アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「蒸気機関車」のブログ記事

みんなの「蒸気機関車」ブログ


絵本の世界へ

2016/01/01 00:00
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

大井川鐵道ではこのところ、夏頃に不思議なことが起きている。1台の蒸気機関車が姿を消し、入れ替わりにちょっと変わった機関車が登場しているのだ。2012年と13年は、同社のSLキャラクター「SLくん」が青色の出で立ちで登場、そして2014年と15年には、イギリスのソドー島から1台の有名な蒸気機関車と仲間たちがやってきて、同線で夏休みを過ごした。ソドー島からの来訪者とは、そう「きかんしゃトーマスとなかまたち」の主人公であるタンク機関車のトーマスだ。
本来は入換や小運転むけの機関車であるためすこし荷が重いらしく、電気機関車のアシストを受けての運転とはなったが、緑濃い山里を絵本の世界そのままにはしる機関車の姿が評判をよび、2015年夏もひきつづきソドー島から大井川鐵道にやってきたのだった。終点の千頭には、日本からソドー島へ渡った「ヒロ」が里帰りし、2015年には小型タンクの「パーシー」も加わった。

画像

1 (Thomas)

  • 大井川鐵道大井川本線 崎平←千頭, 2015-7
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160

日本にやってきたトーマスは、姿を消したC11 227号機のボディにそっくりな形と大きさになっている。デフレクタが取り払われて表情をつくる顔が取り付けられ、水色の3つの動輪に前デッキ(ランボード)に置かれた前照灯も絵本の雰囲気そのままだ。トーマスはC形(0-6-0)であるが大井川に来た際に従輪が3軸増えて1C2形(2-6-4)に見えるのだが、それらは目立たなくされている。牽引するオレンジの客車に掲出された種別板は「特急」となり、SL急行料金よりすこし高い「トーマス料金」の適用を受けた。
2015年の夏はもう1台、赤い「ジェームス」もトーマスにすこし遅れて到着し、7月から運転を開始。こちらはやはりどこかへ行ってしまったC56 44号機とおなじモーガル(1C/2-6-0)形テンダ機関車である。ジェームスの出番はトーマスと入れ替わりで平日中心であったが、最初の週末だけはトーマスと同日運転ということで、その日を狙って千頭まで足を伸ばし大井川の岸に構えた。先行するのはジェームス率いるお座敷展望列車。赤いボイラが緑の風景でいっそう引き立って見えた。

路線・観光バスの運行に関する規制の強化を発端として大鐡のSL列車は苦境に立たされ、普通列車の大幅減便といった地元には厳しい状況となっていた中、2014年に大鐡がトーマス列車の運行を発表するや大いに注目を集め、連日ほぼ満席で運行された。2015年12月にはリスマスイベントと絵本の出版70周年を記念して再度の来訪、夏には試乗会のみで行われたふたりの重連も行われ、好評のうちにシーズンを締めくくった。2016年もまたトーマスたちが夏休みにやってくるそうで、さらに新たなキャラクターの来訪も発表されている。

画像

5 (James)

  • 大井川鐵道大井川本線 崎平→千頭, 2015-7
  • D810, AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR, ISO160


帰りは通常形態のSL〔かわね路2号〕に乗車した。牽引機は大鐡2台の留守とトーマスたちを預かる2台のうちC11 190号機の牽引だった。お召し列車牽引の装飾で復元されている同機は一時期個人所有であったことも関係するのか、それ以外の装飾や形態変化はほとんど受けていなかったが、同社SLの40周年を記念して変形デフの代表格である小倉工場式デフレクタ、通称「門鉄デフ」(門デフとも) に取り替えた姿で1月〜3月まで運転される。

© 2015 Gullane (Thomas) Limited.
記事へトラックバック / コメント


復活・夢の行路

2015/01/01 00:00
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。

7月、岩手・釜石線。2月の訪問時には雪に埋もれていた水田と葉を落とした木々は、どちらも緑濃い山里の夏景色に変わっている。
正午を過ぎてしばらく後、右手から汽笛が聞こえてきた。花巻ゆき〔SL銀河〕の接近だ。釜石線のサミットである仙人峠越えを果たしたC58 239とPDCキハ144系は、足取りも軽く勾配を駆け下りてくる。夏らしく黒い薄煙が煙突からたなびいていった。

C58 239

C58 239

  • 釜石線 岩手上郷←平倉 2014-7
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

2014年4月、東北に蒸機が復活した。JR東日本所属として4機目のSLは盛岡市内で保存されていたC58 239。地域復興を目指して復帰整備された同機は〔SL銀河〕として、花巻〜釜石間で運転を開始。PDCとの協調運転という異例の姿ながらも、牽引機としての責務を11月までを無事に果たした。
C58の復活は国鉄時代にC57 1の僚機として整備された1号機 (現在は静態保存)、秩父鉄道の363号機につづき3機目である。239号機が1943〜1970年まで宮古機関区に在籍したのに対し、363も1944年の新製配置が釜石区だった(〜1947)から、肩を並べる機会も多かったはずだ。
軸配置は1C1/2-6-2/プレーリー(Prairie)。8620と9600の後継機として設計された同形は、ローカル線の客貨物列車を中心に活躍した。国鉄最後の蒸機となるはずだったC63も、同タイプの軸配置で設計されていた。

釜石線は花巻〜遠野〜足ヶ瀬〜仙人峠が岩手軽便鉄道として敷設された一方で、山を隔てた太平洋側では製鉄産業が立ち上がる釜石への鉱石輸送を目的として、大橋(→陸中大橋)〜釜石まで日本で三番目の鉄道が開設されていた。この鉄道はいったん廃止され、馬車鉄道を経て釜石鉱山鉄道となる。
岩手軽便は仙人峠駅から大橋への接続を目指したが、間に立ちはだかる峠を当時の技術では克服できず、仙人峠駅と大橋駅のあいだでは物資の輸送を索道つまりロープウェイで行い、人は険しい山道を歩いて行かなければならなかった。

C58 239

C58 239

  • 釜石線 岩手二日町→綾織 2014-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

岩手軽便線が国鉄に編入された後もこの特殊な輸送形態は継続したが、戦後台風により山田線が被災したのを機に同区間の鉄道建設が急がれた。先だって1944年には釜石〜陸中大橋間が開業 (鉱山鉄道とほぼ並走) しており、1950年に足ヶ瀬〜陸中大橋間も開業し釜石線は全通した。
線路は仙人峠から大きく南側に迂回して敷設され、陸中大橋付近ではオメガループ(半ループ) で距離を稼いでいる。それでもなお急勾配とトンネルの連続する険しいルートであるため、〔SL銀河〕客車は種車の装備を活用し、動力協調を行うことになった。2012年に久々復活したD51 498〔SL銀河ドリーム号〕でも、この区間はDE10重連が先頭に連結されている。

営業運転に先立って動力協調の試運転が繰り返し行われていた2月、うつくしい白煙が遠野の里に立ちのぼった。新製当時以上の姿となった同機の牽引性能は、PDCの力を借りずとも陸中大橋→上有住の勾配を乗り切れるくらいだったそうだが、旅客車内の快適性なども配慮して動力の配分が決められたという。
復元はJR東日本のこれまでの復活機と同様に現役当時に近い形を保ちつつ、ATS-P搭載 (Ps併設) とデジタル無線の整備など現代むけの装備も兼ねている。東北各地はもとより首都圏への出張まで可能であるから、将来的には363号機との再会も果たせるのではないだろうか。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


ポニーが行く

2014/01/11 00:00
2014のトップは“2014”がつとめることになったわけだが、やはり午年なので馬に由来する (そういえばあちらさんはソリを引っ張っている時期だろうか) 車両を取り上げることにしよう。C56形蒸気機関車、シゴロクとならぶ愛称は「ポニー」。

ポニーという愛称は、言うまでもなくウマの分類 (肩高さ147cm以下) から来ている。小さな身体で数両の客貨車を牽引する姿が愛らしく、1970年代SLブームのさなか小海線で企画された復活運行が「高原のポニー」と称されたのが、愛称に定着することになった。
C56形は同線のような「簡易線」とも呼ばれる線区向けの小型テンダ式機関車。入れ替えや簡易線などでの短区間運転に開発された形式としてタンク式C12形があるが、より長距離での運用に向けて同形をベースにテンダ式とした。エンジン(機関車本体) に軸配置1C (2-6-0/Mogul: モーガル。8620と同じ) を採用した最後の形式でもある。

C56 160

C56 160

  • 北陸本線 河毛←虎姫 2010-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

エンジンのシルエットはC12とほぼ同じで、その水タンクとコールバンカ(炭庫) を独立させテンダ式にしたものといえる。C12で省略した除煙板は標準装備となった。テンダの脇をななめにカットしているのは、転車台が整備されていない路線でのバック運転に配慮したもの。ただしエンジンに従輪、つまり後進時に先輪となるものが存在しないため、高速運転は不可とされている。

国内の動態保存車両は2機、JR西日本の160と大井川鐵道の44。鉄道省→国鉄むけは1935〜39年に160両 (ほか私鉄1, 樺太4) 製造され、つまり160はその最終機である。最終配置の上諏訪機関区から梅小路へ転属してそのまま動態保存機となり、あまり調子のよくなかったC58 1号機にかわりC57 1号機の補佐およびローカル線のSL復活運転をつとめた。JR西日本に承継された後も、千葉などJR東日本管内で運行されたことがある。
同機のホームグラウンドは北陸本線〔SL北びわこ〕(米原→木ノ本) 下り片道2本のみ牽引である。以前は往復とも牽引していたが、前述したバック運転の制約がダイヤに影響するという理由から、復路はEF65 (敦賀直流化までDD51) 牽引により編成そのまま回送される形になった。大井川もいまは往復前向きなので、C56のバック牽引は見られなくなった。とはいえ下りは12系客車5両を補機なしで牽引しており、湖北の直線区間を驀進する姿が見られるのも同列車の魅力といえるだろう。

C56 44 大井川鐵道

C56 44

  • 大井川鐵道 川根温泉笹間渡−抜里 2012-4
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

大井川鐵道の44号機は「出征機関車」である。走行路線の制約が少ないことから、C56はいわゆる外地の開拓鉄道に適当な機関車と当時の軍部に目をつけられ、1941年に各機関区から集められた1〜90までの90両が、タイとビルマ(現ミャンマー) へ赴任していった。蒸機各形式のトップナンバーが集まる梅小路保存機でC56がラストナンバーになったのも、そういう事情があったからだ。
同様に供出されたC12ともども、現地の劣悪な路線環境や戦火の中で失われた機体も多かったが、生き残った機関車はタイ国鉄で700形機関車として使用された。その725,735号機 (C56 31,44) が、1979年に帰国を果たす。原番に復帰した735は大井川鉄道で復活整備後1980年から運行を開始、725も31号機にもどって靖国神社遊就館で静態保存・展示されている。
同機最大の特徴はキャブの屋根頭頂が平たいことだ。これは現地での車両限界が日本より小さかったことへの対処とされる。大鐵の現役4機中もっとも小出力な (ただし車両はいちばん長い) 機関車だが、C10/C11とおなじく最長7両 (+EL補機)〔かわね路〕の先頭に立ち、勇壮な汽笛を大井川に響かせている。

蒸機にとって石炭などの燃料が欠かせないのは当然のことだが、その生命線を握るのはじつは水のほうで、炭水車に積む水は重量換算で石炭の倍くらいとなる。C56の場合、炭庫5tに対し水タンク容量は10m3 (約10t)、C12では石炭1.5tに水5.5m3だ。
それだけ積載の差があっても水はすぐ足りなくなるもので、多くの現行SL列車が折返し駅では水だけ補給し、もっとも行路の長い〔SLばんえつ物語〕は途中の津川でも給水する。現役時代も石炭の供給が機関区に集約されていたのに対し、給水設備は拠点駅、山越え区間では途中駅にも設けられ、ボイラ効率や長期的な保守も左右する水質は重視されたという。かつて鉄路を陰で支えた給水塔も、現代の鉄道運行にはまず不要なためほとんど残っておらず、一時的な復活運転での途中駅補給は消防署(消防団) のポンプ車を借りてきて給水することが多い。
記事へトラックバック / コメント


汽笛一声・2013

2013/10/14 00:00
愛知県犬山市の丘陵地に位置する博物館明治村。その名の通り、明治期を中心とした歴史的建造物を移築復元した野外展示施設である。近代国家の黎明期といえる貴重なたてものが一堂に集う、いわゆるテーマパークの元祖といえる場所だが、のりもの派にとっての注目はやはり、園内で動態保存されるSL・12号機関車と京都市電(通称N電) ではないだろうか。
10月14日は鉄道の日、というわけで今年はこの歴史的な蒸気機関車を取り上げてみたい。

12 明治村 (左)

12

  • 博物館明治村 なごや(SL名古屋)←とうきやう(SL東京) 2012-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

12号はイギリスのシャープ・スチュアート社 (Sharp, Stewart & Co.) が製造した、スチーブンソン式弁装置を持つ車軸配置1B(2-4)形の飽和式タンク機関車である。1874年に輸入された同機は、日本国有鉄道の前身である鉄道院160形165号となった。尾西鉄道(現・名鉄尾西線) に払い下げられた12号機となった同機は1957年まで現役使用され、愛知県の日本モンキーパーク (おなじく名鉄が運営、当初は日本ラインパーク) に静態保存。1965年の明治村開園にあわせて村内へ移されたのち、1973年に動態復帰した。
飽和式とは、石炭など燃料によって水から加熱された水蒸気(飽和水蒸気)を直接シリンダへ送り込む構造で、初期の蒸気機関車に多く見られた。当代の復活国鉄機のボイラは過熱式といい、飽和状態の水蒸気を圧力を保ったまま加熱することで、さらに高温にした過熱蒸気をつくりシリンダへ送る。高い温度の蒸気は蓄えた熱エネルギーも大きく、つまりシリンダ〜最終的に動輪を動かす力も強いものにできる。この過熱蒸気とベルギーで開発されたワルシャート式弁装置が世界的にも蒸機の主流となっていったのだが、それらとこの機関車の間にスタイルやメカニズムの差はそれほど見受けられず、つまり19世紀に蒸気機関車の基本技術は確立されていたわけだ。

12 明治村 (右)

12

  • 博物館明治村 なごや→とうきやう 2012-12
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO400

12号機のボイラは1985年に一度交換され、もとのボイラも村内に展示されている。それでも近年老朽化が一段と進んでいたため、おなじく復元SLとして運行していた9号機 (米ボールドウィン社[Baldwin Locomotive Works] 製)、京都市電(2両)ともども2010年10月いっぱいで整備のため運転を取りやめていた。2012年9月のN電1両につづき、12号機が11月に復帰。まもなく齢140年を迎える国内最長寿の鉄道車両は、甲高い汽笛を鳴らしけむりを高らかに吹き上げ走り出す。路線延長約800mに5分をかける非常にゆっくりした走行 (あの鉄道といい勝負かも?) とはいえ、鉄道の黎明期を今に伝える活きた文化財である。
牽引される3両の三等客車 (ハフ11,13,14) も骨董品だ。11は1908(明治41)年に青梅鉄道(→青梅線) 13,14は1912年に新宮鉄道(→紀勢本線)向けに投入された。最終所属は秋田県の雄勝鉄道である。客室内は板張りベンチ、暖房どころか照明すらない「鉄道車両」も、なかなか乗れる代物ではないだろう。連結器はこれも貴重なねじ式(バッファつき)である。

ところで同じ場所で撮っているのに往復で機関車の向きが変わっている、ということはつまり線路の両端にターンテーブル(転車台)があるわけだ。くわえて両駅とも乗降プラットホームの脇に機回し線が敷かれ、いまや国内ではなかなか見ることのできない客車列車の折り返し作業が目の当たりに展開される。
両駅ともターンテーブルは手回しだ。人手は機関助士と車掌のふたり、小型機とはいえ21.7t (運転整備重量) もある機関車をそれで動かせるのかと思われるが、機関車をテーブルの真ん中に停止させ重量バランスが取れていれば可能なのだ。大井川鐵道の千頭駅構内にも手動のターンテーブルが設置されており (2011年に設置された新金谷のものは電動)、さすがに5〜6人がかりになるが人力で回している。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


けむりの軌跡

2013/08/03 00:00
暑中お見舞い申し上げます。猛暑かと思えば記録的な大雨という不安定な真夏だが、ひととき涼しめの画像を。

道東冬の風物詩、釧網本線〔SL冬の湿原号〕ではJR北海道在籍の2機、C11 171と207が重連となる運転日が毎年設定されている。2011年2月下旬の運転では機関車が逆向きで釧路を出発、順光で捉えやすい復路が正向きとなるため注目度が非常に高かった。
鶴の来る駅として有名な茅沼。運次第だがタンチョウとの共演を楽しめる場所であると同時に、横から車両を抜ける数少ない場所でもある。復路のハイライトは、2機を同時に取り込むチャンスとしても外せない場所だった。
正面から捉える釧路方の踏切、横方向からの駅付近、たくさんのクルマと撮影者が集結する舞台に、左奥から列車が現れた。しばしの停車後いつもどおり汽笛は鳴らさずに発車する……のだが、きょうのけむりの量は尋常でない。2機の煙突からもくもく立ち上がる黒煙はみるみるうちに空を覆いつくした。勝手知ったる風に列車時刻に合わせ訪れるタンチョウたちも、これには辟易して早々に飛び上がったほど。
風に流された煙と蒸気がこっちへ向かってくる。あやうく列車全体がかげってしまうところだったが、ゆっくりスピードに乗る列車はぎりぎりのところでその影から抜け出し、そして踏切で構えていた撮影隊に蒸気の雨を降らせていった。

C11 207ーC11 171

C11 207ーC11 171

  • 釧網本線 茅沼 2011-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

この画像は連載での使用候補からは外れることになった (初期の検討段階では入っていたが……) 煙の吹き出しが美しいものの、機械部分の描写という点で見ると弱いといった編集側の指摘があったためである。確かに、強烈なドレインで次位207号機の足回りが隠れてしまっているし、煙突からの黒煙で207が全体的にかげり気味。そういった指摘を踏まえて、連載の写真としては各機のメカニカルな描写を重視すること、15機をそれぞれ両側から捉えるということに決定したため、重連の作例はほかにもあったのだがそちらもお蔵入りとなった。
仕切り直して両者を単独で撮ることにする、しかしどう撮影したものだろう……。翌年もまた同地へ足を運んでみた (川湯温泉延長) が、名前の通り湿原域を走るこの列車は、まず沿線から撮影可能かどうかというのが問題だった。よく知られている撮影地では並行道路から線路が近すぎるか、逆に遠すぎるかの両極端。標茶ゆき向かって右側からの撮影は困難を極めた。結局、207号機が2012年夏の富良野線〔SLふらの・びえい号〕、171号機は秋の函館本線〔SLニセコ号〕までかかることになってしまったわけだが、ことしの〔冬の湿原号〕は207が車輪修理で離脱、富良野線の運転もなかったから、振り返れば絶妙なタイミングでもあったようだ。
記事へトラックバック 0 / コメント 6


逆光は勝利?

2013/03/25 00:00
「ピーカン不許可」といえば、対になる言葉は「逆光は勝利」。それに「世はなべて三分の一」「頭上の余白は敵だ」……(ゆうきまさみ作「究極超人あ〜る」第79話『これが基本だ』から)。いずれもポートレート(人物撮影) でエッセンスとなり、あるいは気をつけておいた方が良い事柄で、決してかたよっているわけではないと思う (トライXを5号[印画紙]に焼くのは?)
鉄道写真ではどうかというと、基本的には晴天下順光で撮られるべきというのが共通認識であろう。動きものに対するシャッタースピードの確保、色表現の良さも、順光が圧倒的に勝っている。あまたの撮影地ガイドで順光の条件が必ずといっていいほど書かれているのは、その要求に応えるためだ。そのいっぽうで、明確な意図を持って撮られた逆光の写真は、ときに順光下よりもはるかに力のある作品となる。
車両撮影はどちらかといえば「記録」の要素が強いから、上から下までの描写を均等にしたいところ。強すぎる順光は床下の描写を難しくするし、どうしても逆光側から狙わなければならないこともある。だからそんなときはすこしでもいいから曇ってほしいと願ったものだ。

冬晴れの日、信越本線の高崎→横川で運転される〔SL碓氷〕のD51 498を狙う。電車で気楽に乗り込む場所だが、めずらしくクルマで訪れた。群馬八幡〜安中で順光下の撮影後、いつもならゆっくり機材をたたんで駅に戻る (直後の上りには間に合わないので…) が、この日はすぐに移動。列車が安中で10分ほど停車するのと、同駅以降の連続勾配で速度が低下することから、安全に先回りしてもう一回捉えることができる。ヨコカルこと碓氷峠の急勾配にまぎれていたが、安中〜横川間も25‰がつづく難所で、乗っていてもその傾斜を感じ取れる。
駅近くは若干混雑したが抜ければ順調で、となりの磯部駅にほど近い水田へ。勾配は駅の手前まで続いており、機関車は駅到着まで力行を続ける。南側から撮れることは承知の上で、ここはあえて北側へ回った。空もようは変わらずで、正面ほぼ真上から陽が差す完全逆光である。あわただしく機材をセットすると踏切が鳴り出し、12系5両と後補機DD51を従えて機関車がゆっくり登ってきた。補機つきといっても、D51なら手を借りず横川まで登り切ってしまうそうだが。

D51 498

D51 498

  • 信越本線 安中→磯部 2012-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

蒸機に関しては、逆光撮影もほかの車種よりは積極的に行われる。黒一色の車体に煙突からの煙や足下のドレインで、立体的な描写が得られるところが大きいだろう。そんな逆光撮影をサイドビューでやってみたら? というのがこの撮影のもくろみであった。黒の締まりという点ではやはり不利で、しかも背景が暗い場所というかなり難しい条件だと思ったが、頭頂部にさしこむ光によってボイラの輪郭が出て、これはこれでおもしろい描写になったと思う。C61右側面もほぼ同じ場所で撮影したわけだが、こちらはうす曇りの下で積雪をレフ板代わりにして得られたものだった。
順光下では黒煙をかぶりすすけてしまった後補機DLは、逆光では白いベールの中に浮かび上がる姿に。高崎車両センターのDD51 842はじめ3機がお召仕様で、ランボード・煙突カバー・手すりのステンレスが強く輝き、銀さしした連結器と車輪が鈍く光る。

DD51 842

DD51 842

  • 信越本線 安中→磯部 2012-2
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

2013年3月現在 D51 498は大宮総合セに全検入場中のため、昨秋から各地のSL運転は留守番を任されたC61 20が勤め、上越線と信越本線でも運転される。ただ上越線よりきつい連続勾配は現在の同機の粘着性能には厳しいようで、SLとDLの連結位置を入れ替えて横川ゆきを〔DL碓氷〕、高崎行きを〔SL碓氷〕としての運転である。2012年9月には横川方をD51としたプッシュプル運転も実施され、D51全検復帰後の再現も期待できる。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


のろ・のろ・トロッコ

2012/06/30 00:00
富良野線・夏の観光列車〔富良野・美瑛ノロッコ号〕。「ノロッコ」とはノロノロ走るトロッコの意で、以前は「日本一遅い列車」と宣伝していた記憶がある。現在の鈍速列車トップは門司港レトロラインだろうか。
吹く風や沿線の花の香りを感じられるよう大きく開口部を設けた車両は、美瑛〜美馬牛間と中富良野〜富良野間で速度を落とし走行する。ラベンダー畑〜中富良野間も1.5kmしかないのでスピードは乗らず、これからの時期はファーム富田や中富良野の北星スキー場ラベンダー園などをゆっくり楽しむことができる。

オクハテ510-2

オクハテ510-2

  • 富良野線 西神楽←西瑞穂 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

DE15形ディーゼル機関車牽引による客車列車であるが、この列車の特徴は客車の一端に運転室を設けてDEを遠隔操作、つまり富良野ゆきは推進運転になることだ。これは先に登場した〔釧路湿原ノロッコ号〕〔流氷ノロッコ号〕と同様で、折り返し駅での機回しを省略できる。運転台は簡易ではなく保安装置ATSも装備するため、後部から操縦する推進運転のような運転速度の制限を受けない。
富良野方に位置するのがオクハテ510形、50系51形客車 オハフ51形からの改造だ。「自重35t級(オ)制御(ク)普通(ハ)展望(テ)客車」とは、国鉄時代にはなかった形式称号。気動車でエンジンを搭載しない運転台つきの車両には「キク」がつくが (その一例)、被牽引が前提の客車にとっては運転台を設置するという概念がなかったのだから当然か。もっとも、いまでも機関車+客車が自然な欧州の鉄道では、この方式による運転も日常的に行われている。

ナハ29003

ナハ29003

  • 富良野線 鹿討←学田 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

旭川方は電源装置などを装備したオハテフ510、そしてその中間にはナハ29003という小ぶりな車両が挿入される。
種車は貨車のワキ10000形で、かつて汐留〜苗穂間で繁忙期に運転した〔カートレイン北海道〕の自動車積載に連結された。同形はもともとコキ10000形やレサ10000形といった100km/h運転対応の高速貨物列車向けに増備され、貨車なのに電磁ブレーキや空気ばね台車をおごる「貨物のブルートレイン」だった。用途廃止後、列車内でバーベキューを楽しめるイベントカーとしてテーブルにホットプレートを装備したナハ29001, 29002が改造され、のちに〔富良野・美瑛ノロッコ〕へ29003が増備された。同車には調理設備はない。

前日の土曜、富良野方を前向きで運転する予定だったC11 207号機は、後日わかったことだが不具合のため急遽連結中止となった。実はその日予定を入れられず日曜のみに集中するつもりだったが、結果として賭け(?)に勝ったことになる。日曜のC11は予定通り後ろ向きで旭川を出発、晴れ舞台を締めくくるべく前向きで旭川へ戻る。
〔ノロッコ2号〕の撮影から、富良野〜上富良野間では2回撮れると踏んだ。この区間は碁盤の目状に区切られた田畑の区画にきちんと沿って線路が敷かれ、ほどよく離れた距離に道路が通っている。道内でもっとも撮影しやすい場所と思われるが、雑草などがかからないよう慎重に場所を選んだ。ファーム富田などを見学してきた観光バスの通過も多く、車内ではノロッコ号に関するガイドが流れるところだろうか。
「ブォー」と富良野発車の汽笛が聞こえてしばらく、黒煙が視界に入ってきたが、なかなか本体の姿は見えてこない。そのうち中富良野方面へ急ぐ車の数が急に増えた。手前の区間で撮った人たちが先回りをはじめたのだ。車の通過がひとしきり済んだあと、ようやく列車が目の前に。
各車両をゆっくり撮影して、それでは西中へ……と、機材を取り込みおもむろにクルマを発進。さてノロッコは……って、まだ目の前にいるではないか!! あっさり追い抜いてしまい、これなら中富良野までにもう一回撮れそうだ、と道路わきに再停車して撮ったのがこれ。

C11 207-DE15 1533

C11 207―DE15 1533

  • 富良野線 中富良野←鹿討 2012-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO250

今にも止まりそうな、まさに牛歩で進むC11とDE15。平坦な区間でこんな速度で走るほうがむしろ難しいのではないかと思えてくる。
C11形207号機は日高本線・瀬棚線・胆振線など道南で運用され、霧が出やすい地区を走るため対策として前照灯が2灯に増設された。その独特の風貌から同機は「カニ目」と呼ばれている。横からだとその特徴的な姿を描写しにくいのが難点だが、171号機と比較すると灯具の位置が前後とも低くなっている。ノロッコ本来の牽引機DE15 1533はことし1534に続いて専用塗装になった。道央の景色と花を描いたあざやかな緑色の塗装が美しい。

そうこうしてから大本番の西中へ。天気も薄日が差すほどで条件は上々といえた (このあと旭川付近でものすごい土砂降りに遭遇することになるのだが……) 汽笛一声ラベンダー畑を出発した列車は、こんどは足取り軽やかに通過していった。
記事へトラックバック 0 / コメント 4


光の機関車

2011/12/17 00:00
国鉄の路線から蒸気機関車の姿が消えたのは1975年12月のこと。14日、室蘭本線でC57 135牽引による旅客列車の最終運転に続き、24日にD51 241牽いる夕張線 (いまの石勝線) の石炭列車が、本線運転の締めくくりとなった。
折からの「SLブーム」と、消え去るものを惜しみ懐かしむ多くの声によって、役目を終えた機関車は各地で静態保存された。筆頭は梅小路に代表される国鉄〜JRの博物館収蔵機だが、そのほかにも公園・学校から民営施設・個人まで、全国各県へ (沖縄県にまで!) 持っていかれた。形式としてはD51やC11といった多数量産されひろく親しまれたものが多く、そういう意味ではことし復活したC61など、よくそんなマイナー形式が残っていたものだと今にして思う。

蒸機に限った話ではないが、たとえ静態保存でもその姿の維持には丁寧な保守と、なによりお金がかかることは間違いなく、保存機たちの現状はそれこそピンキリである。OBの方々はじめボランティアによって手厚く保護され、明日にでも走り出せそうな良個体もあれば――最低その程度でないと動態復元の候補にもならない――、打ち棄てられ部品も無くなりボロボロになったものも。現役当時はふつうに使えたアスベストの残存問題も深刻で、そんな事情から保存両数は少しずつ減ってきている。

画像

C11 292

  • 新橋駅前SL広場 2011-8
  • D700, AF Nikkor 50mm F1.4D, ISO200

都区内でもっとも簡単に見られる保存蒸機というと、新橋駅「SL広場」のC11 292だろうか。日比谷口駅前に設置された同機は、京浜東北線の北行電車からも容易に見ることができるし、TV街頭インタビューが良く行われる場所柄、画面にチラと登場することも。屋外露天に置かれている割に、その状態は悪くなさそうに見える。
1972年から当地で保存されていて、当たり前のように置かれている車両であったから、本線を何百回と通過してもほとんど関心も持たないまま今まで来ていたのだが、あらためて眺めてみるとちょっと印象が違う。ボイラー上部に載った蒸気ドームと砂箱のカバーが四角いのだ。このスタイルは「戦時型」と呼ばれた簡易工作の名残である。
戦時中に急増した鉄道貨物輸送に応えるため、国鉄は大型機D51, D52のほか支線の小単位輸送向けにC11も増備する。車両メーカーのほか国鉄工場でも大量生産し、とにかく早く両数を揃えるため形態は二の次とされた。鉄鋼資材の不足からデフレクターやランボードなどを木材で代用し、ボイラー自体も粗雑なつくりで、5年も持てばいいという非常設計だった。
粗製と酷使で疲弊しきった戦時型は、戦後混乱期を脱すると本来の設計で整備しなおされたが、性能に関係しない部位についてはそのままとした車両も多い。いま真岡鐵道・JR東日本で活躍するC11 325は角ドームのまま保存され、復活整備時にようやく標準型へ復帰した。292号機もデフは鉄板に交換されたが各所の面取りは省略され、カクカクしたスタイルを残している。

画像

C11 292

  • 新橋駅前SL広場 2011-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

そんなC11もホリデーシーズンを迎えてイルミネーション装飾が施され、11月21日から点灯を開始した。本物と同形状に機関車の輪郭を描く電飾は、ご丁寧にドームまでしっかり角型をなぞっているのがおもしろい。今年のテーマは (昨年とほぼ同じという)「宇宙に飛び立つスペーストレイン」で、約2万個のLED・ライトアップとオリジナル音楽で行きかう人々を楽しませている。2012年1月7日まで。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6


けむりのある風景

2011/11/19 00:00
静岡県の代表的な河川のひとつ、大井川に沿って北上する大井川鐵道。東海道本線の金谷(かなや) から分岐し、千頭(せんず) までの約40kmを走る大井川本線は直流電化されている。昔は奥大井・南アルプスに向かう登山者で賑わい、下り「大垣夜行」(現〔ムーンライトながら〕)が臨時停車し早朝の大井川本線臨時列車に接続したこともあったし、静岡・浜松方面から国鉄電車が乗り入れたこともある。
同社の名が全国に知れ渡っている理由の筆頭は、ことし35周年を迎えたSL列車の運転であろう。国鉄が蒸機牽引列車を全廃した直後の1976年に開始した、動態保存のパイオニアだ。他の路線が特別イベントの数日〜数週、定期的なものでも春〜秋の週末に限定した運行なのに対し、全5両 (1両は休車) を擁する同社では、SL急行〔かわね路号〕を年間通してほぼ毎日運行していることも特筆される。その陰に隠れがちだが、普通列車も近鉄・南海・京阪の特急電車がオリジナル塗色で運行されており、かつては全国各地から中古車を集めて走らせていた、いわば「動く博物館」だった。

茶畑の間を旧客牽引のSLが走り抜ける……という光景が日常的なものになっているから、ふだん撮影者の数はそれほど多くなく、点在する撮影地ものんびりした空気が漂っている。それでも先日開催されたイベント (重連運転が行われた) の時は名所にファンが集まり、近くの道路にクルマがずらっと並んだ……と通りかかった近所の方は話してくれた。
紅葉シーズン最盛期を迎えた週末の〔かわね路号〕は3往復運転され、1本目は順光、2本目は逆光で狙ってみる。この日1本目はC10形8号機、2本目はC11形190号機。C11 190は個人が静態保存していたのを譲り受けたもので、2003年から営業運転を開始。過去にお召し列車を牽引したこともある同機は各所に銀さし (ステンレス板貼り付け) が行われ、シルエット風にしても鈍く輝きを残す。

画像

C11 190

  • 大井川鐵道大井川本線 抜里←家山 2011-11
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

転車台(ターンテーブル) は千頭駅に設置されている。運行拠点の新金谷にもあったが撤去されてしまい、長らく往路千頭ゆきを正向きにすると、復路金谷ゆきは逆向きでの運転を強いられていた。このたび島田市の整備により新金谷駅の転車台が復活し、10月7日から復路も正向きで運転できるようになった。ひきかえに新金谷〜金谷間は9月末で廃止されている。
機関車はC10・C11・C56とすべて小型機である。C56はJR西日本にも在籍 (160号機) しているが、最近は〔SL北びわこ〕も片道運転になっているため、炭水車を先頭にしたバック運転が見られるのはここの44号機だけになっていた。撮っておけばよかったかな、と今さらながら思う。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2


HUDSON DRAFT

2011/07/04 00:00
おかげさまで本ブログも3周年、ここまでの197エントリ (臨時を除く) で取り上げた車両は400両を超えました。節目となる今回の被写体は、このたび本線復活を果たした蒸気機関車C61形。大型貨物機D51形のボイラを活用し、急行旅客機C57形の足回りを組み合わせた、ハドソン形急行旅客機です。

ハドソン (Hudson) 機と聞くと、これまでは「シロクニ」ことC62形を連想する向きが圧倒的だったろう。C61形もハドソンを名乗るのは、これが先輪-動輪-従輪の車軸配置が 2C2 (車輪配置では4-6-4) の機関車を総称するアメリカ式呼称だからだ。ちなみにD51形の 1D1/2-8-2 はミカド (Mikado)、C57形の 2C1/4-6-2 はパシフィック (Pacific)。
C62もD52のボイラを転用した機関車であり、戦後の諸事情で機関車の新製がままならず、苦肉の策で書類上改造扱いとした点でも、C61とは共通の生い立ちといえるだろう。このほか地方路線への転用のため従輪を2軸として動輪軸重を軽減した改造機もあり、C59 (Pacific) → C60 (Hudson)、D50/D51/D52 (Mikado) → D60/D61/D62 (1D2/2-8-4 = Berkshire: バークシャー) といった例がある。

C61 20

C61 20

  • 上越線 渋川←八木原 2011-6
  • D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200

JR東日本ではこれまで2両の蒸気機関車を復活させてきたが、技術継承と予備機確保を名目として新たに復活を決めたのが、1973年に廃車され群馬県伊勢崎市の公園に静態保存されていたC61 20号機。同機の選定は、D51 498C57 180という母体の双方を持っていることが重要なポイントだったようだ。2010年1月から大宮総合車両センターで整備開始、ことし3月末に車籍復帰してD51と同じ高崎車両センターに配属された。
7月からはじまった「ググッとぐんま」群馬デスティネーションキャンペーンにあわせ、同機はまず上越線での運転が計画されたが、ひと足早く6月から〔SL C61復活号〕として運転を開始。追加装飾を極力廃した形態で牽引するのはこれも貴重な旧型客車、と国鉄蒸機末期の姿が再現されて多くのファンを集めた。同時にD51は青森DC開催中の奥羽本線へ赴き〔SL津軽路号〕を牽引、さっそく保有機増加のメリットも活かされている。

C61 20

C61 20

  • 上越線 後閑→沼田 2011-6
  • 左: D200, AF-S VR-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G, ISO200
  • 右: D700, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO200
  • 2D画像は右側

私も上越線へ何度か通ってみた。はじめてのハドソン機を撮影することはもちろん、もう一つしてみたかったことがある。それはいま流行り(?)の「3D」。走行中の鉄道車両を立体写真として撮影したらどう見えるのだろうか?
以前、連写結果を合成した擬似的立体写真を作ってみたことがある。それ自体見え方は悪くないと思ったが、やはり擬似は擬似、やってみるなら同じ瞬間に撮った2枚で作ってみたいもの。その題材としてSLは格好の材料だった。
同時撮影には当然2つのカメラ+レンズが必要である。ふつうは同じカメラと同じレンズを用意してのぞむところだが、そこまで準備できない私は無謀にもまったく違う2つのセットを用意してトライしてみた。三脚には昔COOLPIX用に買ってみたフラッシュ用ブラケットを利用して2台を並べ、レリーズは2個を輪ゴムで背中合わせに留め、親指と人差指で一気に挟むという力技ではある。
わずかなレリーズラグに起因するロッドのズレが惜しいが、これを交互表示させてみると機関車が一生懸命走っている風に見え、それはそれでおもしろいところだ。

2枚目 (右側面) 写真のアナグリフ画像を作成しました (白黒版, カラー版)。左目側に赤、右目側に水色のセロファンを貼ったメガネでこの画像をご覧いただくと、機関車が背景の山から浮き出て見えると思います。もっと手軽にという向きには、裸眼立体視用写真も用意しました (画像を左-右-左 で並べ、左から平行法・交差法で見られます) ので、見やすいほうを選んでご覧ください。GIFアニメ (プルプル立体写真) はこちらです。
これら各種のステレオフォト作成には「ステレオフォトメーカー」 (http://stereo.jpn.org/jpn/stphmkr/) Ver.4.33a を使用しています。
※ 3D画像の見え方には個人差があり、また長時間見続けることは眼の負担となることもありますので、十分にご注意下さい。

7月の群馬DCオープニングを飾るべく、JR東日本は保有3機を高崎へ集結。2日は水上と横川に向けてC61+C57とD51が同時発車、9月には秩父鉄道のプレーリー (1C1/2-6-2 = Prairie) C58 363も加わって日替わり重連牽引が予定され、群馬はけむりの絶えない夏になる。
大幹線で華々しく活躍し、世間にも「銀河鉄道999」で強い印象を残したC62にくらべ、C61の影はどちらかといえば薄かったかもしれない。とはいえ同形は電化されるまでの東北本線北部や鹿児島本線などを担当し、初の東北特急〔はつかり〕やブルートレイン〔はやぶさ〕〔はくつる〕牽引の実績もある。今回の同機復活が、復興めざす東北への大きな牽引力となることを願ってやまない。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 6


タイトル 日 時
息づかい
息づかい 函館本線・苗穂駅。道内最大の駅をとなりにして、距離でも2kmしか離れていないのに、この駅には特急はもとより快速も停車しないから、乗降客はずっと少ない。しかしここには国鉄時代から道内に走る動力車を預かる苗穂機関区が設置され、現在ではJR北海道の気動車が苗穂運転所所属で在籍する、隣接する苗穂工場とあわせて北の鉄路の重要拠点となっている。 冬の短い日がすっかり暮れた駅構内に、電飾された機関車が煙をたなびかせていた。12月の週末を中心に札幌〜小樽をC11牽引で運転した〔SLクリスマスin小樽〕 (注:... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

2010/12/24 00:00
晩秋
晩秋 あんなにひどかった夏の酷暑と厳しい残暑はどこへ行ったのか、気がつけばもう冬の足音が間近となり、山々の緑は色を変えてひとときの彩りを見せている。「今年の紅葉は色づきが悪い」とは毎年聞いているような気がするけれど、山だけでなく街中の木々に見る色の変化は、わずかなものでも季節の進行を感じさせる。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/11/27 00:30
けむりと空の物語
けむりと空の物語 磐越西線は喜多方から阿賀川 (新潟県に入ると阿賀野川) の流れに沿って走る、愛称どおり「森と水とロマンの鉄道」。その区間を走る〔SLばんえつ物語〕は、C57形蒸気機関車が12系客車7両を牽引する、片道4時間弱・125kmの旅路だ。 同列車は1999年から新津〜会津若松間で運行を開始 (当初は〔SLばんえつ物語号〕)、春〜秋の土休日を中心に運転し、ことし運行900回を迎えた。2002年からは新潟駅が起終点となり、首都圏からの乗車もより便利になった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 14

2010/09/22 00:30
桜前線・けむり前線
桜前線・けむり前線 列島を縦断する桜前線と歩調を合わせるように、58654牽引〔SL人吉〕から〔SLやまぐち〕 (C57 1入場中につきC56 160が代走)、C58 363 〔パレオエクスプレス〕にC57 180 〔SLばんえつ物語〕と、各地の保存蒸機が今シーズンも営業運転を開始した。鉄道の駅や沿線には桜の木が植えられている場所も多く、この時期は淡い色調が黒い機関車を引き立ててくれるから、各ポイントは撮影者でいっそう賑わっている。 4月はじめの週末、真岡鐵道〔SLもおか〕の撮影に出かけた。上り〔北斗星〕に EF... ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 10

2010/04/09 00:00
汽笛一声
汽笛一声 10月14日は鉄道の日。新橋 (現・汐留) と横浜 (現・桜木町) の間を走る鉄道が正式開業したのが1872年の当日 (ただし同年は旧暦) ということで1922年に鉄道記念日と制定。1994年には「鉄道の日」と改称し、この時期にJR・私鉄問わずさまざまなイベントが行われる。 2007年の同日、さいたま市・大宮に鉄道博物館が開館した。東京・神田にあった交通博物館が老朽化などで閉館したのを受け、その資料を引き継ぐ形でJR東日本が発足20周年記念事業として建設したもので、文字通り鉄道の歴史としくみを... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 12

2009/10/14 00:00
おかえり! ハチロク
おかえり! ハチロク 人吉から肥薩線「山線」を登ること40分、同線最高所に位置する矢岳駅に隣接して人吉市SL展示館がある。 〔SL人吉〕を牽引する「ハチロク」こと8620形蒸気機関車は貨物用9600形とともに昭和初期の代表的な蒸気機関車だった。後期はローカル線を中心に活躍し、その最後を湯前線で勤めた58654号機は1975年の廃車後ここ矢岳に運ばれ、地元ボランティアの手でD51 170とともに大切に屋内保管されてきた。 JR発足後の1987年、このハチロクがJR九州の復活SLに抜擢された。小倉工場で復活整備した同... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 16

2009/05/25 21:15
Re: Start!
Re: Start! あらかじめお断りしておかなければならないが、今回の写真は昨年1月の本家扉と賀状に使用したものだった。 でも最近は世間でもリメイクだ再結成だ、鉄道でもリバイバル=昔の再現という風潮が (それが多分にさよなら運転につながっているのがどうにも複雑だが) 高まってきている。だからというには強引すぎるけれど、私ももう一度立ち返ってリスタートしてみようか。まもなく道東・冬の風物詩が幕を開ける。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 12

2009/01/08 00:20
デジタル機関車
デジタル機関車 現役では最古の電気機関車となったEF55形1号機 (準鉄道記念物) の引退が、プレス発表の冬季臨資料などから明らかとなった。EF58 61を撮り損ねた私にとって、このEF55は逃すことのできない車両の一つだった。 2007年、臨時列車牽引の直前に故障が発見され、以降高崎車両センター高崎支所で留置されていた同機は、先日大宮総合車両センターに入場した。12月からのさよなら運転に向けての整備だったようだが、ここで重大な不具合が発見されればそのまま廃車ということにもなりかねず、出場の報を受けて胸をなで... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 10

2008/11/15 20:15
夏休みの自由課題(3) -煙の競演
夏休みの自由課題(3) -煙の競演 夏休み終盤は山口線へ。7〜9月のJRグループ「おいでませ山口デスティネーションキャンペーン」で、おなじみSL〔やまぐち号〕もことしは8月中毎日運転(C56牽引〔やまぐちDC号〕含む)、週末は展望車マイテ49付き重連、さらに8月1〜3日は「サロンカーなにわ」牽引、とお楽しみが多い。 重連もさながら、今回の隠れたお目当てはマイテの方だった。しかし連結位置が津和野方つまり機関車の次であることを直前に知った。マズいな……これだと機関車に好都合な条件では煙にかぶられてしまう。じゃあ最後尾ならいいのかとい... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 5

2008/08/23 21:00

トップへ | みんなの「蒸気機関車」ブログ


復活国鉄形蒸機!一刀両面 (鉄道ファン連載)

国内で活躍する動態保存国鉄蒸気機関車、16両(2014年10月現在)各機を両側からとらえたサイドビュー写真と、宮田寛之名誉編集長のみどころ解説でお送りするシリーズ。

2015年8月号では「番外編」と題し、このたび鉄道博物館に収蔵展示されたEF55形1号機を取り上げます。復活後は「ムーミン」とも呼ばれた、電機としては異例の前後非対称・流線形のボディを振り返ってみました。



当ブログの「蒸気機関車」各エントリもご覧ください。


sideviews 蒸気機関車のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる