅夫(ひらふ) 駅の近くで撮影し、そういえば……と駅に寄ってみる。比羅夫は無人駅になってしまった駅舎を先代オーナーが譲り受け「駅の宿ひらふ」を開業、ホームから一番近い宿として以前から旅人にその名を知られていた。
そんな駅に2003年、どこからともなく現れた一匹の猫はそのまま待合室に居つき、しっぽのしま模様から「しま太郎」と呼ばれ、駅と宿を訪れる客を出迎えてきた。当日もしま太郎は駅舎とホームの巡回勤務中(?)、壁に貼ってあった案内書きによれば「誰にでもすぐなつく」し「膝の上に乗るのが好き」というから、ほんとうに誰の膝でもいいのか実際に確かめてみることにした。
……瞬殺だった。

画像

オハシ47 2001

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400


心やすらぐ時間
翌2013年は所定の正調〔ニセコ〕編成となったので、10月下旬に渡道。「TOHOKU EMOTION」→青森空港→新千歳空港と飛んで入るすこし異質のルートだった。道内他地区での運転で客車はほぼ〔すずらん〕編成が使われるので (冷房の有無が大きいと思う)、藍色の客車は2年ぶりの登板だった。〔C62ニセコ〕終了後、旧客はスハシ44を除き廃車されていたため、〔SLニセコ号〕の客車はJR東日本から購入した。
こちらにも「カフェカー」としてオハシ47形(オハ47改) を連結しているが、実際には全車フリースペースで販売座席はない。だったらオシか、ロビーカー扱いのオハではないかと思いたくなるが。各車2000番台の電気暖房車で、電力は各車床下のディーゼル発電機でまかなっているほか、扉の一斉施錠もでき、車側灯が取り付けられている。
比羅夫駅でDE先頭の列車を撮り、振り返って"C11 207を狙った写真の隅に列車を見送るしま太郎「駅長」の姿があった。

シーズン最終週にもう一度。ここに来てようやく北四線の羊蹄展望とか200KPで撮影したりした後、また比羅夫に寄ってみた。扉を開け待合室に入ると、前回と少し雰囲気が違う。年齢を気遣い差し入れられたヒーターのかたわら、段ボール箱の中にしま太郎はうずくまっていた。わずかに上下する背中に息づかいを感じほっとしたが、とはいえ推定12〜13才くらいになるわけで、この冬を越せるだろうかと気がかりになりつつも、時間が迫ってきたのでSL復路も待たずに駅を後にしたのだった。
半年くらい経って、そういえばしま太郎はどうしているかな……と軽い気持ちで調べ始めたところで、彼の訃報を知ることになった。翌朝、息絶えているところを発見されたそうである。すでに体調を崩していたらしいが、あの日の冷たい風が魂を奪ってしまったのか。いや、〔SLニセコ〕2013のラストを見送り、シーズンを締めくくってから行ったのだと思う。

画像

オハフ33 2555

  • 函館本線 蘭島←塩谷 2014-10
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO400


比羅夫
1年後、ラストシーズンの〔SLニセコ号〕の牽引は、動向が注目されるC11 207がつとめた。同機もそうだが、どちらかが――状況からすればニセコ編成だろうが――用途からあぶれる客車の処遇も気にかかる。四度目の比羅夫を訪ねると、がらんとした待合室はキャットフードの匂いが消え、かつての定位置に遺影とオーナーの謝辞が残されていた。
誰でも愛し誰にでも愛された、長いしっぽが自慢のしま太郎駅長。銀河鉄道の駅でも、行きずりの旅人の膝を暖めているだろう。




現在発売中「鉄道ファン」2015年1月号では、「一刀両面」追録企画として〔SL銀河〕C58 239と〔SLニセコ号〕のC11 207を取り上げています。
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セブン・セブン・77

2014/07/07 07:07
毎度毎度な内容の当ブログも6周年を通過して今回から7年目です。で、いま「7」を代表する鉄道車両といえばN700AにE7/W7系、そして……



九州各地に走る「D&S (デザイン&ストーリー) 列車」の頂点に立つ超豪華列車として、2013年10月にデビューしたJR九州「ななつ星in九州」。九州の七県と七つの魅力をめぐる日本初の「本格的クルーズトレイン」は世間の注目を集め、非常に高額なツアー金額にもかかわらず申込みが殺到、高倍率抽選のプラチナチケットになっている。
その旅の魅力はあちこちで紹介されている――それでもほんの一部なのだろう――けれど、ここでは「車両」の趣味的見地から「ななつ星」を見ることにする。特徴としてまず挙がるのは、ひさびさの新造客車であることと、約半世紀ぶりに「イ」が復活したことだ。「イ」はイロハのイ、旧一等・一等寝台車である。旧一等車は1960年に廃止、一等寝台「イネ」は一足先の1955年に二等寝台へ吸収されていた。
国内鉄道の旅客車は創生期から戦後まで三等級制だったが、国鉄では1960年の等級改正で旧一等を廃止して、旧二・三等がそれぞれ1・2等に繰り上げられた。なので新1等がイ、2等はロに改称すべきところ、すでに多数の車両が在籍していたことから形式変更は見送られ、1970年のモノクラス化でも変更されていない。新規に数字だけの形式を起こした新幹線(0系)で10位の1を1等車、2〜3を2等車としたのが唯一の反映といえる。なお新幹線グリーン車よりさらに上級のシートとサービスを提供し「新幹線のファーストクラス」とも称されるグランクラスも、制度上はグリーン車である。
「イ」は空欄のまま民営化を迎え、その後登場した(当時で言う)豪華列車の〔カシオペア〕や〔トワイライト〕、「夢空間」のスイートもロネとして登録されているが、今回「ななつ星」の各部屋はそれらよりさらに上質な個室として「イネ」を復活させるに至ったわけだ。

DF200-7000

DF200-7000

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2013-10
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

車両の塗装はJR東日本のE655系「和(なごみ)」にも似た深い赤紫で、見る角度や光線状態により表情を変える。ロゴやエンブレムにカメラを向けると鏡のように撮影者側が写り込むほどだ。塗装保護と目隠しを兼ねた黒フィルムラップで本線に姿を現し、報道公開まで黒装束で試運転を重ねたことも話題になった。エンブレムや装飾の星、腰の金帯は貼り付けによる立体的表現である。
客車と同時に登場した専用牽引機は、途中の非電化区間を考慮してディーゼル機関車のDF200-7000となった。DE10の重連かプッシュプルだろうと思っていたので新型機関車投入は意外だったが、大柄な箱形車体が屋根の深い客車を牽引する姿は存在感抜群。なおツアーの途中で折り返し小運転を行う場合は、編成反対側に黒色のDE10が連結される。
同機は北海道で活躍中の「RED BEAR」DF200を旅客牽引向けにリファインしたもので、JR貨物で同形の増備は終了しているのでこれがDF200のラストナンバーになろうか。寸法は同じだが、塗装や装飾で受ける印象はガラリと変わるものだ。

マイ77-7001

マイ77-7001

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2013-10
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

7両の77形客車は、車号が機関車の7000から続く7001〜7007に振られている。国鉄時代の70番系列は戦災復旧車と呼ばれる簡素な造りの車両を指していたが、JR化後もかろうじて残っていた高崎の救援車スエ78が2007年に廃車となってからは空き番となり、今回正反対の車両に抜擢(?) された。
1号車マイ77-7001はラウンジカー「ブルームーン」となっており、昼はラウンジ、夜はバーとして乗客の語らいの場を提供する。床下にはディーゼル発電エンジンを搭載し、自重42.5以上47.5t未満 (換算4.5両) の「マ」を形式名に冠している。かつての一等車も「マ」級ぞろいで、乗り心地を最重視して三軸ボギー台車を履くのが通例だった (形式番号下一ケタが8または9、1953年までは7も)。815・817系由来のアルミ合金車体に787系の台車を履く最新鋭客車は、しかし調度品と発電機でずしり重くなっている。

マシフ77-7002

マシフ77-7002

  • 長崎本線 肥前山口→肥前白石 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

つづく2号車マシフ77はダイニングカー「ジュピター」、2013年中に2両も増備された食堂車のうち1両で、もう1両はTOHOKU EMOTIONのキクシ110。フは緩急車でブレーキ弁を備えるが、この列車には車掌室がない (簡易車掌台のみ)。こちらも発電エンジンを備え、2両で編成全体の電源をまかなうことになる。
3〜6号車が1両3室の「スイート」で、レイアウトはブルトレ客車でおなじみの側廊下式であるが、両側の車窓を眺められるようにと1両おきに廊下を海側・山側と振り分けているのが特徴 (写真のマイネは個室側, マイネフは通路側)。ちなみに3泊4日コースでは経路中の折り返しで博多の出発と到着で編成が逆転しており、1泊2日コースの運転後小倉経由で所属基地の大分車両センターに回送して向きを戻している。

マイネ77-7006

マイネ77-7006

  • 鹿児島本線 原田←天拝山 2013-10
  • D7100, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO160

これらの車両も重量記号「マ」なわけだが、主要諸元表から読み取ると3〜6号車に容量2355〜2830L(リットル), 7号車は3020Lの清水タンクを装備する(同容量の汚水タンクも持つ)ことも関係していそうだ。これだけ貯めるのは各室に備わるシャワーや洗面所等へ供給するためだが、つまり水だけで3tくらい車重が増えているわけである。いっぽう1・2号車の清水タンクは容量360Lと655Lで、国鉄サシ481のタンク1000L×4(清水・汚水)から見ると圧倒的に少ないようだけれど、多くの客を回転させるエル特急の食堂車とは水の使い方も違っていて不思議ではない。
そして7号車マイネフ77は「デラックススイート」で、1両2部屋というのはこれまでで最も少ない。ただしエキストラベッド使用を加味して寝台数は3×2の6となる。車端の部屋は1号車と同じガラスを使った展望部屋で、流れゆく景色を独占できるとあって列車内でも最高の競争率が続いている。

マイネフ77-7007

マイネフ77-7007

  • 久大本線 田主丸←筑後吉井 2013-10
  • D7100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

週末に運転される1泊2日コースを、外から追いかけてみた。まず原田(はるだ) は間違いの無いところと出足を期待し、それは一定の成果を収めることになったけれど、その後がどうも続かない。とくに1・2・7号車の両側面を狙おうとしたものの、なかなか思い通りに行かないから、編成写真とか風景写真など考えていたところでも、結局は車両主体に振ることになってしまった。
コースも最終盤となる久大本線をゆく列車を大分道経由で追い、筑後平野の水田脇に降り立つ。ここで撮ったらもう追いつけない、ラストチャンスである。緊張のなかDF200を先頭に7000〜7007と編成美を整えた列車は、傾いた日差しを赤紫の車体に写して走り去っていった。


「ななつ星」は定期検査のため1日から14日まで運休中、15日から運行再開予定。
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アサのヒルネ

2014/01/25 00:00
ご存じのとおり3月15日のダイヤ改正で寝台特急〔あけぼの〕が定期運転を取りやめ、多客時の臨時列車となる。毎日運転の夜行列車は寝台特急〔北斗星〕〔サンライズ瀬戸・出雲〕、そして最後の急行〔はまなす〕のみに。いずれも列車名としてはJR世代であり、国鉄から継承された夜行旅客列車はついに全滅、「ブルートレイン」の歴史もいよいよ最終章を迎えることになった。
〔あけぼの〕編成は8両 (A個室×1, B個室×2, B寝台×3, ゴロンとシート×2)+電源車、多客時にはB寝台を最大3両増結するものの、週末を中心に発売同時の売り切れが続いているとのこと。例によって「その利用が普段から云々」という論調になりがちだが、もうひとつの理由に挙げられる「車両の老朽化」は、客車B寝台の後継車両が作られず個室化も改造で済ませていた事実から、いつかその日を迎えることは明らかであった。〔北斗星〕〔トワイライトエクスプレス〕についても、北海道新幹線の新函館開業と同時期に節目を迎えることは避けられない状況である。

オハネフ24 22

オハネフ24 22

  • 高崎線 熊谷(タ)←籠原 2009-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

「満席」つづきの〔あけぼの〕に乗るのはもう無理なのか? というと、じつは抜け道が存在する。それは「寝台車の(立席)特急券による座席利用」、通称「ヒルネ」だ。寝台列車への乗車は、たとえ「飛び乗り」でデッキに立っていても寝台料金が必要である。しかし下り〔あけぼの〕の一部車両は寝台券の発売を羽後本荘(6:01)までとしており、同駅から終点青森まで立席特急券で利用することが可能なのだ。秋田(6:42発)から青森(9:52着)まで、古き良き汽車旅を味わうには十分だろう (運転されていれば、の話ですが)。
「立席(りっせき)特急券」の立ち位置は大きく二つあり、ひとつは全車指定の特急列車が満席の場合に発売するもので、通常は券面指定号車のデッキ利用を指示される。もうひとつが「ヒルネ」で、寝台列車の寝台使用時間 (原則6時まで) 以降にその一部を区間利用客へ開放するもの。料金は当該列車の通常期指定席料金から510円引きで一般に自由席特急料金と同額だが、列車指定・枚数限定であることが自由席券と異なる。いまや自由席特急券つきのフリーきっぷも少なくなってしまったが、その代表といえるワイド周遊券・周遊きっぷでの利用には別途立席特急券が必要だった。

オハネフ25 121

オハネフ25 121

  • 奥羽本線 撫牛子→川部 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

寝台列車における立席券の発売枚数は制限されなかったようで、まだ隆盛だったころの九州ブルトレ〔さくら〕など、立席客で通路まで満員になったという話も残る。「立席」の名目に反し空席への着席は認められていたこともあり (寝具の使用は禁止)、寝台客とヒルネ客との軋轢もたびたび問題になった。とはいえ寝台利用激減→列車削減と、九州では後発の電車特急に容赦なく抜かれ区間利用のメリットが低下したことで、火種は自然に消えていったように思える。上り列車については指定席とするケースが多く、〔あけぼの〕も青森→羽後本荘間で指定券を発売する。
私自身、2009年に廃止された〔富士・はやぶさ〕最後の乗車はA個室ではなく立席券の下関→小倉間 (発売区間は下り下松→熊本・大分、上り[指定席]大分→小倉、熊本→博多) であったが、車内を移動できるくらいとはいえ明らかに定員を上回る乗りようだった。

「ヒルネ」は〔北斗星〕でも行われていたことがある (下り函館〜伊達紋別→札幌)。豪華列車の先駆けともいえる列車にヒルネとは意外な取り合わせだが、これは道内での運転時刻が青函連絡船時代の乗り継ぎダイヤを踏襲したからだった。かつて青函航路の深夜便が青森・函館に到着する時刻は早暁4時半すぎで、それを受ける特急(道内は〔北斗1号〕、1986年11月改正までは「山線」経由〔北海〕も) の始発が4時50分という「早起き特急」でもあった。
ヒルネ開始時刻としても異例の扱いだった1号は道内利用客が予想以上に多く、一時ヒルネ専用車(スハフ/スハネフ14) を増結して対処するなどしたが、1990年には3号(当時)以外のヒルネを廃止、2008年の1往復化を機に全廃された。なおヒルネ扱いのあった列車の廃止後は昼行特急で代替することがよくあり、〔あけぼの〕も秋田〜青森間に特急〔つがる〕が設定される。
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さらば青春の旅

2013/03/18 00:00
2005年5月、私は札幌から〔スーパー宗谷1号〕に乗った。終着駅に着くと、当時のJR線 営業キロ19,844.0kmの全線完乗を達成する予定の列車である。小雨も降っていた道中はいつのまにか雲が消え、クマザサの向こうに利尻富士の姿がかすんで見えた。
前日は帯広から広尾へ向かい襟裳岬、JRバスで様似、日高本線〔優駿浪漫〕で札幌へ、前々日は北見→池田で北海道ちほく高原鉄道を乗車。そこまでも「周遊きっぷ」北海道ゾーンを手に、東京から新幹線・東北・津軽海峡線、函館・室蘭・千歳線・石北本線と乗り継ぐ、のべ2,450kmの陸路であった。

キロハ261-203

キロハ261-203

  • 函館本線 岩見沢→峰延 2007-12
  • D200, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO125

3月16日改正を機に、今回もさまざまな車両が節目を迎えたが、年度をまたぐ4月までに旅客営業もいろいろ改定される。1月かぎりでプッシュホン予約・空席紹介サービスが、改正をもって東海道・山陽新幹線ミュージックサービス、JR東海在来線特急の車内販売が廃止された。来る3月23日からは全国ICカード乗車券 (Kitaca, Suica, PASMO, TOICA, manaca, ICOCA, SUGOCA, nimoca, はやかけん, PiTaPaのストアードフェア部) の共通化がスタートし、オレンジカードの発売が3月31日で終了。そして「周遊きっぷ」が、ゾーン券が3月31日有効開始のものをもって発売を終了し、1998年の発売開始からちょうど15年でその歴史を閉じることになった。JR線のりつぶしとともにあった周遊券・周遊きっぷも最近疎遠、というより使う気にならなくなっていたが、この報に一抹の寂しさは感じざるを得なかった。
「トクトクきっぷ」―最近では「お得なきっぷ」として案内される、特別企画乗車券 (きっぷに○囲みの企が掲示される) は、その存廃が各社の意向で決定できるものだが、周遊きっぷはそれらと違い乗車券制度の一環として成立し、JRグループの総意で発売されてきた。


周遊きっぷは以前の周遊券(周遊乗車券) 制度を引き継いだもの。周遊券とは一定の条件を満たした周遊形式の旅程 (国鉄・私鉄・バス・船舶) において運賃・料金が割引となるオーダーメイドの乗車券で、前身の「遊覧券」として戦前からの歴史があり、戦時中断を経て1955年から発売されていた。旅行会社で発売され、きっぷは旅程順に券を綴った冊子・クーポン形式であった。新婚旅行向け「ことぶき周遊券」という商品の存在は、鉄道が交通の主要手段だった時代を感じさせる (のちに一般向けグリーン周遊券となる)。

キハ261-103

キハ261-103

  • 函館本線 深川←納内 2010-5
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

周遊券は発行に手間がかかることから、一定ゾーンを自由乗降区間とし、主要駅からのゆき券(A券)・周遊区間+かえり券(B券)をセットにした均一周遊券 (→ワイド周遊券) を翌1956年から発売、周遊区間を限定したミニ周遊券が1970年から加わった。均一周遊券は駅でも発売され、急行列車自由席に乗車でき、のちにワイド券は周遊区間内の特急自由席にも乗れるようになった。ほかに北海道・四国・九州へ片道航空機利用の立体ワイド周遊券 (→ニューワイド周遊券)、有名景勝地を観光バスのように巡るルート周遊券というものもあった。
周遊きっぷはこれらを統合し、アプローチ券(ゆき券+かえり券)+ゾーン券のセットで販売されるセミオーダーメイドの乗車券。券面には○に遊の文字が示されるが、これは周遊券制度を引き継いだことを由来とする。周遊区間はあらかじめ決まった67のゾーンから1つだけ選ぶが、その「入口(出口)駅」まで行き帰りのコースは、発着駅が同一かつゾーンを通過しない営業キロ201km以上の片道乗車券が成立すれば自由にできるのが特徴であった。私が目をつけたのは実はこの部分で、たとえば九州に行くのに伯備線・木次線・芸備線、帰りには山陰線・三江線とか姫新線・因美線・播但線なんてルートを選択し、未乗区間の走破を効率よく進められた。ワイド・ミニ券時代の往復ルートは2〜3コースに制限されていたが、駅ですぐ発売してもらえるので、東京で四国の券を買って旅行をはじめ、岡山で別の券を買い足して九州へ、なんてこともやったものだ。
ゾーン券は北海道ゾーンの5日・10日間を除き一律5日間有効、アプローチ券の有効期間は同区間の乗車券と同じ (ゾーン券の有効期間と1日以上重ねる必要がある)。アプローチ券は原則片道運賃の2割引・学割3割引だが、経路が東海道新幹線を含み600km以内のものは割引が5% (学割2割引) という、かなりの人に厳しい制約も存在した。他方、あくまでも乗車券であることから使用期間の制限がなく、最繁忙期の帰省にも有効であった。

スハネフ14 507

スハネフ14 507

  • 千歳線 島松→北広島 2008-5
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO160

長所と短所を承知のうえ使いこなせばとても強力なきっぷなのだが、やはり旅程の組み立てや購入方法がわかりにくいのが欠点だった。みどりの窓口へ買いに行っても、不慣れな係員を煩わせる (行き帰りが直行ルートであっても…) のが常だったから、JR全線完乗が済むと使う機会もぐっと減った。旅の組み立てが変わって、航空路線や新幹線で直行ののち現地で必要な乗車券やフリーパスを購入するようになったことも大きい。周遊きっぷ自体も販売不振からゾーンの縮小が続き、最後まで残ったのはわずか13ゾーンである。
それにしても、「都区内フリーきっぷ」の廃止や、「青春18きっぷ」の動向については世間やマスコミが騒ぎたてているのに、周遊きっぷについてはほとんど反応がないことが、このきっぷの現状を如実に示している。もうひとつ手間のかかるきっぷと言えば「レール&レンタカーきっぷ」だが、こちらはレンタカー予約をインターネットに任せ窓口は乗車券発行のみとすることで打開を図っている (私にとってはけっこう有効なはずだが、なかなか使用機会がない……)。

2日間かけて北海道を縦断した私はバスで宗谷岬へ、その夜は〔利尻〕のスハネフ14で札幌へ。そういった夜行列車も寝台車も今や思い出語りでしかなく、考えてみれば寝台・夜行もあのときの〔富士〕以来乗っていないのだった。なくなるものに対してただ惜しんでも仕方ない話だが、しかし鉄道だけでほとんどJR・私鉄の全線走破ができたのは既に廃止されたものを含むさまざまな企画きっぷの存在あってこそで、ある意味幸運だったと言えるかもしれない。
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激変!? ビフォーアフター

2013/03/03 00:00
全国の蒸気機関車を撮り集めていると、目の前を横に通過する蒸気機関車をもっと近くで感じたいという気持ちになってくるもの。それを実現させる方法のひとつは、実際に蒸機牽引の列車に乗ってみることだ。SL列車は全車指定席または整理券式であり、いわゆるイベントものの運行では指定券が「瞬殺」となることも珍しくないが、定期的に運行する路線では最繁期を除けば思い立った当日に乗れなくもない。年間を通し運転される大井川、真岡鐵道は比較的乗りやすいほうで、しかも両者とも蒸気暖房を現用しており、冬場の冷えた日にはエアコンや電熱線とは違うやわらかなぬくもりを感じることができる。

山口線で津和野ゆき〔SLやまぐち〕を撮り、これでまず満足という結果を得たので、帰りはSL列車に乗れるならば……と津和野駅みどりの窓口に問い合わせてみたら、まだ席はあるという。山口まで購入し (途中下車の必要があった)、翌日は〔SL人吉〕を狙うため熊本までの乗車券も買った。

オハ12 701

オハ12 701

  • 山口線 船平山←徳佐 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

〔やまぐち〕に使用される12系客車 (下関総合車両所新山口派出所属) は、1988年からレトロ調に改装された700番台車となっている。12系は国鉄時代からお座敷や欧風客車へと改造され、それぞれ701〜・801〜の新車号を順番に振られていったが、それらはいずれもグリーン車扱いであるため、〔やまぐち〕客車は普通車として700台のトップになった。
客車のインテリアは号車ごとに趣が大きく変わるのが特徴である。指定された2号車 (オハ12 701) は「欧風」で、1号車(展望車)と並び背もたれの高い座席と、すこし小さくなった窓で半個室の雰囲気を醸し出す。対照的に4号車(明治風)・5号車(大正風) は質素な造りで開放的。3号車(昭和風) はオリジナル車に最も近いところか。ボックス内には大型テーブルが取り付けられ、弁当など飲食物を広げて旅を楽しむことができる。
レトロ調客車の外観は旧型客車に似せたウィンドウシルとヘッダーを窓の上下に貼り付け、その窓も一段上昇式に取り替えられているが、実は私も最近まで気づいてなかったもうひとつの重大な変化があったのだ。「どこが?」と思われる方も少なくないだろうから、実際にオリジナル車と比較してみよう。余談だが、宮原総合車両所にはご覧の通りオハ12 345というユニークな車番が健在。

オハ12 345

オハ12 345

  • 北陸本線 長浜←田村 2013-1
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

なんということでしょう、窓の数がひとつ減っているではありませんか……レトロ客車はオリジナルよりボックス一つ分減らされている。テーブルがあるのに窮屈に感じなかったのはこれの効果だったのだ。シートピッチが広がっていることを全く感じさせない匠の技(?) だが、それにしても特急でさえ窓配置を種車のままにしたグリーン車・合造車アコモ改善車があるのに、普通列車普通車用としてはずいぶんな手の入れようであることだ。
ちなみに同じようにテーブル等を配置しているJR九州〔SL人吉〕の50系700番台は、窓には手を入れておらず、4人ボックスと2人がけの席、あるいは飾り棚を組み合わせてそのズレを吸収している。

オハ12 703

オハ12 703

  • 山口線 大歳→仁保津 2012-8
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

〔やまぐち〕レトロ客車は当初車両ごとに塗色を変えていたが、2005年の再リニューアルでぶどう色2号に白帯という旧一等車デザインに統一され、一部車両の飾り屋根も取り外された。なおJR発足直後には、オリジナル形態の同塗色で運転したことがあった。
窓が小さく外からは内装が見えないため、現在では各車の違いがわかりにくいが、そのなかで変化を見つけるとすれば日除けであろう。1・2号車は横引きのカーテン、3号車はおなじみロール式ブラインドスクリーン。そして4・5号車は鎧戸であった。

12系といえば、磐越西線〔SLばんえつ物語〕はJRの定期的SL列車では初となるグリーン車 (展望室つき) の連結が予定されている。スハフ12 101が新潟トランシスにて改造中、完成予想図も公表されてはいるが、はたして実車はどう受け止められるだろうか。
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のろ・のろ・トロッコ

2012/06/30 00:00
富良野線・夏の観光列車〔富良野・美瑛ノロッコ号〕。「ノロッコ」とはノロノロ走るトロッコの意で、以前は「日本一遅い列車」と宣伝していた記憶がある。現在の鈍速列車トップは門司港レトロラインだろうか。
吹く風や沿線の花の香りを感じられるよう大きく開口部を設けた車両は、美瑛〜美馬牛間と中富良野〜富良野間で速度を落とし走行する。ラベンダー畑〜中富良野間も1.5kmしかないのでスピードは乗らず、これからの時期はファーム富田や中富良野の北星スキー場ラベンダー園などをゆっくり楽しむことができる。

オクハテ510-2

オクハテ510-2

  • 富良野線 西神楽←西瑞穂 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

DE15形ディーゼル機関車牽引による客車列車であるが、この列車の特徴は客車の一端に運転室を設けてDEを遠隔操作、つまり富良野ゆきは推進運転になることだ。これは先に登場した〔釧路湿原ノロッコ号〕〔流氷ノロッコ号〕と同様で、折り返し駅での機回しを省略できる。運転台は簡易ではなく保安装置ATSも装備するため、後部から操縦する推進運転のような運転速度の制限を受けない。
富良野方に位置するのがオクハテ510形、50系51形客車 オハフ51形からの改造だ。「自重35t級(オ)制御(ク)普通(ハ)展望(テ)客車」とは、国鉄時代にはなかった形式称号。気動車でエンジンを搭載しない運転台つきの車両には「キク」がつくが (その一例)、被牽引が前提の客車にとっては運転台を設置するという概念がなかったのだから当然か。もっとも、いまでも機関車+客車が自然な欧州の鉄道では、この方式による運転も日常的に行われている。

ナハ29003

ナハ29003

  • 富良野線 鹿討←学田 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

旭川方は電源装置などを装備したオハテフ510、そしてその中間にはナハ29003という小ぶりな車両が挿入される。
種車は貨車のワキ10000形で、かつて汐留〜苗穂間で繁忙期に運転した〔カートレイン北海道〕の自動車積載に連結された。同形はもともとコキ10000形やレサ10000形といった100km/h運転対応の高速貨物列車向けに増備され、貨車なのに電磁ブレーキや空気ばね台車をおごる「貨物のブルートレイン」だった。用途廃止後、列車内でバーベキューを楽しめるイベントカーとしてテーブルにホットプレートを装備したナハ29001, 29002が改造され、のちに〔富良野・美瑛ノロッコ〕へ29003が増備された。同車には調理設備はない。

前日の土曜、富良野方を前向きで運転する予定だったC11 207号機は、後日わかったことだが不具合のため急遽連結中止となった。実はその日予定を入れられず日曜のみに集中するつもりだったが、結果として賭け(?)に勝ったことになる。日曜のC11は予定通り後ろ向きで旭川を出発、晴れ舞台を締めくくるべく前向きで旭川へ戻る。
〔ノロッコ2号〕の撮影から、富良野〜上富良野間では2回撮れると踏んだ。この区間は碁盤の目状に区切られた田畑の区画にきちんと沿って線路が敷かれ、ほどよく離れた距離に道路が通っている。道内でもっとも撮影しやすい場所と思われるが、雑草などがかからないよう慎重に場所を選んだ。ファーム富田などを見学してきた観光バスの通過も多く、車内ではノロッコ号に関するガイドが流れるところだろうか。
「ブォー」と富良野発車の汽笛が聞こえてしばらく、黒煙が視界に入ってきたが、なかなか本体の姿は見えてこない。そのうち中富良野方面へ急ぐ車の数が急に増えた。手前の区間で撮った人たちが先回りをはじめたのだ。車の通過がひとしきり済んだあと、ようやく列車が目の前に。
各車両をゆっくり撮影して、それでは西中へ……と、機材を取り込みおもむろにクルマを発進。さてノロッコは……って、まだ目の前にいるではないか!! あっさり追い抜いてしまい、これなら中富良野までにもう一回撮れそうだ、と道路わきに再停車して撮ったのがこれ。

C11 207-DE15 1533

C11 207―DE15 1533

  • 富良野線 中富良野←鹿討 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

今にも止まりそうな、まさに牛歩で進むC11とDE15。平坦な区間でこんな速度で走るほうがむしろ難しいのではないかと思えてくる。
C11形207号機は日高本線・瀬棚線・胆振線など道南で運用され、霧が出やすい地区を走るため対策として前照灯が2灯に増設された。その独特の風貌から同機は「カニ目」と呼ばれている。横からだとその特徴的な姿を描写しにくいのが難点だが、171号機と比較すると灯具の位置が前後とも低くなっている。ノロッコ本来の牽引機DE15 1533はことし1534に続いて専用塗装になった。道央の景色と花を描いたあざやかな緑色の塗装が美しい。

そうこうしてから大本番の西中へ。天気も薄日が差すほどで条件は上々といえた (このあと旭川付近でものすごい土砂降りに遭遇することになるのだが……) 汽笛一声ラベンダー畑を出発した列車は、こんどは足取り軽やかに通過していった。
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夢のつづき

2012/06/02 00:00
2012年5月、かねてより構想が語られていたJR九州の豪華寝台列車が、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」として2013年秋から運行開始することが発表された。
新造される客車 (形式不詳) はラウンジカー+ダイニングカー+スイート4両+DXスイート (全室トイレ・シャワーつき) という陣容で、個室は全14室 (定員28) と、〔カシオペア〕〔トワイライトエクスプレス〕を上回る国内随一の豪華編成になる。ちなみに〔あけぼの〕B個室寝台 オハネ24 550番台の定員が、1両28人だ。
あくまでも旅客の輸送 (寝台特急) である二者と違い、「ななつ星」は1泊2日および3泊4日の旅行商品として発売され、時刻表本文には出てこないと思われる。「トワイライトエクスプレス」も最初は団体専用で、現在でも旅客列車としての運転日以外に団体臨時が同時刻で走ることがある。
塗装の「古代漆」は肥薩線〔いさぶろう・しんぺい〕の車体色で、以前〔ゆふDX〕(現在〔あそぼーい!〕) も使用していた。牽引する機関車はDE10かと思ったら、箱型のディーゼル機関車イラストが出てきて驚いた。その形状は色と装飾以外JR貨物のDF200とそっくりで、EF510につづく貨物機の旅客派生形になりそう。

オロネ25 901

オロネ25 901

  • 東北本線 槻木←岩沼 2008-3
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO100

ハイクラス寝台列車〔トワイライト〕〔カシオペア〕そして「ななつ星」、これらの礎になった車両が24系25形900番台「夢空間」だ。JR東日本が新しい時代の寝台列車像を探るため1989年に製造した3両は、24系列唯一のJR製・平成生まれの車両だった。外観はブルトレのイメージを一新した三者三様、内装も三つの老舗百貨店が手がけたのが特徴である。
「夢空間」は同年開催の「横浜博」会場もよりの桜木町駅前で展示された (そのときに見学した記憶がある)。その後、一般の24系と連結して東日本〜北海道を中心に団体列車として運行。「北斗星」編成と併結した〔夢空間北斗星〕という列車名で、札幌またはトマムへ運転することもあった。

寝台車「デラックススリーパー」の定員 (寝台数) はわずかに6、定員の設定される車両では最小となった (その後「トワイライト」スロネ25・スロネフ25が並び、「ななつ星」の7号車「DXスイート」が定員4でこれを更新する)。エクセレントスイート1室とスーペリアツイン2室で、各部屋にはバスルームが設置された。屋根まで青い車体は日本車輌製で、高島屋が内装を担当した。
車内の入浴設備として一部寝台特急に設置されるシャワーは、国鉄末期の〔あさかぜ1・4号〕で営業を開始したのが初と思われがちだが、実は戦前に特別急行「富士」の一等寝台1両に改造設置されていた (ほとんど利用がなかったようで、ほどなく中止されている)。鉄道ではないが青函連絡船 (2代目津軽丸以降) も深夜便むけの寝台とシャワーがあった。
もともと寝台車は洗面所での水使用を踏まえ各車に大型タンクを装備しているが、シャワーは大量に水を使うため同設備を備える車両はタンクが増設される。風呂はもっと浪費するから、同車の床下はほとんどタンクでふさがっていた。
写真は通路側、窓配置と形状が特殊だった個室側を撮っておきたかった……。

オハフ25 901

オハフ25 901

  • 東北本線 槻木←岩沼 2008-3
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO100

ラウンジカーのオハフ25 901、正式名「クリスタルラウンジ・スプレモ」。車内外のデザインは、前年に国内で運行された「オリエント急行」を意識したものになっている。富士重工が車体、松屋(百貨店)が内装を担当。
列車内へのフリースペース (ラウンジ・ロビー) 設置はジョイフルトレイン・オロ14系「サロンエクスプレス東京」「サロンカーなにわ」からだが、定期旅客列車としては1985年の〔はやぶさ〕(九州ブルトレ)に連結された「ロビーカー」オハ24 700番台が初となる。形式上普通車だが、車両全体を「通路」として扱っていた。
室内にはソファをゆったりと配置、中央にはバーカウンターが設けられ、自動演奏ピアノも置かれた。同車の隠れた特徴は画像右寄りの貫通路が広幅であること。つぎの「ダイニングカー」から喫茶などの提供を考慮したとみられる。

オシ25 901

オシ25 901

  • 東北本線 槻木←岩沼 2008-3
  • D200, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO100

食堂車「ダイニングカー」は、人の通り抜けがないよう編成端に連結された。あざやかなグリーンの車体は東急車輛が製造、東急百貨店が内装を担当。個室(4人)と開放感あふれる展望食堂(18人)が最大の特徴である。厨房はオシ14・24と同等だったようだ。25形の食堂車は製造されなかったため、同車がオシ25唯一の在籍であった。

「夢空間」はオハフ-オシ連結面の制約もあり、つねに3両そろって運用されていた。車番のとおり試作車の位置づけで直系の後続は登場しなかったが、その方向性は10年後の〔カシオペア〕に受け継がれた。2007年にJR20周年記念企画で「JR貨物の」EF510にも牽引された同編成は、2008年3月いっぱいで運転を終了。これらの写真は、ラストラン (上野→盛岡) を終えた日の返却回送を撮影したものだ。
その後は尾久車両センターで保管されていたが、2009年にオハフとオシが除籍となり、武蔵野線・新三郷駅そばのショッピングセンターに移設・展示された。2011年には残るオロネも廃車、こちらは東京都江東区内のレストランで静態保存されている。ラウンジカーは昼間のみ一般開放され、「ちょっとだけオリエント急行」気分を味わうことができる。
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ギャク編成
ギャク編成 「逆ヘンセイ」……なんだかよくわからないけどなんとなくわかる気がするこの単語は、JTB時刻表 (JTBパブリッシング) 内の「列車の編成ご案内」に登場する。「○○ー△△間逆編成」とは、「○○駅から△△駅の間は編成が図示されたのと逆になって行先方向へ進みます」という注釈である。JR時刻表 (交通新聞社) では (○○〜△△間逆向き)という表記。 ...続きを見る

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2012/04/28 22:00
「昔」をつなぐ 〜 レトロ客車2011: 後編
「昔」をつなぐ 〜 レトロ客車2011: 後編 レトロ車両が現代に走るための装備については前編でも記したが、旧客ならではといえた手動の客用扉についても安全対策が行われている。かつては電車でさえ客扱い中にホーム反対側のドアを開けてサボ(行先票) 交換なんてこともできたのだが、いま過失でもそんな事象があれば即おわび文が出るくらいだから、扉を開きっぱなしで走らせるなど到底無理な話 (なので各扉に係員が張り付いて、しっかり閉めてから発車するようになっていた)。 具体的には、戸板に家庭の玄関 (開き戸) でもおなじみのドアクローザーが取り付けられ、一... ...続きを見る

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2011/10/22 00:00
「今」を走る 〜 レトロ客車2011: 前編
「今」を走る 〜 レトロ客車2011: 前編 ことし6月にC61形が本線復活を果たした、ということで喜び勇んで上越線へ行ったのはハドソン機だけが目的ではない。牽引される旧型客車を収集する機会も、以前からずっとうかがっていた。 高崎車両センターにはJR東日本の現役旧型客車7両が集結している。ブルトレ・ジョイフルトレインを含めた客車が絶滅しかかっている現状ではまさに「虎の子」とも言える存在だし、JR全社を見回しても営業できる旧客は13両だから、もう立派な鉄道遺産である。今回のC61復活に先立ってこれら客車も徹底的に再整備され、復帰第一弾〔SL... ...続きを見る

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2011/10/14 00:00
夜空の道しるべ
夜空の道しるべ 福島県会津地方で大学サークルの「合宿」をした、1994年夏。都合でひとり遅れて夕方の東北新幹線で郡山へ向かい、磐越西線・只見線を乗り継いで小さな駅に降りた。 駅から宿まで歩いて10分。あたりに街灯がポツポツと並ぶ程度の暗い夜道で、ふと見上げた空には数え切れないほどの星が。思わず息をのんだ。 ...続きを見る

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2011/05/20 16:20
夕暮れのレストラン
夕暮れのレストラン この車両撮影をつづけるうちに、とくに編成数の少ない特急形などは同じ車号を複数回撮っていることもめずらしくはない。その中でもあきらかに一番多く撮られている車両があって、それは寝台特急〔カシオペア〕に連結される「ダイニングカー」食堂車マシE26-1だ。一昨年の特集で取り上げているが、あらためて見直してみたい。 「カシオペア」E26系は1編成、食堂車も編成に1両だけだから、被写体は必ずマシE26-1になる。編成端のスロネフやカハフももちろん撮りに行くけれど、機関車のすぐ後ろだと合わせきれないことがあ... ...続きを見る

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2010/08/01 00:26
潮風に吹かれて
潮風に吹かれて かつては九州の玄関口、現在では関門海峡「門司港レトロ」の中心であるJR九州・門司港駅。堂々たる木造駅舎の脇に踏切があったことに気づく人は、以前はそれほど多くなかったか。鹿児島本線の一部として0.9km先の北浜駅までJR貨物、それからトンネルを通って和布刈(めかり) 公園付近まで田野浦公共臨港鉄道の線路だった。 JR貨物は旅客会社の線路を使用して輸送を行う第二種鉄道事業者。都市部などに存在し、貨物列車と特殊な臨時列車などしか走らない「短絡線」区間も、実際には旅客会社の線路であることがほとんどだが... ...続きを見る

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2010/04/25 22:00
濃霧注意報
濃霧注意報 上州名物のひとつに「からっ風」が挙がるとおり、関東平野北部は冬季を中心に山から吹き降ろす乾いた強風にさらされる。その一方で風のない日の夜間〜朝にかけては霧が発生しやすく、列車が遅れることもしばしば。そして山の向こう側はもちろん雪。上越線を走る夜行列車は、様々な自然の力にさらされながらその使命を果たしてきた。 ...続きを見る

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2010/02/26 23:45
おかえり! ハチロク
おかえり! ハチロク 人吉から肥薩線「山線」を登ること40分、同線最高所に位置する矢岳駅に隣接して人吉市SL展示館がある。 〔SL人吉〕を牽引する「ハチロク」こと8620形蒸気機関車は貨物用9600形とともに昭和初期の代表的な蒸気機関車だった。後期はローカル線を中心に活躍し、その最後を湯前線で勤めた58654号機は1975年の廃車後ここ矢岳に運ばれ、地元ボランティアの手でD51 170とともに大切に屋内保管されてきた。 JR発足後の1987年、このハチロクがJR九州の復活SLに抜擢された。小倉工場で復活整備した同... ...続きを見る

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2009/05/25 21:15
最後の日まで
最後の日まで 本ブログ内特集「ブルートレイン2008」の最終回でも記したが、一時期ボコボコな車体外板(塗装)の多かったブルトレ車両も、最近見るものはかなりきれいに感じる。〔富士・はやぶさ〕で使用される14系寝台車も同様だが、2007〜2008年度にかけて熊本車両センター所属の同系は相次ぎ全般検査(または重要部検査)を受けていた。 全般検査――略して全検は、8年ごと(電車・電機・客車の場合; 2009年現在)に受けることが義務付けられる、鉄道車両にとって最も大規模な検査。すべての部品を取り外し、点検・清掃、不... ...続きを見る

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2009/03/02 23:00
急行列車のおもかげ
急行列車のおもかげ 車両両端のデッキから引き戸を開けると、グレーの床、クリーム基調の壁に、整然と並ぶ青いモケットのボックスシート。腰掛ければ窓側にも肘掛、窓框下のテーブル(センヌキつき)、JNRマークの灰皿。 国鉄形急行列車の一般的な設備だが、このスタイルを残す車両も急行の淘汰でほとんど消えてしまった。その中で今いちばんそれに近いのが、最近個人的におなじみ、JR東日本の12系客車だ。 ...続きを見る

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2009/01/25 23:45
デジタル機関車
デジタル機関車 現役では最古の電気機関車となったEF55形1号機 (準鉄道記念物) の引退が、プレス発表の冬季臨資料などから明らかとなった。EF58 61を撮り損ねた私にとって、このEF55は逃すことのできない車両の一つだった。 2007年、臨時列車牽引の直前に故障が発見され、以降高崎車両センター高崎支所で留置されていた同機は、先日大宮総合車両センターに入場した。12月からのさよなら運転に向けての整備だったようだが、ここで重大な不具合が発見されればそのまま廃車ということにもなりかねず、出場の報を受けて胸をなで... ...続きを見る

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2008/11/15 20:15
ブルートレイン2008[最終回]: 電源車
ブルートレイン2008[最終回]: 電源車 ■ 第1回はこちらです。 24系ブルートレインの編成端に位置するカニ24には、あの"1059"を除けば車両用では最大級となる、巨大なJRマークが目立つ。最近の車両ではかなり控えめな大きさになったJRマークだが、1987年4月1日の民営化当夜、「新生JR」誕生のシンボルとして先頭・後尾車を中心にマーク貼り付けが一斉に行われた。ひと足早く民営化されたNTT(←電電公社)と並ぶ、1990年前後に一種のブームとなった「コーポレート・アイデンティティ(CI)」の代表例といえよう。 ...続きを見る

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2008/09/16 22:00
ブルートレイン2008: 富士・はやぶさ(2)
ブルートレイン2008: 富士・はやぶさ(2) 九州特急向け24系25形のA寝台として製作された1人用A個室寝台・オロネ25(0番台)は、国鉄〜JRを通しても数少ない新製の個室車。部屋数14は当時としては最も定員の少ない旅客車だった。両サイドとも窓配置がB寝台とまったく異なるため遠くからでもすぐ判別でき、14系に編入されオロネ15 3000番台となった現在も登場時とほぼ同じ外観を保っている。 〔富士・はやぶさ〕の車両撮影地に幸田を選んだのは、東上する列車を「山側」(東海道本線で富士山のある側)からとらえるのに必要な諸々の条件を満たしていたか... ...続きを見る

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2008/09/12 00:00
ブルートレイン2008: 富士・はやぶさ(1)
ブルートレイン2008: 富士・はやぶさ(1) 夜行列車の「これから」については、以前から何度も何度も趣味誌・専門誌・書籍等で取り上げられてきて、そこには大抵「廉価な座席車の連結で活性化を」というお決まりの文句が載っていた。しかしそれはもはや絵に描いた餅に過ぎない。「青春18きっぷ」御用達の夜行快速・普通列車も年を追うごとに減り続け、中でも代表格といえる〔ムーンライトながら〕でさえ、オフシーズンの乗客減が深刻になっていることがはっきりとわかったのだ。(2008/9/1 朝日新聞[asahi.com]報道による) それにしても臨時〔まりも〕が消... ...続きを見る

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2008/09/11 00:20
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(3)
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(3) ここで、まだブルトレに乗ったことがないという方のために、B寝台を例に現在の列車寝台を簡単に紹介しようと思う(何かニュースになるとすぐ混み出すので、体験ならお早めに……)。B個室も基本的には同じだ。 まず料金だが、寝台料金は二段式および電車三段の下段、ソロ個室が6,300円。電車中・上段のみ5,250円。特急料金はA特急料金の自由席相当(年間同額)だ。当然これに運賃。寝台列車が利用できる「おトクなきっぷ」もあるので、時刻表や各社サイト等も参照されたい。 ...続きを見る

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2008/09/08 23:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(2)
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(2) 1972年に発生した北陸トンネル火災事故を受けて分散電源方式の安全性が問題となり、14系の製作は中止された。その後の増備では車体構造を流用しながら難燃対策を強化し、20系の「集中電源方式」を採用して登場した(1973年)。これが現代ブルトレを代表する系列、24系である。 当初は14系同様の三段寝台で、これは一度しか製造されなかった。しかしオハネフ24形は廃車や改造による減少が少なく、現在の在籍車数12両とブルトレ全形式(番台別)で最多となった。青森車両センターに集結した車両は、車掌室の窓構造改... ...続きを見る

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2008/09/07 23:00
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(1)
ブルートレイン2008: ★★★流れ星三つ(1) 私がブルートレインによく乗るようになったのは民営化後だいぶ経ってからなので、B寝台は当然のごとく"★★★"「二段ハネ」。ビジネスホテルの部屋にくらぶべくもないが、枕を転がしカーテンを閉めれば寝てよし起きてよしの個人空間ができあがる。 かつての三等寝台→B寝台は三段があたりまえで、とくに長距離列車では寝台の組立・解体作業が走行中の車内で行われていた。埃立つ作業中は通路で待たされ、頭がつかえるベッドでは横になるより無く、昼間は幅広とはいえ6人がけのボックス席。そんな窮屈な環境でも寝台券は連日売り切... ...続きを見る

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2008/09/06 22:00
ブルートレイン2008: あけぼの(2)
ブルートレイン2008: あけぼの(2) かつては奥羽特急の代表だった〔あけぼの〕、JR東日本の新幹線施策に翻弄されつづけて「羽越特急」になってしまったけれど、現在では首都圏と東北地方を結ぶ唯一の夜行列車である。 競合する交通機関の事情などから一定の需要を保っていた同列車もさすがに高速バス等との競合が厳しくなり、2002年に簡易寝台(座席扱い)の「ゴロンとシート」を登場させた(同年中に廃止されたが〔はくつる〕にも連結)。その後女性専用車「レディースゴロンとシート」も追加設定されている。 ...続きを見る

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2008/09/05 00:00
ブルートレイン2008: あけぼの(1)
ブルートレイン2008: あけぼの(1) 神保原で線路東側から〔あけぼの〕を狙う。まだ低めの太陽光線が、車体にばっちり当たるはずだ。 考えていた場所は一つあったのでそこに向かったが、構えると後ろの住宅跡がどうも気になる。いや、車両が来れば確実に隠れてしまうものなのだが、なんだか妙に引っかかるものがあった。 その気持ちが影響したのだろう。その日は途中ソロあたりからうまくシンクロできず流れてしまった。その時点ですでに〔北陸〕の再挑戦が確定していたから、この失敗はそれほど深刻には受け止めていなかった。 ...続きを見る

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2008/09/04 00:00
ブルートレイン2008: 北陸
ブルートレイン2008: 北陸 〔北陸〕はこの企画の勘所をはっきり押さえていた。意外に思う人も思わない人も多いと思うが。 まず第一に深夜出発〜早朝到着とあって、走行写真を撮ること自体5〜8月の間に限られる。それに、8両編成中で5種類の車両を一気に撮らなければならない。さらに寝台・個室が西側だから、あまり晴れていては困る(長岡で折り返すから、北陸本線では寝台が北西側)。高崎線での撮影を考えると、約30分後に〔あけぼの〕が寝台を東側に上って来るので、同一箇所か近くで両側から狙えることも必要。撮影地の選定にもっとも苦労した列車であ... ...続きを見る

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2008/09/03 07:30
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(3)
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(3) B個室で一般的なものは「ソロ」と「デュエット」だが、それの若干上位にある部屋が「シングル」と「ツイン」。こちらは部屋がより広く、したがって寝台料金も高い。 〔トワイライト〕に連結されるB個室は、ツイン全23室とシングルツイン全12室。〔カシオペア〕と違って『おひとり様お断り』ではないけれど、やはり夫婦あるいはグループを意識した構成である。 ...続きを見る

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2008/08/28 23:10
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(2)
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(2) 1989年に登場した〔トワイライトエクスプレス〕は、「ブルートレイン」のイメージを打ち破る濃緑の車体がかえって新鮮だった。〔北斗星〕をさらにグレードアップした車内設備を持ち、後に加わった〔カシオペア〕との3本で北の大地へ夢を運んでいる。 同列車の公式走行距離は1,508.5km(上り)と、不定期ながらも旅客列車の日本最長を誇る。運行途中に対向列車と2回の離合をすることもあり、これも旅客では唯一だ。登場当時はブルトレとは別物とする向きもあったが、本家の現状を考えるとブルーから脱却したのは正解だっ... ...続きを見る

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2008/08/27 23:30
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(1)
ブルートレイン2008: トワイライトエクスプレス(1) 現行ブルトレの陣容は東京地区発着が5本、大阪発着が2本。後者は北陸本線を進む。すでに示した通り〔日本海〕が福井県で撮れるようになったので、ここで待っていれば午前と午後、両サイドから〔トワイライト〕車両をとらえられる。 それでこんな計画を立てた。週末プラス1日でまず豊橋に向かい、金曜朝〔富士・はやぶさ〕を狙う。土曜は福井北部で〔日本海〕と〔トワイライト〕。さらに北周りで熊谷へ向かい、日曜〔北陸〕〔あけぼの〕、それから当日高崎線へ来る「なごみ(和)」。これなら週末一回で大半を集められるし、運賃も安... ...続きを見る

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2008/08/26 23:00
夏休みの自由課題(4) -展望車今昔
夏休みの自由課題(4) -展望車今昔 重連蒸機が残した煙の匂いが消える間もなく、撮影者群の一斉移動がはじまる。最近のSL列車にはつきものの「追っかけ」だ。私も上り列車までは無理だが、もうすこし付き合うことにした。 列車は仁保〜篠目の峠越え中に追い抜いて、地福あるいは徳佐付近まで容易に先行できるが、途中なんとなく気になる場所があったので、国道から脇にそれてみた。 小さな駅を通り越して、さらに進むと左側の山裾に線路が平行する。ここは通常撮影にはまったく不向きなので、他に撮る人はいない。横に伝うケーブルだけがどうしても気になったが、車... ...続きを見る

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2008/08/24 22:15
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(2)
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(2) 「ソロ」の2種目は「2階建てin平屋」。前項「ハーフ・デュエット」と同時に〔北斗星3・4号〕向けオロハネ25 500番台(1988年)で登場。個室は完全2階建てのブロック構造になり、2ブロックの中間に上段出入用の外階段を設けた。 部屋の床はフラットだが、おなじみ「二階建てサロ」のように下段の床を切り下げているわけでないので、天井はかなり低い。 ...続きを見る

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2008/08/22 23:20
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(1)
ブルートレイン2008: オールソロ・メドレー(1) ここまでは列車ごとに紹介してきたが、ここでは特定の設備のみを備えた車両をひとまとめに紹介したい。1人用B個室寝台「ソロ」。 ソロをはじめとした個室寝台車のバリエーションは、JR化後の数年間で一気に増えた。しかし客車はすべて改造でまかなわれ、編成に1〜2両程度の追加であった。その後景気後退などの影響も受けたかこの種の改造はパタリと止んでしまい、現在では種車の老朽化が著しいこともあって、これ以上の進展は残念ながら望めそうにない。列車の集約と転用によって、結果的に編成のバラエティが増しているのは皮肉... ...続きを見る

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2008/08/21 23:10
ブルートレイン2008: カシオペア(3)
ブルートレイン2008: カシオペア(3) 4〜11号車はA個室寝台「カシオペアツイン」。他の列車なら「ハイグレード」にあたる個室が、この列車では「ベーシック」で全80室を数える。 スロネE27-202東北本線 東大宮←蓮田 2006-3D200, AF Nikkor 50mm F1.4DISO100, 1/200, f5.6 スロネE27は2階建ての上下室が各車8室で、両脇の平屋に2室(1室はエキストラベッド対応)、出入口と反対の車端に業務用室(0番台)、トイレ(200番台)、シャワールーム(300番台)、自動販売機とロビー(400... ...続きを見る

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2008/08/18 23:00
ブルートレイン2008: カシオペア(2)
ブルートレイン2008: カシオペア(2) 在来線の2階建て車はサロ213からサロE233まで首都圏ではすっかりおなじみのスタイルだが、これらの車体は下半分を斜め直線で切り取っている。さらに幅も一般車に比べわずかに狭い。対してE26系は車両限界ぎりぎりまで断面を取り、裾部は曲線を描いて絞り込まれ、階下部へ垂直に落とされる。下階の窓ガラスもそれにあわせた曲面になっているのが、サイドからでもわかることと思う。 この車体裾部が狭い形態はその名の通り「裾絞り」と呼ばれ、国鉄・JR車両のスタイルを決定づけるひとつの要素だが、車体も床下もまったく絞... ...続きを見る

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2008/08/14 23:00
ブルートレイン2008: カシオペア(1)
ブルートレイン2008: カシオペア(1) E26系客車。〔北斗星〕のグレードアップを図る目的で1999年に新製された、JR唯一の新系列客車だ。 全車2階建て、オール2人用A個室寝台という豪華編成は、登場から10年近くになる現在でも在籍1編成のみが上野〜札幌間をのべ2泊3日、週3往復の行路を続けている。 「ブルー」でもない無機質な感じは好みが分かれるだろうが、圧倒的な存在感は揺るぎようもない。軽量ステンレス構造をもってしても「ス」「マ」「カ」の重量級で占める12両編成は、とくに北海道内でのDD51重連牽引では迫力を増す。 ...続きを見る

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2008/08/13 23:00
ブルートレイン2008: 日本海
ブルートレイン2008: 日本海 「日本海縦貫線」を40年間にわたって走り続けた寝台特急〔日本海〕。現在の時刻表には種別「A」「B」とだけ表記される一見地味なこの列車は、開放形A寝台のオロネ24が連結される最後の列車となった。牽引機がローズピンクのEF81、繁忙期には最大12両(+電源車+機関車)という長大編成になることでも貴重な存在である。帯が金白混合であることに目をつぶれば、その姿は古きよき国鉄時代の寝台特急に紛れもない。 減便の話を聞いてまず頭に浮かんだのが「オロネ撮らないといけない!」 〔銀河〕ともども開放A寝台の廃止... ...続きを見る

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2008/08/04 00:00
ブルートレイン2008: はまなす
ブルートレイン2008: はまなす ここで番外編的だが〔はまなす〕についても取り上げようと思う。寝座混合の急行列車であり、厳密な「ブルトレ」の定義からは外れているが、いまや貴重な「夜行」「急行」「客車」列車である。 〔はまなす〕を撮れそうな場所はいくつかあるが、この夏までとなる〔まりも〕も一緒に狙うとなると千歳線で張るしかない。〔北斗星〕の前に、早朝の島松付近へ寄った。水田が広がる光景は本州と同じだが、そこにキタキツネが顔を出すのは北海道ならではだろう。 ...続きを見る

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2008/08/02 23:00
ブルートレイン2008: 北斗星(6)
ブルートレイン2008: 北斗星(6) E655系「なごみ(和)」の写真がほしくて東北本線に出た時のこと。西側から撮った〔北斗星〕は逆光が強すぎて結果としてはだめだったが、そのときファインダーに入ってきたB寝台の一両に違和感を感じた。 あわてて追いかけてみたら、これがオハネフ24 500番台。臨時〔北斗星〕の設定ももはや期待できず、本州どころか道内でもなかなか走らないのではと思った車両の上京は意外だった。 調べてみると、オハネ25 560(オールデュエット)の代車のようだ。それで別の日に撮影を試みると、やはり代車に使われていた。2... ...続きを見る

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2008/08/02 01:00
ブルートレイン2008: 北斗星(5)
ブルートレイン2008: 北斗星(5) ほんらい、国鉄客車は頭の質量記号「コホナオスマカ」を除いた用途・設備そして数字の形式で区分される。たとえば14系座席客車の3車種(製造時)は ハ14, ハフ14, ハフ15 (それぞれ オハ14, スハフ14, オハフ15)。改造などで自重が変わり、質量区分をまたいだ場合は別形式が取られた(スハ43→オハ47, オハネ17→スハネ16)。 しかし国鉄末期からお座敷車両など客車の改造が進み、質量記号が違うだけの「重複形式」も珍しくなくなってきた。ブルトレでは ハネ25, ハネ25-7 (オハネ2... ...続きを見る

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2008/07/31 23:15
ブルートレイン2008: 北斗星(4)
ブルートレイン2008: 北斗星(4) 〔北斗星〕向けに使用する食堂車は、東海道筋のオシ14/24がまだ現役だったこともあり、電車特急から外されたサシ481/489を種車とした。スタイルからすると583系のサシ581のほうが似つかわしいのだが、こちらは鉄道車両として再生されることはなかった。結果として屋根高さがまったく違う同車は、編成中央で非常に強いアクセントとなっている。車体にエンブレムが貼られていないことからわかるように、ここまで(7〜11号車)東日本の保有車両である。いまひとつの違いは、テーブルのランプシェードの色(北海道は赤)... ...続きを見る

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2008/07/28 23:50
ブルートレイン2008: 北斗星(3)
ブルートレイン2008: 北斗星(3) 今はもうないが、改造個室寝台のはしりは4人用B個室寝台「カルテット」(オハネ14 700)である。そのベッドを半分にして残りをリビングスペースにした形の2人用A個室寝台(オロネ25 500)は民営化直前に落成し、しばらく〔ゆうづる〕に使われていた。東京−札幌間の寝台特急については、当初この「ツインDX(デラックス)」を最高グレードにするつもりだったようである。 さてツインDXといえば、北海道の「ニューツインDX」ことオロネ25 551が注目車だった。中2階建て、天窓つきという非常に目立つスタイ... ...続きを見る

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2008/07/28 23:40
ブルートレイン2008: 北斗星(2)
ブルートレイン2008: 北斗星(2) 1988年〔北斗星〕登場に際しては、定期2往復をそれぞれ担当するJR北海道・東日本が独自のインテリアを持つ車両を登場させ、北海道(1・2号)は「ロイヤル+デュエット」(オロハネ25 550)に「ソロ+半室ロビー」、東日本(5・6号)は「ロイヤル+ソロ」に「ロビーカー」、と異なる仕様になった。オロハネ25 500番台はJR東日本の車両でロイヤル部とソロ部が左右に分かれ、ソロは2階建て形式、窓が上下同位置に並ぶのが特徴。 ...続きを見る

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2008/07/25 22:20
ブルートレイン2008: 北斗星(1)
ブルートレイン2008: 北斗星(1) この「ブルトレ全車撮り」をやろうと思った理由は、ゴールデンウィークで〔北斗星〕の大半をこなすことができたからなのだが、そこには二度の転機と後悔が含まれていた。 まず2006年3月。青森駅工事の影響で本州内での編成が逆転し、寝台・個室が西側を向いてしまった。つまり朝の上りを順光側で撮っても、かわり映えのしない通路側になってしまったのだ。 夏場なら1号を撮れる……と思ってはいたのだが、結局行かずじまいであった。で、2008年3月。1号が廃止されてしまうと、下りの本州側はもう絶望的である。となれば... ...続きを見る

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2008/07/25 22:00
ブルートレイン2008
ブルートレイン2008 2008年3月改正後、日本国内の寝台特急は10名称8往復(4名称は併結運転)、うち客車列車は8名称、正調「ブルートレイン」は6名称5往復(2名称は併結)。ついに両手で数えられる存在になった青い流れ星は、この先どこへ向かうのだろうか。 ...続きを見る

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2008/07/24 23:00

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復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


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